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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
十二章:イストリアとクロア
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75話:光芒無キ果

「私が……魔機を裏切るだと……」

 クロアの表情が、一瞬見ただけでもわかるくらいに豹変した。

 眉頭を寄せて歪め、閉じた口からわずかに歯をかみしめているのがのぞける。

「なにも」

「……?」

 三途は聞きたいことを言い切った。

 今度は、クロアが言いたいことを三途に聞かせ切る番だったのだ。


「何も知らないくせに!!」


 クロアが、瞬時に三途の目と鼻の先まで駆け込んだ。

 息を半分吸い込む刹那の間に、クロアの刃が目前まで迫っていた。

「うわっ!?」

 三途はほぼ反射の勢いで、本能だけでかわした。ひゅう、と剣が風を切る鋭い音が、耳のすれすれを走る。

 ざっ、とクロアが地を踏みしめた。上半身を低く落として一秒バランスを整える。ゆらぁ、と陽炎が揺れるような動きだった。

 

 再び、三途と目がかち合う。目が血走っている。熱そうな息を吸っては吐き出している。剣の柄を握りしめた手に余計な力がこもりすぎていた。

 クロアの剣戟は激しくなっていった。素早さと鋭さは先ほどよりも上だが、激情に駆られたクロアの動きが鈍っているおかげで、軌道は読みやすい。三途にとっては、かえって戦いやすくなった。情を動かされなかったクロアよりも、こちらの方が御しやすい。ペースはこちら側だ。

 

 クロアの表情は、わかりやすいほどに変化している。

 奥歯をかみしめて、剣を振るうたびに獣のような雄叫びを上げ、荒れた呼吸を繰り返す。

 血走った目は三途からずっと離れない。おかげでイストリアと月華からの注意が逸れ続けている。三途が彼女たちを守りやすくなった。

 力任せの剣筋をやりすごすのは、簡単なことだ。筋を読みとることでその刃がどこに向かうのかある程度予想ができる。

 読みとることができる、予想がつくということは、かつて移動舞台で舞踊を披露していた時と同じことをしているのだ。脚本通りに舞うから、次はこの手を使い、次はあの所作をする、と自然に体が動く。

 

「何も知らずに!」

「うぉっと」

 それでもクロアの一撃が強いことに変わりはない。遊び気分で相手していては、大怪我どころではない。

 クロアの剣筋が前髪をかすめた。


「私の心情を語るな!!」


 ぎん、と剣と刀がかち合った。


 クロアの激情はおさまらない。剣ごしに、近くでクロアの顔を見ることができた。

 やっぱり冷静さは消えている。ということは、三途の当てずっぽうに近い問いかけは的を射ていたのだ。

 クロアを怒らせてしまったのは三途としては心が痛い。あとで自分にっできうるかぎりの謝罪をしなければ。

 だが今は、クロアの戦意を失わせ、最奥に向かう必要がある。優先すべきはそこなのだ。クロアには少し辛抱してもらわなければならない。


「わかった」

 三途は刀を構えた。

 クロアが刃の切っ先を三途に向けてきた。

 荒々しく地面を駆け抜けて、一気に三途へと向かってくる。

 三途はそこから動かず、じっと立ち止まっている。

「三途!」

 イストリアの焦った声が後ろで響いた。だが三途はその声に押されるように動くことはしなかった。

 

 呼吸が一度終わるたびに、もしかしたら終わるよりも早く、クロアは三途へと確実に近づいてくる。

 怒りに震えた眼差しが迫って来るが、三途は表情を揺るがすことはなかった。己の刃に神経を集中させる。

「この……っ!!」

 クロアの姿が、すでに目の前までに迫った。

 クロアは右手に握った剣を後ろへ引き寄せている。振り下ろすか突き出すかのいずれかだ。

(どっちでもいい)

 三途はクロアの刃を一瞥すると、すぐに目をクロアと合わせた。まだ怒りは収まっていないようだ。


「ぁぁああああ!」

 理性のとんだ雄叫びだった。きらめいた目を血走らせ、口を開いて心底から声を張り上げる。

 剣がまっすぐ走ってきた。瞬く間に距離を詰められる。

 クロアの刃は、瞬きする間でもなく目前にまで届こうとしていた。

 三途は顔を動かさず、自分の刀をクロアの剣の内側へ滑り込ませた。


 そのまま、外へと弾き返す。余計な力の入った剣は、簡単にはねのけることができた。

「な……っ」

 クロアの表情が、驚愕に変わった。

 クロアの手から剣が飛ぶ。かすかに風を切る音が宙で奏でられた。

 

 三途は胴体が隙だらけとなったクロアの懐に飛び込む。

 どんっ、とクロアの腹部に拳をめり込ませた。若干焦っていたから力加減は自信がない。

「っぐふ」

 ひとつうめき声を漏らしたクロアが、どっ、と三途にもたれ掛かってきた。力の抜けた彼は全体重を三途に預ける。

 三途は器用に彼を受け止めた。

 クロアをするりと楽な姿勢に変える。抱き起こすような形にして三途はようやく、クロアの眠った表情を見下ろすことができた。

 クロアは三途の手で気を失い、糸が切れたように安らいだ表情で瞼を閉じていた。


 数秒じっと見下ろして、クロアが意識を飛ばしていることを確認し、ようやく三途は少女ふたりに目をやった。


「……三途、そいつ」

「気を失ってるだけだ。死んでないけど、今は戦意もない。心配はない」

「クロア……」

「多少怪我はしてますが、命に別状はありません」

「そう……」

 イストリアはほっと胸をなで下ろした。

 糸が切れたように力を失い眠るクロアは、動力の切れた人形のようでもあった。

 三途はよっ、とクロアを抱え上げた。ここに残してもいいが、自分たちの目の届くところにおいてある方が安全だ。

 クロアは魔機側の人間であり、魔機に殺されることはないだろうが、それでも三途はクロアから目を離さないようにしておきたかった。王宮の最奥にまでたどり着くころに目を覚まして、途中で事情を聞くのもいいかもしれない。


 その期待に応えるように、クロアが目を覚ましたのは、三途たちが最奥へと向けて進み出して数分経ってからだった。


「……ぅ」

「あ、」

「クロア!」

 三途の肩に抱え上げられていたクロアが、もそもそと体を動かしていた。言葉にならない呻き声を聞き逃さなかったイストリアは、食いつく勢いでクロアの袖を握りしめる。

「気がついたか。ここらでいったん止まろう」

 三途はクロアをおろした。一瞬だけ周囲を見渡す。魔機の襲来はまだない。警戒は続けるが、魔機が無数飛びかかってくる心配もないだろう。

 クロアを地に横たえさせ、上半身は三途が支えた。

「私は……」

「悪いがさっき殴って気絶してもらってた。でも数分くらいか。

 すぐに目を覚ますなんて、やっぱりお前すごいな」

「……」

 クロアはむすっと口を引き結んで、それ以上の言葉をつげようとしない。

「お前が目を覚ましたら聞こうと思っていたんだ。お前、本当は魔機とどんな関係なんだ?」

「……」

「言えないことなのか?」

 クロアは応えない。その態度にしびれを切らした月華は、冷めた目でクロアを見下ろしていた。

「埒があかないな。三途、ちょっとどいて、自白させる」

「おい何する気ですか月華様」

「秘密。でもまかせろ、五秒で口を開かせてやる」

「やめて! お前に任せると怖いわ!!」

「だがそいつは何にも喋らないんだろ? かといって知らないまま息の根を止めるのも決まりが悪い。だったら生かしたまんま痛めつけて……」

「月華、そこまでしなくてもいいのですっ」

 あわてたイストリアが、月華の肩を掴んで制止した。

「三途、おねがい……。月華を止めていてくれませんか?」

「勿論」

 肝を冷やした三途はイストリアの一言で月華を羽交い締めておいた。ばたばたと暴れる月華をよしよしといさめる。

 三途に月華を任せた一方、イストリアはクロアの前に膝をつく。

 

「クロア、あなたが今までわたしたちに尽くしてくれていたことは知っています。そしてあなたが魔機側についていることも理解しました。

 それでもあなたがわたしをはじめ、王国にたくさんのことをしてくれたことが、計算ずくであったとも思えません。あなたにもあなたのワケがあると、わたしは考えています」

 イストリアはまっすぐとクロアの目を見ている。口調も穏やかで落ち着き、なだめるような慰めるような声色だ。

「無理にとは申しません。ですが、あなたの戦いを見ている限り、何かの事情があると思ったのです。思い過ごしであるかもしれませんが、どうかよければ、あなたの事情をわたしたちに話してくださいませんか?」

 クロアの戦意を失った手に、イストリアの小さな手が重なる。ね? と、イストリアはクロアを見つめ続けた。

 目線を下に射したままのクロアは、じっと黙り込んでいる。イストリアは辛抱強く待った。

 辛抱ができない月華も、三途にいさめられて流石に黙って見守っている。イストリアの姿勢を無駄にしないためでもあるのだろう。三途は数位を警戒しながら、イストリアを見下ろしていた。


 数分して、先に口を開いたのはクロアだった。

「……私は」

「はい」

「私は……もともとこの星の住人ではありませんでした」

「そう、でしたか」

 クロアはうなだれたようにうなずく。力なさそうに顔を上げ、その視線が三途とかち合った。戦意どころか生きるための最低限の力さえ残っていなさそうだった。

「夜穿ノ郷とも、お前のいた地球とも違う星だった」

「俺とも違う……?」

「そう。夜穿ノ郷のように、番人システムによって星の外の敵を祓うような力もなければ、地球のようにその星一つで生きていけるような独立的な力もなかった。地球よりも遙かに小さく、規模はこの王国より少し大きいくらいだ。星全体でこの規模なのだ」

「その星は、どこに存在してるんだ?」

「夜穿ノ郷からも遙か遠く。気の遠くなるような、ずっと暗くて寒い空間に。この星から故郷まで着くのに、最低でも5年を費やす」

「……」

「冷えた空間に、忘れ去られたように、その星は存在していた」

「…………していた?」

 そうだ、とクロアは相づちをうった。三途は察した。クロアが現在進行形ではなく過去形で語る意味を。

 クロア自身からその意味を語らせる酷さも。


「忘れ去られた星……光芒無キ果(こうぼうなきはて)は、機械生命体の魔機によって滅ぼされた」

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