60話:代理戦争
「では、まず宝石の方から説明しようか」
「わかった。……たしかあれ、装着した者の理性を破壊するもんだったな」
「そうだね。飛竜オルムがその犠牲者だった。本来オルムのような飛竜は温厚でめったに人を襲わない。それどころか好意的ですらある。そんな飛竜が急に襲撃を行うのは外部の手が加えられたと考えるのが良い」
で、とシロガネは言葉を切ってさらに続ける。
「この宝石にふれると、ふれた先から理性を崩される。まあこの宝石は三途君の番人システムで無効化されてるから使い物にならないけどね」
「そうか……。その宝石、ちまたで広まってはいないか?」
「今のところはまだ、といったところだ。これと似た症例は王国の王都以外の場所で数カ所見つかっている。ヒュージの情報源だから信頼性は保証するよ」
「……王都以外?」
「そう。不思議なことに、この宝石の話について、王都ではまったく噂にもなっていなかったそうだ。被害も報告されていない」
「妙だな……。宝石の形をしてるんなら、きらびやかな王都ならすぐはやりそうなモンだが」
「それにもちゃんと理由があると私は推測している。……話を戻そう。この理性破壊器は危険だが、市場に出回るほどの数はない。ゼロと言い切れないのは心苦しいがね。ただ元を断てば自然と撲滅することはできるだろう」
シロガネは宝石を箱に仕舞った。
「そしてこちらの臓物。
詳しい説明を省いて結論だけのべると、コレも魔機で間違いない」
「コレが?」
「そう、これが」
月華の念押しにシロガネはしっかりと答えた。
「表面の質こそ異なるが、内部の質は今まで対峙してきた魔機とおなじだった。そしてその質や成分はこの星に存在しない。……形はたがえど、コレも魔機と断言して問題ない」
「じゃあ、この表面の変わりようは何なんだ? むき出しの内臓のような……」
「それだよ。臓物に似たこの表面の成分だけは、我々この星の住人とおなじ成分だった。
これは推測にすぎないが、海中基地の魔機は独自の進化を遂げているのではないかな」
「進化?」
「そう。この星を支配するにあたって、体を環境に慣らすために。
海中基地近辺で漁をしていた者たちが生き残ることができたのも説明がつく。海中基地の魔機は、海の魚たちを自分たちの食料として奪っていた。漁師たちのことはただの定期的に現れる侵入者としかみていなかった。それよりも自分たちの食い扶持を優先した。だから漁師たちは見逃されていたのだ」
「……」
「環境に適応しようとした魔機。この説が当たっているなら少し危機感を抱いた方が良いね。このまま独自の進化を遂げれば、いずれはこの星の生物とほとんど変わらない外見に変化することだって容易だろう。そうなったら我々は見分けがつかない。……まあ、三途君は例外だろうけれど」
三途はごく、と息をのんだ。三途には番人システムが作用しているからいいものの、それ以外の者に番人システムは適用されていない。
故郷の住人と、外からやってきた侵略者、目の前にいるのがどちらなのかわかるはずもない。
ちら、と隣を見やると、月華の顔が少し青ざめていた。
「……まあ、悪いばかりでもないよ。ここからは朗報。かもしれない」
「なんだ、かもしれないって」
「判断つきかねるからね」
「うーん、判断は話を聞いてからにしよう。続けてくれないか」
おまかせを、とシロガネは笑ってみせた。
シロガネがローブの中から小さな巻物を取り出す。さあっ、と広げられたそれは地図だった。臓物と宝玉はセーレがそっとどかした。
「この宝玉と臓物をみて推測した。
さて、宝玉を装着された飛竜の生息地はここ。このお山の麓だね」
「ああ」
シロガネが骨ばった指で麓を指す。その少し離れたところには、列車と線路のマークが長く伸びていた。辺境都市へ向かうために利用した交通だ。
「そして海中基地はここ。この海の中にあり、海と隣り合うここに、我々が赴いた港町がある」
「そうだな。この辺か」
三途が身を乗り出して指さした。
「この海中基地と空中基地の距離を線でつなぐと……こう」
飛竜の生息するお山を越えると、そこに海中基地の沈んでいた海が広がる。
「飛竜オルムとかちあったのは、この列車の線路上でだったね」
「そうだな。位置的には、このあたり……かな」
「この列車、終点はここだね」
「……お山を横切ってすぐだな」
「そういうことだ。そしてこの終点駅から地下鉄があるんだけど。この地下鉄の経由駅には港町前も含まれている」
シロガネが道を指でなぞりながら説明を続ける。
「……つまり?」
「飛竜オルムが列車を襲撃した原因、まあ宝玉による理性崩壊なのが原則なんだけれど。
ではどうして狙った対象が列車だったのか。これは推測にすぎないが、飛竜オルムは列車を狙ったわけではなく、列車の乗客が目当てだったのではないかとね」
「乗客……? それは当たり前じゃないのか?」
「そこだよ月華嬢。人を狙うんだったら、麓の人間を狙えば良い。麓でなくても、同胞の飛竜に襲いかかっても良いはずだろう。だがオルムはあえて、距離的には遠い列車に飛びかかっていった」
「……列車にのった者たちを狙ったというと、列車内に獲物がいたわけか」
「そういうことだ。さっき説明したとおり、この列車の終点駅で乗り換えられる地下鉄は港町も経由する。やや遠回りではあるが、港町に行こうとする乗客も、あの列車にはいたはずだ」
「……あ」
三途は声を漏らした。しっかり聞き逃さなかったシロガネが、不意に笑う。
「飛竜オルムは、港町の人間を狙っていた。と私は推測している」
「やっぱり……。いやまてまて、でもそうなると辺境都市へ向かう者だっているはずだ。そいつも巻き添えに?」
「だろうね。終点は辺境都市近辺、乗り換えれば港町。この2つの地点で生活する住人たちを一気に襲撃できる」
「オルムを放ったのは、辺境都市と港町の住人たちが狙いだったのか」
「半分正解」
にこ、とシロガネがうすら笑う。
「宝玉を飛竜に装着した黒幕の狙いはこの2都市で間違いない。
そして厳密には、都市と住人……だけでなく、そのごく近くに位置している基地をめちゃめちゃにすることも狙っていた」
「な、」
三途はそれ以上の言葉を告げられなかった。代わりに月華が問うた。
「基地を襲撃するってことは、魔機の敵が私たち以外にも存在するのか?」
「そうなる。そしてこれは我々とは違う別勢力でもなく、ましてや味方になる見込みはない、と私は考えているよ」
「へぇ……。どうしてそう思うんだ?」
シロガネは宝玉を手中で弄っている。
「この宝玉自体はね、王都で採掘できる。ごくわずかに、だけれどね。
そしてその原石があるのは、王都地下……。王都の地下からは、数機の魔機の存在が確認されている」
はっ、と三途は息をのんだ。
「……宝石をつけてオルムをけしかけたのは、王都の人間だということか?」
「うーんちょっと外れているね。人間が犯人ではない。けしかけたのは魔機だ」
「魔機が? 魔機を?」
「うむ。私の推測の結論としては、ね。
王都の魔機は、空中基地と海中基地、そして近辺の住人たちを等しく支配しようともくろんでいたのだろう。
その目的は何か。支配できるならするし、あくまで彼らが刃向かうなら蹂躙する。それだけ。
三途君ならもうわかっただろう。
魔機は少なくとも3勢力に分かれていて、支配圏拡大のために王都を舞台に争っているのだ。
我々星の住人は、その巻き添えを食っているにすぎない」
こん、とシロガネは宝玉を机に置いた。
三途は、置かれた宝玉をぼうっと眺めていた。
「何ともくだらねい」
と、月華がこぼした。
「てことはあれか、わたしたちの星はあいつらの寝床の獲得争いに巻き込まれただけってことだろ!?」
「私の推測が合っているなら、ね」
「許せないな……」
三途もぽろっとこぼした。
「三途君と月華嬢の怒りももっともだ。三途君は番人だし、月華嬢は故郷と獣たちを奪われているからね」
「……この争いを止めるためには、王都の魔機をつぶすしかないようだな」
「そうだね。空中と海中の方はすでに破壊した。あとは王都に隠れる基地を探して破壊すればいい。
辺境都市と港町は魔機の脅威からは逃れることができたけど、王都の魔機が乗り込んでくる可能性は多いにありえる」
「……それは、邪魔者の魔機がいなくなったから、か」
「ご名答、三途君」
「すぐに支度しないと……! 王都が2都市に攻め入るのも時間の問題だぞ」
がたっ、と三途が席を勢いよく立つ。手は刀に添えられている。
「まあまあ三途君。王都への足も手配しなければならないし、戦いのための準備も行わなければならない。無謀につっこむのは勝手だが、それでは勝てる勝負も敗北だ」
「……。悪い、短気を起こした」
「思いとどまってくれたようでなにより。
……私からの調査結果は以上だ。ここからは王都へ行くための準備の打ち合わせといこう」
シロガネがぱん、と手を一度叩く。
「ひとまず私は、王都までの旅費と旅支度を整える。戦闘のための薬品も調合しなければならないからね」
「わかった。……じゃあ俺と月華と神流は酒場に戻ってしたくしてくる。ふたりとも、良いか?」
「良いぞ!」
「僕も異議なし」
「決まりだね。それから交通の手配もしておこう。2日時間をもらう。3日後の正午、ヒュージの酒場前で落ち合おう。それでどうだね?」
シロガネの提案に、全員首肯した。
「それじゃ、俺たちはいったん酒場に戻る。またあとでな」
「お気をつけて」
たん、と三途が席を立つ。それに続くように月華と神流も立った。
「準備は怠りなく」
「もちろん」
*
三途は酒場の自室で武器の手入れをしていた。何度もふるった双刀の刀身は鋭く輝いている。
刀を鞘におさめて、そういえばとふと、生前の記憶を思い出した。
王都へ招かれた時のこと、王女イストリアとの記憶。
黒髪の艶やかなあどけない少女だった。無邪気に手を取り、何かと世話を焼いてくれた恩人でもある。
転生してからというもの、イストリアのことを忘れていたわけではなかったが、意識から少しばかり外れていた。そのことを恥じた。
(あの子は無事だろうか)
王女にはクロアというなんだか過剰に王女を心配する騎士がいた。あの男のことだ、命に代えてもイストリアのことは守るだろう。
相手は魔機なのだ。一筋縄ではいかない敵だ。腕利きのクロアでも、苦戦は免れない。
王都に巣くう魔機をすべて破壊すれば王国は魔機から完全に解放される。自分たちも、王女イストリアも。
「……時間は惜しいが」
今すぐにでも飛び出して王都へ突っ走りたい気持ちはあった。番人システムが三途を焦燥に駆らす。
だがぐっと踏みとどまって、小さな鞄の中に砥石やら携帯食料やら最低限の着替えやらを入れたり出したりして、気持ちをまぎらわしていた。




