88話:決着
月華の後方援護、イストリアの支援魔法、クロアの剣術。彼らの協力あって、三途も安心して脳型魔機の本体に集中することができた。
脳型魔機の絶叫は相変わらず耳障りだが、この叫び声も聞き続けるうちに慣れてくる。不快なだけで、三途の体には何の問題もない。
脳部分は斬るたびに緑色だったり紫色だったりの液体を噴き出しながら、再生を繰り返している。三途は目を集中させ、脳型魔機の核を探った。
目で核を追うと、どうしても手元や足元が無防備になってしまう。
しかしクロアの援護で触手の攻撃をはじき返すことで、三途の背中は心配の必要もなく任せている。
多少おろそかになる攻撃は、月華が後方援護で相手の攻撃をある程度止める。矢が脳のいくつかの場所に刺さると、脳型魔機の命中精度は大きく下がる。
イストリアがむーんとうなりながら光の粒子を手から放ち続けている。それが魔機の触手を縛り、行動を大きく制限していた。三途を狙う攻撃は常に続くが、三途に届くずっと前の段階で動きを阻むことができている。
(核はどこだ)
三途はじっと脳型魔機から目を離さずにいる。
脳の下……つまり触手の中へと潜り込んで、すり抜けざまに刀を振り切る。
足元を盛大に断ち切ると、ばらばらと触手が床へと落ちた。魔機の絶叫がさっきよりも甲高く響いた。
落ちた触手はうねるように踊り、やがては動きを止めて砂になった。
だが切断面から新たな触手が生え替わる。触手を斬り捨てても体力を無駄にするだけだ。
「……!」
三途ははっとした。触手の切り払われた部位に、発見を得た。
三途は触手を斬るために脳型魔機の足元へとすべり込んだ。その際、触手を断ち切ったおかげで下の視界が少しだけ開けたのだ。
触手に隠れるように、脳の下に一瞬きらめく光を確かにみたのだ。
紫色の体液をひっかぶった三途は、脳型魔機の一番下……頸部と呼ぶのが近い部位に薄い金色の光を見つけた。
イストリアの放つ光の粒子が反射して、そこに黄金色の宝石のようなものがあった。
三途はいったんその場からすぐに離れた。立ち上がって体勢を整える。
「下だ!」
その言葉を聞いた月華は、「はいよー」と一言気の抜けた様な声で返答した。その弓の狙う先が、脳型魔機の眼球に降り注がれる。
一方で首を傾げていたクロアは、触手を断ち切る作業に切り替わる。迎撃から能動的な攻撃へと移った。
イストリアは光の粒子を脳型魔機本体の法へ移した。脳型を拘束し、行動をある程度封じる。
これで三途は本命である脳型魔機に集中できる。
斬り落ちた触手の中をかい潜り、下から刃を突き立てる。
しかしその刃は唐突にふさがれた。新たに生え替わった触手が、刀にからみついたのだ。
三途はもう一振りの刀でそれらを断ち切る。ばらばらに落ちた触手は、しかし切り落とされただけでは終わらなかった。
「!」
触手は意思を持ったかのように、三途の足へとからみついてきた。脳型魔機本体から切り離されたことでかえって自由を得たらしい。
三途は一瞬焦ったが、すぐに気を切り替えて触手の一本をかかとで踏みつぶした。
それでもからみついてくる触手は、刀の鞘を自分の足にあてがって、雷を生み出して焦がした。番人が借りた自然の力は、番人を傷つけることはない。三途は無傷のまま、触手だけを丁寧にそぎ落とすことに成功した。
その場からいったん離れて脳型を伺う。怒り狂ってじたばたと暴れている。
「大丈夫か!」
「もんだい、ない!」
月華の呼びかけに、三途はしっかりと答えた。「ならよし!」と月華はすぐに自分のやるべきことに戻った。
狙うのはあくまで脳型魔機本体だけでいい。それ以外の邪魔者は、クロアや月華が弾いてくれる。魔機全体の動きは、イストリアが大きく制限してくれている。
これほど頼もしい助力もない。自分はひたすら脳型魔機の本体に集中していればいい。それまでの道は、彼らがつないでくれる。
その脳型魔機、充血した眼球で常に三途を睨んで離さない。敵意は三途ひとりだけに向いている。
触手の矛先も目線も金切り声も、全て三途へ向けて放たれたものだ。
三途はもう一度脳型魔機の下へ滑り込む。今度は見逃してくれるだろうかと淡い期待を抱いたが意味もなかった。
新たに生まれた触手がからみついてくる。三途は鞘で自然の力を生み出し取り払う。無防備になった脳型魔機の下部分へと刀を突き上げた。
しかしすんでのところでそれは阻まれた。
魔機自身の脳伸縮したらしく、伸びた表面が下部分の防御を固めたのだ。おかげで刀は鉱石に突き当たったときのように、かちん、と軽快な音を立てて終わる。
「っくそ」
闇雲に下ばかりを狙うのではだめだ。と、三途はすぐに思い直した。脳型魔機も、自身の体のどこに致命傷たる核が埋め込まれているのかわかっている。今更気づいたかのように、脳の表皮が下を覆った。
「っち」
舌打ち一つして、三途はもう一度脳型魔機の方から離れる。
「いったん離れろ!」
と、三途は脳型と応戦しているクロアに告げる。クロアは一瞬こちらを一瞥し、三途の言った通り、脳型魔機から即座に距離を取った。
ものは試しだ、と刀を足元の床に突き立てた。かつん、と弾んだ音を立てて、直後に雷が床を走る。
行き先の魔機に直撃した。
がつん、と脳型魔機全体に稲光が集まり、包み込むようにして魔機の皮膚を黒く焦がした。
すると、表面の皮膚がべろん、ときれいにはがれた。
「……!」
皮膚がめくれて、下の赤々としたきれいな色の皮膚になる。
焦げた皮膚は消えた。おそらく、あの皮膚が核を臨時的に守っていたんだろう。
ということは、あの皮膚を剥がせば核へと刃を届けることは可能だ。
そしてそれは、何もご丁寧に下から狙う必要もない。
核に届くくらい、刀を深く脳型魔機に突き刺せばいいのだ。
三途を突き動かすのは、番人としての使命感だった。
夜穿ノ郷の番人という役目、別の星の番人に代わり、この魔機を滅ぼすという義憤、王国代表である女王を守りぬくため。
そして、まだ番人でもなかった自分を助けてくれた少女のために。
魔機の攻撃は激しくなってくる。断末魔のような悲鳴が耳と体の芯を揺さぶり、触手の先端は鋭く尖ってこちらを執拗に刺突してくる。
触手はすべてクロアが断ち切り、床に落ちた触手の残骸は踏み潰した。 触手の行動をイストリアの魔法によって制限し、本体の脳型魔機においては眼球付近を月華がねらい打つ。
「あっくそ! 動くな!」
弓の腕が立つ月華が狙いをはずすとなると、相手によほどの反射神経があるのだろう。とはいえ、三途のみた限りでは、暴れていて偶然外れたにすぎないように思えた。
「えい……っ!!」
イストリアの唸る声と同時に、光の粒子が脳型魔機の頭上で広がる。網のように張り巡らされた光は、そのまま脳型魔機へと注がれる。投網のようにかけた網が魔機全体を戒め、動きを鈍くさせる。
魔機はばたばたともがいているが、そうするほどに網はまとわりついていく。魔機が自由に動けない今が、三途にとってまたとない好機だった。
二振りの刀を構え直し、三途は走る。イストリアやクロアによって大きく力をそがれた触手も、負けじと三途を狙って飛びかかる。
三途はそれらを、身をひねってかわす。時折地に顔を伏せ、時には後ろへ一歩下がり、全ての攻撃を受けずに突き進む。
顔の横を、矢がかすめる。月華だ。だけれど自分を狙ったわけではないことは、すぐにわかる。矢は魔機の顔に当たっていた。
三途を狙う触手が、床に突き刺さる。三途は軽く跳躍して、刺さった触手の上へ飛び乗った。この先には本体である脳型魔機がいる。
足場の悪い場所を次から次へと跳ねるのは慣れている。舞台に立っていたころは何度も練習してきた道だ。
とと、と駆け抜けると、もう脳型魔機の直前までたどり着いた。
魔機と目が合う。三途は熱のこもった目でにらみ返す。
ここだ、と刀を握りしめる。両の刃に番人の力を入れた。
自然の力でもいい。炎でも水でも雷でも、風でも嵐でも何だっていい。
この星の脅威を取り除くだけの力を、ありったけ、いまだけ。
「ここだあぁっ!!」
振り上げた刀二振りが目指す場所は、魔機の脳天だった。
手が熱い。張り上げた声で喉がひりひりする。飛んだ体はとても軽い。
脳型魔機の頭上からまっすぐ飛び降りた三途とともに、刃は脳型を真ん中からまっぷたつに滑り込む。臓物に刃の通る感覚が手に伝う。
手応えこそあるが、同時に柔らかい感触も覚えた。刀を邪魔するものはいない。
そして、かちり、と固い感覚が一瞬だけ通る。魔機の核だ。かまわず三途は無理矢理刀を押し進める。
自分は番人なのだ。目の前の脅威を、星を脅かす存在を退治する力がある。そこに一縷の疑いなんて、ない。
「こん、のっ!!」
三途はさらに腕に力を込め、半ば無理矢理に刀を押し通す。
核の固い感触から、罅の入った音がかすかに聞こえてきた。いけた、と三途は確信する。
なんとしても、この核を破壊する必要がある。
刃が核に邪魔されて、斬り進むことが難航している。
手に自然の力が集まるイメージをした。すると刃に炎が宿った。オレンジ色に煌々と輝くそれは、脳型魔機の内部を焼き焦がす。
後ろに迫っていた触手の群れをも、炎は飛び散って阻止した。炎が縦となり剣となり、三途を守った。
炎が燃料切れをおこし、ふっと勢いが消える。しかしそれと交代するように、今度は雷が生み出された。焦げ付く臭いが広がる。ぶんぶんと暴れ回る魔機のあちこちへ、雷は突き刺さった。
あと少し、と。三途の刀の感触はそう告げていた。
ふっ、と。刀の周りに光がまばゆく広がる。さすがの三途もおどろいた。自分が自然の力に働きかけて借りた力ではない。
だがすぐに納得した。それは自然の力ではない。
イストリアの魔法が、クロアと月華の力も預かって、三途の刀へと集約したのだ。彼らの力が今、刃に寄り添っている。
「よし……!」
三途がいったん刀を引き抜き、もう一度ふりかぶる。
頭上に掲げた二振りの刀は、確かな重量と輝きを持って、魔機に切りかかる。
今度こそ終わらせる。半分まで核を破壊したのだ。この一撃で全てを終える。
「やあぁあっ!!」
雄叫びとともに、振り下ろす。
勢いよく急降下する刀が、脳型の核もろとも断ち切る。刃が、すっと魔機に通った。かきり、と核が割れる音が、三途にはやけに小さく鮮明に聞こえた。
三途が床へと着地すると同時に、刃も脳型魔機を両断した。
左右二つにぱっくりと割れた魔機が、ひたりと絶叫を止めた。




