69話:足止め
クロアを神流に任せ、三途は王都へ向かい始めた。
車に乗り込み、王都までの道のりを静かに急いで走っていく。
座席についている三途は、双刀を胸に抱えている。双刀を握りしめる手が強くなる。
今にも車を飛び出して王都へ走っていきたい気持ちを抑えた。
だけれど焦ってことを仕損じては何もかもを失うことになる。
「三途」
「……月華?」
隣にちょんと座る少女が、三途の袖を引っ張った。
「一人で抱え込まなくていいぞ。私が後ろから助けてやるからな」
「……ありがとう、月華」
「むふっ、いくらでも頼って良いぞ、むふーっ」
「はは、そうする」
ふっと無理矢理笑うと、月華も笑みを深くした。小さな手が三途の頭をぺすぺす叩く。
「本当に、ひとりで抱え込むなよ。わたしは三途を支えるためにいるからな」
「……もちろんさ」
「シロガネもセーレもいるからな」
話題を振られたシロガネは、三途の視線にうなずいて意志を示した。
「心配いらないよ。王都を奪還してイストリア殿下の救出、そして魔機の殲滅。我々ならできるさ」
「あんたが言うと謎の説得力があるなあ」
「だろう。……さあ、王都まであと少しだ。準備は怠りなくね。
もともとの作戦とは違うが、そうも言ってられないからね」
「旅芸人になりすますつもりが、なりすまして潜入しようとする王都がもう危ない状態だからな。変装はといておく」
とはいうもの、三途は変装用のポンチョを羽織ったままだった。シロガネもセーレも月華も、すでに自分の服に着替えてある。
「三途君、それ脱いでもいいんだよ?」
「や、刀が隠しやすいからこのままで良い。それに、体が隠れるから落ち着くんだよな」
「お気に召したようで何より」
「あんたの見立てが良いんだな」
「褒めても何もでないよ」
「出なくていいさ」
「三途、だったら私を褒めろ! 褒めたら褒めたぶんだけ飯を豪華にします!」
「わかったわかった。月華はすごーい」
「むふっ、帰ったら肉いっぱいつけてやるから! デザートのアイスも気持ち大きめにもってやる、むふーっ!!」
(単純だ……)
鼻息荒く、月華は夕飯の献立についてあれこれと考えを巡らしていた。
「失礼します、あと数分で到着します。準備を」
運転手のセーレが、こちらへ声をかけてきた。
その言葉ひとつで、彼らは表情を引き締める。
「停車します」
がたん、と車がゆっくりと止まっていった。
「……これは」
王都正門前には、誰もいなかった。門番がいたはずなのにいない。
あるのは魔機の残骸と、布の切れ端や折れた武器のなれの果てだけだ。
「生存者は……」
人の隠れられそうな場所に目を向けて駆け出そうとする。
三途の足を止めたのはシロガネだった。
「待った。民はシェルターに避難したと彼は言っていた」
「でも!」
「今はクロアの言葉を信じよう。我々の優先すべきはイストリア殿下の救出と、黒幕の魔機の殲滅だ」
「……っ、そうだな。わかってるよ」
三途はうなだれながらそう答えた。
「番人の三途君なら、反射で民を助けようとするのは仕方がないことも、私は理解しているよ」
「それはどうも。……でもシロガネのおかげで目的を見失わずに済んだ。ありがとう」
「何、私はものごとを合理的に判断するのが得意だからね。いつでも頼りたまえ」
気を取り直し、三途は腰の武器に手を添えた。いつでも引き抜けるよう、どこから魔機が来ても迎撃できるよう、聴覚に神経を集中する。
一歩を慎重に進める。視線を四方八方にうろつかせる。目の良さに自信はあるが、砂埃と荒れ果てた町並みに散らばる瓦礫のせいで視界が悪い。
このなかでは一番目の良い月華でさえ、うーん……とうなりながらじっ、と一点を集中して観察していた。
「月華、俺の後ろにいてくれ」
「うん」
月華はおとなしく三途に従う。
シロガネはというと、セーレに前方を頼んで自分は後方に気を配っていた。ほどよい距離を保ちながらお互いの担う空間をしっかりと観察している。武器をいつでもとれるよう臨戦態勢である。あちらはあちらに任せて良さそうだ、と三途は彼らから目を離した。
空虚な風の音に混じって、金属の擦れ合う音がわずかに聞こえる。
金属音よりももっと小さな音だったが、魔機特有の機械音も、三途の耳がとらえた。
ひたり、と三途の足が止まる。背後についてきた月華が、三途の背中に可愛らしくぶつかる。
「三途?」
「……魔機の、音が聞こえた」
「なぬ」
月華は弓に矢をつがえた。月華の茶髪が少しだけ逆立ち、緑眼が鋭くきらめく。
「どこから聞こえる?」
月華は小声で三途に尋ねた。
三途は目を閉じて耳を澄ませる。風と自分たちの足音と、砂の舞い上がる音にまじるかすかな音をたどっていく。
神経をとがらせてようやくとらえられる音。
その音がふいに消えた。代わりに届いたのは、砂が掻き乱れる音。
魔機の機械音が途切れる。三途はさらにきつく瞼を閉じる。
「……消えた?」
「!」
「今追う、ちょっと待って」
耳に届かない音が、足の裏に伝ってきた。
足から腹へと響く音が近づいてくる。
三途は、ばっと目を開いた。
「下だ!!」
叫んだ瞬間、三途は月華を抱えて後方へ飛び退いた。
三途の立っていた位置が勢いよく隆起した。
石畳を砕き割って何かが飛び上がる。
「何だ!」
「……!」
大きな音を聞いたシロガネとセーレが、三途のもとへ駆けつけた。
「魔機だ! 臨戦態勢!」
三途が叫ぶと、セーレが静かに突剣を引き抜いた。
「シロガネ様、援護をお願いいたします」
「もちろん」
三途も刀を引き抜き、目の前の魔機に備えた。
典型的な人型。胴体と四肢は細い。両手にひとふりずつ剣が握られている。剣は黄金。魔機の装甲は青色だ。
眼球部分は白く濁り、腹部にきろりと光る赤色の宝石が埋め込まれている。
あの赤い部分が核である、と三途は番人システムで悟った。
魔機は剣をすらりとふるい、三途を睨み据えている。
「さっさと片づけて王宮に急ぐぞ」
三途はまっすぐ魔機へ駆け込む。地面を這うように駆け抜け、すれ違いざまに、魔機の胴体を刀で撫で斬る。
すらり、と肉を斬るのと同じように、何の抵抗もなく刃が通った。
だが切っ先は赤色の心臓部分にはたどり着かなかった。
魔機と背を向けあった三途を守るように、月華が魔機に向けて矢を放つ。
数本の矢は魔機の足下を穿つ。
「三途、援護はまかせろ!」
いうや、月華はつぎの一本の狙いを魔機の腹部へと定めた。
魔機は月華に向けて距離をつめている。距離はおよそ数メートルあったはずなのに、あと一歩で月華を斬れるところまで迫っていた。
「っ」
月華はきゅっと唇を引き結び、矢をつがえて動かない。
「月華!」
にげろ、と三途が叫ぶよりも早く、月華の矢は放たれていた。
矢は魔機の右手を貫く。右手の剣がからりと地面に落ちた。
しかし問題は左手だった。
もう片方の手は、下段に構えられ、月華の視界からわずかにはずれていた。
「危ない!!」
三途の叫びむなしく、刃が月華を斬り上げようとしていた。
が。
「……っえ?」
月華は目を見開いていた。
魔機が下段に構えたまま、動かない。動けない。わずかにがたがたとふるえている。
魔機の四肢に、青白く光る糸がからみついている。糸の発生した場所を目で追うと、そこにはシロガネがたっていた。骨ばった指先には糸が巻き付いていた。
月華はさっと飛び退き、もう一度矢をつがえる。
「次は当てる」
ぎりぎり、と魔機がもがき糸を引きちぎろうとしている。
その前に破壊してやる。
魔機の後方をとった三途も、刀を構えて駆け出す。
「次は斬る」
たんっ、と軽やかに地を蹴る。ひゅうっ、と風が三途の全身にまとわりついた。
一歩、もう一歩ともがく魔機へ着実に近づく。
踏み込んで横へ一閃、刀を振りきろうと体をねじる。
月華もまた、矢を放つ。
が、魔機は呪縛を無理矢理引きちぎって上空へと飛んだ。
三途の刃は空を切り、月華の矢は向こう側の壊れた民家へと突き刺さる。
「上だっ!」
月華が素早く矢をつがえ直してそう叫んだ。三途は反射で空を見上げる。
空の上に魔機とおぼしき影が静かに漂っていた。しかしそれは雲間に隠れて三途の視界から消える。
びりっ、と三途の背筋に悪寒が走った。なにかを考えるよりはやく、その場を飛び退いた。
ついさっきまで三途がたっていた場所から、ぼこりと新たな魔機が出現した。
今度は灰色の魔機。
「わあっ」
月華は間抜けな悲鳴とともにその場を離れた。月華の足下をねらって薄茶色の魔機が地面から現れたのだ。
「ふ、増えたっ!」
「ああ、俺にもわかる」
「まずいね。これは」
シロガネが静かにつぶやいていた。シロガネと彼を守るセーレの足下からも、薄青色の魔機が現れたのだ。
「三途」
「大丈夫だ。月華、こちらへ」
三途は月華の腕をつかんで胸に引き寄せる。ぼふっ、と月華の小さな頭が三途の胸にぶつかった。
「うぶっ。……三途、近くにいては私、ちゃんと援護ができない」
「……いや、離れていると各個撃破される」
「なん……? なっ、」
月華はぎょっとした表情で周囲を見回した。
すべてを察したシロガネは、それとなくセーレを三途の元へとつれてくる。
ぼこり、ぼこり。と。
地面から人型魔機が現れた。
色に違いはあれど、そのいずれもが淡い色の装甲をまとっている。形は先ほど空へ逃げた魔機と同じ。ただし一回り小さく、小回りが利く。
「増えた……」
「そのようです、月華様」
「数でモノいわせようってか! 月華様の矢をなめるなよ! 無尽蔵だからな!」
むわーっ!! と、月華は魔機に向けて威嚇する。
三途たちを無数の魔機が取り囲む。全機、切っ先をこちらに向けている。
たらり、と三途の額から汗が流れた。
この数をいちいち律儀にお相手していたらまず確実に時間がない。
そしてイストリア救出に大幅な遅れが生じる。なんとしても避けるべき事態だ。
ということは、この魔機を各個撃破するよりも。
一気に破壊するのが一番の作戦だ。
三途は、そう悟った。




