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68話:しばしの別れ

 クロアは宿の救護室に連れ込まれ、応急処置を施された。

 三途と神流が彼に付き添い、月華はシロガネとセーレにこのことを報告していた。


 クロアは救護室のベッドでひとまず眠っている。宿の職員に知り合いであることを告げた三途は、クロアが目覚めるまで付き添っていた。

「三途……」

 クロアの身をいちばん案じているのは神流だ。悲しげに顔をゆがませる義弟に、三途はせいいっぱい笑いかけた。

「大丈夫だよ、神流。けがは大したことないって話だし、見たところ体の中も異常はないってさ。すぐに起きるよ」

「……うん」

「そろそろ月華は来るかな」

「そうだね。シロガネさんたちにお話しないとね」

 とりとめもない会話が、ふいにとぎれた。


 三途は寝静まるクロアを眺めながら、確かな不安にかられていた。

 クロアは王国王女イストリアの側近であり、一番信頼を寄せられている男だ。

 そんな男が王都を離れてここまできているということは、王都で何かがあったのは想像に難くない。

 そして側近が不在になってしまった王女の安全に支障がでていることも、容易に推測できる。

(殿下は無事だろうか……。いや、クロアに聞けばわかることだが……)

 胸騒ぎが収まらない。ただ三途は、イストリアの無事を祈るしかできなかった。



   *


「彼がクロアというのか」

 数分後、シロガネが宿の職員に案内されてきた。月華はセーレと部屋で留守番らしかった。

 救護室に眠るクロアを眺めて一言、シロガネはそうこぼすだけだ。


「ああ、王都のイストリア王女の側近で騎士……。怪我はしてるが、命に別状はないらしい」

「そうか。少なくとも王都は無事ではすまされていないらしいね」

「だろうな。クロアだけがここにいるということは……」

「それもあるけれど。ほらこれ」

「……?」

 シロガネは、すっと三途に何かを手渡した。夕刊の新聞だった。

 三途は首を傾げながらもそれを受け取る。ざっと一面記事に目を通すと、大きな写真と一緒にでかでかと「王宮陥落」と記されていた。

「な……!!」

「風呂上がりにロビーでのんびりしていたら、ちょうど夕刊が届いていたものでね。職員に借りてきた」

 三途はその見出しを何度も読み直す。見間違いではないようだ。

 写真は炎に包まれている王宮が映されている。

 記事によると王宮に魔機が侵攻し、王宮内にいた者はすべてなぎ払われてしまったということだ。

 

 王女イストリアの安否は不明。クロアの行方もわからない、……と、新聞記事では言われている。

「王宮だって……? 殿下が、」

 新聞を無造作に畳んで今にも救護室を出て行こうとする三途の肩を、シロガネがすかさず掴んだ。

「落ち着きたまえよ。王都はすぐそこだ。車をとばせば1日とかからない。セーレに荷物をまとめるよう告げておいた。いつでも出発できるようにね。まずは冷静さを取り戻しなさい。

 私達がしなければならないことは、まずこの男にことの詳細を教えてもらうことだ」

 いいね、とシロガネは低い声で三途に言う。厳しく恐ろしげな声に半ば圧倒され、三途は高ぶった気持ちを静めることができた。

 シロガネが三途のその様子を見てふっと表情をゆるめた。

「冷静になったようだね。よろしい」

「……ごめん」

「いやなに、落ち着いてもらえたなら何より。君は王国の番人だ。こちら側の切り札なのだから、よく考えて行動してもらわなければね」

「うん……」

 

 ほどなくして、荷物と一緒に月華とセーレが救護室へやってきた。ふたりとも武装準備は整っており、あとはチェックアウトをするだけといったほどだ。

「お待たせ。荷物と着替えはここだからな。私達がクロアを見てるから、三途も神流も着替えておいで」

「ああ、助かる」

 三途は月華から荷物を受け取り、救護室の仕切りとなるカーテンの向こうでさっと服を着替えた。


 シロガネは救護室で新聞や雑誌などで王都周辺の情報を調べていた。クロアは月華に任せ、セーレと一緒に机で資料とにらめっこしている。

 三途は月華と交代し、眠るクロアをじっと見下ろしている。

 クロアの表情は穏やかで、ひとまず安静ではありそうだ。

 焦燥する気持ちを抑えて、三途は愛用の武器の手入れで気を紛らわした。

 

 かちこちと時計の秒針と、新聞をめくる音だけが強く聞こえた。

 何度もその音を聞くうちに、ようやくクロアが目を覚ました。


「ぅ……」

「クロア!」

 うっすらと、クロアが瞼を開いた。ぱちぱちとしばたたかせ、ゆっくり視線を三途に向ける。

「おまえ……赤毛の、番人か」

「三途だってば。いや名前のことはもうこの際どうでもいいわ。

 何があったんだ? 怪我をしてここまで来て……イストリア王女は無事なのか?」

「一気にまくし立てないでくれ……」

 クロアが上体を起こす。

「頭の中はまだ混乱しているんだ。聞きたいことは一つずつにしてくれ……すまん」

「いや、俺こそごめん……」

「クロアさんっ、体の方はもう大丈夫? 痛いところはない?」

 ずいっ、と神流が三途にのしかかる勢いでやってきた。

「ああ、神流か……大丈夫だ」

「よかった」

 神流がほっと胸をなで下ろす。


「気を取り直して、何があったか聞かせてくれないか。王都はどうなっている」

「ああ、今や王都の機能は停止している……」

 クロアは絞り出すように答えた。その言葉を聞いて、三途はぞっと血の気が引いた。

「王都の民たちはほぼ壊滅状態だ。救出に成功した者たちは王宮のシェルターに避難させた。だがシェルターの備蓄が底を尽きたら彼らの命も危うい。

 ……うかつだった。王都にはすでに、人間に擬態できる魔機が潜んでいたのだ」

「……なんてことだ」

 三途のおそれていたことが現実になった。これまでの魔機は堅い装甲に包まれた、ロボットに近い形を保ちつづけていた。

 海底基地にある臓物のように、だんだんと人間の皮膚や物質に近い形を作り上げていったのだろう。急速な進化を遂げている。


 ふと、シロガネが口を挟む。

「人間に擬態した魔機だと? だとしたらシェルターに避難した住民たちの中に、擬態した魔機は紛れ込んでいないか?」

「それはない。シェルターに入れる前に俺が避難者を全員検査した。魔機はいなかった」

「ほう、えらく断定するね。見分けがつくほど、きみの目は冴えているのか」

 シロガネの言葉に、クロアは少しぐっと息を詰まらせる。

 三途は首を傾げた。

(今の時点で言えない事情があるのか……?)

「とにかく、シェルターの避難者たちは皆人間だ。

 それから王都。壊滅状態なのは先ほど伝えたばかり。

 王都の町は魔機によってほとんど壊され、あちこちに二次災害が発生している。火災や道の崩壊が主だ。我々王宮騎士たちは火消しと避難者救出、それから魔機の迎撃に分かれて応戦していた。

 だが魔機が人間に擬態したことでゲリラ戦状態となってしまった。騎士たちも半壊している」

「騎士のなかに、本物の人間なのか擬態した魔機なのか見分けがつく人はいないのか」

「いない。俺と殿下だけだ。……騎士をのぞくなら、番人であるおまえもだろうな」

 クロアは三途を見上げた。

「俺は王都広場の魔機を迎え撃っていた。だけどそれが間違いだったんだ。

 少数の魔機が、警備の手薄な王宮に入り込んでしまっていた。それに気づかない俺は愚か者だった……」

 クロアは前髪を掻き上げる。

「王宮に入り込んだってことは……殿下は……」

「殿下を魔機に奪われた」

「……やはりか」

「それで、殿下は無事なのかな?」

「まだ無事だ。魔機の策略に気づいた俺は広場の魔機を部下に任せていったん王宮へ戻った。

 殿下は王家の隠れ家に避難させていたが。数体の魔機に殿下はさらわれていった。俺はそれを目撃した。……あと一歩で手が届いたのに」

 ぎり、とクロアの奥歯がきしむ。ぐっと握りしめた拳が震えている。

「……夢の通り、イストリア殿下に危機が及んでいる」

「夢に見たのだったな、番人。その通りだ。王都で魔機に立ち向かえる戦力はもう残っていない。

 頼りはおまえだけだ、赤毛の番人」

 請うような眼差しだった。クロアにとっては、イストリアは何としてでも守らなければならない存在で、何が何でも奪還しなければならない少女なのだ。

 

 本来なら自分がその身を賭してでも魔機へ挑んだだろう。しかし魔機との戦いで負った傷がそれを許してくれなかった。

 このままイストリアの救出に向かっても、いたずらに自分が死ぬだけだ。それではイストリアは魔機にとらわれたまま。

 目的は、王女イストリアを取り戻すこと。その目的に至るまでの過程において、助け出す人物は自分でなければならないという必要はない。


「赤毛の番人……いや、三途。おまえに殿下を託す。

 どうか、殿下を、……イストリア様を救ってくれ」

「……わかった。俺が必ず助け出す」

「ありがとう……。傷が癒えたら俺も戦える。魔機の足止めくらいはできるから」

「たのもしい。……まあ、ゆっくり休むといいさ。あとは俺がやる」

 とん、と三途はクロアの肩をたたく。

 出発しよう、と三途は荷物をもってその部屋をあとにした。


「三途、僕……ここに残っても良いかな」

「どうした神流? 急に」

 部屋を出てすぐ、神流がその言葉ひとつで三途の歩を止めさせた。

「クロアさんのことを見てたいんだ。怪我が治ったら一緒に王都へつれてく。……戦力減っちゃうけど」

「なぁに、平気だ。俺がふたりぶん戦えば良いだけだ。

 月華、良いか?」

「かまわないよ。三途のことは私がみていてやるからな、むふーっ」

「シロガネとセーレもそれでいいか」

「良いよ。彼を野放しにしては、我々の目を盗んで捨て身で王都へ乗り込む可能性も高い。見張りをつけておく必要がありそうだ」

「シロガネ様が良いのでしたら、ぼくもそれに従います」

「うん、決まりだな。神流、クロアのことを頼む。殿下は俺たちで助ける」

「……わかった。気をつけてね、三途」

「お互いにな」

 こん、と三途は神流の頭を撫でた。



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