70話:雲間穿つは風
三途はぐるり、と小型魔機を観察した。
数はおよそ数十。決して倒せないほどではないが、かかずらっている時間がないのも事実。
「手こずらせてくれる」
月華の放った矢が小型の1体に命中する。頭部に埋め込まれた青色のコアを砕いた。小型は後ろへ倒れ、それ以上動くことはなかった。
小型魔機はさらさらと砂粒のように形をゆがませた。
が、そこからさらに魔機が再形成されていった。
ぎょっ、と月華の目が丸くなる。
「そんなのありかぁ?」
「……なるほど」
平淡なシロガネの声だ。シロガネはマントから薬瓶を取り出し、軽やかに前へ放り投げる。
魔機の1機にかつんと当たったそれはとつじょ暴発する。熱を帯びた煙がその場にまき散らされた。
命中した魔機から広がるようにして、オレンジ色に煌々輝く炎が魔機全体に広がっていく。
それらはあっという間に灰と化したが、それらはまた再形成された。
「ふむ……。全機まとめて破壊でもいただけないわけ、だ」
「魔機そのものは脆いものですが、こうも再生が早いと時間だけを奪われますね」
「……何とか、しないと」
三途はふっと空を仰いだ。雲に隠れた先ほどの魔機はどこにもいない。
だが魔機の気配だけは、相変わらず空に残っているのだ。
三途はじっと目を凝らす。
「三途、前みてないと死ぬぞ!」
飛びかかってきた魔機を矢で迎撃しながら、月華が助言する。
「悪ぃ!」
「キミのことだ、何か考えがあるんだろ。最大の援護は保証するが、最低限目の前の敵から目をそらしてたら、さすがの私も面倒みきれんぞ」
「わかった。うん。気をつける。
けど、空の魔機が」
「空?」
「そう。さっき飛んで逃げた奴」
「そいつ倒せば何とかなるか?」
「……かも、しれない」
「自信ないね。三途君、システムは発動しないのか」
「番人システムが発動するには、おおもとの魔機をちゃんと見てデータをとらないといけないんだよ。見えないものがどういうヤツかわかりようもないからな」
「なるほど。つまり魔機が見えれば良いんだね」
にぃ、とシロガネがお得意のあくどい笑みを浮かべた。
「考えがあるのかシロガネ」
襲いかかってくる魔機を双刀で斬り伏せる。
隣の月華は休まず矢をつがえている。
「あるよ。ひとまず、空の分厚い雲を晴らそう。今すぐに」
いうやシロガネはマントから小箱を取り出す。中からは蛍光緑の液体がため込まれていた。
「セーレ、突剣を」
「はい」
セーレは迷わずさっと差し出す。
突剣の刃に液体がからみつく。
すると液体が光り輝き、わずかに冷えた風を生み出す。
「何だ、それ!?」
「きみたちに害はないからひとまず安心したまえ」
「せ、説明になってないな!?」
「お静かに。雲を吹き飛ばします。少し強い風が通り抜けますが、そこは何とか持ちこたえてください」
「持ちこたえて、って……おっとっと」
三途は迫りくる小型魔機を軽く振り払った。
「発動するまで時間がかかる。三途君、それまでにセーレを死守しろ」
シロガネはセーレの前に立つ。マントからあれやこれやと小箱や小瓶を取り出しては、魔機に向けて放り投げてやり過ごす。
「護衛や援護はきみの得意分野だろ、月華嬢」
「キミにいわれるまでもないぞ、シロガネ!」
「番人なら、星の住人の一人くらい守ってみせろ、三途君」
「……はっ、言うじゃないか! 王国の番人、その力とくと見せてやる!」
三途はシロガネにあおり立てられ、心を奮いたてた。
にいっと口端をつり上げ、とがった歯がちらりとのぞく。
「月華、セーレとシロガネのそばを離れるな! 俺が前にでて魔機を蹴散らす。俺の取りこぼしを片づけてくれ」
「まっかせろ! それこそ私の得意分野だ!」
三途は魔機へと駆け込み双刀を横に縦にふるう。
するり、と剣はなめらかに魔機の装甲を輪切っていく。切っ先がコアを砕き、たちまち魔機を砂へとかえてゆく。
一気に数体の魔機が砂塵となった。しかし三途をくぐり抜けてセーレに向かって突撃する魔機もいた。
「甘いっ!」
その魔機は、月華の矢にコアを穿たれ途中で伏した。次から次へと遅いかかってくる小型魔機を、月華の矢がすべてたたき落とす。
そしてセーレのそばから離れないシロガネは、黄金のベルを取り出してちりんちりんと鳴らす。この戦場においてかすかに奏でられた音が、魔機の行動をぴしりと封じた。シロガネの目の前まで迫ってきた魔機5体。すべてが金縛りにあったかのように動けない。
動きを止めているうちに、シロガネはマントから薬瓶の蓋を開く。
ぬめった液体が地面に滴り落ちると、焦げた香りを生じさせながら魔機へとはいずっていく。魔機の足下にたどり着いた液体がオレンジ色に爆ぜた。
守られているセーレは、きゅっと唇を引き結んで、突剣を空へとかざしている。
剣にまとう風が大きく、強くなっていく。ごうごうとうなりを上げながら、足下の砂塵を舞い上がらせる。
「うっぷっ、ぺっぺっ。砂が……」
「申し訳ありません月華様。しばしの辛抱です」
「もちろんさ! うっへ、喋らず黙って矢を射ればいいんだ!」
前線で魔機を引きつけている三途も、足下を通り抜ける強風に気づいていた。
風は自分を引き込もうと誘っている。だがその強さに負けないよう、いつもより強く踏ん張っていた。
飛礫が顔にぺちぺちと当たる。目に入らないだけましだ、と三途はその微々たる痛みを振り切った。
「……属性解放"風”。暗雲を切り開きます」
セーレの掲げた言葉と剣から、薄く光る風がするりと空へ駆け上がっていった。
矢を射るように、風は上空までまっすぐ飛ぶ。
厚く幾重にも広がっていた雲の一点に突き刺さった風は、一瞬光を強く輝かせる。
そして直後。
くぐもった音をかき鳴らしながら、厚い雲を無理矢理こじ開けた。
切り開かれたそこから雲はたちまち空が開かれる。
雲間から太陽の光が、梯子のように降りてくる。
「何だ、まぶし……!」
三途は思わず空を見上げた。
淡い光の梯子が空から注がれている。魔機たちの動きも一瞬止まる。
三途は青空に浮かぶひとつの黒点を見つけた。
空に隠れていた魔機だ。
「……! 月華!! あれだ!」
三途は魔機の攻撃をいなしながら、なりふりかまわず叫んだ。
月華はというと、にっと不敵に笑いながらすでに矢をつがえていた。
「もちろんさ、三途!」
ぎりぎりと引き絞られたそれがねらうのは、三途の示した黒点ただひとつ。
その黒点たる魔機は、遙か遠くの上空に浮遊してこちらを伺っていた。
いくら月華の弓の腕であろうと、あれほど離れた場所まで、矢が届くはずはない。
だが矢だけではない。月華の腕に加えて、彼女には番人の加護が働いている。星を、王国を害なすものがいれば、打ち砕く力をわずかに与えられている。
加護が合わされば、月華の弓に射抜けぬものはない。
「こいつでおわりだ!」
月華の明るい叫びと共に、矢が空へ飛んでいく。
まっすぐに駆け抜けるそれは、白く細い光をまとっていた。
空の抵抗に、空から降る風には何の意味もない。矢を止められるものは、今のこの場所でなにもない。
やがて矢は黒点へと届き。
一瞬動きをとめ。
わずかに、かつっ、と細かな音が生じ。
空遠くに響く爆音と共に、黒点を穿った。
空の梯子に混じってオレンジ色の爆煙がまき散らされる。
黒い飛礫が空からいくつか落ちてきた。
「……あ」
三途が押しとどめていた小型魔機が、軒並みすべて動きをひたりと止めた。
機能停止したそれらは砂塵となり。
吹き抜ける風に乗って散っていく。今度こそ、復活する兆しはない。
「小型魔機が……壊れた」
「空へ逃げた大型魔機が動力源だったようだ。あれが生きている限り小型は何度でも復活したのだね」
「なるほど」
三途は周囲を見回し、魔機がいないことを確かめてようやく刀をおさめる。
ふう、とセーレが息をつく。突剣をおさめた直後、へたりとその場に座り込んだ。
「セーレっ」
「申し訳ありません、三途様。少し力を使いすぎてしまいました」
三途も月華も、セーレに駆け寄る。セーレの肩が上下し、顔色が青くなっている。
突剣を杖代わりに、立ち上がろうとするセーレをシロガネが支える。
「申し訳、あり、」
「セーレ、無理に喋らなくていい。少し無理をさせてしまったね」
「……いえ」
「セーレ……」
心配そうにセーレの手を取る月華へ、シロガネがそっと視線を送る。
「月華嬢、セーレは私がみておく」
「うん? 大丈夫か? もしもの時に何かあったら、シロガネは戦えないぞ」
「戦えなくはない。苦戦を強いられるだろうけどね」
シロガネはセーレの突剣を預かり、セーレを抱き寄せる。
「三途君、私とセーレはいったんここに残る。この子の調子が戻ったらきみたちの後を追うから、先に王宮へ行きたまえ」
「……魔機や敵が来ても、あんただけで対処できるんだな?」
「できるよ。ま、死なない程度に立ち回ってやるさ」
ふ、とシロガネが微笑んだ。
シロガネとのつきあいは、生前の頃からそれなりにある。目的のためなら何でもやる男なのだ、シロガネという人間は。
生前の記憶と今まで見てきた彼の行動を照らしあわせた三途は、それを承諾した。
「わかった。俺と月華は先に行く。必ず来てくれよ」
「もちろん」
セーレがシロガネの胸の中で、顔をゆがめながらこちらを見上げている。
「無理をするなよ、セーレ。あんたが抜けるのは痛いが、あんたを永遠に失うのはもっと痛いからな」
「こら、三途君。それ私の台詞」
「わり。……じゃあ、俺たちは行く。月華」
三途は月華に手をさしのべる。
月華はにぃっ、と笑って、この手を取ってくれた。
「まかせろ! セーレ、シロガネ、あとでな!」
「ご武運を」
「あとでね」
よし、と三途は月華をつれて駆け出した。
王宮までの道のりは、生前の記憶が覚えていてくれた。
生前は車を使って王宮まできたが、今は歩きだ。少しばかり時間を食らう。
のんびりしている暇はない。急がなければならない。が、冷静に。三途は月華と共に王宮へとまっすぐ走る。




