04 アズールの願い
「すみません、こんなものしかなくて。先ほどの襲撃によって殆どの食料は倉庫ごと焼かれてしまい……」
村人の一人が申し訳なさそうにパンと保存食の乗った皿と、ワインの入ったグラスを俺の前に置いた。
「わりぃな、助かる」
空腹が限界に達していた俺にとってもはや食べ物が何なのかは気にならなかった。
無我夢中に食べる間、テーブルの向かい側に座るアズールは俺を見つめていた。
「で、先ほどの話なんだが」
「ん?」
口いっぱいに詰め込んだパンを咀嚼しながら俺は首を傾げる。
「君は一体何者なんだ?」
パンをワインで流し込み、俺は答えた。
「ウルムだ、よろしくな」
「いや、そうではなく――」
「出身はガリル王国の王都グランネルグ、職業は暗殺者、年齢不明、好きな食い物はイナゴで嫌いな食い物はゴキブリ、生で食って後悔したものはカタツムリ、特技は殺すことと死なないことだ。そんなとこかな」
俺の自己紹介を聞き、アズールは怪訝な表情をする。
「そう怪しむなって、本当にただそれだけの人間だ」
「一介の兵には思えない戦いぶりだったがな。それもあれだけの人数を相手に」
「体調が万全だったらもっと早く片付いてたぜ」
いまいち納得がいかないのか、眉間にしわを寄せるアズール。
「人類同盟の兵士なのか?」
「まあ、そんな感じかな」
「だったら何故私を助けた。代わりに捕らえて手柄を横取りしようとでも考えているのか?」
ワインを飲み干し、俺は村人にもう一杯注いでもらう。
「そんなセコい事考えてねえよ。あいつらが気に食わなかっただけだ」
「人類同盟の兵を殺し、魔族を助けるなど……君がやったことは人類同盟にとって反逆に等しいはず。なぜそんなことを軽々しく……」
「もうあっちとは縁が切れたようなもんだし」
俺は最後の一口を頬張ると、村人におかわりをお願いする。
「しかし、君が何者であれ命を救われたのは紛れもない事実だ」
アズールは立ち上がり俺に頭を下げる。
「助けてくれてありがとう。この村の人々を……そして私を」
「気にすんなって」
するとアズールは再び座った。
「しつこいようで申し訳ないが、もう一つだけ質問がある。君は魔王城での戦いには参加してたのか?」
「ああ」
「じゃあ、あの兵が言っていた魔王アナザエルが死んだと言うのは――」
そうか。魔王城での戦い以前に逃げ出したこいつは知らないんだろうな。
「本当だ。勇者マルクとその仲間たちによって倒された」
本当は俺も当事者なんだがまあ当然ながらそこは伏せておいた。
「そうか……」
アズールは俯き、目を逸らした。
「覚悟はしていたんだが……やはり辛いものはあるな」
僅かな弱みを見せたあと、アズールは先程までの凛々しい表情に戻った。
必死に感情を抑え込んで強く振る舞うアズールを見ていると、いくら俺とは言え少しばかり罪悪感を感じずにはいられない。
おかわりした飯を食い終わると、俺は立ち上がろうとした。
「いてて……」
そして胸に鋭い痛みが走り、再び座った。
やっぱさっきの戦いで激しく動き回ったのが仇になったな。
それを目にしたアズールは尋ねた。
「先程の戦いで負傷したのか?」
「あんなザコの攻撃食らわねえよ。これは昨日ちょっと不意打ち食らってな」
胸を押さえつけながら顔を顰める俺に、アズールは寄ってくる。
「ちょっと見せてくれないか」
「いや、別にそんなたいしたモンじゃ――」
アズールは俺のシャツを半ば強引に引きはがし、眼を大きく見開く。
「なっ、この傷は!」
「いや、だから不意打ちで――」
「こんな深手を負った状態で戦っていたのか?」
肩から腰へと続く生傷に触れながらアズールは言う。
「普通だったらまともに動けないはずだ。手練れのものとてこんな傷で戦おうとは思わんだろう」
「大袈裟だっての」
俺はシャツのボタンを閉めようとするものの、アズールに止められる。
「まて、これはきちんと治療をしなければ確実に膿んで悪化する」
アズールは袖を捲ると、手首につけていた紐で髪の毛を一本にまとめる。
「多少ながら治癒魔法の心得はある。せめてもの恩返しだ、私に治療をさせてくれ」
「あ、おう……」
「まずは上半身の服を全部脱いでもらえるか」
俺はアズールに言われた通りに上着とシャツを脱ぎ、上半身のいたるところに隠している暗器やその他の道具をテーブルに並べる。
「よし――」
アズールは俺の傷に手のひらを近づけ、なにかを唱え始めた。
すると彼女の手から淡い緑色の光が放たれる。
前にも魔導師が使っているのを見たことがある、基礎的な治癒魔法だ。
「治癒魔法はあまり得意ではないが故、多少時間が掛かってしまうが辛抱してくれ」
「ありがとな」
まさか魔族の王女に傷の手当てをしてもらえるとはな。世の中なにがあるか分かったもんじゃない。
「なんか、優しいんだな」
俺がそう言うと、アズールはふっと笑う。
「意外か?」
「そりゃあの魔王の娘だしな」
「まあ、人間にならそう思われも仕方がない」
アズールは魔法を放っている手でゆっくりと俺の傷をなぞる。
「考えてみれば、人間とまともに話すのは初めてだな」
「俺も、魔族は沢山殺してきたけど、ちゃんと話すのは初めてかもしんねえ」
「不思議なものだ。本当ならば我々はいがみ合うべき敵同士なのだからな」
ふとした静けさのあと、俺はアズールに聞いた。
「お前はこれからどうするんだ?」
「ここより南にある港町、ダーゲンに向かおうと思う。元々魔王城から脱出した時点で我々はそこに向かっていた。運が良ければはぐれてしまった家臣たちと合流できるだろう」
「そこからは?」
「父の仇を討つ。そして魔王城を奪還し、人類同盟を我が国から追い出す」
「できるのか、そんなこと」
アズールは首を振った。
「わからない。私は軍師でなければ戦士でもない。王女など所詮は次の王を産む為の器に過ぎないからな」
そして悔しそうに歯を食いしばる。
「私は……あまりにも無力だ」
「……」
治療が終わったのか、アズールの手から緑色の光が消える。
「これであとは安静にしていれば勝手に治るだろう。残念ながら跡は残るだろうが」
「今更傷の一つや二つ増えても困らねえよ」
俺は服を身に着け、暗器を体に隠しながら言う。
「敵討ち、手伝ってやろうか?」
「えっ?」
「魔王城の奪還とか国の復興は知らねえけど、俺ほど人を殺すのが上手い奴はなかなかいねえぞ」
アズールは一瞬だけあっけにとられたような表情をするものの――
「提案は嬉しいし、君のような実力を持つ者が傍にいてくれれば心強いだろうが……」
すぐに提案を拒んだ。
「父の敵討ちは君には関係ないことだ。それに君は人間だろ、仮に私に加担したら自分の種族を裏切る事になるんだぞ」
「種族に関しては別にどうでもいい。どうせ家族も友人もいない身だ」
いや、一人だけいたっちゃいたけどそいつに殺されそうになってるからな。
「それに、利害の一致はある」
俺はシャツのボタンを閉める前に、もう一度だけ傷をアズールに見せる。
「これ、勇者マルクに斬られた跡だぜ」
「なっ――」
「だから丁度ぶっ殺しに行こうと思ってたとこなんだ」
「……敵の敵は味方と言う事か」
「そんな感じ」
しばらく顎に手をあてて考える素振りを見せたのち、アズールは俺に尋ねる。
「君は本当にそれでいいのか?」
「ああ」
「だったら、是非とも助けを借りたい」
アズールは俺に右手を伸ばす。
「暗殺者ウルム。私と共に勇者マルクを討ってくれ」
俺はその手をしっかりと握り返した。
「まかせとけ」
こうして、俺と魔王の娘アズールの旅は始まった。
アズールは父の仇である勇者マルクとその仲間たちを討ち、自国を復興させるため。
そして俺は単にマルクをぶっ殺すため。
似て非なる二人の道が、一つになった。