6話:帰り支度
「月華、セーレ」
突剣を地面に突き刺し、三途は膝を折る。
月華はセーレを抱き抱えており、セーレの傷口に手を当てていた。
セーレは気絶している状態であったが、その顔色はほのかに赤らんでいる。
「三途」
「セーレの怪我は」
「応急処置はした。幸い傷は浅かったから、命に問題はないよ」
「よかった。……月華は、どこか痛いところや苦しいところはないか」
「私も平気だ。それよりも三途、キミの方が」
「ぴんぴんしてるよ。心配ない」
「ならいい……」
よかった、と月華の表情が和らぐ。
ふと、三途は首を傾げた。
「ん……? セーレの怪我は大したことなかったのか? 俺がみた限りだと相当血が流れてた気がしたんだけど」
「そうか? 私がみた時はもうほとんど血が止まってた。
……そうか、奴の仕業か」
月華が合点の言ったようにはっと目を開く。
「奴って?」
「シロガネという、セーレの主君みたいな奴。あいつ、セーレに加護をほどこしたんだろう。重傷を負ってもじょじょに傷が回復するよう、自動回復をしたのだ。あいつならやる。絶対やる」
うんうん、と月華は一人うなずいた。
おいて行かれるのは三途の方だった。自分の記憶が戻ったとはいっても、それは自分自身に強く関わることのみであり、とどのつまり自分の最期と月華との関係性しか今のところははっきりと思い出せていないのだ。
「わりい、月華。シロガネってどんな奴だったっけ?」
「何となくいけ好かない仕事仲間。……三途、覚えていないのか?」
「いや、思い出せないだけだ。記憶にばらつきがあるんだ。
月華のことは思い出したけど、そっから先はまだおぼろだな」
「そうか。なら帰り道に教えておこう。
まずはこの地球からおさらばすることが重要だ」
「ああ……けどこの惨状、どうすればいい」
三途は改めて周囲を見渡した。
緑、赤熱、銀の魔機を破壊したことによって、魔機という脅威はなくなった。
が、その跡は三途の顔をゆがませた。
アスファルトはあらゆる場所で割れ隆起し人々の移動を妨げる。
そもそも生存者という生存者がいるのかもわからない。ビルの割れたガラスを頭から浴びた者、隆起した人をおおえるほどの鉄の岩の下敷きとなった者、魔機に体を食われた者、炎の餌食となった者。そのすべてを数え上げるのは困難だ。
遠くでサイレンの音がけたたましく鳴り響く。ようやく救急車や消防車が駆けつけた。その遅さに三途は何も感じない。魔機が占領しているこの空間で下手に近づけば、あれらも犠牲になっていた可能性があるからだ。
というか、地球の軍事力ではおそらく魔機に対抗することはできない。その場に居合わせた者は運が悪かった、としかいえない。
炎がところどころで上がっており、消防隊がそれらに水を放っていた。
人の焼ける臭いが充満しており、到着したての隊員たちは鼻を手でふさいだ。
「ぅ……」
「セーレ!」
月華の腕の中で、セーレが身をよじらせた。
「月華、様……?」
「気がついたか。よかった……」
「ぼく、魔機に、……あれ?」
セーレが体のあちこちをさわり始めた。ぱちぱちと碧眼をしばたたかせて、自分の体の異変に混乱する。
「ぼく、魔機につぶされたはずでは、あれ? え?」
「落ち着けー。キミの傷はもうふさがってるぞ」
「内臓飛び出た気がしたのですが、あれは錯覚だったのでしょうか」
「そんなに強くつぶされてたのかよ! やめてくれ俺はグロが苦手なんだよ!」
「口から生ぬるいものが詰まった感覚がありましたし、あれは腸が出たのかと思ったのですが……単に舌を詰まらせただけだったのでしょうか」
「人の話を聞けよ!」
「若干、腹部も損傷していましたし、臓物が見えるほど深く負傷したのかと思っていましたが……なるほど、あれはすべて幻覚だったのですね」
「頼むセーレ。ちょっとでいい。5秒でいいから俺の話を聞いてくれ」
「あ……、三途様、ご無事でしたか」
「ご無事でしたよおかげさまで!その前にいろいろ言いたいことが……」
「待った待った三途! セーレも! 長話は帰り道で! 今はこっから離れよう」
月華が三途とセーレの間に割って入った。
三途は月華の頭越しに消防車の方へ視線を向ける。そちらにはすでに何台ものパトカーが寄せられていた。
今は生存者の救出作業に追われているから、警察も三途の方には目を向けていない。
だが作業が終われば、生存していてなおかつ無傷に近い状態の三途を見つけたら、何かしらいらぬ疑いをかけられるのは間違いない。
「夜穿ノ郷までの通路はまだ生きてる。だからまずは地球からおさらばするのが最優先事項だぞ、三途」
「う、うむ……。わりい、その辺もまだ思い出してないんだ。案内たのむわ」
「任せろ」
にっ、と月華は不適に笑む。
「この状態はさすがに放置はできませんね」
傷が大したことないとわかるやいなや、セーレはすっと立ち上がった。その表情も、三途が初めて出会った時と同じく引き締めたものになっている。
「でもセーレ、うかうかしてたら、三途や私たちが疑われるよ。ほっといて帰ろう。どうせ地球の奴ら、三途に対してひどいことしてきたんだろ?」
「何で月華がそんなこと知ってんだ?」
「それも帰り道に話すよ。なあセーレ」
「いえ。この程度であればぼくの力で情報操作は容易です。お二人はお先にお帰りを。ぼくは1時間ほど遅れて戻ります」
服の汚れをぱっぱっと振り払うセーレには、三途と月華の制止などお構いなしに有言実行する気でいる。
「わかった。私は三途をつれてく。
ちゃんと、戻ってくるんだよ? シロガネのためにも」
「もちろんです。戻れなくなるつもりも、死ぬつもりもありませんので」
では、とセーレは一礼して、パトカーひしめく跡に消えていった。
三途は月華に手を引かれ、半壊した劇場の門をくぐった。魔機がやってくるまで、三途はここで舞台を鑑賞していたせいか、少しばかりままならない気持ちを味わった。劇場にいたスタッフや演者に生存者はいるんだろうか。今更考えても意味のないこととはわかっていたけれど。
「こっちだ」
月華が手招きする先に行く。
劇場の壊れた門の先にある庭園。色とりどりの花が咲いていた場所には火の粉が散る。
庭園の奥まで歩をすすめると、 そこには劇場にはなかったものがいつの間にか存在していた。
「何だ、これ」
三途は言葉を漏らす。
朱塗りの鳥居が幾重にも立っている。ばっくり穴の空いた壁を突き抜けるように、千本鳥居のようなそれはずっと先へと続く。石畳はところどころ亀裂が走っていた。
「夜穿ノ郷へ行くための、一時的な通路だよ」
「通路?」
「そう。連絡通路みたいなもの。でもこれは私が作り出したものだから、私たちとセーレが郷に帰ったら消えるようにしくんである」
「そうか……。ん? 連絡通路? って作るものなのか」
「うん。一時的に作るのもできるし、もともと世界と世界をつなぐ連絡通路が最初っからできてるのもある。地球には連絡通路がないから、こうして自分で作らなきゃならないんだ」
「へえ……。ごめん、世界のシステムもまるっきり忘れてるわ、俺」
「しょうがないさ。地球に生まれたら、異世界との交流が皆無になるからな。まだ体のどっかしらが地球人気質になってるんだろう。そのうち慣れるよ」
「そっか」
「さて、この鳥居をくぐって歩き続ければ、私たちの故郷に帰れる」
「故郷……。夜穿ノ郷」
「うん。だけど、故郷はひどい有様だ。なんせ、あの魔機が好き放題暴れ回ってるんだから」
「魔機が? ……ああ、そもそも、魔機は郷にきてたんだったな」
三途は前髪をかきあげる。
なんだか記憶がおぼろに戻りはじめてきた。地球で18年間暮らしていたための地球人感覚がどんどん消えていく。
三途の身体に外見的な変化はない。が、精神はゆっくりと本来の姿を戻しつつある。
「俺……」
「歩きながら話そう。さあ」
月華が石段をしっかりふみ進めていくたび、彼女のポニーテールが揺れた。
三途もそれに続いていく。
石段に足踏み入れると、ふわふわとした浮遊感がまとわりついてきた。
その違和感も最初のうちだが、次第にからだがなじんできた。
「……。夜穿ノ郷は、至って平和な世界だった」
「そうだった、な」
月華の言葉に相づちを打つ。
「郷はいくつかの国に分かれてて、それぞれの国の長がそれぞれ統治していた。私たちの故郷は『王国』に属している。
私たちの暮らしていた故郷はーー」
「森。百獣の森」
「そう。お、思い出してきたな」
月華が振り向く。
「思い出してきた。俺は旅芸人として世界各地を回ってて、ごろつきどもにおそわれていたのをおまえに助けられた」
「そして案外おもしろい男だと思った私は、キミを仲間にすべく、森に連れて行った。怪我の手当という名目でな」
「ああ、そうだったな」
「そこで連れて行った森。百獣の名の通り、そこにはたくさんの獣が生きていた。私はその森と獣を支配する役目を持っていた。
おじい様から受け継いだその役目、獣の王……。私はキミとキミの義兄弟を我が一家ーーアリステアに迎え入れた」
月華の家、アリステア。代々、王国の辺境に広がる百獣の森界隈を守っていた。
守る、といっても正当な守りではなく。ある意味で狩猟ともいえる。
森を侵略するもの、アリステアの仲間を傷つけるものは、すべての力でもって敵の命を刈り取る。
王である月華は華奢であるが、弓をはじめとした跳び道具の腕は抜きんでている。ねらった獲物はすべて逃さない。
もともと旅芸人として芸を売り歩いていた三途はそれなりに鍛えてもいたためか戦力として申し分なかった。義兄弟である神流もまた同様。
戦力というよりは。三途と神流は舞踊の腕を買われて「おもしろそうだからちょっとウチきてよ」という軽い好奇心から引き入れられたといってもいい。
その森の記憶。懐かしさがこみ上げてくる。三途は一瞬だけ瞼をとじた。