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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
十章:王都へ行く道すがら
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65話:隻腕、撃破

 隻腕を倒すには隻腕本体の核を破壊する必要がある。それは大前提だ。

 だがそれを阻む触手が存在するのも事実。おまけに絶賛増殖中ときたものだ。


 このまま時間が経てば経つほど三途の側が自然と不利になっていく。

 触手をかいくぐって隻腕本体に刃が当たりさえすれば良い。

 三途は無意識に、ぐっと刀を握りしめた。

「もう一度!」

 三途は駆け抜け触手の攻撃をやり過ごす。群れはセーレにターゲットを変えていた。三途は振り向かず本体へと進んでいく。セーレは炎をまとった突剣で触手を斬り伏せていた。


「そこ!」

 刀が隻腕をとらえられる範囲にまで迫れたとき、三途は刀で十字を描いた。

 その軌道もすべて触手が受け止め、ぼたぼたと地面に落ちていく。

「っち!」

 きりがない。触手は増殖するし、斬っても捨てても数が減ることはない。

(どうしたもんか……)

 三途はじっと隻腕を見据えながら、作戦を頭の中で組み立てる。

 作戦の思考に集中しすぎて、ぬるい空気や異臭、空のどす黒さも感覚から遮断された。一瞬だけ、三途は魔機に隙を与えてしまった。

 

「三途様っ!!」

 はっ、と三途が我に返る。

 セーレの甲高い声が空から降ってきた。


 三途は足下にざわつく感触を覚えた。視線を下に戻すと、触手がすぐここまで迫っていた。

「うわっ」

 三途は反射で飛び跳ねる。これらにふれずに済んだが、心臓の鼓動はどくどくと早くなる。わずかに反応が遅れていたら、あれらの餌食になっていた。


 しかしそれを回避したのもつかの間だ。

 第2撃はすでに打たれていた。

 三途の周囲が一気に暗くなる。空がさらに曇ったのか? それにしては暗がりは三途を中心に半径1メートルほどだけだ。

 まさか。と三途は頭上を見上げる。

 束になって、津波を形作った触手が、空から降ってくる。

(まずい、よけきれない!!)

 三途の目に、ほんの少し絶望が入り交じった。


 だがそれも少しだけだった。悪あがきは三途の得意分野だった。

 刀を構えなおして空へと向ける。

 刃で触手の波を切り開いた。おかげで触手に飲み込まれる惨事は逃れた。

「三途様っ!!」

 セーレの焦った怒声が、くぐもって聞こえた。触手の波で音をある程度遮断されているらしかった。

 波はどっ、と強く三途を飲み込もうとしてくる。上方からの奇襲を刀でいなしつづけるにしても、波の力は強かった。足をしっかりと踏ん張って置かなければこちらが負けていた。

「く……っ、う……」

 歯を食いしばって耐える。切り裂いた触手の欠片が、肩や足に降りかかる。じゅうっ、と服の焦げる匂いがしたが、皮膚が溶けないだけ幾分ましだ。


 何とか触手の群れから逃れた。双刀で波を切り開き、中から這い出ることができた。

 転がるように地面を駆け抜け、いったんセーレと合流する。

「お怪我はありませんか」

「かすり傷を少しだけ。無傷というわけにもいかなかったな」

「ふれれば焼ける触手など……。やっかいきわまりありません」

「そうだな。……おっとと」

 ひゅっ、と眼前にせまってくる触手を最低限の動作でかわし、三途は回避直後に斬り捨てた。


 触手は斬れば再生することはない。それだけが三途とセーレにとっては有利かつ幸運なことだった。

 しかし斬っても捨てても触手は増えていく。それどころか一を斬れば十も二十も増えていく勢いだった。これではらちがあかない。

「時間稼ぎになっている触手を一気に掃討できれば、あるいは……希望が見えてくるかもしれません」

「ああ、セーレの言うとおりだ」

 触手はすでに隻腕本体も三途もセーレも覆い尽くせるほどに増殖している。

(いったいあんなひょろい体のどこに無限の触手をため込む器官があるんだか)

 足場を浸食してくる触手を避けるように駆ける。三途もセーレも、その足は自然と来た道を戻っていく。

 触手ののろい浸食を時々刀で斬り伏せ、怯んでいる間に安全な場所へと逃げていく。触手の通った道は焼け焦げすべてが枯らされる。


「セーレ、こっちだ」

「はい!」

 三途がセーレを引っ張って走っていく。

 ほどなくして、つい先ほど見つけた温泉へとたどり着いた。

 温泉を挟むようにして、三途とセーレ、魔機がにらみ合いをはじめる。


「また戻ってきちまったか」

「ええ。入浴する暇もないのが口惜しいです」

「俺もおなじ気持ちだ。

 ……あれ」

 はた、と三途は触手に視線を戻した。


 魔機の触手の動きが、じょじょに静かになっていった。

 温泉に近づくまいと、ゆっくりと後退している。

 魔機は触手を過剰なまでに盾にしながら、同じように後ずさっていた。

 三途は眉をひそめながら、魔機側の動向をうかがっている。

(この温泉が怖いのか?)

 三途はその思考にいたり、手で少しばかり湯をすくい上げて無造作に触手へとふっかけた。

 触手は驚いて跳びはねた。かろうじて三途からの攻撃は逃れたらしいが、一滴だけ当たったらしい。


 触手から声ともつかない絶叫があたりに響いた。甲高い金属音のような声に、三途は耳をふさいだ。

「何……!?」

「この湯が天敵のようです」

 淡々とセーレが説明してくれる。彼女が左手をふるうと、突剣にまとっていた炎がしゅうっと消えた。


 いちかばちか、と三途は自分の刀を無造作に湯へ突っ込んだ。

 暖かな湯を浴びた刀身が、きろりと輝く。セーレもそれに倣って細い刃を湯につけいれた。

「一気に片づける!」

 三途はせまる触手に真っ向から駆け込んだ。

 ずるずると手をこまねいている触手にぴたりと刃を当てる。

 外へとなぎ払う。すぱん、と触手の群れは切り落とせた。

 地面に落ちたそれらはしゅうしゅうと音を立てて溶けていく。

「よし……!」

 怯んだ触手を駆け抜けざまに切り裂き落とす。三途が一歩隻腕へ近づくとともに、触手が切り落とされていく。


 それでも生き残っていた群れは、頭上からずうっ、と三途をねらっていた。

 三途はひたりと一歩止まる。少しだけ視線を上へ向けた。

「まず……った!」

「三途様!!」

 頭上から降り注ぐはずだった触手は、横から突如拭いた強風により砕け散った。

 そして風に飛び乗るように、空中を駆っていく人影ひとつ。

「セーレ……!!」

「後ろはお任せを。三途様は隻腕本体へ!」

「っ、助かる」

 三途は気を取り直して再び駆け抜ける。


 行く手を阻む触手は双刀のもとに切り裂き。

 背後から迫り来る手はセーレにすべてを任せた。

 足をまごつかす隻腕が、あとすこしで三途の刃の届く場所まで引き寄せることができる。

 増殖をつづける触手を切り払い、三途はひたすら本体を目指す。

 一歩、一歩。あと一歩。

 とん、とん、と飛ぶように地を蹴る。ぬるい風が肌を撫でつける。瘴気の異臭も漂うが、嗅覚はとっくに慣れていた。


 目の前に、ようやく本命を引きずり出した。

 隻腕は触手を引き戻すことができない。胴体も手足もすべてさらした上体の隻腕を、三途は睨みあげる。


「遅いっ!!」

 三途が一歩、駆け抜ける。

 交差した双刀が隻腕の胴体を切り裂いた。

 隻腕の横をすり抜ける。三途は振り向いて隻腕の背後に駆け込む。

「まだまだっ」

 がらあきの背中に刃を突き刺し、上へと切り上げた。おそろしいほどに簡単に、刃は通り抜けた。隻腕の上体から頭上を真一文字に断つ。

 がちりっ、と刃が堅いものに当たる。魔機の核だ。

 三途は刃を引き抜き、もう一つの刃でその場所を正確に突き刺した。

 今度はガラスが砕ける音が、小さく聞こえた。


 隻腕がひたり、と動きを止める。

 足からきれいにくずおれ、地面に倒れ伏す。

 触手もびとりと動かなくなる。地面にその身を投げて、やがて焦げる臭いをまき散らしながら、地面に溶けた。


 すとん、とセーレが三途の傍らに着地した。

 三途は弾む息を整え、切っ先を魔機の残骸につきつけたまま、注意深くそれを観察していた。


 数分の根比べだった。魔機がこれ以上動かないと悟ると、三途は肩の力を抜いた。刀をおさめて、残骸を見下ろす。

「……どうやら、あの温泉が弱点だったみたいだな」

「ええ。おかげさまで切り抜けることができました」

「本当にな。……さて、魔機は壊したし、気を取り直して月華たちと合流しよう」

「はい。シロガネ様のことが心配です。調子を崩した状態のシロガネ様は、戦えなくなりますから」

「あぁ……あれだけ死にそうな顔してたらな……」

 馬車に酔っていたシロガネの真っ青な顔を思い出す。


 シロガネの方には月華も神流もいる。万一シロガネがいわゆる足手まとい状態でも、あの二人がついていれば最悪のことはないだろう。

 三途はセーレを連れて、瘴気に満ちたこの地を歩き始める。


 群がった瘴気は相変わらずどこにでも発生していた。だが不思議と、ふたりはさほど苦しいとも思わなかった。

「さっきの温泉の効果なのかな」

「は……何か……?」

「ああ、いや。瘴気とか腐敗臭とか結構立ちこめてんのに、俺もセーレもあんまり体調に異変が出たりとかしないからさ」

「そういえば、そうでしたね……。あの湯には穢れに強くなる成分があるのでしょう。このような事態でなければ、サンプルに湯を少しいただいていくところですが」

「シロガネの研究にか?」

「はい。シロガネ様の薬剤や呪術のお役に立てたらと思いまして。この夜の万物は、どこで活用できるかわかりませんし」

 三途は、ふ、と口元をゆるめた。

「本当に、シロガネのことが大事なんだな」

「……? はい。もちろん」

 さも当然、と言いたげに、セーレは首を傾げていた。

 

 薄暗い荒野を延々と歩いていく。ぬるい風が足下を通り抜け、一歩踏み出すごとにいやに柔らかい感覚が伝ってくる。生物の肉でも踏みつけたような感覚だ。

 それでも辛抱強く歩く。

 後ろからついてくるセーレを時々振り返りながら、三途は雲間から抜き出ている光を目印に、先を目指していた。


「セーレ、疲れてないか?」

「問題ありません。このまま進行可能です」

「そか。もう少しで抜けられる……といいな」

「そうですね」

 行く宛もないような散歩だが、この荒れ野も決して無限ではないはずだ。そう励ましながらただ足を動かす。


 すると。

 三途はひたり、と動きを止めた。

「三途様?」

「……。足音」

「え?」

「俺たちとは違う、足音が聞こえる」

「なんと。どこから」

「……あっちだ」

 風の音にまじって、かすかに耳に入ってきたのは、まぎれもなく誰かの歩く音だった。やや小走りでせわしない。三途のものではなかったし、ましてやセーレの足音でもない。


 三途は早足に、かすかな音をたどる。


「三途!!」

 息を切らし、髪を振り乱した少女……月華が、顔を赤らめながらこちらを見据えていた。

 

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