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66話:イストリアとの夢

「三途ー!!」

 月華は勢いよく三途へと飛び込んだ。

 まっすぐ三途の胴に顔を埋め、ちゃっかり腰に手を回す。

「ぐふ……っ、悪い月華……。はぐれちまって」

「いいんだいいんだー! セーレも無事か! ふたりともけがはないか! 大丈夫か、大丈夫なんだなー! よかったーっ!!」

 月華の茶髪がぴょんぴょんとはねている。月華の後方から、小走りで駆けてくる神流とシロガネの姿があった。

「三途、ここにいたんだね」

「ああ、神流。悪い。心配をかけた。シロガネも、セーレは無事……」

「セーレ!!」

 シロガネは三途にも月華や神流にさえ目もくれず、三途の後ろに控えていたセーレを胸に抱き寄せた。

「うわっ、シロガネさま、みなさんの御前ですよ……!」

「かまうものか。ああセーレ、けがはないか……? 隠してはいないだろうね? 大丈夫かい? 三途君を信用していないわけじゃないが、……本当に大丈夫なんだね?」

「もちろんです、シロガネ様。……あ、でも合流する途中で魔機に遭遇しましたが」

「何だと!! 魔機だと! おのれ、セーレに危害を加えるものは何であろうと許さない……!! 今すぐにスプラッタにしてやる……」

「しーろーがーねー。魔機はもう破壊したよ」

 あまりに周囲にい対して盲目になっているシロガネへ、そっと三途が口を挟んだ。

「おや三途君、ご苦労様。で、魔機は? え、壊した?」

「そう。隻腕の魔機でな。内部っから触手を無限にわき出させてきた。やっかいだったけど温泉で何とかなった」

「おんせん? しょくしゅ?」

 月華と神流が首を傾げていた。

 それもそうだ、と三途は納得した。一から説明しないと、遭遇した魔機の詳細についてはちゃんと理解できないだろう。

「じつは……」

 三途はひとまずかいつまんでさっきまでのことを話した。

 

 隻腕の魔機のことも、彼の戦闘スタイルのことも、温泉によって逆転をしたことも。

 ただし、セーレの性別については触れないことにした。彼女から秘密にしてほしいと言われたのだ。軽々しく吹聴する必要もない。


「そっか。魔機か……」

 月華が腕を組んで思案顔にふける。

「そういえば、月華たちの方にはいなかったのか、魔機とか盗賊とか」

「いんや、こっちでは誰もいなかったよ。魔機も人も」

「そっか。……ま、無事でよかった。さて、気を取り直して王都へ……」

「あ、そうだ。車大丈夫かな。三途とセーレを探すために、元の場所においてきてあるんだ」

「じゃあ、最初の位置まで戻らなきゃならないな」

「うむ。今度は皆一緒だからな! いくぞー!」

 おー、といわんばかりに月華は拳を突き上げる。


 車をおいてきた場所まで戻ってきた。

 車には食料や荷物が押し込まれていたが、幸運にもどれも手を着けられていない。

 車本体はそこそこ損傷していたが、走行はできるらしかった。

 念のため、とセーレが車の動力部分や中を確認したが、特に問題はないということだった。


「では気を取り直して、参りましょう。シロガネ様、あと少しの辛抱ですので」

「大丈夫だセーレ。乗り物に揺られる感覚にも慣れてきた。もうこれ以上失態は犯さない」

「それは何よりです」

 座席にシロガネが乗り、三途と神流と月華が倣って席に着く。

 まもなく、車はゆっくりと走り始めた。


 お山を越えるのに数時間かかった。途中霧雨が降った以外、道中は特に異常事態に遭うことはなかった。

 車中、退屈しのぎもかねて、三途は先ほど戦った魔機のことを話していた。シロガネに聞きたい、とせまられたのが大きな理由だ。


「さっきの魔機?」

「そうだよ。我々と離ればなれになったとき、魔機と遭遇して撃退したというじゃないか」

 三途の肩に、こてんと月華の頭が寄りかかる。静かに寝息をたてている月華を起こさないよう、三途はなるべく身を固まらせた。

「なんだか変な魔機だったな……。隻腕……片腕がすでに破壊されててさ、動きは俊敏というより、魔機そのものはあんまり強くなかった印象なんだ」

「ほう」

「装甲はあったけど、斬ってみたら案外柔らかかった。ゆっくりというか単純な動きしかしないから、割とすぐに刀の届く距離まで迫れる」

「ふむ……」

「だけどおかしかったのは、内部から無限にでてくる触手だ。あれが魔機本体を守っていた」

「触手?」

「うん。魔機の胴体がこう、ぱかっ、って開いてさ。中から灰色の、管……? みたいなものが無数にわき出てきた。表面に酸のようなものがまとわりついてて、触手に下手にふれると大けがするとこだったよ」

「なるほどねえ……」

「まあ触手も堅くないから、刀で斬ることじたいはできた。だけど斬っても斬ってもきりがなくてな。魔機の盾になりながら、俺たちを排除する剣の役割も持ってた。しかも再現なく触手出てくるし、時間稼ぎされてたんだろうな、今にして思うと」

「時間稼ぎ」

「魔機そのものが強くない代わりに、内部の触手が魔機を守って、敵を排除していたんだ。まあ、本体の魔機を壊せば触手も動かなくなったけど」

「共存共生のようなものかな……。魔機は奇妙で興味深い進化をしているのかもしれない」

「あんまり考えたくはないけどな……」

 三途は苦笑した。

「その考えにはおおむね同意だ。魔機がこの星の利益になれるのならいくら進化を遂げてもいいけれどね。

 その可能性がまるでないなら滅ぼすだけだし」

「……。そうだな」

 三途は相づちを打って、ふと窓の外を眺める。ぽつぽつと雨の打ち付ける音がさっきから聞こえてきたのだ。


 外は暗がりで雨が降り出している。小雨がさあさあと優しい音を奏でている。

「セーレは寒くないのか?」

「ああ、私が防寒着を着せたし、水濡れ防止の術をかけてあるからね」

 シロガネが得意げに語る。

「便利だな、呪術……」

「まあね。三途君も習ってみるかい? 生活を便利にする簡単な術を教えてあげるよ。格安で」

「……この一件が解決したらな」

 それはそれは、とシロガネが不敵に笑みを深くした。


 車はスピードを緩めながら、お山を降りていく。

 波打つ砂利道だがそれほど揺れなかった。そしてさらに幸いなことに、ここで魔機と遭遇することがなかった。おかげで三途も、心地よさに負けて夢の中に落ちた。ころん、と月華に重なるように頭を預けた。


 ……ふと、三途はその空間に立っていることに気づいた。

 生前のずっと昔にかつて訪れた、夢の空間だ。


 空はすっかり青く晴れ渡り、裸足に心地良い水。

 白く巨大な柱が規則的に並べられ、ゆくべき道の導となっている。

 水は足首の高さまで流れている。無邪気な小魚が泳いでいた。


 三途はここが夢だとわかっていた。前にも一度きたことがある。

(ここは)

 ここが現れると言うことは、番人システムが自分の中で何かを告げようとしているのだ。


 三途はゆっくりと、柱を頼りに、あの神殿へと歩いていく。


 朗らかな暖気が肌をなでる。時折吹く風が涼しさを与える。

 巨柱を20本ほどたどると、目当てのモノが見えてきた。


 巨大な白い神殿。今はもう誰もいない、虚空の場所。

(前も、ここであの子と会った)

 そのときの三途は、黒髪麗しい少女と邂逅した。その少女が王国を統べるイストリアであると、後に知った。


 きっと、今日もここで彼女と会うのだろう。そして何か、これから起こるであろう事態を間接的に告げられるのだろう。この夢はそういう意味がある。

 

 水から上がり、神殿の階段をのぼる。足を踏み外さないよう、神殿に失礼のないよう、慎重に。

 階段を登り切って、大広間だったであろう場所へ足を踏み入れる。

 この場所は前に来たときと何一つ変わらない。空も水も柱も、この神殿も。


 暖かい日差しを遮るように、神殿の中に入ると陰ができて涼しくなる。

 冷えた足がぺたぺたと白い石の上を歩く。

 

(あの子はいるだろうか)

 三途はうろうろと、無意識に周囲を見回す。

 数分はそうしていたが、黒髪の少女……イストリアを見つけることができなかった。

 今回は彼女は登場しないんだろうか。この夢は番人システムや王家につながる手がかりとなるため、てっきりイストリアは必ずどこかで会えると思っていた。


 しかし、広い神殿をすみずみまで探してみても、結局イストリアの姿はなかった。

(うーん……)

 三途は頭を抱える。ここが夢なのはわかる。きっとそのうち目覚めるだろう。だけれどイストリア不在のこの夢の中には、何か不吉なものを感じた。


「え」

 ふと、三途の足場が縦に揺れた。ずぅん、と地に響く音が腹に伝ってきた。

 もういちど揺れた。今度はさっきよりも大きかった。頭上からぱらぱらと、神殿の破片がおちてくる。

 無人の神殿が、崩れかけている。神殿を支えている柱に亀裂が生じ、ずるずると壊れていく。このままでは神殿の下敷きになる!

 三途はあわてて外を目指した。走ればきっと間に合う。


 と。

「さんず」

 背後から、少女の声が聞こえた。

 駆け抜けようとしていた矢先、三途は足を反射で止めた。

 背後の声に振り向く。


「…………殿下」

 がらがらと崩れていく神殿の中央に、いつの間にか、イストリアがへたり込んでいた。


 艶やかな黒髪も、白いワンピースも、触れればぽっきり折れそうな華奢な体も。

 生前に会ったときとかわらない。この夢で出会ったときとかわらない。


 少女……イストリアは細い指先を、精一杯こちらにむけてのばしていた。イストリアの足下から、赤い血が流れている。けがをしているのだ。

 三途は本能で、崩壊のさなかにある神殿中央へと戻る。視界が瓦礫で埋め尽くされていく。


 一歩、二歩三歩。と。戦う時と同じように地を蹴る。

 はやく助けなければ。彼女が瓦礫でかき消されてしまう前に。

 なんとしてもその手を掴まなければ。彼女が神殿につぶされてしまう前に。

 なにがあっても彼女の盾とならなければ。自分に宿る番人システムはそのためにあるのだ。


 瓦礫が視界の邪魔をする。イストリアがだんだんと見えなくなっていく。

 それでも三途は駆けた。瓦礫を踏み抜いて生じた鋭い激痛も忘れて。

 あと一歩で、この指先は彼女に届く。

 飛び込むように、三途はイストリアへ向けて……


 視界が、暗転した。

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