悪魔使いは悪役令嬢を仲間にする①
フォーサイス王国北部ノースブルック侯爵領の広大な農耕地は、荒れ果てていた。町も活気がなく、閑散としており、行き交う人々は皆どこか疲れていた。
辻馬車から一人の少年が降り立つと、人々はその少年に目を奪われた。背は高く、銀の髪を短く切り揃え、人形の様に整った顔に宝石を嵌め込んだ様な紫の瞳を持つ美しい少年だった。見ようによっては貴族の子息にも見えるが、着ている衣服は庶民のもので、あの少年は何者かと数日町人達の話題に上る事となった。
その美しい少年が人々の注目を集めるなか、後ろからもう一人フードを被った人物が降りてくる事には誰一人気付かなかった。
◇◇◇
荒れた広大な土地に伸びる一本道で農夫は盛大な溜め息をついていた。
季節は秋、作物の収穫も収穫も終わりもうすぐ冬が来る。此の地方の冬は厳しく雪に閉ざされる期間が長い。食糧の備蓄も他の地方よりも多く必要だった。
──だと言うのに、今年の収穫も前年を下回っていた。近年益々作物が獲れなくなっている。かろうじて新しく植えたはだけが収穫できているが、元々の栽培量が少ない為売り物にならない。これで今年の冬は何とか凌げるだろうが、来年はどうなるだろうか。最近では、他の領地へ出稼ぎに出るものが増えていて耕されていない畑も多い。
「わしももう少し若けりゃ出稼ぎにも出れたんだがな──」
農夫が独りごちていると、公道を歩いて来る人影が目に入った。銀髪に背の高い少年だった。14、5歳ぐらいだろうか。眺めていると徐々に近付いて来る少年の顔があまりにも整っていたので農夫は目を見張った。
「──おじさん! ノースブルック侯爵様のお屋敷って、この先真っ直ぐでいいの?」
「うおっ!!?」
銀髪の少年に気を取られていた農夫は、横にいたフードを被った相手に突然話し掛けられ驚いた。フードの人物は銀髪の少年よりも頭1つ分背が低く、顔はフードを目深に被っている為わからないが、声の感じから少年と同じ年頃の子供だろう。どちらも此の辺りでは見かけない顔だった。
「あぁ、この先を真っ直ぐ行った先だが……。おい、お前さんらあのお屋敷働く気かい? 悪いこと言わんから止めときな! 命が惜しけりゃ止めた方がいい‼」
「何故だ?」
銀髪の少年が訝しげな顔をするので、「あぁ、何も知らずに来ちまったんだな。実は──」と農夫が事情を話してやる事にした。
農夫の話によると、元々此の土地は作物の育ちにくい痩せた土地で、おまけに数年に渡る災害や害虫の影響で作物が育たなくなっているらしい。それでも、先代侯爵が生きていたときは土地を肥やそうと、あれこれ試行錯誤していた。ところが先代侯爵が3年前不慮の事故で亡くなってしまった。侯爵には子どもが居なかったため、その後の甥が跡を継いだが、その甥は、領地経営の才がないばかりか、侯爵親子の浪財のせいで領地は益々逼迫していった。今は出稼ぎに出るものも多く、目も当てられない状況だそうだ。
「侯爵様もどうしてあんな甥に跡目を継がせたのか……」
「あれ、侯爵が直々に指名したんですか?」
フードの方が不思議そうにする。
「どうやらそうらしい。本当の事はわからんがな」
農夫はまた大きな溜め息を吐いた。
「おまけに新しい侯爵達は人を人とも思わない連中で気に入らない連中は、追い出すらしい。まぁ、追い出されるのは良い方だ。なんせ罪を着せられ牢屋に入れられた者がいるそうだ。その内、本当に死人が出るんじゃないかと言われてる」
一通り話終えると、だから止めておけと農夫は強く念押しした。
「でも、僕たちも仕事紹介してもらって来たんだ。勝手に止める訳にもいかないし……」
フードの方が困った様な声で答える。
「だがなぁ……」
「おじさん忠告ありがとう。行ってみて本当に危なくなったら僕達も上手く逃げるさ!」
「そうか。目を付けられんように頑張るんだぞ! そうだ、これ持ってきな」
そう言って、農夫は収穫したばかりの作物を渡した。
「ありがとう! 僕達も頑張るね」
フードの方が大きく手を振って去って行く。二人の後ろ姿を農夫は見えなくなるまで眺めていた。
「──にしても、妙な二人組だったなあ」
農夫はまた一人ごちた。
◇◇◇
「この先の屋敷に俺たちの《悪役令嬢》候補が住んでんのか?」
農夫と別れて、暫く歩いた先で銀髪の少年──ロイドが口を開く。フードの方──レヴィがニヤリと笑った。
「何でもすっっっっごい我が儘で、傲慢で、美少女だとか」
「ほぅ、美少女!!」
「そう! ここ大事! やっぱり《悪役令嬢》には妖艶な美女が美少女が鉄板だよね! 一見儚げな美少女ってのも悪くないけど、やっぱりちょっと気の強そうな方が僕の好みだし」
ビシッとレヴィが何もない方向に指を指す。完全に趣味に走った発言である。
「さぁ、目指すは悪の魔道士!! 悪役と言えば悪役令嬢! 悪役令嬢を仲間にする為、いざ侯爵邸へ!」
見えてきた大きな屋敷──侯爵邸に向かってレヴィは拳をふりあげた。その暴走を止めるものはいない。