プロローグ 【自己紹介】
乙女ゲーのヒロインは、大体「聖女」か「変人」である。
……というと偏見だと言われてしまうだろうが、少なくとも私はそう思う。何故なら、彼女達の攻略対象は大概が心を病んでいる。病気とまで行かずとも、カウンセラー案件であることが多い。
作品にもよるが、最低でも二人、最悪なパターンだと全員何らかの心の闇を抱えている。そんな彼らの話をきちんと聴き、時には暴走する彼らを広い懐で許し慰め、最後まで見捨てずに支える。そんなヒロイン達は、間違いなく聖女だ。もしくは変人に違いない。私なら無理。絶対に無理。
だからこそ魅力的なのだ、という意見には賛成だ。私にだってお気に入りのキャラはいた。だが、あれらはあくまで2次元だから可愛いのだ。3次元?ノーサンキュー、とっとと然るべき機関で治療してこい、私はお前の母親じゃねえぞ。と心から思う。
彼らは2次元だからこそ許される。イケメンならヤンデレでもメンヘラでも、最終的に「君がいて良かった」とか言われて2人は幸せなキスをしてハッピーエンド。うん、完璧なラストだ。
けれど、もし流行りの転生もののように、そんな世界にいけるのなら私は絶対にライバル令嬢がいい。現代モノの悪役は陰湿なものが多いから御免だ。だが西洋風なら、貴族のご令嬢、しかも美人なライバルなんて最高だ。
約束された身分、ライバル故に整った顔、すらりとした体。婚約破棄も何のその、それを回避するように懸命に生きるなんて楽しそうではないか。
事実、転生モノの小説は悪役令嬢が没落や死亡を回避する為にフラグを折っていくタイプの話が私は好きだった。
ワガママだと言うならモブでもいい。とにかくヒロインや攻略対象に転生でなければなんでもいい。
だからこそ。そう、だからこそ、今の現状には頭を抱えてしまう。
「フローラ、お前は今日も花のように愛らしいな」
そう言って微笑むのは、「花の理想郷~夢の世界で君と輪舞曲を~」。そんなタイトルの、ファンの間で一二を争う人気を持つ攻略対象こと、この国の第一王子、エドワード=ロイ・ヴァレリー様だった。
ちなみに私は――名前で連想出来るだろうが――この世界における、ヒロインである。
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今更だが、自己紹介をしよう。
私の名前は、フローラ=エーデルワイス。この名は当然デフォルト名である。
この春から、晴れて王立学園の一年生だ。幼い頃は母と2人で市井で暮らしていた。しかし、ある日母が流行り病で亡くなってしまう。悲しみに暮れる私の前に現れたのは、私の父を名乗るエーデルワイス子爵だった。
母はエーデルワイス家の侍女であったが、父が惚れ込み、いつの間にか二人の間には私という子を成していた。
だが、それを知った母は父に迷惑を掛けたくない、と行方を晦ます。父が私達の居場所を突き止めた時には既に遅く、せめて私を引き取り育てたいと養子に迎えてくれたのだ。
――という、ヒロインにありがちな設定を持っている。
前世では普通の日本人だった。普通に働いて、普通に稼いで、趣味に稼ぎを費やす。私の趣味はゲームで、特にシナリオゲーム……ストーリーに重点を置いたものを好んでいた。
乙女ゲームを遊んでいたのもその流れだ。所謂ギャルゲーも、話が面白いならプレイする。とはいえガチ勢ではない。攻略本や攻略サイトを見ながら堅実に効率よく進める、コンプ勢である。
正直ゲームのことしか覚えていないがそれもご愛嬌。まさか自分が転生するとは露にも思っていなかったが、「乙女ゲームの世界に転生」なんてお約束をかましたのだ。多分前世の私は何かしらで死んでいるのだろう。
おお、しんでしまうとはなさけない!
なんて言ってもどうしようもない。というかこのネタが伝わる世代は何処までなのか。考えると落ち込みそうなのでやめた。
とにかく、転生したなら第2の人生として楽しく歩もうじゃないか!……と、前向きに行きたい所だが、そうはいかない事情があった。
第一に、私が「ヒロイン」に転生してしまったこと。
ここまでお約束通りなら、普通は悪役令嬢でしょう!?そこは正統派でいこう!?
とはいえ、いくらヒロインでも攻略対象とのフラグをバッキバキに折り続ければ問題ない。特にこの「花の理想郷~夢の世界で君と輪舞曲を~」――長いので以後は「花の理想郷」と略す――の攻略対象達は、どう見ても全員カウンセリングを受けるべき人達ばかりだ。
幼い頃から母に疎まれ、使用人達からも腫れ物のように扱われたせいで、心の寂しさを埋めようと何人もの女性の間を渡り歩いている遊び人の宰相の息子。
(君がオレに真実の愛を教えてくれた、君がオレのただ1人の運命の人、とか言ってくる)
大切な人を殺された過去を持ち、他人を一切信用していない氷の心の持ち主。切れ者でシスコンのヤンデレ。普段は頭の悪い振りをしている騎士団長の息子。
(本当の私を見付けてくれたのは貴女だけですよ、とか言ってくる)
物心ついた頃から「精霊」と心を交わす事が出来たが、それを知った周囲からは化け物扱いされ、弱い心を守る為に二重人格になってしまった教師。
(僕の事を見捨てないで……と泣いて縋ってくる)
直情型で普段は周りの意見など気にせず突き進む俺様に見せ掛けて、誰にも頼れず本当は依存心が強い、誰よりも脆い第一王子。
(俺はお前がいなくちゃダメなんだ、何処にも行かないでくれ、とか言ってくる)
他にも面倒なキャラが何人かいるが、こんな手合いをリアルで相手にするのはキツいしツラい。人によっては母性本能を擽られたり、庇護欲をそそられたりするのだと思う。
私も「このスチルの場面は可愛いな、でもやっぱどう見てもカウンセリングだわ、ヒロインマジ聖女」と思いながらプレイしていたし。……あれ、私の中で主人公への敬意の念が強くなっただけかもしれない。
ちなみに攻略対象にはほぼ全員婚約者がおり、何故か彼女達よりも市井で育ってきた教養の薄い娘を、愛のために我儘に僕は君だけを傷つけないとばかりに何故か婚約破棄して「本当の愛に生きる」とヒロインを選ぶのだ。
今世で彼らのカウンセラーになるのも、恋敵認定されて貴族社会から追い出されるのも勘弁願いたい。
私は学園できちんと学び、相応の相手と結ばれたい。他人の婚約者を横から奪うなんて淑女のする事ではないのだ。
とかく、攻略対象の彼らは知性も教養もある。将来国を支える彼らの妻は、当然礼儀作法に長け、身分相応であるべきだ。特に王子と結ばれるのだけは避けたい。
今から王妃教育を受けても間に合わないことは目に見えているし、いくらヒロイン補正で私の見た目が前世の100倍は可愛くなっていても、可愛いだけでは意味がない。
国母となるには、素養は勿論、立ち振る舞いが洗練されているとか、気品があるとか、様々な要素が必要になる。絶対に私には無理。というかやりたくない。
とは言え、彼らと知り合うような選択肢を選ばなければいい。攻略サイト頼りだったので丸暗記はしていないが、好む返答の傾向は掴んでいる筈だ。
(自分の心に従い選択肢を選ぶと親愛度があがらないことがままあり、こっちはお前のお守りじゃねえんだぞ!と何度かコントローラーを投げたくなったのは秘密である)
しかし、ここでもう一つ、重大な問題が発生していた。
二つ目の問題は、私が転生したと気付いたのが、プロローグの後だった、ということだ。
そう、プロローグ。物語の最初、全ての始まり。
大抵の場合、そのタイミングでメインキャラと遭遇する。そう、遭遇するのだ。
せめてプロローグ寸前に思い出せていれば、回避が出来た。だが、全ては後の祭りだ。何にも知らない私は、いつの間にかゲームの進行通りに進み、攻略対象との初対面を済ませてしまった。
つまり顔見知りからのスタートだ。
ねえ、これもう詰んでない?絶対に何らかの干渉が入っていると思うんだけど。
それでも諦めたらそこで試合終了、こうなったら何が何でも平穏に誰ともくっつかず卒業してやる!
……朝イチで早々に出鼻はくじかれたけれども。初っ端から好感度が高過ぎる気がするけれども!絶対に、ヒロインの座を返上してやる!絶対にだ!