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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
十章:王都へ行く道すがら
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62話:セーレのひみつ

 外は薄暗く、空が分厚い雲に覆われている。雨が降りそうな匂いが地面から充満していた。

 シロガネの背中をさすりながら、三途は周囲の警戒を怠らない。

 湿った空気の中でやけにぴりぴりした気配が混じっている。

 何かが迫っている予感がよぎったのだ。ポンチョの中に隠した双刀に、そっと手を添える。


「シロガネ様……」

「ああ、もう平気だ。だいぶ楽になった。……やれやれ、乗り物酔いなんて本当にいやなものだ。自分の情けなさを呪うね」

「気を落とされずに。体の強い弱いは個人によって大きく差がついてしまうものです。……ぼくももう少し、負担のかからない交通を探すべきでした」

 気の使い合いが続きそうだった。三途はまあまあと半ば無理矢理遮った。

「ここで言い合いしていても仕方がないだろ。これが一番確実なんだし、セーレもそう気に病むことはない。……いや俺が言えたギリじゃないけど」

「……すまないね、三途君」

「失礼いたしました、三途様、シロガネ様」

「もういいって。ほら、気を取り直して行こう。セーレ、運転、たのむな」

「もちろん」

 シロガネがよろよろと座席に戻る。その弱々しく丸まった背中を見守り、三途も一歩前へ踏み出そうとした。


 と。三途はひたと動きを止めた。

「三途様?」

「……。静かに、」

 三途はセーレを無意識に後ろへかばった。脳裏に張りつめた糸を切ったような気配を覚えた。目前のシロガネも動きを止めている。丸まった背中がしゃんと伸び、素早く周囲を見渡す。座席に待機していた神流と月華も、各々自分の武器を構えていた。


 三途は目線だけ動かしながら、この穏やかではない気配を探る。

 ぽつぽつと雨が降ってきた。ごくわずかな水滴が、三途の頬をぬらす。

 さあさあと優しい雨音が周囲を満たした。

 その中に混じって、雨空に不似合いな音が、三途の耳に聞こえてきた。

 それは遠く遠くに響いていたが、だんだんと音が大きく近づいてくる。

 空からだ。曲がりくねった軌道を描いて、明らかに的確に、こちらへとやってくる。

 

(上!)

 三途は、ばっと空を振り仰いだ。

 案の定、それは降ってきた。

 形は三角、いずこも鋭くとがり、色は雨空になじむような灰色。

 ただその後部から赤々とエンジンが稼働しており、轟々と音を奏でている。

 大きさはわからない。小さいのか巨大なのか。斥候なのか本命なのかもまだ不明。

 だが、あれが破壊すべき魔機であることは、三途の番人システムで無意識に理解した。

「月華!!」

 車中で待機している月華へ、三途が叫ぶ。

 月華はそれ以上の説明など不要といわんばかりに、窓から上半身をのいだした。

 その手にはきりきりとパチンコがにぎられている。

 最大まで引き絞ったそれを放つと、銀色の球がまっすぐ空を飛び駆けた。


 だがパチンコ玉は鋭利な魔機の尖った右翼をかすめただけだった。右翼にまっすぐ玉の跡が走るが、魔機の走行が若干不安定になっただけで大きなダメージを与えるまでに至っていない。

「この!」

 月華はもう一度パチンコ玉を放った。しかし魔機には当たらなかった。

 魔機はすでに狙いを定めていた。魔機の軌道は三途にまっすぐ向いている。

「させない!」

 月華が再びパチンコ玉を放つ。今度こそ玉は魔機を貫いた。

 損傷した魔機がふらふらと空中で漂っている。

 が、往生際悪く三途の方へとつっこんでくる。

(軌道が読み切れない)

 刀で斬り捨てる暇はない。魔機はすでに目前だ。

 三途は後方のセーレを抱き抱えてその場から飛び退いた。

「セーレッ!!」

 シロガネの大声が背中に響いた。


 三途とセーレがその場から離れた直後。

 墜落した魔機が爆炎を放った。

 轟音と焼けるような熱気を生み出し、あたり一面を紅に染めている。

「さ、んず様……!」

 セーレの戸惑う声が聞こえた。三途はセーレを抱き込んだまま、どこかへごろごろ落ちていく。とっさのことだったから、着地もままならない。

 爆音にまじって月華の声が遠くに響いている。それもやがては聞こえなくなった。

 果てには轟音すら聞こえず炎の匂いも熱気も感じなくなり。


 三途は、セーレと一緒に冷たい暗闇の底に落ちていった。



   *



「いてて……」

 砂利道を転がり落ちて落ちて、ようやく止まった。

 三途は身をゆっくり起こしてかぶりをふる。

 抱き抱えていたセーレは丸くなって瞼をきゅっとつぶっていた。

「セーレ、怪我は!」

 そっと揺り起こすと、セーレがおそるおそる目を開いた。

「三途、様」

「すまん、驚かせて。どこか怪我はしてないか?」

「問題ありません。軽傷です。……シロガネ様たちは」

 セーレがあたりをきょろきょろ見回す。三途は申し訳なさそうに目を伏せた。

「ごめん。分断された」

「……は」

「魔機が自爆特攻してきてな、たたき落とすより避けた方が良いと思ってとっさにおまえを抱えてどっかに飛び込んだんだ。月華とも神流とも連絡がとれない」

「そうでしたか……」

「ごめん」

「いえ、賢明なご判断だと思います。……それよりここは」

 セーレが袖の埃をたたき落としながら立ち上がった。どうやら本当に怪我はないようだった。

 三途も改めてその場を見渡す。


 灰色の空気の満ちた空間だった。腐敗臭がわずかに漂い、三途の鼻をきかなくさせる。

 地面はぬかるみ足場が悪い。下手をすると足を取られて身動きできなくなりそうだ。

 枯れた木々から枯れ葉が落ちて土に沈んでいく。あたりはどんよりと薄暗く、冷えた風が吹き抜けた。

「これは……」

「お山の麓がここまで変化していたのですね……」

「もともとはこうじゃなかったのか」

「はい。事前に調べた情報によりますと、このあたりは彩り豊かな野草で有名だったそうです。野草の中には薬草の素材になるものもありますし、魔法道具に使う素材としても重宝されることもあります。実際、シロガネ様もこのあたりの野草の採取をされたこともあります」

「なるほど……。魔機の襲来でこうなったのか」

「そうだと思います。その原因を抜き取れば、自然と元に戻るはずですが」

「……海中基地の時みたいに、装甲じゃなくこの星の住人に似せたタイプがいるかもしれないな」

「可能性はありえなくありませんね。どちらにせよ、まだまだわからないことばかりです」

「そうだな。……まあひとまず、この場を少し離れよう。ここの臭いは鼻がイカれる」

 三途はセーレの手を引いて立たせた。足場のぬかるみに注意しながら、三途は歩き出す。


 地図も何もないし、勘の鋭い月華は今この場にいない。セーレを連れて月華たちと合流しなければならない。

 右も左もわからないが、曇天からのぞけるかすかな光を頼りに進む。

 

 すると腐敗臭のほかに、ほのかに淡い暖気と香りが漂ってきた。三途はその香りをたどってみる。セーレは黙ってついてきてくれた。

 数分、歩を進めてみると、湯気の根元が何であるかにたどり着いた。

 無数の枯れ木の陰に隠れて、澄んだ泉が広がっていたのだ。

 泉から湯気がたちこめ、暖気を三途の方へ運んでくる。

「……温泉だ」

「なんと」

 三途もセーレも、そっと目を見開いて感嘆を漏らしていた。

「なあセーレ、ここは温泉も名物だったのか」

「いいえ。そのような情報はありません。……おそらく後天的に生まれたのでしょう」

 どれどれ、とセーレは温泉に近づき、その湯に指を浸す。

「温度は40度前後といったところです」

「毒気や魔機の気配は」

「ありません。ここに源泉があったのでしょう。何かの拍子に掘り当てたと考えられます」

「掘り当てた……って、誰が……?」

「ぼくにもわかりません」

「いや、俺もわからない。ごめん、聞いてばっかりで」

「いいえ、お気になさらず。……それより、ここでひとふろ浴びた方が良いと思われます。ぼくら、その……わりと汚れてますし」

 セーレに言われて三途は改めて自分のなりを見る。

 腐臭漂うここはぬかるみに満ちており、セーレをかばって転げたひょうしに、ふたりとも衣服も肌も泥にまみれていた。

 衣服の汚れは洗って落とせば問題ないが、体にべとついた泥や異臭は我慢することができない。セーレの言うとおりだ、と三途はうなずいた。

「先に俺が入ってみる。そしたら本当に害があるかどうかわかるから」

「はい。お気をつけて。衣服をお預かりします」

「ありがと」

 三途はポンチョを脱いでセーレに渡す。泥はポンチョと靴がほとんど引き受けてくれたおかげで、その下の服は大した汚れもなかった。

「僕はあちらの木陰におります。体を拭う布はこれをお使いください。何かあったら呼んでいただければ駆けつけます」

 では、とセーレは三途の視界から消えた。


 三途は服を脱いで泉の側にそっと置く。

 おそるおそる湯に足先をつけてみた。やや熱いが、それ以外に変わった感覚はない。

 足をゆっくり浸し、体を沈めていく。さほど深くはなかった。

 湯気と暖気で体の疲れが溶けて行くようだった。体に張り付いた泥も洗い流され、三途の身を清めていく。

(毒はなさそうだ……)

 三途は湯を頭からひっかぶる。赤い髪先から滴がしたたる。

 いつ奇襲がやってくるともわからない。三途は数分湯船を楽しんで、すぐに上がった。


 体を布で拭き、服を着る。汚れを洗い落としたおかげで心身ともにすっきりしていた。

「セーレ、先にあがったぞ」

「はい。……湯に問題はなさそうですね」

「ああ、見てくれ通りの温泉だったよ。ちょっと熱いだけで毒もなにもなかった。安心してゆっくりつかるといい」

「ありがとうございます。すぐにすませますので、ここでしばしおまちを」

「わかった」

 セーレはそそくさと温泉の方へ向かった。

 その間、三途は平たい巨岩に腰を下ろした。自分の武器を鞘から引き抜き、刀身をじっと見つめる。曇天を切り裂かんばかりに、銀色に輝いていた。

(これなら魔機もすぐ斬れるだろう……)

 双刀を鞘に閉まった。

 ふと、三途は自分の腰元にある布が目に入った。

(あ)

 そういえば、セーレは体を拭うための布を持っていなかった。

 三途はさっと身を翻し、温泉へ小走りで向かう。


「セーレ、布忘れただろ、これで、

 体、ふい、て」

 三途は言葉を切った。


 セーレの身に何が起きたというわけではない。セーレは無事だ。

「……!!」

 セーレははっとして、こちらを振り向いた。

 セーレは湯船から上半身をさらしていた。

 思わず、三途はぎょっとしていた。セーレがいそいで両手で胸元を隠す。

 その両腕では隠しきれない。形よくふくらんだ胸。

 丸い腰つき、柔らかそうな尻。

 セーレが恨めしそうに、三途を軽く睨んでいた。


「セーレ、おまえ、

 お、女……?」


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