プロローグ
木枯らしが吹き始める頃、荒廃した街の片隅に男はいた。街はゴミが溢れ異臭がしており、崩れかけた建物は放置されたままだ。路上には死体が転がり、至るところに痩せこけた虚ろな目をした人々が蹲っていた。嘗ては活気があったこの街もその頃の面影もなく、今では変わり果てスラムと化している。
それもこれも悪政に災害に飢饉とありとあらゆる不幸がこの国を襲ったからだ。緩やかに腐敗していたこの国は悪辣王オルディウスの即位によりそれは一気に加速した。
男はその被害者でもあり加害者でもあった。
しかし、ある一人の男が不正や賄賂が横行する中で反旗を翻した事で終わりを迎えた。一年前、悪辣王オルディウスを失脚させたのだ。そして、その男が新王となり長い腐敗と内紛は漸く終止符を打った。多くの人々は新しい時代の訪れに歓喜していたが、長い悪政と内紛により国内は既に疲弊しきっていた。
男のいる街も疲弊した国の一部に過ぎず、居場所を失くした人々が絶えず流れ込み、混沌としている。
男が視線を上げると、碧眼の男と目が合った。それは、割れた窓ガラスに映ったボロを纏う痩せこけた男──薄汚れた己自身の姿だった。男が瞼を閉じると、今までの人生が走馬灯の様に脳裏をかけていく。
「俺もここまでか……」
きっと自分の死期も近いのだろうと、男はそう思った。
──もう時期冬だ。大陸の北に位置するこの国の冬は厳しい。まともに食事も出来ず、寒さを凌げる場所がなければあっという間に凍え死んでしまうだろう。いや、その前に飢えて死ぬかもしれない。
もう生き延びる理由も気力も無い男はそれでも良いと思っていた。
今までしてきた事が正しいかどうかは別として、後悔はしていない。ただ、死んだ両親と同じ所には行けないだろうとは思うが。
男の脳裏に、亡き両親の顔と艷やかな黒髪に紅い瞳の妖艶な美女が浮かんだ。
出来る事なら、もう一度──。
男が目を開ける。ふと、視界の端に何か黒いモノが入った。そちらに視線を向けて、男は目を瞠った。
そこに居たのは、薄汚れた黒髪に紅い瞳の子供だったのだ。
黒──この国で最も忌み嫌われる色──その色を持つ子供。子供の表情は長い前髪に隠れてよく見えない。きっと、他の浮浪者と同じく虚ろなものだろう。黒い髪のせいで捨てられたのだろうと容易に想像が出来た。
「叶う筈もない……」
男は、一瞬抱いた微かな願いに苦笑した。
──もう会うこともないだろう。
男は口元に自嘲の笑みを浮かべた。