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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
十二章:イストリアとクロア
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87話:守るもの

 三途は、体力の限り脳型魔機を切り続けていた。もともと体力自慢の身だったのが幸いした。どれほど脳型魔機が復活を繰り返しても、三途はいずれ相手が死ぬまで刀を振り回すだけだと割り切った。

 生ぬるく、やんわりとした感触が、脳型魔機を切り裂くたびに手へと伝わってくる。粘土というより柔らかな臓物そのものだ。気味の悪さを覚えていたが、刀を振るうたびにその感覚にも慣れていった。


 脳型魔機はずっと三途ばかりを狙っている。月華が後ろから矢を放っているが、意にも介していない。

 ふと、三途は脳型魔機の足元を見る。黄金色の海が、魔機の方へと集まっていった。磁石のように引き寄せられ、ねっとりした液体が脳型魔機へと帰っていく。

「あれは……?」

 三途は首を傾げながら、その動向を見守った。あの黄金色の海はすべて脳型魔機へと取り込まれていく。

 ごくりと喉を鳴らしたような音が、脳型魔機の方から聞こえた。あの携帯で喉に値する部位がどこにあるのだろう、という疑問を三途は捨てた。

 飲み込んだ魔機が、ひたりと一瞬だけ止まる。

 そして、直後にどうっ、と魔機の体表があちこち隆起した。

 派手に脈打つようにごぼごぼと脳は動き続け、その様は中が泡立っているかのようだった。

 眼球の焦点が、三途から離れた。焦点がぐるぐるとあらゆるところをとらえ、充血した目はとどまる場所を知らない。

 魔機から、苦悶のようなうめき声が漏れ出て来る。耳障りな音だ。

 イストリアは耳をふさいでいる。三途は顔をしかめた。


 脳型魔機の勢いあまった隆起がじょじょに収まっていく。

 ようやく、最後の一つが止まった。

 三途はその時点で、脳型魔機が変形しているのに気がついた。

「な、何だあれ……」

 三途はあっけにとられたように、言葉をもらした。

 脳型魔機は肥大化しており、ただでさえ巨大であったのにそれをゆうゆうと凌駕している。

 もともとの脳が大きくなり、その下部から触手が無数現れた。触手を持つ魔機はこれまでも何度か見てきたが、ここまで生物的な触手を出したのは脳型魔機が初めてだ。

 そして眼球はようやく焦点を納めた。瞳の色が豹変した。

 さっきまで光を宿さぬどす黒い色だったのに、今は虫の液体のようなきつい紫色に染まりあがっている。

「うっわ、きもちわる……」

 脳型魔機の形態変化に対しても、月華はさほど脅威を感じてはいないらしい。せいぜい生理的な不快感を覚えて軽い吐き気を覚えたかのどれかだ。それが三途にとっては頼もしく、こちらが感じた一瞬の恐怖を吹き飛ばしてくれる。


「三途、あれは何なのさ? めっちゃ気持ち悪い変形したんだけど」

「うーん……俺を完全に脅威にみて強化したみたいだ」

「ずっとあのまんまで良かったんだけどなー。その方がこっちは楽だし」

「それは俺も思う。……ただまあ、育っちゃったもんは責任持って壊すしかないだろ?」

「もちろーん。負けるつもりもないし」

 にひっ、と月華は笑った。

 頼もしさにつられて三途も笑みをこぼし、再び脳型魔機へと駆けた。


 巨大化てある程度変形した魔機は、三途にとってはさっきよりも斬りやすくなった。物理的に大きくなったのだから、当てずっぽうでも攻撃を当てやすい。

 脳の下から伸び出てくる触手は、四方八方から三途めがけてひゅうひゅうと風を切って襲いかかってくる。三途の視界の端々に見受けられたが、それらは全て月華が打ち落としてくれた。おかげで三途は本体に集中できる。

 月華は隙も与えず、次から次へと矢を放っている。一本引いたらもう一本を、それが触手に命中したらさらにもう一本。弓を引くのにも腕や肩の力を消耗するのに、月華には疲労の兆しも見あたらない。

 触手はその一本に矢がささるごとに、身悶えしながら暴れ狂う。断末魔のような悲鳴も絶え間なくあがっている。三途も月華も、体がびりびりと痺れているのを感じ取る。そのびりびりとした感覚は、魔機の悲鳴によるものだとわかる。

 だが、そのために攻撃を中断することはない。

 三途は脳部分を切りつけ続ける。しかし肝心の魔機はすぐに再生し、三途の攻撃が止まった一瞬をついて反撃をしかけてくる。

 脳の部分から飛翔物が飛び込んできた。それらは鋭くとがった小さな撒き菱のようにも視える。三途の頬や肩をかすめ、小さく切り裂いた。

 鋭い痛みが走ったが、三途はそれを無理矢理投げ捨てていく。


「このっ」

 三途は脳型魔機の脳天に立ち、逆手に握る刀を突き刺す。生ぬるい感触と、刃を引き抜くときの粘っこさが手に残る。

 背後から、触手が飛んでくる。三途は刀でそれをいなす。

 受け流したひょうしに後方へと吹き飛ばされてしまうが、三途は怪我もせずきれいに着地した。

 すとん、と床に降り立ち体勢を立て直す。少し離された場所から脳型魔機の動向を数秒伺った。行動に荒がでている。触手による攻撃も、さっきの不意打ちはどうあれ無作為になっている。当てずっぽうともいえる。

 ただしその狙いの先には常に三途がいるのも事実だった。どれほど精度の欠けた攻撃を行ってきても、三途だけを集中して殺そうとしてきているのだけは、狙われた本人が充分理解している。

 魔機の、この狙いをすでに読んでいる三途は、あえて月華から距離をとりながら行動する。

 魔機を斬り続けることは体力的に対して苦労するものではない。だがいつまでも再生を続けられていては永久に脳型魔機を破壊することはできない。


 脳型魔機であり、この星にやってきた魔機であることに変わりはない。

(核……が、あるはずだ)

 魔機の生命の根元はそこだ。三途は脳型魔機の繰り出す触手を刀で切り落としたり受け流したりしながら、じっと魔機を観察していく。

 充血した目の焦点は揺らぎ続け、何とか三途から離さないのがやっとのようだ。

 上から振り下ろされた触手を叩ききる。さっきよりも衝撃と重さが比ではないほどに強い。

 さきほど取り込んだ黄金色の海たちは、脳型魔機の身体能力を強化する作用があるらしい。……代わりに、強化した本体は命中精度や調子が大きく下がっているようではある。

 三途の横から、矢が走る。月華の放った矢だ。

 それはまっすぐに、狙いをはずすことなく、脳型魔機の眼球部分を深く穿った。

 また魔機の絶叫がこだまする。びりびりと肌に痺れを覚えながら、三途は魔機の正面をとる。

 矢を受けた魔機が視界を閉じた。伸び出た触手がさらに量を増やし、百にも千にも万にも生み出される。

「うわ、ぁ……」

 三途は苦し紛れに刀を振り下ろしたが、空虚を切って床にかつんと当たる。

 それ以上の攻撃はできないと判断し、魔機の横方向へと逃げた。直前まで立っていた場所に、数十本の触手の雨が降り注いだ。床は無惨に無数の罅と破片を生み出した。

「あっぶね……!」

 だが三途は気を取り直して、一別したその床からすぐに魔機へと視線を戻す。番人システムの力を発揮して、しっかりと核の場所を突き止めようとする。

 その部分を探すために、三途の集中力は敵からの攻撃に無防備になってしまう。月華が後方援護してくれているが、それもすべて万能というわけではない。

 攻撃の手がおろそかになってしまう。魔機にいくら攻撃をしても、核に届かなければ意味がないからと、手が止まってしまうのだ。

 三途の目は集中する。魔機の激しくなっていく攻撃をどうにかこうにかとかわしながら、突破口を探す。


 だがそれにも限界はあった。

 集中しすぎていたために、背後からの攻撃を何度も許してしまったのだ。

「三途っ!!」

 月華の声が、三途に警鐘を打ち鳴らした。

 はっ、と気づいた三途は、目線を後ろにやる。

 瞬きをすれば、触手に打ち据えられてしまうだろう。

 月華は矢をつがえている途中だ。彼女の迎撃には期待をするのは難しい。

 いくら三途でも、食らえばひとたまりもない。傷を負えばその間は自由に行動できない。

 おまけに、今回の触手は鋭い棘を無数に散らしてある。ただのしなりを持った触手よりもダメージは重いだろう。

(まずい)

 三途は瞼を閉じるのも忘れていた。


 一瞬でやられる、と覚悟を決めた瞬間。


 触手は、それ以上動かなかった。

「……?」

 怪訝そうにその一本を見つめる。棘を生やした触手は、そこからちっとも進まない。

(何が起こったんだ……?)

 と、首を傾げながら三途は触手の止まっている理由をしった。


 触手は止まっていない。厳密には、動こうともがいている。そのために微かに震えているのがわかる。

 これは、触手……ひいては脳型魔機の意志に反した作用であるということだ。

 三途はそっと、視線を後ろの方に移した。

 

「……っさ、三途……!」

 小さく震える声が、か細くも三途の耳に届いた。

「陛下っ」

 三途の視線の先には、声の主……イストリアが立っていた。

 小さな手を前に差しだし、手のひらをこちらに向ける形で、両手を重ねている。

 きゅっと歯をかみしめ、ふらふらの足は何とか床を踏みしめている。

 かざした手は震えており、そしてほのかな光をともしている。

 粒子状の光はこちらへと伸びており、脳型魔機の触手に無数からみついていた。戒めるようにそれは光をきらめかす。

「陛下!」

「わ、わたしは大丈夫です……心配いりません……っ! なんとしても、わたしがあなたを守ります……!!」

 しばらく動くことができなかった三途の横を、颯爽と駆けるものがあった。

 剣を構えたクロアが、魔機の触手をばさばさと断ち切っていた。光ごと切れたが、光はすぐに復活して再び触手を戒める。

 そしてクロアは、闇雲ではあるものの、脳型魔機の脳部分へと果敢に切り込んでゆく。

「く、クロア……っ!?」

「手を貸そう。遅くなってしまって申し訳ないが」

 それだけ言い捨てて、クロアはすぐに再び魔機へときりかかっていった。戸惑う三途は、一瞬だけ唾を飲み込み、またいつも通りの笑顔を取り戻した。

「とんでもないっ。大助かりだ!!」


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