表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

鴉のカアべぇ

作者: 独楽

今回は、ホラーじゃないですが

たまにはこんな話もいかがでしょうか?

長閑な村だった。

過疎化が進み、交通も不便な盆地の地形

若者は都会へと進み、村に残るは老人世帯が多かった。

そんな中で、一人暮らしの女性がいた。

名前は、長谷倉 富《はせくら とみ》

歳は、64歳。夫とは三年前に死別し、

息子がひとりいたが、東京の大学卒業後に

そのままそちらで就職、結婚して東京郊外に住んでいる。

再三東京での同居を進められたが、

永年住み慣れた土地を離れるのも忍びなく

言葉を濁したまま、今に至っていた。


ぱしゃ、ぱしゃ

朝に日課の打ち水を玄関先にする。

築40年の古い家が我が家である。

山の崖ッぷちに石垣が組んであり、少々高台の家は

村を眺められて、富にとっては朝望むこの景色が好きだった。

手入れの行き届いた庭、猫の額程の庭であったが

亡くなった夫も花が好きで、手入れをした庭は

季節ごとに様々な花を楽しみませてくれる。

「この季節は、雑草も元気だ」言って

庭木の根元に、生える草を軽く草取りをした。

梅雨明けのニュースもそろそろな時期

草の成長も著しい。

富の一日はそんな感じで始まった。

朝食を軽く済まし、畑の様子を見に行く

お店もあまりなく、年金暮しなので

ほとんど自給自足である。

64歳ともなれば、元気が取り柄でも

足腰の衰えは、顕著に自覚してくる。

自宅から、わずかな広さの畑の距離さえ

歩いて行くのは、楽ではなかった。

何度も往復するのもいやなので、

お弁当持参で、夕方まで畑で作業をする。

道行く同じ村の人との雑談も

永年代わり映えはしないが、楽しいひとときであった。


「知ってるか?」

夕方に差し掛かる頃、畑の前を村の若者の卓三が声をかけて来た。

若者と言っても、もう50の声を聞くだろうか

「なんだね?」富は、作業していた手を休めて聞いた。

Tシャツに日焼けした腕には、山へ行って来たのだろうか

山菜を入れた篭と草刈りの鎌を持っていた。

「最近、この山の向こうにスポーツレジャー施設っていうのが出来たんだと」

「ああ、聞いてるよ。こっちの村にもでっかい都会の車が通るようになったもんな」

「そうそう、それで別荘ていうのもいくつかあってな、都会の金持ちが避暑地つーて

泊まりでやってくるんだわ」

「お金持ちなこってな」

「そうだな、それはかまわねえんだが、そいつらが避暑地の間だけ犬をペットにするとかで一緒に連れてくるんだが、それを帰る時置き去りにして野良犬化してるんだとよ」

「まーひどいなあ...犬は家族じゃなかろうか」

「そうだよ、うちのバッテンかて犬のくせにネズミとる賢いやつだ。重宝しとる」

バッテンとは、卓三が名付けた名前である。

雑種で、背中に茶色毛が×印のように生えている。人懐っこすぎて、番犬には不向きだが

卓三は、とても可愛がっていた。だから余計にその話が許せなかったようだった。

「今日は、山に入ったんだけども遠くで犬の遠ぼえがした。

いずれ野良犬が餌を求めてこっちの方へも来るかもしれんから、

納屋の戸締まりはちゃんとした方がいいぞ」

富は見た事はなかったが子供の頃は、山には狼が存在した。

近代化の進む日本の中で全滅した動物だ。

山で暮らして、人々が移動する度に野生の動物達も追い立てられる。

昨年は、熊も出て村の青年団が退治に走った。

卓三は、その青年団の団長も勤めてる。

こうやって『野良犬は危険だ』と行き交う人に説明してまわっていた。

「人が飼ってた犬だろう、怖いんか?」

「人に飼われていたから、人里も平気で荒らすと駐在さんが言っとたで」

「猿みたいにされたらかなわんのう」

冬場に、納屋を猿に荒らされた事がある。

少しづつ食い散らかし、保存してあった野菜などがすべてダメになった。

猿が食いかけた芋などを勿体無いからと鍋にした時、悔しさに涙が出た。

丹誠込めて作った畑の作物である。

長い月日がかかって収穫し、大切に食べているのである。

猿たちにも事情はあるだろうが、それでも悔しかった。

あのように犬が食い散らかしたら、棒でも持って追い掛けるだろう

富はそう思った。

「戸締まりは、気をつけるさね」

「ああ、お願いするよ。富さんちは他の家よりも山に近いからな」

言って、手を振って卓三は去った。

おしゃべりが長くなり、富はその日そのまま畑を後にした。

家に着いて、畑作業の道具を納めたついでに納屋の戸締まりをしっかりした。

すると、納屋の後ろ側の方で

ぎゃあぎゃあと音がする。

富は、回ってみた。

もう薄ぐらい夕方、ぎゃあぎゃあという音は、動物の声のようだ。

頭の上をバタバタと鴉が飛び立った。

「鴉が怪我でもしたんかいのう?」

言いながら、目をこらしてみると動く影があった。

近付いてみると、まだ嘴の端が少々黄色い鴉だった。

雛よりは、少々大きいがまだ鴉と呼ぶには幼い。

猫にでもやられたか、怪我をしているようだった。

黒い羽に血が飛び散っている。

富が近付くと、ばたばたと飛び立てもしないで、納屋の影に隠れた。

「ああ...手当てせんと、死んじまうで」

言って、鴉を捕まえようと手を出したがつっつかれた。

「痛、痛ぁ〜こりゃ難儀だな」

言いながら納屋に戻って、手袋を探した。

亡き夫が農作業の道具を整備する時に使っていた革手袋だ。

富の手には、かなり大きいがちょうどいいと思った。

戻るとまだバタバタしている。

驚かさないようにそっと包むように捕まえると、以外と大人しかった。

「手当しようかね」話し掛けるように言って、家の中へ富は入った。

鴉の翼の怪我は大した事がなかった。骨も折れてはおらず、

しばらくすれば飛べるようになるだろう。

酷いのは、目だった。

片目が完全にえぐれたようで、片目の失明は免れなかった。

最初は、ぎゃあぎゃあと騒いでいたが

疲れたのか、治療がわかったのか大人しくなり

すべての治療が終わった後は、富が用意した篭に大人しく寝た。

次の日から富は、鴉の同居が始まった。

陽が上れば早々に鳴き出し、それに目が覚めて餌をやる。

餌は、雑食に近いせいかなんでもよく食べた。

以外と良く食べたのが『おから』豆腐殻である。

豆腐も富は自家製していた。

畑でできた大豆にで作った豆腐である。

亡くなった夫もこのおからが大好きだった。

ぎゃあぎゃあ鳴いていた鴉もかあかあと鳴き声が変わり

治療のかいもあり、鴉はほどなくして飛べるまでに回復した。

富は、最初からペットとして飼うつもりなどはなく

庭にも自由にさせていた。

庭で草むしりすれば、そばを飛びながら着いてまわり

いつしか富は鴉を『カアべぇ』と名付けて可愛がった。

朝、カアべぇの鳴き声で目を覚まし

庭先の打ち水、そして草むしり

ある日、草むしりをしていると

カアべぇがそばでいっしょに草をむしっている。

嘴で器用に引き抜く様は、とても上手に見えた。

「えらかなぁ....カアべぇはえらか鴉だなぁ」

富が言うと「かあ」っと答えるように鳴いた。

「なあ、カアべぇ...この植木ははな、私の夫が私と結婚の時に

植えてくれた花木でな、春には綺麗なピンクの花が咲くんだよ」

とカアべぇに話しかけた。今はもう緑の葉の植木は、皐だった。

もう40年も育った植木は、それなりに庭の主のようにでかかった。

だから春に咲く時には、遠くからでもとても目立つ花である。

富は特にこの花を大切に育てていたのである。

カアべぇは、朝の草むしりが終わると

どこかへ飛んでいって、富が畑から帰る頃に家に戻って来た。

そんな生活が続いた頃、事件は起こった。

カアべぇは、夜眠る時は富が作った篭に寝る。

だが、その日はどことなく落ち着きがなかった。

大好きなおからも残し、いつまでも寝ようとしない。

「明日も早いからな、もう暗くするぞ」

富は、そういって部屋の明かりを消した。

どのくらい眠ったのだろう

まだ外は真っ暗な夜。

かあかあとカアべぇの鳴き声に目が覚めた。

「どうしたんだ、カアべぇ?」

富が起き上がり、電気をつけようと手を伸ばした時

外からゴー−ーっと地鳴りのような音がして、

家がぐらぐらぐらと揺れた。地震だった。

それも震度6...7か

カアべぇも篭に納まっては居られず、バタバタと飛び逃げまどう

富は、動けなかった。

膝ががくがくと震え、その場にへたり込んでしまったのだ。

「ど..どうしよう、どうしよう」あたふたと動く手で

あたりを探ったところで、布団やテーブルの足がさわる程度

家中の家具は次々に倒れ、台所から茶の間やその他も

落ちるものはすべて落ちた。

富は、手にした布団で頭を覆ってうずくまった。

そして家がミシミシと音を立て

布団の上に次々に何かが落ちて来た。

柱、屋根、おさまるまで富の上には物が落ち続けた。

痛みよりも、余りの重さに息が思うようにつげない。

地震の時間は2分にも満たなかったと思うが

家の崩壊まで、5分ほどだった。

「...痛いよお...苦しいよ...だれか助けて」

富は、家の下敷きとなり身動きができなかった。

幸いだったのは、富の裏手の山が土砂崩れを免れた事

土砂崩れで流されていたら、ひとたまりもなかっただろう。

そして夜は明けた。


富が住んでいる村の住民は、20世帯総勢53名

そのほとんどが老人の世帯である。

盆地の地形、山の至る所で土砂崩れがあり

国道からの道は遮断され、村は孤立した。

頼りになるのは、村の青年団。

青年団は、消防団であり村の内情にも詳しいかった。

連絡が取れないもの、崩壊した住宅

総勢15名程のなれどその動きは素早かった。

かろうじて崩壊を免れた役場を避難所に

続々と村の人々が集まった。

外界からの連絡を待つ村役場の人々

動けるものは、避難所の設置に忙しく

わずかの子供すらそれを手伝った。

点呼で、安否を確認して

家々をまわる手筈を整え、惨状を目の当たりした。

「ひでえな」

それしか言葉がなかった。

家も畑も田んぼもすべてが崩れさった。

「富さんが連絡とれないんだ。だれか見たか?」

卓三は、聞いた。

青年団、他の村の人に聞いても

顔を見合わせるだけで、答えはなかった。

富の家に近付いた時、家があった場所は瓦礫の山だった。

その上を鴉が鳴きながらまわり飛んでいる。

「このやろう」卓三は鴉めがけて石を投げた。

普通、鴉が家の上を飛んでいればそれは

その家に死者がでると噂された。

卓三の行為は致し方なかった。

卓三の後を付いて来たようで、バッテンがわんわんと

鳴いて走って来た。そして瓦礫の上まで一気に走った。

「おい、バッテン!」

バッテンに向かって、鴉がかあかあと威嚇する。

「このやろう!!」

卓三は、そばにあった棒切れを持って

鴉を追い払った。そして鴉は、何処ともなく飛び去った。

「冨さーん、富さーん」卓三は、声をかけた。

返事はない。バッテンがわんわんと瓦礫を足で蹴った。

ネズミ捕まえるのを得意とする犬である。

瓦礫のしたのわずかな息遣いに反応したのかもしれなかった。

卓三は、青年団を呼びバッテンが示している場所を重点に

瓦礫をどけた。

古い家で、ハリもしっかりした家だった。

柱一本どけるのも難儀した。

「おーい、富さーん」卓三達は、無事を祈って必死で声をかけた。


かあかあと遠くで声がした。

『ああ...カアべぇは無事だったか』

富は意識の奥でカアべぇの声を聞きそう思った。

うつ伏せに布団を背負った形で富は瓦礫の下にいた。

背中の上になにか重いものが乗っているようだ。

腕はかろうじて動くが、腰から下はまったく動かない。

気が遠くなりそうな時間その姿勢でそのままでいた。

遠くで聞こえるカアべぇの声が自分が生きている証のような気がした。

口を開こうとしても埃が入り、息がむせた。

やがて、遠くで犬の声がした。

そして卓三の声も

「このやろう」とカアべぇを追い回す声もした。

「カアべぇだよ...その鴉は違うんだ。卓三...カアべぇは違うんだよ」

そういってもうつ伏せになって、重いものが背に乗っかり

大きな声はでなかった。

やがて、富は気を失った。

助けられた事を知ったのは、数日後の病院のベットの上だった。

明るい病室からの景色は、ここがどこかまったくわからなかった。

気が付いた時、ベット脇には息子夫婦が心配そうに覗き込んでいた。

「ああ...助かったんだね」

夢心地のようだった。熱もあったかもしれない。

あの瓦礫の下で、背中に乗っていたのは柱だった。

富は、腰と足を骨折していた。

内蔵も圧迫から、回復するまでかなりの日数が必要だった。

夏が過ぎ、秋、冬に入る頃に退院した。

それでも年寄りの為に自分で動けるようになるには、春までかかってしまった。

家の崩壊を機に息子夫婦と同居することになった。

そうなる前にと富は、家が見たいと息子に言った。

寸断された道も復興の目処がたった家々の話も聞く

自分の家も見てみたかった。

「我がまま言って悪いね」

「何いってるんだよ、母さん。俺の実家でもあるんだぜ」

今まで、都会からでも家までは車で3時間もかからなかった

それが、この地震のせいで家まで5時間かかった。

ふうっと富は、ため息をついた。

だいぶ治ったとはいえ、揺れる車の座席はかなり堪えた。

荒い息もでる母の容態に、息子もかなり心配しながら向かった。

村に入ると、流れの変わってしまった村

畑はまだ至る所が惨状の傷跡を残し、母が手入れをしていた畑は

もう姿形なく、雑草も生えていた。

「.....可哀想にね。ごめんなさいよ、ごめんなさいよ」と

富は、手を併せて謝って過ぎた。

村の中でも奥まった家

少し高台の場所に家の姿はなかったが

ピンク色の物が見えた。

「あれ?母さん..母さんの皐残ったみたいだよ」

息子が母に言った。

富はその言葉を聞いて、窓をあけて身を乗りだしてみた。

確かに家の姿はどこにも見えないが、あったであろう場所に

花が咲いていた。

「ここで下しとくれ」富はいった。

まだ、鋪装も治っていない道

富は、杖をつきながら家までの道を歩いた。

青年団の人たちが瓦礫を撤去してくれたらしく

家があった場所は、更地になっていた。

見覚えのある庭木達

至る所に草は生えていたが、遠くから見えたピンクの花の

皐の周りは綺麗だった。

そばにこんもりと草がもってある。

「誰か草むしりしてくれたんかね」

村の人々は、自分の家の事で精一杯のはずだ。

帰るかもわからない家の庭木を世話する物好きもいないはずだと富は思った。

「母さん」息子が声をかけた。

「なんだね」

富は声をした方に向かった。

息子は、かろうじて残っていた納屋の前にいる。

だが、納屋の木戸は壊れていた。

「母さんこれ」

言って、息子が示したのは犬の死骸だった。

卓三のバッテンではない。野良犬のようだった。

そして、そのそばには鴉の死骸も...

野良犬は、納屋の食べ物を狙って来たらしい。

納屋の中は、穀物類の袋が散らばっている。

富は、鴉の亡骸に手をかけた。

膝をついて、横に杖を置き

大事そうに鴉の亡骸を抱えた。

ぼろぼろになった体。片目の鴉、カアべぇだった。

「母さん、汚いよ」

息子は、母親の行為がわからなかった。

「...汚くなんかないよ。この子はカアべぇって言うんだ。大切な家族だったんだ」

富は、カアべぇの亡骸をぎゅっと抱きしめて泣いた。

カアべぇが家を守ってくれていたんだと思った。

富が居た頃のように、富が大事だと言った植木の草をむしり

無謀だろうに野良犬と戦った。

富が瓦礫から救出される時、卓三に棒で終われ

鴉の群れに戻ったと思っていた。

でも、それは富の願いだったのかもしれない。

どうか無事でいておくれと浅はかに願いっていたに変わりない。

無慈悲な事をしてしまったと富は泣いた。

もっと早く見に来ていれば助けられていただろうに

富が野良犬を棒で追っ払って、いつものように

あのカアべぇの「かあかあ」という声を聞けただろうにと

涙が止まらなかった。


どのくらい泣いていたのか、息子が肩をとんとたたいて

富は、立ち上がった。

納屋にあったシャベルを持ち出して、皐の横に穴を掘った。

カアべぇのお墓をそこに作った。

今度来る時は、大好きなおからをもってこようね

そう思って、車に乗った。

乗る時にどこか遠くで、かあかあと鴉の声が響いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ