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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
二章:【過去】百獣の森と怪我した旅芸人
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8話:月華と三途の異国料理談義

 それから三途は、旅してきた世界の風景や住人たちのことを月華に話して聞かせた。

 月華は、それはそれは目を光らせて、身を乗り出しながら、一句として聞き漏らすまいと三途の話にずっと聞き入っていた。

 興味を強く示してくれるのもあってか、三途も心弾ませながら話をすることができた。


 話しているうちに、今までの旅の記憶がよみがえってきた。

 王国以外の国ーー島国での食文化の違い、公国での整った町並み、そのほかの国の思い出が、瞼の裏に浮かんでくる。

 夜穿ノ郷(よるうがちのさと)を統べる国は5国。

 王国、公国、島国、龍国、州の5つ。月華の森は王国に属する。


 夜穿ノ郷は、かつては夜しか訪れなかったという。朝や昼といった概念がなく、もちろん太陽も存在しない。月に支配されていた。

 そんな月を穿ち、光を取り戻したという伝承や神話で成り立ち、月すなわち夜を穿ったことから、この世界は夜穿ノ郷と呼ばれるようになった。

 そしてその月を穿った5人の若者は英雄とされ、それぞれが1つずつ国を治めるようになった。


 宇宙にあまた存在する異世界との交流も積極的に行っており、郷は異世界人の観光客や異世界から移住してきた住人も少なからず存在する。

 逆に、夜穿ノ郷から異世界へ訪れる者もおり、三途と神流もそのうちのひとりである。


 もともと旅芸人で、舞踊と武芸を見せて稼ぎ、世界を旅していたためか三途の見聞は多少広かった。


「そう、龍国の飯は辛いのや熱いのが多いんだ。たくさんの油で豪快に炒めたりする。あ、あんかけ飯とかうまかった」

「あんかけ? どんな料理なんだ?」

「とろみのついた甘辛いソースを米にかけた料理だよ。ソースには野菜やキノコなんかを細かく切って入れてるんだ。米は炊きたてを卵と絡めていったん炒めるんだ。こっちは油少な目でな」

「へえー!」

「ソースがとろとろしてて、ぱさぱさした米と合わせて食べるとまた味に深みが出るんだ。龍国で泊まった宿屋の給仕に無理言って作り方教えてもらった」

「じゃあ、三途は作れるのか?」

「作れるよ。……まあ食材があればだけど」

「今度作ってくれないか? もちろん食材費と報酬はでるからさ!」

「き、機会があればな」

「ほかにはどんな料理がある?」

「ほか……ああ、島国の肉豆腐かな。挽き肉を炒めてちょっと甘いつゆで煮立てた鍋に豆腐を放り込むんだ」

「豆腐?」

「あー……なんて言えばいいのかな……白くて柔らかくて、味がほとんどないんだ。島国のスープとかにもよく入れられる食材でさ、こう……別の食材と合わせるとよりうまさを引き出せる」

「それも作ってくれないか? 食費は出すし報酬も弾むよ!」

「ああ、うん……。口に合えばいいんだけど」

「絶対美味いって! ほかには? この街の食材で作れそうな飯は何がある?」

「あー……。この辺は芋と肉だっけ……? だったら山菜と合わせて煮物ができるな……」

「食べたい!」

「わかったわかった!」

 食事の話に移り変わると、月華はどんどん乗り出して三途に詰め寄る。

「なんなら、義弟君の傷が治ったあともウチにいてよ。

 旅を続けるなら、次にこの近くへ寄るときに宿代わりにしてもいい!」

「え、あ、あー……その辺は、神流の容態が良くなってから考える」


 今までずっと気ままに旅していたせいか、三途は先のことをさほど深くは考えない。

 神流が動けない以上、三途も今いる場所を離れることはできないのだ。あれやこれや考えていても仕方がない。


 だからこそ、歓迎してくれる月華の存在が大きかった。

 神流が目を覚ますまで、三途は仕方ねーなと言いながらも苦笑しては旅の話を聞かせてやった。


 神流が起きたのは、日がどっぷり落ちるころになってからだった。

「ぅ、ん……」

「! 神流……!」

 三途がぱっと神流の方を向く。

 寝ぼけ眼の神流は視線を泳がせていた。ふっと三途と目が合うと、表情がゆるんだ。

「三途……?」

「大丈夫か。体の具合は」

「へいき。ちょっとだるいだけ……。

 ……ここ、どこ?」

「月華……ああ、さっき助けてくれた女の子の家だよ」

「そう……」

「キミが神流というのか」

 月華が三途の後ろからひょっこり現れる。

「私の責任でキミと三途を預かることにした。本調子になるまでウチで休んでいくといい。なんなら永住しても構わんぞ」

「えっと……?」

「俺たちを気に入ってくれたんだと。せっかくのご好意だから、ありがたく頂戴しよう」

「……うん。三途がいうなら」

「そうだぞそうだぞ。ウチは獣いっぱいでにぎやかだからなー。

 楽しいぞー。舞踊の稽古もできるぞー」

「マジで。それは助かる」

「まかせろー」


 かくして、三途は神流と一緒に、月華の屋敷へ居候することとなった。



 そこでの暮らしは悪くなかった。それどころか居心地がよかった。

 月華につれられ森の中を散策ついでに採集に行ったことがある。物珍しい木の実や木々の種類、それらに集う虫に関して月華は豊富な知識を持っていた。

 肉を調達しにいくぞ、という月華の誘いのもと、狩猟に同行したこともある。

 月華は弓と罠を用いて獲物をねらう。一本の矢で獣をしとめ切る腕に三途は舌を巻いた。はぎ取りや罠へ追い込む際に三途は手伝った。自らをおとりに獣を目的の罠まで誘いこむ足取りや、獣の皮をはぎとる手際の良さを、月華は「さすがだ」と褒めてくれた。


「三途がいると、狩りがはかどって助かるよ」

「そうか? 月華はもともと狩りが上手いじゃないか」

「キミが獲物を察知したり、新手の獣の気配をかぎ取ったりしてくれるからさ、今までよりもぐっと狩りが短時間で終わる」

「はは、月華の役に立ってるなら何よりだよ」

「うん。これからもたくさん役立ってくれよ。今夜は熊肉シチューだぞ」

「マジで。楽しみにしてるわ」

「任せろー。というわけで、この獲物を運んでおくれ!」

 月華の足下には、すでにはぎ取った毛皮といくつかに切り分けた肉がきちんと置かれている。その量は、月華の腰の高さまで積まれていた。

 三途はふっと微笑み、「しょうがねーな」と狩りの報酬をかついでいった。



 狩猟を手伝うだけでなく、三途は舞踊の稽古も自由に行えた。

 月華の屋敷には、弓の訓練場がもうけられている。

 道場は、三途にとっては広く充分なものだった。30人もの人間が同時に訓練を重ねても余裕がある。

 つやつやに磨かれた床を踏みしめ、しなやかに裸足を進ませる。


 これだけひろければ、多少激しいタイプの踊りでもいいだろう。

 三途は稽古用の刀を握り、ふっと瞼を閉じる。まずは片膝をたてて精神統一。


 耳にささやく葉の擦れる音。遠くから鳥の声が流れ込んでくる。

 冷たく吹き込む風が肌を撫でつけるのを感じた。


 ぱっと瞼を開いて、立ち上がる。

 一歩前へ進んでぴたっと下半身を止める。

 ふわっ、と刀を宙に泳がせ再び歩く。

 立ち止まっては刀を舞わせ、くるくる回って赤い髪をなびかす。

 手の指先は柔らかく空気をなぞり、黄金のまなざしはゆったりと前を見定めている。


 とっ、と片足で跳ねる。三途の体が軽やかに宙へ投げ出される。

 三途のつま先が床をとんっ、とたたく。

 地に舞い戻るまでの動作に重さを全く感じさせない。

 

 一度だけひざまずいて身を丸める。

 呼吸を整えて再び三途は体を開いた。

 

 さっきまでのゆったりした動きから、激しく素早い動きに切り替わる。

 足が床をリズミカルにたたき、刀を両手でもてあそびながら回していく。

 髪を振り乱すように首を振り、道場全体を活用して跳んでは着地し跳ねては降り立つ。


 じょじょに飛ぶスピードも上がり歩幅も広がる。

 柔らかな印象を与えていた舞踊が、形を変えていく。


 お気に入りの型ふたつをためしに合わせてみたが、これがなかなか三途にはしっくりきた。次に舞踊を披露することがあるなら、これを軸に組み立てるのも良いかもしれない。


 すとんっ! っと床に着地する。胸が高鳴り体が熱くなる。

 体中に汗がにじむのを感じながら、やや荒れた呼吸を整えた。


「……ん?」

 ふと後ろを向くと、洗濯籠を抱えた月華が立っていた。ぽかんと口を開けてこちらを見つめている。

「……な、何だ?」

 三途は怪訝そうにおずおずと訪ねてみる。ひょっとして、途中から舞踊の稽古姿を見られていたんだろうか。


「…………きれい」

「あ?」

「さっきの踊り! どこの国の踊りなんだ!? きれいでつい見とれちゃったぞ!」

 月華が籠を放り出して三途に駆け寄る。手には取り込んだばかりの手ぬぐいが握られている。

「あ、これで汗ふきな。風呂わかしてくるからさっぱりしてくるのもいいぞ! 夕飯前にお湯浴びてきてしまえよ」

「ああ、ありがと」

「それでさ! さっき踊ってたの、どこのどんな舞踊なんだ?」

 月華の舌が再び回る。

「待て待て。待て! 別に大したもんでもないって。旅先でたまたま見たどこかの国の舞踊を自分でちょいちょいアレンジ加えただけで」

「どの国の踊りだったんだ? 後半から雰囲気ががらっと変わったな! そういう型の踊りか」

「いや、二つの型があって、メドレーみたいにしてみた。別々の国の舞踊二つずつ掛け合わせたら楽しくなっちまって」

「なるほどー。

 稽古をちらっと見ただけだけど、目を引く踊りだったよ。やっぱり三途はいい踊り手だと思うよ。

 神流もそろそろ体の調子が戻ってきたみたいだし、折を見て路上で舞踊もできるんじゃないか?」

「あー、確かに……。じゃ、最前列の席は取っといてやるよ」

「よしきた。高値で席代買ってやるぞ!」

 やったー! と月華は籠をぽんぽん放り投げながら稽古場をあとにした。

 そして月華の去った跡には、取り込んだはずの洗濯物がぼとぼと落ちていた。


(しょうがねー奴……)

 三途は落とし物を広いながら風呂場に向かっていった。

(舞踊、ね)

 旅芸人として生活していたこともあって、三途にとって舞踊は自分を形作る要素の一つだった。物心ついた時から見よう見まねで舞っていたから、当たり前のように旅をして当たり前の用に舞踊を披露して生活してきた。

 このところ、神流の療養と月華の家事手伝いで忘れていたが、時間を見て再び舞台に立つのも悪くはない。

 

(最前列をたのしみにしてくれてるのか)

 三途は照れ隠しで洗濯物を無造作に拾い上げていった。

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