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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
十二章:イストリアとクロア
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85話:荒波

 相手の最低限の手の内はわかった。それで充分だ。

 三途は再び脳型魔機へと突っ込んでいく。

 灰色の無数の管が再生を繰り返していた。それは行く手を阻む邪魔になる。何より本体を叩くためにはあれらを排除しなければならない。

 雷を刀身へまとわせた。蛍光緑が発行し、周囲をきらめかせる。

「悪いが!」

 雷が付与した状態で、管たちをまとめてぶつ斬った。管の斬り口が黒く焦げ、焦がした特有の匂いが漂った。

 三途は、次は管ではなく管の守る床方面に刃を突き立てた。

 ぐっと手に力を込めると、さらに雷の輝かしさが増す。鳴り響いた轟音は、管だけではなく、三途の後ろに控えているイストリアやクロアにも届いた。クロアはイストリアを胸の中に抱き寄せ、イストリアはじっと身を縮こませている。


 三途の刃が床に突き立ち、穿った部分から雷がこぼれ出る。床を高速で這う雷は、地上にでている管すべてにまとわりつく。

 発行した雷はそれよりもさらに強く稲光り、ばちん、と音が強く弾けた。

 轟音に、イストリアは身をすくませていたが、三途はその音に大して怯みがない。大きな音に変わりはないが、自分で考えて発した音は、ある程度こういった音が出ると予想がつくから、それなりに耐性はついている。

 一気に雷を放出して弾けさせただけあって、無数の管は瞬く間に灰になってまた散った。これで脳型魔機を守る物理的な壁がひとつなくなった。

 三途は好機を逃さないが、さっきと同じように黄金色の海へ自分が飛び込むということはしなかった。黄金の海の中は、呼吸こそできるがこちらの動きが鈍くなる。

 ならば、脳型魔機を地上へ引きずり出してやればいいだけだ。

 あの海の成分の細かいところはわからないが、少なくとも夜穿ノ郷の住人にとって触れたら害になるというものではない。番人のシステムがそう告げていた。

 三途は突き刺した刀をそのままに、柄を握りなおした。

 雷を出したら、雷の力が刀と自分に戻ってくるまでは使えない。雷以外の別の自然の力を使う必要がある。それに、雷を当てて月華にまで被害が及ぶのも避けたい。


 同じ理由で、炎も使用は控えた方がいい。風も、同じ属性を再度使うことができないというところから、ある程度力が戻ってきたとはいえ充分にため込まれていない。

 なら、水であればどうだろう。

 三途は誰にこの作戦にもつかない作戦を告げることはなく、無言で意識を刀に集中させた。星の中の自然全体、特に水たちの力を借りる。

 水をありったけ、黄金の海の中にそそぎ込んで、地上へと押し出す。

 三途が穿った床から刀の切っ先を通して、水がゆっくりと海の中へ這い寄る。

 さらに集中して力を込めると、さっきよりも強い勢いで透明の水が流れ込んでいった。

「黄金の海が……」

 イストリアの声が漏れているのを、三途は聞き取った。だが聞こえただけで意識をそちらに向ける余裕はない。

 水で押し出すためには、とにかく大量の水が必要なのだ。欲しい量が多いほど、集中しておかないといけない。夜穿ノ郷の王国のどこか、海一つが干上がるくらい、水が欲しいのだ。海ではなくとも、川でも湖でもいい。何だったら生物が紛れ込んでいてもいい。が、黄金の海に触れて体に異変をきたされてはならないので、そこまでは欲張らなくてもいいだろう、と三途は考えていた。

(水……とにかくたくさん。黄金の海からヤツを引っ張り出せるだけの水……!)

 柄を握る三途の両手には、無意識に強い力が入っていった。

 

「あ」

 イストリアの声が、再び漏れた。だが三途はそれを意識している暇はない。

 三途の視界は瞼に閉ざされ暗がりだったが、一方でイストリアとクロアにはそれが理解できていた。

 二人には、灰色の無数の管が、すでに再生していることに気づいていた。視界がそれをとらえていたのだ。

 そして管たちが、明らかに三途を狙っていることにも。


「っく」

 クロアはイストリアをその場に残し、全力で駆けだした。管の動きは緩やかだったのが幸いした。

 クロアは、三途をからめ取ろうとする管をすんでのところで断ち切り、管の企みを一時的に阻止することに成功した。

 クロアの剣が鮮やかに舞い、切断された管はぼとりと床に落ちる。床を這う管の気味悪さにクロアは顔をしかめたが、刃を突き立て再び斬った。

「危ないところだったな」

 クロアはそうこぼす。聞かせてやりたい相手は、じっと集中していて動かない。おそらくこちらの声も聞こえているだろうが、返答する余裕なんてない。クロアもそれがわかっている。

「……聞こえているだろうが答えはできないだろうな。それでいいさ。集中していろ。

 お前がそんな状態の間は、私がお前を狙うものを全てたたき落としてやる」

 ふっと笑ったクロアは、再びやってくる管をすっぱりと斬った。


 水を注ぐために集中している三途と、その間じっと守っているクロア。

 この二人を目にして、動かないイストリアではなかった。

 彼女は、離れたその場所から二人を援護していた。

 その様子はクロアにも伝わったようで、クロアが一瞬だけイストリアの方を向く。


 イストリアは両手を胸の前にかざしている。胸元から淡い光が輝いていた。光はイストリアを照らし、彼女の髪を少しだけ揺らす。

 胸元にかざした手を頭上へと上げる。

 するとイストリアの胸に秘めていた光が手の方へと集まり、光の粒子が球体の形へと組み立てられていく。

 イストリアの頭より少し大きくなったころ、光は彼女の手を離れ、一直線にクロアと三途の懐に飛び込んだ。

「これは……」

 クロアは驚いたような顔を浮かべて、すぐに目の前にまで迫っていた管を叩ききった。

 光は球体から再び粒子へと分解された。粒子状の光はクロアと三途の全身にひろがり、とけ込んでいった。

「陛下……!?」

「わたしは戦えません。ですが、戦うあなた方を助けることはできます」

 彼女の発した光が体内に進んでいくと、クロアは自分の身の変化に気がついた。

 剣を持つ手が軽い。止まず襲いかかってくる管への反応が、さっきよりも鋭くなっていた。手が、というよりも体のすべてが軽かった。

 疲労で重たく感じた剣も、鳥の羽根を振り回しているようだ。

「感謝します、陛下」

 クロアは管を叩き斬る。

 

 一方の三途も、自分の変化には少なからず気づいていた。

 星の水という水の力を呼び起こすために神経を集中させていたが、きゅうに頭のなかがふわっと重石がとれたような感覚がした。

 この意識は何だろう。とは疑問に思いはしたが、今は水の力を借りるために気を散らさないよう注意しなければならない。

 さっきまでは集中を少しでも途絶えさせたら、一からやり直しになることだっておかしくなかった。だがイストリアの送り込んだ光により、心身に少しだけ余裕が生まれた。

 おかげでか、イストリアとクロアの言葉も何となく認識できる。

(あと少し)

 ぐっ、と柄を握りしめた手が熱くなる。

 この熱に呼応したのか、それともイストリアの送り込んだ光がそうさせてくれたのか、星の水達が三途に大いなる力を与えてくれた。

「っえ!?」

 思わず、三途は地響きによろけそうになる。床がぐらぐらと躍動した。

「なんだ!?」

 クロアも無意識に手を止める。

 三途はかたくなにぎゅっと瞼を閉じていたが、この一瞬の強い揺れで胃開きかけた。

 刀を通じて黄金の海に注がれる水の量が、一瞬であっという間にはかりきれないほどまでに達したのだ。

 そして水は荒波のように黄金の海の中を駆け回る。

 三途は目を開いた状態で、今立っている位置から脳型魔機の様子をうかがう。

 脳型本体がこもっている容器にはところどころ罅が入っていた。触手は相変わらず月華をからめ取って離してはくれなさそうだが、星の海に圧されて強く月華を離さないところを見ると、相当強い力を受け続けているらしい。

 あと一息だ。よくはわからないが、海で押し出して地上まで追い込むのはもう少しでかなう。イストリアの光が大きく影響しているんだろう。

(月華。すぐに助けてやるからな!!)

 三途が刀の柄を握り、下へと押し込んだ。

 

 するとそれに呼応するかのように、黄金の海と抗う星の海の動きがさらに激しくなった。

 ぐらぐら、と地が揺れる。「きゃっ」とイストリアの小さな悲鳴が聞こえたが、それだけだった。イストリアは自分の足で踏ん張って、揺れに倒れないように努めた。倒れそうになっても立ち続け、それでも難しければいっそ座り込んででも三途とクロアを援護した。

 唯一、宙から攻め込んでくる管だけは地揺れの影響を受けなかった。だがクロアは的確にそれらをたたき落とていく。何者にも三途の邪魔はさせなかった。

 三途はもう一度、刀の突きを深くする。

 星の海はすでに荒波だった。荒波は黄金の海を勢いよく突き動かし、そしてついには脳型魔機を容器ごと地上へ引きずり上げた。

 大きな音と共に、黄金の海と荒波が混ざって地上へやってくる。三途はようやく意識の集中を終わらせた。

 素早く刀を引き抜いて目の前の状態を見上げる。

 自分やクロアやイストリアや、もしかしたら無数の管さえをも覆い尽くす勢いの荒波が、大口を開けていた。

 荒波に乗せられているのは、脳型魔機の容器だ。波から少しだけ顔を出し、空中に一瞬ばかり漂っている。波も同じく、一時停止したかのようにその動きはゆっくりしていた。

 ゆっくりした動作は、ほんの数秒だけだ。瞬きをし終えた直後に、波が恐ろしい速度でこちらに向かってくるのは間違いない。

 その脅威を、三途をずっと守っていたクロアにも理解していたようで、すぐに踵を返してイストリアのもとへと駆け込んだ。

「陛下!!」

 少しだけぼんやりしていたイストリアもはっと気づき、のばされたクロアの手をすぐに取った。そしてクロアの懐に飛び込み、強く瞼を閉じる。

 刀をふたつ、手にしたままの三途は、黄金の海の残骸とも荒波ともどちらともつかない波の真ん前に、じっと立っている。三途の表情は驚愕とも呆然ともつかない。ぼんやりしているのか、焦燥に染まっているのか。


 そして、三途が行動を決めるよりもずっと早く、荒波は三途を瞬時に飲み込んだ。

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