表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
十二章:イストリアとクロア
87/91

86話:月華

 星の海たちは荒波となって三途をも飲み込んだ。

 クロアとイストリアは距離を置いて避難していたから、それらに巻き込まれることはなく済んだ。それは幸運だったのかもしれない。

 三途は、星の海を頭からかぶった。黄金の海ではない。星の海は、ちゃんと水然としているし、その中に飲み込まれたら息はできない。それがかえって三途に自然の水を思わせた。

 心地よいほどに冷たい水に乗って流され飲み込まれたのは、三途だけではなかった。

 黄金の海に守られて、容器の中で居眠りを決め込んでいた脳型魔機だ。魔機の容器はあちこちに無数の罅が入る。水が圧迫して、魔機の守りを削っていたのだ。

 

 星の海の作る波に乗せられて、容器は月華をからめ取り続けながらたゆたっている。

 水の中へ一時的に入った三途は、黄金の海の時よりも不自由な行動の中で、懸命に容器へと近づいた。水も少しくらい、番人の自分に優待してくれればいいのに、とふと思った。

 水をかき分けながら、容器を見つける。激しい水が体を打つが、頭を冷やすのにちょうど良いと思うことにした。

 刀を鞘におさめ、三途は容器の下に延びる触手に近づく。触手は動いていたが、黄金の海にいたときよりも鈍くなっている。三途が素手でつかんでも、抵抗はすれど大した脅威にはなっていない。

(もう少し)

 触手の一本に指が触れた。三途はさらに一歩進んで、触れるよりも確かにつかみ取った。触手を軸にしながら、腕の力を込めてあちら側へと潜り込む。

 無数の触手が容器の下に蠢いており、三途はつかんだその一本ともう一本をわし掴んだ。

 無理矢理それらを外側へと引きちぎる。抵抗はあったが、三途にはまるで意味もなかった。

 必死に触手をかきわける。小さな手が、触手と触手の間に見いだされた。見間違うはずもない。紛れもなく、月華の手だ。

(月華!!)

 口を開きそうになって慌てて閉じる。ここは正真正銘の水の中だ。肺の中に水が入り込んではたまらない。

 はやる気持ちを抑え、月華の小さな手を取った。ぐっと掴んで、ただし優しく、握りつぶさないように。

 月華を引っ張り出すのではなく、三途が触手の中へと進んでいった。それらをかき分けて、手だけでなく月華の姿すべてを視認するまでにようやく至った。また叫びそうになるのを必死でこらえた。水の中から出るまでの辛抱だ。


 静かに眠る月華を、三途はようやく見つけだした。彼女の手を引いて、胸へと抱き寄せる。ここにきて触手たちも三途をからめ取ろうとしてきた。それをふりきるように、三途はかぶりをふる。


 月華がこの胸中に戻ってきたのだ。絶対に奪わせはしない。

 三途は月華を抱く力から決して手を離さなかった。

 抱きしめて離さない確かな感触。そのまま触手の固い部分を蹴り、水中からおさらばする。

 滝のように激しい水の流れの中から、三途は這いずってようやく出てきた。そこには、月華が確かにいた。


「三途!」

「大丈夫か!」

 イストリアとクロアの心配する声が、向こうから聞こえた。水でずぶぬれになった三途と、いまだ気を失っている月華がそこにはいた。

 イストリアは駆け寄って二人の状態をくまなく観察する。どうやら、二人とも大きな怪我はしていないようだった。イストリアの胸がほっとなで下ろされた。

 クロアは三途から月華を預かり、床にそっと寝かせる。

 ふるふると頭をふった三途の赤い髪から、滴がばらまかれた。衣服が濡れて体に張り付いている。妙に気持ち悪い、と思った。刀に炎の加護を宿し、温風で無理矢理乾かした。

「無事です、陛下……。クロア、月華は」

「自分の心配をしろ。見たところ、怪我も呪いのたぐいもないようだ」

「そうか……よかった……」

 まだ完全には乾ききっていない三途の濡れた頬が、やんわりと紅潮した。


 水に濡れた月華も、三途の温風によってすぐにその身を乾かした。すうすうと静かな寝息を立てている。

 しかし月華はすぐに目をさましてくれた。うっすらと、慎重に瞼が開かれた。ぽかんとした月華の表情が、そうっと三途を見上げていた。

「三途……?」

「月華! 怪我はないか? 苦しいところとかないか?」

 三途は思わず、月華の肩を揺らすように食い気味で聞いた。押されるようにすこし戸惑っていた月華も、少しずつ調子を取り戻していく。

「大丈夫……だ。たぶん。怪我、は、ないみたい……だ。っていうか、私……」

 ふるふると軽く頭をふると、月華の焦げ茶のポニーテールが揺れた。

「あっ、そうか。私、脳型に捕まって飲まれてたのか。あれ? でも何で無事なんだ?」

「それは」

 と、イストリアが膝をついて、月華と目線を合わせた。

「あなたがわたしを庇って守ってくれたのです、月華。無事なのは、脳型魔機があなたの生命力を吸収しようとしていました。だから身体自体は無事なのです」

「生命力……?」

「脳型魔機は、ほんとうはわたしが目的でした。でも、月華がそれを阻止したことで、魔機が力を蓄えることを一時的に止められたのです」

「陛下が目的だったんですか?」

「そうです。わたしは王国の代表です。その代表を魔機側が取り込んで命を操ってしまえば、王国は間違いなく魔機の手に落ちます。ゆえに魔機はわたしの身柄を欲したのです」

「……そうだったんですか」

「それも、あなたのおかげで難を逃れました」

 ぽかーんと、月華はあっけにとられている。三途の袖口が、くいくいと月華に引っ張られた。「どうした?」と三途は顔を月華に近づける。

 月華はこそこそと耳打ちした。


「三途、いまのマジ?」

「いまのって、陛下のお言葉が?」

「うん。陛下が魔機に食われたら王国終わんの? マジ?」

「マジだよ。俺も陛下に聞いた。……え、知らなかったの?」

「初めて聞いた」

「俺より王国歴長いのに……? 俺てっきりソレわかってて行動したんだと思ってたぞ」

「んなわけあるかい。目の前に戦えない女の子がいたら守るだろう、自分は戦えるんだから」

「お人好し!!」

 思わず、ついうっかり、大声を上げてしまった。「声がでかい!」と月華に叩かれた。蚊帳の外だったイストリアとクロアは、首を傾げていた。

 月華にフードの裾を引っ張られ、またこっそり耳打ちされる。

「いいか、私が知らなかったってことは秘密にしとくんだぞ! 王国のことなーんもわかってない田舎者ーププーとか言われちゃうんだからな私が! イヤだぞこんな恥ずかしい話! わかったな!」

「わーったわーった!」

 なら良い、と月華は離れた。

 三途を離した月華は、大げさに咳払いした。イストリアに向き直るころには、きりっと表情を引き締めていた。

「ご無事で何よりです、陛下。この私が盾となったことで、陛下の御身を守れたのなら、何よりです」

「いいえ、わたしのために月華を危ない目に遭わせてしまって……」

「そのようなこと、陛下が気にされることではありませんよ。陛下を守ることが……えっと、あの、そう! 王国を生きながらえさせる手段になるのですから!」

 えっへん、と月華が胸をはり、励ましを受けたイストリアは安堵をついた。


 そんな少女ふたりの微笑ましい会話に割り込むように、どん、と大きな音が鳴った。三途は刀の柄を握って、音のした背後を振り向いた。

 そこには、無数の罅を入れられた容器に隠れる脳型魔機が、地上の床に無造作に着地したところだった。

 愛らしくむつまじく会話をしていた少女たちも、その音にはっと我に返った。そして三途と同じ方向を向いた。

「脳型……」

 月華は恨みをこめて、自分を引きずり込んだ黒幕の名を呼ぶ。透明の容器から引き出された脳は、眼球をうっすら開いて、視線を三途の方へ合わせようとしていた。

 破片の散らばる地面も気にせずゆっくりとこちらに向かっている。距離はそれほど離れていないが、脳型魔機が歩くのは亀のようにまるで遅いほどだった。

 しかし敵意はしっかりと芽生え、焦点の合いかけた目は三途から離れない。

 睨まれた三途はそれこそ上等と思わんばかりに、ぎっと睨み返した。刀を握りしめ、笑いすら浮かべる。

「やってくれたな脳型。……いや、うん、ぶっ壊したのは俺だけど。まあいいや。星を壊し、クロアの故郷も蹂躙して、さらには月華まで奪おうとしたその行い、許せるもんじゃない」

 後ろで月華の矢をつがえる音が聞こえた。

「ここで終わりにしてやる。番人の役目を果たすんだ」

 三途の決意が声として漏れた。

 それに反応するかのように、脳型魔機から音が発せられた。


『計画の阻害を確認。大幅な予定変更。星の代表の捕獲は現状困難。

 番人の殺害を最優先。番人を殺す』


 やっと、脳型魔機が三途の存在を脅威と見なしたらしい。その言動が、確かな敵意と殺意を物語っている。三途としては、こちらの方がやりやすい。相手が自分を認識してこそ、やりようがあるというものだ。

「……最後の大仕事だ」

 これを壊し、王国を守りきる。一度死んだからこそ、今回は決して倒れない。

 その決意を宿した三途は、軽やかに脳型魔機へと飛び込んだ。

 眼球は動き回る三途からじっと視線を離さない。後ろで矢をつがえている月華や、剣をしっかりと構えたクロアには目もくれない。

(そうだ、ずっと俺を見ていろ)

 そう念じて三途は刀を試しに振り下ろす。

 脳型魔機の脳天へと刀身が食い込んだ。生柔らかい感覚だった。刀を後ろへ引くように抜いていくと、ぶちっ、と何かを一緒に断ち切ったようだ。

 刀身は生ぬるい青色の液体をまとわせていた。脳型魔機の体液だろう。

 今までの魔機には体液などほとんどなかった。せいぜいオイルくらいのものだ。そして体躯は柔らかいものよりも固い装甲の方が多かった。

 だが、固くない方がやりやすい。

 三途はこれ幸いと思うようにした。形がどうあれ、魔機であることに代わりはない。

 核を見つけてこれを破壊するまで、何度魔機が復活を行おうとも、ずっと切り続けるだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ