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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
十二章:イストリアとクロア
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72話:進むこと

 三途と月華の目からうかがう限り、女王イストリアに目立った怪我はなかった。外傷はないが、体の中はどうなのかわからない。

 三途はイストリアをそっと、優しく揺り起こす。

「陛下……イストリア陛下……!」

「……ん」

 静かに閉ざされていた瞼が震えた。小さな唇から言葉にならないうめきが漏れる。

「陛下……!」

 うっすらと、少女の瞼が開かれた。

 透き通った瞳が弱々しく見出される。ひとまず、生きているという事実を知った三途は胸をほっとなで下ろした。

「三途女王は」

「今目を覚まされた」

 三途がイストリアを見ているあいだ、月華は周囲を警戒していた。月華の鋭い五感であれば、違和感が生じればすぐに察知できる。

 三途の無防備な背中や、無遠慮に投げ出されたイストリアを守っているのは、月華なのだ。

「ぅ……ん、あら……わたし、」

「陛下、お目覚めですか」

「え、……さん、ず……?」

 信じられないものを見ている、といわんばかりの表情だ。意識が半ばもうろうとしていたのに、三途と目が合ったとたん、はっきりと覚醒していった。

「どうしてあなたが……? あなたは、死んだはず、では」

「死んで、別の星で生きていました。18の年になるまで、地球で育っていたんです」

「なんてこと……まあ、こんな、ことって……」

 イストリアは言葉をうまくつなげることができずにいる。冷えた両頬に手をあてて、あらあらとあわてている。

「あの、陛下。恐れながら……俺が死んで生き返ったの、そんなに都合が悪かったりします?」

 余計なことを口走った自覚はある。が、三途はあえてきいた。

 イストリアはふるふると首を横にふるう。

「いいえ。いいえ、とんでもないことです。あなたが来てくれて、また生まれてくれて……イストリアはいま、とても心強い気持ちです……!」

 イストリアはそっと、三途の首に腕を回した。

「な、ちょっと、陛下……! お戯れを……」

 女の子に、スキンシップを賜るのは三途にとってもそんなに珍しいことではない。むしろ三途の周囲の女の子たちは、みな肌を触れ合わせることにためらいがない。地球で暮らしてきた影響か、はたまた夜穿ノ郷がもともとそうなのか、三途の感覚にはわからない距離感だ。

「陛下……長居は無用です。ここから出ましょう。ひとまず、王宮を出て安全な場所へ避難しなければ」

「まってください。わたしをここまで逃がしてくれたクロアを助けてほしいのです!」

「クロア……?」

 月華が、周囲の警戒を保ちながら声をかける。

「はい。この王宮は魔機によって占領されました。王宮と一緒に、わたしも魔機に命を狙われていました。

 でもクロアが、体を張って守ってくれたのです。おかげでわたしは命拾いをしました……。クロアが、わたしのせいで」

 イストリアは肩をふるわせて、精一杯告げる。

 クロアは、女王イストリアのいちばん隣にいた騎士だ。

 その姿勢はやや過保護な年の離れた兄といった風だが、イストリアに対する忠誠心は疑いもなくまっすぐだった。

 イストリアが三途によく触れてくるためか、三途には隠さず敵愾心を射してきた。が、その眼差しもイストリアの身を案じてのものであると三途は知っていた。その敵愾心を向けられれば向けられるほど、イストリアへの敬愛と忠義を確かに感じ取れた。

 やたらと突っかかってくる奴だったが、自分にとっては世話になった騎士だ。恩人を見捨てるわけにもいかない。

「落ち着いて下さい陛下。クロアは無事です」

「え……?」

「王宮にくる前、傷だらけの彼を発見しました。今は宿で休んでいます」

 三途が早口にまくしたてると、イストリアは目を見開きながら一字一句聞き逃すまいと集中していた。三途の言葉がとぎれると、イストリアはほっと胸をなで下ろしたようだった。

「ですので陛下。ここからは俺が魔機の大本を砕きます。陛下は月華と一緒に安全な場所まで、」

「いや、二手に分かれるのはあまり良くない、三途」

 三途を制止したのは、月華だった。月華は厳しい表情で、こちらを見下ろしていた。月華が考えもなく意見を述べることはない。何か考えがあってのことだ、と三途は知っている。

「どういうことだ?」

「あちらを見てくれ」

 月華の指さす先は、崩れた王宮、離れのその先の建物だ。

 建物の上には暗雲がたちこめ、その周囲を泳ぐように黒い物体が無数飛んでいる。飛行型の魔機だ。

「魔機……。ずいぶん集まってんな」

「本元はあっこにいると見て間違いない。そして三途、周囲もみてみ」

「……? ……あぁ」

 なるほど、と三途は納得した。

 離れ周辺をざっと見渡す。崩れた建物の残骸を除いて気にとまるものはなかった。

 だが、背中や頬にぴりぴりとした感覚が走る。番人システムが作動したのだ。

 姿は見えないが、瓦礫に隠れるように、もしくは姿を消して隠れている魔機がいる。数はおよそ10。しかもその10を破壊しても、暗雲を見上げる建物の中にたどりつくための道のりの途中で魔機たちに出くわすのは目に見えている。

「私も三途も、魔機に引けを取るほど弱くはない。けど、数で押されると勝ち目はなくなるぞ」

「たしかに……。ましてや陛下を放り出すわけにもいかないな」

「ここは、陛下を護衛しながら向こうまでいくのが得策だと私は考えてる。数は多いけど、私と三途なら倒せなくはないだろ?」

「そうだな」

「決まりだ。いこ」

「……よし。

 陛下、それでよろしいですか?」

「ええ、問題ありません。……ごめんなさい、あなたがたの足を引っ張ってしまいます」

「いえ、そのような。番人は星を守るために存在します。王国の番人は、王国の象徴たる陛下をお守りするのも役目のうちです」

「ありがとう……三途、月華も」

「私は良いんです。三途のオマケみたいなもんですから」

「いいえ、あなたも星のために尽くして下さっていること、わたしは知っています。そして三途をこちらへ救い出してくれたことも……。あなたはわたしにとっての恩人そのものです」

 イストリアは、きゅっ、と月華の手を握る。

 月華はぎょっとしながら、少し顔を赤らめた。

「いえ……私も、私の役目を果たしてるだけですし」

「ふふ、それでもありがとう、月華」

「んーーーーー……こそばゆい……。悪くはないんですけど。

 さて、いきましょ」

 ええ、とイストリアは月華についていく。少女ふたりのほほえましいやりとりを眺めながら、三途は周囲に集中した。


 暗雲の立つ建物へ向けての道中、案の定魔機は奇襲をしかけてきた。

 しかし魔機自体は大きくもなく、かといって狡猾に立ち回るほどの知性はなかった。

 襲いかかってくる敵は刀で迎撃し、イストリアを狙っていると思われる魔機たちは月華が事前に矢で打ち落とした。

 足下にごろごろと残骸たちが転がる。

 建物への道はあと少し。これまでの道中はいっそすがすがしいほどに簡単に歩いてこれた。

 むしろ、王宮に立ち入る前の魔機の方が本気でこちらを排除にかかっていたようにも思える。

 何かの罠か? だが三途のシステムはひたりとも動かない。いったいなにが? この先に待っているのだろう。

 番人システムは動かない。だが三途自身の第六感が告げていた。

 細心の注意を払えと。敵は目的地に確かに存在すると。

(近づいてみないとわからないってことか?)

 三途は刀をぐっと握りしめた。

「三途?」

「……あ、月華」

「どうした?」

「いや、何でもない。……なんだか、うまくできすぎてる気がして」

「うまく?」

「できすぎている?」

 月華とイストリアが、そろって首を傾げた。


「番人システムは何も言ってこないんだが、なんだかずいぶん来るのが簡単すぎて拍子抜けするんだ」

「それはたしかに……道中の魔機なんてアリバイみたいにいるだけで、本気でかかってはこなかったもんな」

「もしかすると、建物の方の警備を固めているのではないでしょうか。ここでの魔機が破壊されることは折り込み済みで。……あ、でも建物に近づかれては困るとするのなら、やっぱり道中で始末しておいた方が良いでしょうし……三途の言うとおり奇妙ではありますね」

「いってみればすべてはわかると思いますが、何らかの罠だった場合が怖いですね。

 陛下は俺と月華から離れないでください」

「はい! 戦いこそできませんが、せめて足手まといにならないよう、じっとしてます」

 ふむん! とイストリアは意気込んだ。

 

 道は険しくなかった。

 崩れた痕や瓦礫によって足場は非常に悪かったし、魔機の奇襲もふいをついてやってくる。

 だが足場の悪い地形に、三途も月華も慣れている。イストリアは力のある三途が抱えてやりすごすから、何らの障害にもならなかった。

 魔機に苦戦することもない。彼らは決して弱くないが、三途がこれまでに戦ってきた魔機と比べると動きは単調で、御しやすい。月華がいうには、「目を閉じてても矢を当てられる」ほどだ。

 

 違和感を拭えないまま、胸騒ぎを覚えたまま、三途は王宮奥地にたどり着いてしまった。

 王国王宮内でたったひとつだけ、この建物だけは破壊されずに残っている。所々傷や弾痕や武器のかけらは残っているが、全壊していた周囲のものと比べると無傷に近いといえる。

 おそらく、最奥のあの建物で総力戦が待ちかまえているんだろう。三途はそう確信し、歩を進めた。

 三途の後ろにはイストリアがおり、彼女を挟むように月華が殿をつとめている。

 

 最奥にゆくにつれて、暗雲も近くなる。三途の肌がびりびりする。

「三途……」

 イストリアが、そっと三途の腕を掴む。不安げに揺れる瞳は、最奥を眺めていた。月華は何も文句を言わず、どころかイストリアをそっとなだめた。

「大丈夫ですよ陛下。三途はつよいから」

「月華……」

「月華は身内びいきがすごいですけど、俺はそれなりに力に自信がありますから」

「ありがとう、ふたりとも……」

 イストリアはにこやかに表情をゆるめた。彼女の腕が、三途から離れる。

 

 最奥の王宮にたどりついた。ほとんど傷のついていない建物は、それだけで三途を圧倒する。

 

「あ」

 イストリアが、ぽかんと声を漏らした。


 建物の前に、彼女の探しているものが、立っていた。

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