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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
十二章:イストリアとクロア
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89話:復興

 さっきまで耳障りだった断末魔は、あっけないほどに消えた。

 悲鳴の主である脳型魔機が、端から砂のような粒子に変化している。

 徐々に徐々に、それが脳の眼球へと迫っていき、時間をかけて魔機を砂粒に変え果てた。

 行く手を阻んでいた触手も、先端からこぼれ落ちるように塵へと変化する。

 それは宙に舞い、きらきらと白銀色にところどころ煌めいていた。白銀の砂の雨が優しく下へと降り注ぐ。空の星々が、舞い降りてきたような光景だった。

「まあ……」

 思わず、イストリアが感嘆の声を漏らすほどに。「これは……」とクロアも戸惑いを隠せない。月華はというと、数分ばかりぽかんとしていたが、すぐにまた矢をつがえた。

 触手だったはずの白銀色の砂、おぞましい形をしていたはずの、黄金色の砂。

 それらはすきま風に吹かれて軌道を変え、戦場と化していたこの場を幻想的に彩った。 

 完全に砂になって跡形もなく消滅し、その残骸は三途の足元に散っていた。


 それでも三途は警戒の糸を張りつめさせたままだった。切っ先を黄金色の砂粒に向け、一分、二分と、じっくりそれを見下ろしている。

 しかし魔機であった砂たちは何も反応がない。今までは破壊してもよみがえったが、核を破壊したからこそ、復活する力も失ったようだった。

 試しに、三途はおそるおそる砂の一部をつま先で払ってみる。ふわり、と砂が舞い上がるだけで、それらがまた形を直そうとはしなかった。


「終わった……んだな……」

 三途は誰に聞くでもなく、ぽろっとつぶやいた。

 肩の力が抜けたと思ったら、波紋のように全身の力が消えていった。

 どっとその場にへたり込み、三途は大きく深く息を吐いた。

 心臓の鼓動が愉快に跳ねている。息を吐いた時に、安堵と一緒に緊張感まで吐き出されていったらしい。その場に座り込んで、腰は重たい。

「三途っ」

 月華が駆け寄る。心配そうにこちらを見ているのが、目を合わせなくてもわかる。三途は鉛のように重くなった顔をまわし、月華の方を向いた。

 月華の顔は赤らんでいる。息切れしたらしく肩を上下し、前髪もポニーテールも少し乱れていた。胸を飾るリボンが擦れ、指先は赤くにじんでいた。

「月華、手が……」

 三途は思わず、その手を取った。弓を引きすぎて、その手の皮がむけたようだった。

「あ? ああ、私ったら、(かけ)つけときゃよかったな。いつもは一発か二発で終わるから、そんなに長期戦になることもなかったし」

 こりゃカケつくるいい機会かな、と月華は笑って見せた。

 三途は顔を歪めて、月華の手を取る。

「帰ったら、すぐに手当てしないと……」

「いいえ、それには及びません」

 と、割って入ったのはイストリアだった。

 彼女は月華の手を三途からそっと取り上げ、自分の柔らかい手に移す。

「陛下?」

「大丈夫ですよ月華」

 言うと、イストリアがまぶたを閉じる。そして、イストリアの手から柔らかい薄オレンジ色の光が生み出された。光は月華とイストリアの手を優しく包んでいる。

 光は数秒の間輝いていたが、だんだんと輝きを消していった。完全に光がなくなると、イストリアが月華から手を離す。

 自由になった手を月華がまじまじと見つめる。その目は驚愕と歓喜に染まっていた。

「わあ……」

 さっきまで血だらけだった月華の手は、痕ひとつ残すことなく、まっさらにきれいに、元に戻っていた。のぞき込むように三途もその奇跡を目にした。三途も一瞬だけ息が止まっていた。

「簡単な魔法ですが、治癒の力を使いました。これで月華の怪我も、もう大丈夫です」

 にっこりと、イストリアは答える。

「陛下……ありがとうございます……!」

「いいのです。これくらいはさせてくださいな」

 ふわりと微笑みを返された月華は、少しだけ俯いた。

「陛下」

「どうしました、月華?」

「抱きついていいですか」

 言葉に驚いたのはクロアの方だった。「おまえ! 調子に乗るか!」と若干声を荒げていたが、イストリアがむしろ手で制した。

「もちろん、良いですよ。月華」

「失礼します!!」

 月華は高らかな声とはうってかわって、控えめにイストリアを抱きしめた。イストリアは彼女の背中に手を回して、ゆっくりさすっていた。


 番人の男二人は、そんな少女二人の微笑ましい姿を見守っていた。

「……終わったんだな」

 ぽつんと、クロアがつぶやいた。この言葉は、少女たちには聞こえないほど、小さなささやきだった。

「そうだよ。終わりだ」

「…………そうか」

 クロアは寂しそうに口元をゆるめた。三途は、そんなクロアに自分からどう声をかければいいかわからない。

(……そうだよな)

 だが、少しだけ考えて、ようやく声を出せた。


「帰ろう」

 三途の言葉には、クロアも月華もイストリアも頷いた。

 月華がイストリアから離れて、三途に思い切り飛び込む。三途は軽々とその華奢な体を受け止めた。若干重くのしかかった気がして、「おまえ体重増えた?」と聞こうとして、とどまった。


 三途は月華の手をとり、イストリアがクロアの手を引き。

 番人二人と少女二人は、その最奥の部屋を静かに去った。


   *


 三途と月華は、クロアとイストリアを連れて、王国王都から一番近い都市へと戻った。

 この場所には、シロガネとセーレが待機している。二人は都市にとどまって、魔機を迎撃して何とかしのいでいたらしい。

 魔機の残骸らしきものは見あたらなかったが、都市の入り口付近に灰色の砂が無数積もっていたのを目にしたあたり、ここでも魔機が大量に襲いかかってきたのだろう。

「三途君」

「よう、シロガネ……」

 魔機との最終戦闘で体力を半分もっていかれた三途は、少し疲労が見え始めていた。逆にシロガネは顔の艶がよくなっていた。ように、三途には見えた。

「ついさっき、魔機がいきなり全部砂になり始めてね。ごらんの通りだ」

「ああ……それなら説明できる。魔機の大本であるボスを壊してきたんだ」

 三途がそういうと、シロガネは含むように口元を上げた。

「ふむ。やはりね。君ならやってくれると思っていたよ」

「はは……信頼に応えられたようでなにより」

「それじゃ、私はいったん失礼するけど、三途君達は? ここに泊まっていくかい?」

「そうする。終わったと思ったら急に身体の力が抜けて、もうへとへとなんだ」

 三途の言葉に、シロガネは「わかった」と頷いた。彼のそばに控えていたセーレが恭しく現れ、さあ、と月華とイストリアを案内した。残った三途とクロアは、シロガネに一部屋を貸してもらった。


 王都から一番近い町で一泊した三途は、ここでクロアとイストリアと別れることとなった。

 イストリアは王国の代表であり、破壊された王都にとどまって復興に手をつけなければならない。

「良いんですか、陛下? もう少しあの町でお休みになられからでも遅くはないと思いますよ」

「お気持ちだけ受け取ります、三途。ですが、わたしはこの王国に尽くす義務があります。一刻も早く、王国を立ち直らせなければいけません。それに、疲れたらこの町でまた休ませていただきますし。

 何よりクロアがいますもの」

 イストリアの後ろに立っていたクロアは、顔を赤らめて目をふっとそらした。

「陛下……このような私にも、寛大なお心を……」

 しどろもどろと言葉をこぼすクロアの手を、イストリアはそっととる。

「何を仰るのですか。今回の事件、あなたがいたからこそ解決できたのです。もっと胸を張ってください。復興が終わったら、今回の功労者として、あなたを大々的に発表したいと思います。もちろん、三途も、月華も。

 そして、あなたの故郷の星の支援も、王国が進めます。あなたの星が元通りになるためのお手伝いをしたい」

 ふわりとほほえむイストリアに、下心も嘘も何もなかった。

 それを何よりも理解しているクロアはきゅっと唇を結んで、無言で彼女の前にひざまづいた。


   *


 そうして三途も道中に待機させておいた神流を拾い、森へと帰った。再会を果たした弟分は、喜びの涙を流しながら三途に抱擁のタックルを見舞った。これほど元気なら何も心配はなさそうだ、と三途も安心した。

 神流をずるい! と言った月華が、別に何の意味もなかったのにこちらにタックルしてきたことにはさすがの三途も一言もうしたかった。


 森までは、鈍行列車でのんびり帰って行った。森はほとんど終点に近かったので、月華も三途も疲れがどっと現れたのか、すっかり眠っていたらしい。寝顔を存分に拝んだ神流は、森に帰ったのちにそうこっそり告げた。


 そして森。

 復興はいまだ途中であるが、徐々にその姿を取り戻しつつある。

 森の入り口には、そわそわと歩き回っている犬がいた。ガムトゥだ。

「おーい」

 と、月華が声を上げると、犬の耳がぴんと立ち、こちらの方へと視線を向けた。

 自分の飼い主が帰ってきたと知ると、尻尾をはちきれん勢いで振り回しながらこちらに駆け寄ってきた。華奢な月華はガムトゥの勢いに負け、地面に倒れた。

 それからはガムトゥの好き放題である。頬や髪を甘噛みしたり、てしてしと月華のいたるところにお手をしたり、吠えたり。

 ガムトゥを優しく押しのけて、森の屋敷に行くと、玄関で人型になっているマデュラが、完璧な辞儀をして帰りを歓迎してくれていた。

 森を歩いている途中、か弱くも力強い獣の鳴き声が森中に響きわたった。あれらは、獣の森の王と番人の帰還を祝してくれているんだろう。と、神流が言っていた。


   *


 森の復興作業と一緒に、三途はヒュージの酒場にも足を運んだ。魔機が襲来する前からずっと手を焼いてくれていた恩人に、ようやく恩返しができた。……とはいえ、やれたことは店の修繕作業くらいのものだったけれど。


 そして、森や、それ以外の王国の町も徐々に元の姿を取り戻していき。


 三途は、あるひとつのことを思い出した。


「久々に舞台でもやろうかとおもう」

 月華の屋敷の寝室で、神流と月華を交えてそんなことを言った。

「舞台って、僕らの舞い? わあ、久しぶりだねえ! はりきっちゃうよ!!」

「ありがたい。……自分から提案しといてなんだけど、神流はいいのか? 怪我とか」

「治ってるよ。念のため町医者の先生んとこにもいったけど、舞踊するには何の問題もないってさ」

「何よりだ」

「私もやるーっ! 役者として舞台は上がれないけど、舞台道具とか舞台装置とか作るの超得意!」

 はいはーい、と月華が挙手する。役者と舞台装置の作成を兼任する三途にとっては、ありがたい申し出だった。断る理由もない。

 町で舞台を披露することが、決まった。

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