58話:斬り捨て
ふうっ、と三途は息を吐いた。
物体を斬った感触はしっかりと残っている。そっと立ち上がり、臓物型の残骸を見守った。
復活する兆しはない。二つに断ち切られたそれは蛍光がかった青色の液体を垂れ流しているだけだ。
四方八方から、がちゃがちゃという騒音が一気に弾けた。視線をぐるりとまわしてみると、小魚型達が停止して地面に落ちたのだとわかった。それらはもう、厄介な光線を放つことはない。
臓物型もそう。これで二度と、海中基地を根城に海で悪さをすることはない。
「終わった……」
三途は刀を納めた。どっと疲労がたまっている。番人であるから常人より体力はあるが、魔機との戦闘は精神的な疲労がまとわりついて仕方がない。
「三途ー、おつかれ」
「おー、月華もお疲れ。セーレもありがとな」
「いえ、自分の義務を果たしただけです」
端では、ガムトゥが動かなくなった小魚型をしげしげ見つめては、かじって楽しげに振り回していた。
お互いの生存を確認し合って、三途はシロガネに気づく。
「シロガネ、何してるんだ?」
シロガネは腰を落として臓物型の魔機をじっと観察していた。その目力たるや迫力を持ち、それ以上三途に何も言わせない。
「……、」
三途は無反応なシロガネに、どう声をかけるべきか迷う。だがシロガネの扱いに慣れているセーレが代わり、シロガネの肩をそっと叩いた。
「シロガネ様。何をしておいでですか」
「ああ、セーレ。いやなに、この臓物の一部を持ち帰ろうと思ってね」
「一部をですか」
「うん。さすがに全部は持っていけないだろう。ただただグロテスクで目に毒だ。……ってあーっ!! セーレ、これを見てはいけない!」
立ち上がったシロガネはあわててセーレに覆いかぶさった。
「ぅわぷっ。シロガネ様、遅いです。もう見てしまいました」
「わかった、今すぐ記憶から抹消しなさい!」
「申し訳ありません、努力いたします」
「よろしい! 気分は悪くないか? 吐き気は? 夢に出てきそうとか数日海産物を食べられなくなるとかない?」
「ありません。問題ないですので……」
「そうかよかった……。で、何だっけ」
「臓物の一部を持ち帰るって話だよ、シロガネ。俺が声かけてもぜんぜん気がつかないくらい集中してたのに」
「ああ、それか」
ひとつ咳払いをし、それでもセーレを離さないシロガネが言う。
「三途君なら察しはついているだろうけれど。今回の魔機は今までの魔機と姿形がずいぶん異なっていた。今までは形に多少の差こそあっても、その装甲や構造についてはほとんど一致していた。
だが今回のコレはそれらとすべてが違う。何か手がかりを見つけたら、この星の魔機すべてを葬るための一助となるのではないかと思ってね」
そしてシロガネは、小さな小箱を三途に見せる。中に臓物の一部を入れてあるらしい。月華がうわ、と一歩引いて、三途の陰に隠れた。
「助けてくれるのか」
「それなりにはね。本来なら破格の報酬を要求するところだけど……今回の敵が敵だし、面倒だからといって非協力的であっては、のちのちこちらの商売にも響く。遠い将来の私の利益となる見込みがあると私は判断した」
「ふむ、報酬は用意できないぞ、俺」
「良いよ。魔機の大ボスにまとめて請求ふっかけるから」
「じゃあ、これからは俺たちに力を貸してくれる、というわけで?」
「もちろん。よろしいかな、セーレ」
「シロガネ様のご判断でしたら、ぼくはそれに従うまででございます」
「ありがとう、シロガネ。セーレも……。戦力は多いに越したことないからな」
三途はそっと手を差し出した。シロガネが呼応して三途の手を握り返す。
かくして三途は、シロガネとセーレという協力を得ることができた。
「感動とお熱い展開のとこ申し訳ないが」
ずい、とふたりの間を裂くように、月華が割って入る。
「いい加減こっから出よう。大ボスの魔機が壊れたんだ。この基地も長くはもたないぞ」
「あ、っと。そうか。急いでここを出なくちゃな」
「薬液を飲むのをお忘れなく」
これガムトゥ嬢のぶんね、とシロガネが猟犬モードのガムトゥに差し出す。ふんふんと匂いをかいだガムトゥはむっとしかめっ面になった。
「ガムトゥ、匂いはアレだけど味は悪くないから飲みなー。帰ったらうまいもんたらふく食わせてやっから」
「わん!」
ガムトゥはぱっと口を開けた。その隙に薬液を流し込む。
三途もポケットから薬液を取り出して飲み込んだ。ねっとりと水飴のような粘着する液体を飲み下すのは少し苦労する。
「みんな薬液は飲んだか? なら帰ろう」
三途の言葉に、同行者たちはうなずいた。
海中基地は魔機が機能を停止したおかげですべての機能も自動的に落ちる。
電気系統すべてが停止し、扉もすべてが閉まっている。
だがその扉はシロガネによってこじ開けられた。火薬を詰め込んだ爆発物を放り投げて破壊したのだ。
(どこにそんな物騒なモン隠してたんだ……とは、こわくて聞けない)
三途は出掛かる言葉をこらえて、シロガネの後をついていった。
道中特に問題や障害となるものはなかった。海中基地の出入り口へさっさと向かい、そのまま海に身を投げる。
三途が先行し、最後尾は月華とガムトゥがつとめる。海の中へ潜っても呼吸はできる。シロガネの薬液のたまものだ。
「さて、そろそろかな」
三途の後ろにいたシロガネが、ふとそんなことをつぶやいた。
「何が?」
「基地からもう離れたし、起動してもいいかな」
いうや、シロガネはぱちり、と指をならした。
突如、基地の方からくぐもった爆音が広がった。
「うえっ!?」
「な、基地が……!!」
月華は毛を逆立てるガムトゥにしがみついた。
「な、何したシロガネ!!」
「見ての通り、基地を粉みじんにした」
「どうやって」
「帰る道中にいくつか爆弾をおいておいただけだよ。魔術を込めてあるから、私の合図と同時に爆破の魔術が発動する仕掛けになっている。
基地は破壊しておくに越したことはない。万一にも生存していた魔機が基地のエネルギーを確保して生き延びてしまうなんてこともありえるからね」
「……まあな」
「おや、浮かない顔だね三途君」
「いや……今回の基地は、何か変だったから」
「変、とは」
「上がってから話させてくれ。薬液の効果が切れる」
それもそうだ、とシロガネはうなずいた。
その後。三途と同行者たちは無事に海から陸へ戻ってこれた。
港からざざーんと浮かび上がってきた彼らを、住人たちは驚愕の目で迎え入れた。
海中基地の魔機を破壊した、と三途が話すと住人たちは諸手をあげてよろこんだ。これでようやく、今までどおりの漁ができる。
宿屋で風呂と着替えを貸してもらい、三途はようやく落ち着いた。せっかくだから、と月華とガムトゥは温泉に浸かったが、セーレとシロガネは部屋の浴室で汚れを落とした。
海水にまみれた彼らは宿を一泊とり、その部屋で今回の基地のことを話すに至る。
宿の部屋は海を見晴らせる眺めの良い部屋だった。三途が備え付けのポットに手を伸ばして人数分の苦い茶をいれる。
宿屋に頼んで軽食をオーダーする。軽食をつまみながら、彼らはようやく一息つけた。
食事を終えた後、シロガネはこつん、とガラス箱を机におく。中には臓物型の魔機の破片が保存されていた。
「コレが、あの臓物のひとかけらだ」
「あれか……。おかしな魔機だったな。今までみたどのタイプにも属さない。斬った感覚だと食用の肉を斬ってるようなもんだった」
「今までの魔機は、金属製の装甲だったからねえ。これは見た目も体の性質もまるで違う。……ま、ここには道具がないからね。街に戻って、じっくり確認させてもらうさ」
シロガネはふふんと鼻をならす。そしてつけたした。
「それと、三途君から受け取った玉石ももう少し調べておきたいしね」
「あ、ああ、オルムにつけられてた宝石か」
「そうそう。単なる憶測にすぎないが、あの宝石も魔機による策略と思っている。この星の鉱石とは成分がかなり違っていた。魔機が持ち込んだ成分の素材と考えていいだろう」
「そっか」
「……それで、私は街へ一度帰るのが良いと思うんだけど、いかがかな」
「賛成。神流とマデュラと合流しなきゃならねえし、何はともあれヒュージの酒場で情報を仕入れておきたいものな」
情報だけであればこの港でも収集は可能だが、多く浅く情報を仕入れることができるのはヒュージの酒場だった。
「今日中に帰るか?」
月華がたずねる。
「そうだな。ここから交通の便も回復してるみたいだし、列車を使えば夜には帰れる」
「それでは、ぼくは列車の切符を用意してきます」
「じゃあ私もいく!」
セーレは静かに立ち上がり、月華と一緒に宿を出た。ガムトゥがしっぽを振って月華の足元を走り回る。おともします! ということなんだろう。
部屋に残された三途は、シロガネの置いたガラス箱を眺めていた。
「魔機は、この星を支配したいんだろうけど……」
ぽつん、とつぶやいた言葉にシロガネが反応してくれた。
「支配するにしては、なんだか統率がとれていないと思えるね」
「そうだな……。王国は少なくとも一斉に主要都市を落とされてる。それが変なんだよ。魔機の勢力が分散してるんだ。全勢力で最初に王都を制圧して、そこから根を広げていけばいいのに、やってることがバラバラだ」
「前回の辺境都市では、魔機は星の住人たちを脅迫していた。だがこちらの港町近辺の魔機は、海底に根城を張って海を侵していた。だが漁をする者達を襲いはしても、殺すまでには至らない」
「そして俺らの街の魔機は街を滅ぼそうとした。獣の森にいた獣達は全滅だった。……やることがバラバラだ」
「そこだよ。……ともあれ、この臓物を調べれば少しは何かしら掴めるはずさ」
「……そうだな」
ほどなくして、月華とセーレが切符を持って帰ってきた。
その後三途たちは定刻通り列車に乗ることができた。
港町では魔機におびえることがなくなるだろう。帰る直前、港町の住人たちから大量の土産物をお礼にと渡してくれた。保存のきく食材をたんまりうけとり、三途は感謝の意を示して港町を去った。




