59話:シロガネの調査結果報告
列車の中では、皆静かに過ごしていた。
海中基地での戦闘で疲れがたまっていたのがあるんだろう。月華は遠慮なく三途の肩に寄りかかってすやすや眠っている。
ガムトゥは月華の足元で丸まって寝息をたてている。ガムトゥは戦闘に加えてずっと監禁されていたこともあって、体はまだ本調子でもなかったのだ。
シロガネの膝を枕代わりに、セーレも眠っている。静かにしないとセーレが起きる。セーレを起こしたらただではおかない、とシロガネが優しい視線を三途にむけていた。
起きているのは三途とシロガネだけだ。
(そういや前にもこんな状態の時があったな)
シロガネの仕事についていって、砂漠のオアシスに足を踏み入れたことを、ふと思い出した。
結局、目的の駅に到着するまで、月華もセーレもガムトゥも熟睡していた。
三途はシロガネと少し言葉を交わすだけで、それ以外はずっと変わりゆく風景を眺めていただけだった。
街へ帰ってきた。街はすでに今までの活気を取り戻していた。
住人たちは喧騒の中で生き生きと活動を続け、旅から戻ってきた三途を暖かく迎え入れてくれる。
駅を降りても眠りっぱなしの月華とガムトゥを抱え上げ、三途はヒュージの酒場へ戻る。
「ただいま」
「お帰り、三途君。月華ちゃん……は寝てるか」
「ベッドに置いてまた戻る。神流は?」
「食材の買い出しに行ってる。そろそろ帰ってくると思うよ。シロガネもお帰り。今日はここで食べてく?」
「ただいまヒュージ。うん、食べる。セーレの好物をたくさん作ってあげてほしい」
了解、とヒュージは快諾した。三途はすやすやしている月華をベッドにそっとおろす。気持ちよさそうに夢を見ている彼女に布団をかけてやり、静かに部屋を出る。
ほどなくして、神流も酒場へ戻ってきた。
「三途! お帰り、待ってたよ!」
三途をみるや神流がぱっと笑顔に花を咲かせる。
「ただいま、神流。留守番ありがとな」
「どうってことないよ。マデュラ爺さんも一緒だったし、街の修理は全部終わったし。あとは三途が帰ってくるのを待つだけだったからね」
「そりゃよかった。といっても、後は王都の魔機が残ってるんだけどな」
「まあまあ。立ち話もなんだし、ご飯作るから座って待ってて」
酒場はいったん貸し切りとなり、三途はヒュージの好意に甘えた。
月華とセーレ、ガムトゥ抜きで、三途は海中基地のことをかいつまんで神流とヒュージに話した。
海中基地そのもののことはもちろん、魔機の体質や特徴が今までのものとはまるで違ったことも、ガムトゥを助け出せたことも。
丸いテーブルの上に、こん、とシロガネが薬瓶を置く。慣れた手つきで取り出された薄気味悪いその物体が、臓物型魔機の欠片だった。
それを視認した神流は思わず口を手で覆った。ヒュージも顔を歪めている。
「……こーれはこれは」
ヒュージの声が苦く漏れた。
「海中基地のボスだった魔機ーーその残骸だよ。本体はすでに破壊済みだ」
「まるで内臓だね」
「その通りだ。臓物がそのままむき出しになって、円柱型のカプセルに液体漬けにされていた」
「それ、ほんとなの、三途?」
「本当だ。この目で確かめたし、刀で斬り捨てた」
「魔機っていうと、金属の装甲をまとった機械みたいなものだと思ってたのに。今回のは違ったの?」
「そう。まったく違う。臓物自体は攻撃してこなかった。代わりに魚の形をした魔機が攻撃役になってた」
「へぇ……。それで、詳細を調べるために一部持ち帰ってきたと」
「そうだよ。さて、私はさっそくこれを調べることにする。街の空いた家をひとつ借りるよ」
「どうぞご自由に。……デザートはいかが?」
「今日は遠慮しておく。また明日食べさせてもらうよ」
じゃあね、とシロガネは臓物を持って酒場を出ていく。セーレが静かに着いていった。
残った三途は神流にも海中基地でのことを話した。そしてかわりに、神流とヒュージから街の状態をもう少し詳しく教えてもらっていた。
「街は完全に復興を終えた。あとは獣の森だけだよ」
「ああ、まだ獣たちのことも弔ってないからな。……月華の心残りだろうよ」
「シロガネさんが、新しいタイプの魔機を調べるまでに時間はあるだろうし。森の整備する余裕はあると思うよ」
「手伝ってやらないとな」
「もちろん。彼女は僕らの恩人だものね」
ね、と神流は水を飲み干した。
程なくして月華が降りてきた。腹の虫を盛大に慣らしながら、勢いよく扉を開く。
「おはよう三途! おっ、何だ? 食事はまだだったのか?」
「おはよう月華。ガムトゥもおはよう。もうメシは食ったぞ」
「なぬっ、ええい私というものがありながらぬけがけか!」
「いや、だっておまえ、めっちゃ気持ちよさそうに寝てたから。起こすのもしのびねえし」
「うぅっ、三途の優しさに免じて不問にするしかないじゃないか! ヒュージ! にくがたべたい!」
「はいはい待ってなさい」
ヒュージは苦笑していそいそと厨房へ引っ込んだ。すぐに出てきたできたての肉炒めをほおばりながら、月華は三途と神流とこれからのことを話す。
「シロガネが臓物型のことを調べてくれてるんだったな。なら私たちは王都を助けるための準備を行う必要がある。弓を磨いておかないと」
「いや、それはもちろんなんだが……、その前に森を整備してもいいんだぞ」
「……あ」
月華がフォークを止めた。
「獣の森は月華の故郷みたいなもんだ。それを踏みにじられたままにするのは忍びない。でも俺たちには優先すべきことがたくさんあって、月華はそれを後回しにしなきゃならなかった。俺の力不足のせいでこんなことになってしまって……。
でも今は時間を許されている。だから月華」
「……いいのか?」
「良いよ。それどころか、月華にはそれが最優先事項だろう。俺たちも手伝う」
「ありがとうな、三途。神流もありがと。……そうだな。放られっぱなしの獣たちを、ようやくきちんと弔ってやれるんだ……そうだな」
「うん」
「じゃあ、肉をたべたらいくぞっ。待っていろ、すぐに食べ終えるからな!」
「いや、ゆっくり食っていいよ……」
月華の足元のガムトゥは、むっしゃむっしゃと犬のご飯を平らげていた。
*
獣の森はあのときから変わりない。
食事のあと月華とガムトゥに着いていった三途は、この惨状に目を背きたくなるほどだった。
血の臭いがようやく消えそうな空気の中、なぎ倒された木々は朽ち、獣たちはその体を地に還す。惨劇の爪痕は癒えかけているが、それでも完治とはいえない。
獣たちを月華が弔わなければ、この森は完全に治ることはないのだ。
「月華……」
三途の袖をぎゅっとつかんだ月華は、緑眼でこの風景をじっと見つめている。
「つらいか」
「つらい」
「そうだな……」
常に騒がしいガムトゥも、このときばかりはさすがにお行儀よくお座りしていた。
「……ま、失ってしまったもんを悔やんでもしかたない。私がへこんでいたら、それだけ獣たちが報われないのだ。元気出していくぞっ、力仕事は任せるからな、三途!」
「うん。……任せておけ」
無理矢理にでも笑う月華に、三途は微笑みを返す。
数分後に合流した神流とマデュラの手伝いもあって、森の修復は一日で終えることができた。
力仕事は三途と神流が、墓を建てるのは月華が行った。
マデュラとガムトゥは木片や残骸を運び、森から離れたしかるべき場所で燃やした。
月華の屋敷も荒れていたが、「そうじそうじー!!」と張り切る人間モードのガムトゥが3倍働いたおかげですぐに終わった。とはいえ、大きな屋敷ゆえ、完全に屋敷が立ち直るまでに数日かかった。それまではヒュージの酒場で寝泊まりしながら、屋敷を行き来していた。
屋敷が復興するころには、ときおり見せる月華の沈んだ顔もなりをひそめていた。
そしてシロガネも宝玉と臓物の欠片の調査もひとまず終えることができたようだった。
月華の屋敷と獣の森が完全に治り、シロガネの調査が終わったその時、海中基地から戻ってきて半月になりかけていた。
シロガネは三途を自分の屋敷へ招き入れた。
月華の屋敷よりささやかであるが、それでも街の住居に比べれば遙かに広い。中は薄暗く冷えている。
装飾は質素に施されており、家具もきらびやかというよりは地味の部類に入る。
「お待ちしておりました」
と、セーレが玄関で三途を迎える。三途のほかに月華と神流もついてきた。
こちらへ、とセーレが通してくれた部屋には、すでにシロガネが待ちかまえていた。
「いらっしゃい、お三方。セーレ、紅茶を淹れてあげなさい」
「かしこまりました」
いうとセーレはすぐに退室した。
シロガネの部屋に明かりはついておらず、小さな窓から差し込む光だけが頼りだった。
薬品の匂いが四方八方から舞い上がり、鼻のきく月華が終始顔をゆがませていた。
部屋の中央に透明の机がおかれ、防護シートが敷いてある。
その上にふたつのガラス箱。ひとつは宝玉、もう一つは臓物の欠片が保存されている。
ガラス箱のほかに、三途には見慣れない器具がおかれていた。おそらくは実験器具か何かなんだろう。用途はまったくわからないけれど。
「調べるのに少し手間をかけてしまった。でもこれで魔機の目的にたどり着くヒントを得た気がするよ」
シロガネが薄く笑っている。
「まあ、立ち話も何だし、好きな席にかけておくれ」
「ああ、お言葉に甘える」
シロガネと向かい合うように、三途は席についた。のち、セーレが紅茶をワゴンに乗せて戻ってきた。
「セーレもここにいなさい。いずれキミにも魔機と戦ってもらうから。調査結果を知る義務がキミにもある」
「承りました」
金髪碧眼の従者は、白髪の痩身男に従った。
「前置きが長くなってすまないね。それでは改めてお知らせしよう。
まずこちらの宝玉についてだが、結果を先に述べると。だ。
これが魔機による産物であることはまず確定した」
「やっぱり……」
「この星のどの物質、物体、エネルギーでもないことが判明したからね。そう結論づけるのは難くなかった」
とん、とシロガネは紅茶に砂糖をとき入れた。




