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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
十二章:イストリアとクロア
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73話:人間

「クロアっ!」

 イストリアが叫ぶ。王宮前のそこに、すとんと立っているその男。

 明らかにクロアだった。イストリアの腹心にして、騎士。

 だが三途は喜びよりも衝撃に支配されていた。

 おかしい。だって、三途はクロアに一度会っていたのだから。

 三途が会ったクロアは負傷しており。確かに彼は戦線から離脱していたはずだ。

 そのクロアが、この場所に無傷で立っているということがおかしい。

 

 無意識に、三途はイストリアの肩を引き寄せた。

「三途……?」

「陛下、お待ち下さい」

「でも、クロアが」

「俺と月華はすでに一度クロアと会っています。なのに今ここに彼がいるのは不自然だ」

「たしかに、それはわたしも聞きましたが……それならどうしてクロアがここに」

「それは本人に聞くのが早いと思います」


 三途は改めて、クロアをにらみ据えた。

 姿形はクロアそのものだ。顔立ちも服装も、腰に差した剣もすべて、クロアだ。

 整った顔立ちはのっぺりとした表情をしている。怒りも悲しみも喜びも見いだせない。感情だけがまるで消えてしまったかのようだ。

「……クロア、なのか」

 クロアは答えない。かわりに、帯剣していた剣をゆっくりと引き抜いた。口で答えるつもりはないらしい。

「……っち」

 三途は月華に目配せした。月華はうなずいて、弓をしまいパチンコを取り出す。そしてイストリアを庇うように立った。

「さ、三途……?」

「どうやら、相手は平和的な話し合いをしてくれないようなので」

「そんな」

「ご安心を。なるべく傷つけません」

「そうではありません! 三途も……けがをしないように」

 イストリアの震えた声。ちら、とそちらを見やると、不安げな目の中に、確かな女王としてのあるべき光をも宿していた。彼女はどうやら、たったひとりの忠臣よりも王国国民であり番人でもある三途や国民たちの身を案じたらしい。情に流される心を押しとどめた。

「クロアを……なるべく傷つけないでいただければ助かります。でも……難しいとあなたが判断したら、わたしのこの"お願い"は聞き捨ててもかまいません」

「……陛下」

 クロアを何が何でも助けてほしい、と言うのは簡単だっただろう。それを押し込めて、これ以上の被害を出さないための言葉を番人に告げることは、彼女にとっては大きな勇気と決断が必要だったことだろう。


 三途は不敵に微笑んだ。

 女王イストリアにそうお願いされたら、番人も全力で応えるほかはないだろう。


「お任せを」


 三途は、双刀を引き抜いた。


 イストリアと月華を後ろへ下がらせた。

 門前のクロアは、一番近くに立つ三途へと飛びかかる。

 振り下ろされた剣を、三途は刀で受け止めた。

 鋭く裂くようなこの剣戟を、三途は覚えている。間違いなくクロアの太刀筋だ。

 三途は刀を前へ押しつけるようにして、クロアを引き離した。いったん距離の置かれた数歩の空白に三途は足を踏み入れる。

 双刀の片方を横に振り切る。クロアは軽く身を後ろへ傾けてそれを回避した。三途は振り薙ぐ勢いで横に回転し、身を低くかがめる。

 下段から刀を振り上げたが、それもクロアは最低限の動作でやり過ごす。

 クロアが剣を逆手に握る。まっすぐ突き下ろす先は三途の頭だ。

 三途はクロアの懐へ転がり込んだ。かつん、と剣は地面を穿つ。三途の背後でぴしぴしと、何かが罅入った音が聞こえた。

 転がったついでに、踵をクロアの腹部へと蹴り入れる。手応えがない。

 負けるものか、と三途は足を踏ん張り、クロアを向こうへと押しやった。

 案の定、クロアは後ろへと倒れ込む。ごろごろと転がって、すぐに立ち上がる。手に握られた剣は、地面に突き刺さったままだ。

 クロアから目を離さず、三途はゆっくりと立ち上がった。クロアは消えた表情のまま、三途から目をそらさない。

(何なんだ、これは)

 三途は違和感を覚えていた。突き刺さった剣を引き抜いて後ろへ滑らせる。イストリアを守っていた月華がそれを受け取った。

「クロア……」

 三途はふとつぶやいた。クロアはそれに呼応したのかそうでないのか。ゆらり、と身を傾がせた。

 ふと、クロアが漂うように手を宙にかざす。すると彼の手の周りに青い光が生まれた。波紋のように広がった光が細長い棒状の形へと変わる。

 光がやがて輪郭を持ち、確かな色と形を作り、そしてそれは剣へと成長を遂げる。ついさっき、三途を穿とうとした剣そのものだった。

「なんだっ!」

 月華が驚愕の声を上げる。さっと三途がその場へ目をやる。月華に渡したはずの剣が、煙となって消えた。


 三途はじっ、とクロアの剣を観察した。あれは呪術でいくらでも作成できるし、いくらでも分解することができる、と番人の目は言っていた。

 だが三途は疑問を抱く。生前の自分は、クロアがそんなものを持っていたという記憶がない。生前にみたクロアは、何の呪術もない、職人によって鍛えられた剣を持っていた。

 

 しかし今のクロアは呪術を施された剣でもってこちらに立ち向かう。

 明らかにおかしい。違和感のなかのひとつが、三途に明かされた。

 このクロアは、三途の知るクロアじゃない。


「お前、何者だ」

 三途は低く、クロアに問う。クロアはじっと黙して語らない。

(聞きたいのなら、実力行使で聞き出せということか)

 ならばお望み通り、引きずり出すまでだ。

 三途は踏み込み、再びクロアへと飛び込む。


 鳴り止まない剣戟と剣戟の金属音。幸運にも、三途もクロアもまだ深刻な傷は負わされていない。が、剣戟の音はじょじょに激しく強くなる。一瞬でも気を抜けば、どちらかが死ぬ。


「こん、のっ」

 三途はクロアの剣を弾き飛ばした。きぃん、と甲高い音を奏でて空へと飛んでゆく。

 三途は一瞬だけ剣に目を追わせた。回転しながら空を舞っている。

 しかしすぐにクロアに目を戻した。クロアの手から、白い煙が現れる。煙が霧散すると、その手にはやはり剣が握られている。

(何なんだ、あれは)

 じっと目を凝らす。呪術には詳しくない三途は、戦うことでそのからくりを見出すしかない。

 

 クロアが動いた。さっきまで防戦であったが、攻め手に転じる。

 三途に距離を詰め、腰を低く落とす。

 一歩踏み込んで、剣を前へと突き出す。三途は体をひねってやり過ごす。

「おっ、と」

 横へすれ違いざま、三途は隙の生じたクロアの腹部へ刀を忍び込ませる。しかし空気を切ったような感覚だけが残る。

 クロアも同じように横へと軽やかに跳んでかわしたらしい。

「まだまだ!」

 三途はすぐにクロアの方を向いて、再び距離を縮める。刀の届く距離からクロアを離さない。

 何より、月華とイストリアの方へは向かわせない。

 あの月華だけなら、打ち負かすことはできないにしても、クロアをやり過ごすことはできただろう。だけれど今はイストリアもいる。戦いに慣れていないイストリアを守りながらでは、月華は負けないことを保つことさえ難しい。

 

 がん、と剣と刀がかち合う。クロアの距離が、月華とイストリアに近い。三途は無意識にクロアの方へ回り込む。

 ぎっ、と奥歯をかみしめる。ぎらついた眼差しでにらみ上げる。

 無造作に、双刀を横へ振り切る。突風を巻き起こしながら、クロアの剣ごと彼を後ろへと押しのけた。

「……くそ」

「三途、援護はいるか」

「必要ない。月華は陛下の警護に集中してくれ」

「わかった。むりはするなよ!」

「おうさ!」

 三途は駆ける。


 何度も刃を交わしていて、ずっと動いているというのに、クロアの表情はひとつも変わらない。

 どころか、三途の方にだんだんと疲労がにじんできた。体力にはそれなりに自信があったのに。これでは月華に笑われてしまうな、と三途は場違いと思いながらそう心中でこぼした。


 ふたたび剣が交わされる。今度はクロアによって、三途が押しのけられた。

 ふらつきそうな足を叱咤し、三途は後方へと退く。

 肩を上下させながら呼吸を整える。目線はクロアから離さないまま。五感はこの空間すべてに集中させている。


「お前、……本当にクロアなのか?」

 クロアは何も答えない。

「俺の知るクロアは、少なくともそんな呪術を施した武器なんて持ってなかった。

 俺が知ってるクロアは、そんなにのっぺらぼうみたいな表情なんてしなかった。

 お前は、何者なんだ」

 絞り出すような声だった。無言を返されるだろう、無意味で空しい問いかけだ、と思っていた。

 だが、三途の意とは裏腹に、クロアがようやく口を開いた。


「…………っく」

「……?」

「くく、っく、ぁっははは」

 喉をならした軽快な笑い声だ。空を仰ぎ見ながら、けたけたりと笑いをぶちまける。

「なにが、おかしい」

「くっくく……いやなに。あまりに必死なお前が愉快でな」

「そうか……それは光栄だな。ぜんぜん光栄だとは思わないけど」

「冗談の通じぬものだな番人。

 ……しかしお前も奇特な心だ。

 お前の知るクロアだと? お前は、クロアの何を知っているというんだ?」

「なに」

「三年の間この星を放置していたお前に、三年の空白を経験したクロアに何を見出すのだ」

 三途は何も言えない。番人として一度死に、地球に生まれなおしてからこのかた、少なくとも夜穿ノ郷の時間では三年。

 

 クロアに視える、クロアには思えないこの存在に問いかけられて、三途は言葉を失った。


 三年のあいだ、クロアは何をしていた?


「……っ」

「答えられないか。それもまた仕方のないこと。お前を責めさいなむことはせん。

 だが、お前の知るクロアという人物の偶像は形づいてきた」

「あ……?」

「お前やそこの少女たちの思うクロアの偶像。

 クロアは王国に仕え、女王に仕え、星の行く末を案じ、騎士という責任を全うする。そんな人間であったと。お前も少女たちも思っている」

「そ、そうですっ! クロアは王国にとってもわたしたちにとっても、決して欠けさせることのできない、かけがえのない方でした!」

 イストリアが、むきになって言い返す。

「あなたは何者なのですか!? 本当にクロアなの……!? 違うの……? 本物なの……? 真実をおしえて……!!」

「少女にしては気丈だ」

 イストリアは不安げに、月華の腕を握っている。月華はパチンコをいつでも打てるよう準備していた。


 クロアは告げる。


「ならば教えよう。

 王国の騎士クロアは、魔機を製作した人間側の存在である」

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