78話:穿つ矢
弾かれたように、三途はクロアへの元へと駆けつける。
大型魔機の足の間をすり抜け、振り向きざまに刀で魔機の斧を受け止める。
鉛や鉄か、それ以上、家でも降ってきたんじゃないかと思うほど、その威力は三途の腕力には有り余った。
刀身を伝って腕に刻み込まれる衝撃に負けて、思わず手から刀を落としそうになる。ぐっとこらえて力をさらに入れ込むが、変に力んだせいで手を痛めた。捻挫のような手首から先に覚えた違和感に、三途は顔をしかめた。
「無事か、クロア!」
「……あ」
三途は魔機の手を蹴り上げる。斧が宙へ舞い、天井へと突き刺さる。
右手をかばいながら、体勢を立て直す。背後にかばったクロアが、呆けた顔からようやく我に返っていた。
「三途! こいつ強い!」
「そうだな月華! 矢を温存してパチンコで応戦してくれ!」
「はいよ!」
鋭い月華の声に、三途は答える。直後、魔機に金属玉をぶつける音が聞こえてきた。
相変わらず、魔機の視線はこちら側に向いていて離れない。
こちら側、というより、その目は明らかに三途のことなど見えていない。
目的は、三途の後ろのクロアだ。
(魔機は、コアを破壊すれば生命活動を停止するんだから……)
三途は自分の体の左側へ重心をずらしながら、視線を魔機全体に流す。
コアとおぼしき場所は、頭部だろう。眼球ふたつが不自然に輝きすぎていた。
幸い、魔機の得物は天井に突き刺さっており、魔機そのものは丸腰の状態だ。ならば戦力を一時的に失っている今は畳みかける好機だ。
三途は魔機の腕の上を走り抜ける。未だこちらを認識しない魔機の首をはねるのは造作もない。
横に凪いだ左手の刀が、魔機の首を飛ばした。三途は跳躍し、着地する。それに少し遅れて、魔機の頭部が落ちて床に一度跳ねた。
ころころと転がる骸のかけらは、月華の足下に忍んで止まる。
「目だ!」
三途が叫ぶと、月華は何も聞かず、パチンコで魔機の両目を穿つことで返答した。
胴体の方から、ぎい、と軋んだ重たい音が響いたのち、それきり魔機は動かなくなった。
三途はクロアを引っ張り起こして立たせた。ふらふらで重苦しい表情をしていたクロアは、視線を魔機の胴体に移す。
月華がイストリアの手を引きながら、三途のもとへと戻ってきた。
「大丈夫か三途、さっきイヤな音がしたぞ」
「ああ、ちょっと右手をひねったみたいでな。……あれ、今は問題なく動くな……?」
三途はためしに右手の指を結んだり開いたり、手首を回してみたりしたが、特に痛みが生じることはなかった。
「もう治ってるみたいだ……。番人ってこんなに傷の治り早かったっけ?」
三途の疑問には、イストリアが答えた。
「おそらく、わたしがいるためでしょう。番人本来の回復力の早さは、番人の所属するエリアの代表者がそばにいることで、さらに強化できると聞いたことがあります」
「……なるほど」
「何にしても、怪我が治って何よりです。
……それより、クロア」
イストリアの心配そうな眼差しは、クロアに向けられていた。
「はい、陛下」
「さきほどの状態を伺っていましたが、どうかしたのですか? 何だか、体が固まっているように見えたのですが……」
クロアの様子がおかしいことに、三途だけでなくイストリアも気づいていた。口に出しはしないが、他人の動作に鋭い月華も見抜いているだろう。
問いに、クロアは重々しく口を開いた。
「あまり考えたくはありませんが……これは確定でしょう。
魔機側は、私の裏切りをすでに知っております」
「なんて……」
「魔機が現状一番の脅威である三途や、王宮の離れに倒れていた陛下がここにいるというのに、それを放置して真っ先に私に目を向けていたのが、その証拠です。
私も番人ですが、同じ番人ならその星の番人の方が敵対者側としては脅威に感じます。この星の番人は三途です。番人は星の敵を討つためにあらゆる力を得ています。
そんな番人よりも遙かに力を持たない私を最優先して襲いかかる理由は、もう一目瞭然でしょう」
「……ああ、それで」
と、三途はようやく合点がいった。
何度も刃を振りかざして戦いに立ち回ったが、魔機はまるで目をこちらに向けてこなかった。存在そのものを認識していないような。
クロアの言葉が事実であるなら、その奇怪に見える行動にも納得がいく。
裏切った者は敵である。敵なら、始末しなければならない。
星ではなく、味方として無理矢理従えた番人を、何よりも先に。
「ですから、小手先勝負は効かなくなったということです」
「小手先……?」
クロアは三途にちら、と視線を流す。三途は、さっきの内緒話か、と察して頷いた。
「魔機が引き続き私のことを味方側であると思いこんでいれば、私も魔機の方へ潜り込んで内側から破壊工作もできた可能性はあります。しかし裏切りがバレたとなると、私が陛下をはじめ、星側を有利に動かす細工が一切通用しないと考えて良いでしょう」
「そんな、ことを、考えていたのですか……」
衝撃に目を見開いたイストリアに対し、クロアは重々しく「はい」と肯定した。
「あなたにもあなたの星があるのに……それなのにわたし達の利を考えていてくれたのですね……」
「え……、いえ、その」
「クロア、あなたはとても優しい人ね」
イストリアはふっと微笑んで、呆気にとられているクロアの手を取った。そして三途に向き直る。
「……三途、クロアのこの働きに報いることはできるでしょうか」
「できる限りのことを果たします」
よかった、とイストリアは安堵した。
魔機の襲来は、最奥へ進むごとに激しくなる。
さっきの大型魔機は戦いやすく、反撃を受ける前に破壊することができたからよかったものの、奥へ進むにつれて魔機側が先手を打って出てきくるものが増えた。むしろほとんどが不意打ちで先手をとっていった。
聴覚と嗅覚に鋭い月華が全て事前察知してくれたおかげで、ぎりぎり負けることはなく、最奥直前まで辿り着くことができたといえる。
「三途! 上だっ!」
暗がりの道すがら、月華の鋭い声が聞こえた。反射で天井を見上げると、蜘蛛のような形をした魔機が白い光の双眸で三途を見下ろしていた。
蜘蛛の前足二本は鋭く、きらりと光を反射する。口からしろい糸を吐き出し、あちこちにちりばめた。そしてまっすぐ三途へと鋭い足を向けて降下してきた。
さっきは正面から受け止めた故に手を痛めた。次は同じ手に乗らせない。
三途は横に一歩回避する。蜘蛛の足が床にささる。イストリアの悲鳴が響いた。彼女自身に怪我はない。
「無駄だ!」
がら空きになった蜘蛛を断ち切る。生命活動の停止はしたようだが、吐きまくった糸はまだ残っていた。
「陛下、その糸には触れないようにお気をつけて」
「ええ……」
「……ん?」
月華の耳には、しっかりと音がとらえられていたらしい。彼女は足を止め、パチンコを握りしめ、周囲のわずかな音にも気を張り巡らせている。
「三途、まずいかも」
「まずいって何が?」
暗い視界に目が慣れてきた三途は、月華の答えを聞かずともすぐに解った。
がさがさと、虫の蠢く音。無数の足音と、ひとつだけ重苦しい音が重なっている。
三途も月華もクロアもイストリアも全員含めて周囲を取り囲む、足で踏めばたちまちつぶれそうなほど小さな蜘蛛型の魔機。何体かは糸を伝ってきている。
その中心に、さきほどの巨人に負けないほどの巨躯を誇る蜘蛛が、天井に張り付いていた。
「いやあああぁ!!」
イストリアが絶叫する。声に導かれて、蜘蛛が行動を開始した。
小さな蜘蛛型たちが一斉にイストリアへと飛びかかってきた。
イストリアは弱々しく手で頭をかばう。彼女の前に立った三途が、前方ほとんどの襲いかかってくる小型魔機を刀でたたき落とした。いずれもまっぷたつになって地面に落ちる。
月華は矢を握り、刃物と同じように振り回した。矢をこの数と速度では、弓を引く余裕は無い。
三途は薄暗い空間にぽつぽつと散らばっている光がふっと消えていくのを見た。小型はすぐに一層できたが、大本がまだ残っている。
「クロア、イストリアを頼む」
「わ、わかった」
クロアはイストリアをそっと胸に抱き入れる。イストリアに守りの壁ができた。
この間にも小型蜘蛛たちは上からも横からも飛び込んで来た。そのたびに三途は切り落とし、月華は矢でまとめて払った。
おそらく小型の魔機は無限に湧いて出てくるタイプのものだ。これを止ませるには、大本を叩く必要がある。
大型の蜘蛛を破壊するためには、小型を足止めしなければならない。自分が大型を壊せば良いが、そうなると小型の足止めを月華に全て任せる必要がある。矢を振り回しているから小回りは利いているが、威力は低い。
ならば三途の打つべき手は一つ。
「月華! 大型をねらえ!」
月華はその言葉を聞いて、ふと手を止めた。
「どこが弱点だ!?」
三途の黄金の目は大型からじっと離れない。襲いかかってくる無数の小型魔機は耳に入ってくる音で判断して、ほとんど勘で動いた。
手足は刀で小型を切り払っても、その目は動かぬ大型蜘蛛にぴたりと止まっていた。
三途の目に、緑色の光が仄かにともる場所をとらえた。大型蜘蛛の胸だ。狙うには、上から突き刺さなければならない。
「蜘蛛の胸だ! 正面からじゃ届かない、上か下から狙わないと!」
「充分だ」
月華の軽やかな足音が背中にせまってくる。
「借りるぞ」
と月華が言った直後、三途は背中に鈍い衝撃を受けた。月華が背中を踏み台にして飛んだのだ。痛みはすぐに消えた。
三途の頭上よりも高く飛び上がった月華が、視界に入った。
月華はくるりと回転し、素早く矢をつがえる。打たれた一本の矢は狙い通りに緑色に仄明るい胸を深々と穿った。
生命活動を停止した魔機が、がくり、と地に胴体を付け、倒れた。数秒後、月華が着地した。
ふっとこちらを向いた月華が、してやったぞ、と不敵に笑った。三途も微笑んで返した。
*
直前、最奥の仰々しい扉が立っている。そこに至るまでの道には、もう動かない魔機が転がっていた。




