84話:観察
「そうは言っても、わたしには何をどう感じればこれとわかるかさえ……」
「今まで、魔機以外に王国の脅威が降りかかったことはありませんか?」
「あるにはあります。……ですが、それは私の前以降の代表の時代です。わたしの代での脅威は魔機が初めてなのです……」
「そうですか……」
ごめんなさい、と謝りそうになるイストリアを、三途は先んじて制した。
「ということは、脅威の詳細を知ることができるという能力自体はあるってことですよね?」
「ええ……」
「なるほど……。それではその詳細を知るためにはどうすればいいのですか?」
「それは……わたしにそのような経験がないので何とも言えないのですが、前の代以降の代表たちの遺した記録によると、観察することが重要だとありました」
思い出しながら、イストリアはしどろもどろに答えていく。
「観察、というのは? 見てればいいですか?」
「はい。わたしの視界に入っていれば、観察が成立します。
逆に言えば、視界に入らない限りは観察にならないのです」
イストリアは黄金の海を覆う無数の管へ視線を移した。
「あの管が脳型魔機を覆っている場合、管の観察はできても脳型の観察はできません」
「なるほど」
すっ、と三途は立ち上がる。
「管を開きます。そこから脳型が少しでも見えたら、陛下は観察をお願いします。そこから脳型の弱点を探して下さい。弱点じゃなくとも、強い部位でも何でも、構わないので」
「わ、わかりました……三途、気をつけて」
「もちろん」
快活に笑い、三途は動き出した。
今度はゆっくりと歩き出す。刀の切っ先を下ろし、そして向ける。
刃に炎をまとわせる。オレンジ色の炎が煌々と輝く。
海の中でうごめく管をじっと眺めた。穴のあいた床に足を踏み入れ、管の中へと入り込んでいく。
管は思ったより柔らかく、踏むと地球で暮らしていた時に踏みしめたマットを思い起こさせた。
管はするすると三途の進入を許した。ここまで無防備なのかとさえ逆に感心した。
はじめはゆっくりと、そしてじょじょに速度を加えていく。
炎で管が焼き切れ、一瞬だけ視界が開ける。しかし断ち切れた管は少しずつ再生を繰り返す。
(こつこつ斬るんじゃ意味ないな)
少しずつ確実に斬ってはきりがない。
ならば、と炎を強くする。
どこでもいいから、管のどこかに双刀をどちらも突き刺す。
すると、ぼん! というくぐもった爆音が無数の管の中に響く。
焼き切る、というより焼き尽くした。管は黒く焦げわたり、黒ずんだ灰になって散ってゆく。
ちらり、と脳型魔機の片鱗が、三途の視界に映った。瞳はうつろに、しかし爛々と輝いても見える。
焼かれた管は再び形を戻して魔機を守ろうとしていた。視界がふさがれる前に、三途はもう一度管を焼く。焦げた匂いが鼻をつくが、三途にはそんなことを気にしている心の余裕はない。落ち着いてはいるが、少しでも油断をすると感情にまかせてこの魔機を破壊せんと刀を振り回すだろう。
その判断と行動は賢くない。自分がうかつに感情的になってしまったら、自分はおろか月華だってきっと無事ではすまされない。
月華は脳型魔機に飲み込まれているが、現状はまだ無事である。意識を失ってはいるが、五体満足でいる。番人システムはそのように、三途に安堵をもたらした。
確実にしとめるために、イストリアに脳型魔機を視てもらう必要がある。
そう思い直して、三途は何度も再生しかかる管を切り続けた。炎は管を焦がして灰に散らす。次は風の刃で細かく切り裂く。ばらばらになった管は黄金色の海の中に漂った。それも数分のことで、じょじょに持ち場へ戻った。
(させない)
三途の刀身に、今度は緑色の雷がまとわりつく。管の一本に刀を突き刺すと、けたたましい轟音と共に管全体へと雷が広がる。
炎と同じように灰へと砕け散った管を、今度は風によって吹き飛ばす。
灰になった管が黄金色の海の隅へと追いやられる。三途にも、脳型魔機が視認できた。
光を持たず、しかしそれでも輝く魔機からは水泡がぼこぼことあがっていた。
(何だあれ……?)
三途は眉をひそめながらも、その変化をじっと観察した。これが何の反応を持っているのかわからない。
だが、こちらから月華を奪ったことで得た変化だというのは、三途にもわかる。
眼球はちぎれるのではないかと思うほどに見開かれている。光を持たないその目がここまでみなぎっていると、逆に不気味だった。
水泡がぼこぼこと上がり、脳型魔機をも覆い隠す勢いになる。管が再生を急いでいる時、三途の視界が再びふさがりかけた時。
三途はようやく、月華がどこにいるのかを突き止めた。
ごばっ、と黄金色の海の中でおもいっきり叫びそうになるのを、三途はすんでのところでとめる。もともとこの海の中は肺呼吸ができる。息を止めている必要はない。
脳型魔機の脳の下部分には赤黒い小さな触手が無数に生えている。その群衆の中に、月華はからめ取られていた。
(月華!)
ここで心に任せて先走ってはいけない。最初は様子見に徹する。
ぎょうっ、と。脳型魔機の眼球と自分の目がかち合った。光の宿らぬその目と自分の目が合うのは、一種の恐怖も少しだけ覚えた。
だがその恐怖も振り払う。さっきまでは三途の存在には大してまるで何も警戒心を持っていなかったのに、今は違う。完全にこちらの存在を認識している。だとしたら、それは三途にとっても都合がいい。
様子見と作戦を練っていたが、それでも自分で何かしらこの魔機を倒すヒントをつかんでおきたい。
三途は再生仕掛けている管を再び切り崩し、脳型魔機へと飛び込む。
光のない目は相変わらず不気味だが、それだけだ。今の三途は、月華を救い出すこととついでに魔機を壊すことだけを考えている。
飛び込んだ三途は、月華に絡む触手へと刃を滑らせた。触手はぶつりと切れた。月華の小さな体が、黄金の海の底へとゆっくり沈んでいく。
(思ったよりも斬りやすい)
てっきり機械型のように、物理的な堅さで守っているかと思っていたが、まったくそんなことはなかった。
(月華……!)
月華が沈む前に、三途はさっと行動に戻る。脳型魔機から離れた今がチャンスである。
しかし、三途の手が月華に届きそうなところで、触手がさっと月華をさらってしまった。
「!」
月華は触手に包まれ、再び脳型魔機に隠されてしまった。
触手が増え、肥大している。手の空いている触手が、ゆっくりと三途に近寄ってきた。
触手は三途の手足にからみつき、きゅうっと締め付けてくる。刀を取りこぼすことなく、しっかりと握りしめ続けていた。ここで刀を落としていたら、海の底に沈んでいただろう。
触手はそれ以上の何かをするでもなく、海の上へと三途を引き上げた。
どばっ、と海から引きずり上げられ、そのまま地上へと放り投げられた。
ずぶぬれ状態のまま、三途は床を転がる。
「いててっ」
ごろごろごろ、と転げ回って、クロアの手によりぴたりと止まる。
塗れた衣服が肌に、赤い髪が顔にはりついてなんだか気持ち悪い。
「三途っ」
イストリアの焦燥した声が聞こえた。
液体をたっぷり含んだ服は重量感が底なしだった。
「大丈夫か」
「……なんとか……」
「けがはありませんか? 無茶はしていませんか?」
「ありません、だいじょうぶ、です……。服が重……」
クロアがそれに気づいて、温風を生み出す。すると暖かな風が、三途をすぐに全身乾かしてくれた。
「……それで、陛下。脳型は『観察』できましたか?」
「ええ……。でも、三途、それも確かに大切ですが、まずは三途自身の回復が先ですよ」
「でも」
おろおろとしながらも、イストリアは毅然と、三途の心配をした。その目は戸惑いを帯びていて、それでありながら女王然としている。
イストリアの、妙に意志にこもった目を前にすると、三途も強く出ることが不思議とできなかった。
「お怪我はありませんか? 服が濡れているのなら、クロアが乾かしてくれますから」
クロアが黙って手をかざしている今、彼の手から温風がゆったりと生まれている。
「怪我はないです。大丈夫です。向こうもそんなに攻撃して来なかったんです」
「そうですか……。それでしたら、今のうちに観察結果をお話しましょう」
「お願いいたします」
三途は深く頭を下げた。
「あの脳型ですが、わたしたちのことは脅威として見なしていると考えて間違いはありません。観察を通し、脳型の思惑が目に見えました」
「……第一段階には通っていたようですね」
脳型魔機は、最初のうちは番人である三途のことをまるで相手にもしていなかった。その段階を打ち破って脅威と認識されたのは前進であるともいえる。
「ええ……」
だが、その第一段階を突破したのなら、なおさら奇妙である。ふと、疑問を抱いた三途はそれをイストリアに聞いた。
「それならなぜ、あれは俺に大してほとんど何もしてこなかったんでしょうか」
「それにも理由があります。
脳型魔機は、奪った月華を動力源として吸収することに集中していました。月華のことを王国代表として認識しているようです」
「……な」
三途は驚愕に目を開いた。
「あの、念のためお聞きします。吸収された者はどうなるのですか?」
「死にます。……唯一救いなのは、苦しむことはなく、眠ったように命が消えることくらいです」
イストリアは目を伏せうつむいた。
三途は自分の思考が甘いことを思い知った。
自分たちには、うかうかと時間をかけることも許されていないのだ。
一刻も早く月華を救わなければ、月華は死ぬことになる。
「陛下。他に、何かわかりましたか?」
「王国代表だと月華を認識していることと、それから脳型魔機は命を吸収していること。
あとは……吸収しようとしている対象を奪われると、凶暴になるということですわ」
「……餌をとられたら怒り狂うわけか。……凶暴の具体的な行動などはわかりましたか?」
「いいえ、そこまでは……ごめんなさい。わたしに見えたのは、それくらいです」
「わかりました。それで充分です」
三途は、すっと立ち上がる。
服はすでに乾いた。三途はクロアに礼を述べた。




