56話:ガムトゥ陰でがんばってた
海中基地の大魚を、三途は敗った。厳密にはシロガネがとどめを刺したのだけれど。
大魚から解放されたセーレの状態は、念のためと月華が確認したが、大きな負傷は見あたらない。それでもシロガネは念入りにセーレの安否を確認していた。
「もー、しつこいぞシロガネ! この月華様の目を疑うか!」
「私は自分の目で確かめたい主義でね」
「あの、シロガネ様……。ぼくは本当に問題ありませんから。不調がきたら必ず言いますので、先に進みましょう」
「……セーレが言うなら。でも約束だからね、何かあったら必ず言いなさい?」
わかっております、とセーレがシロガネをなだめている。
その間、三途はいい子にお座りしているガムトゥに事情を聞いていた。
「わんっ、三途様おひさしぶりです! いい匂い! 三途様のいいにおい!! わんわん!」
「うん、久しぶりだガムトゥ。……っつーか、いい匂いって何なのさ……。いやそれより、猟犬モードでも喋れたんか」
「もちろん! 人間モードの方がしゃべりやすいんですけど! 犬モードでも喋れます! わんわんっ!!」
そうかそうかー、と三途はガムトゥの頭と背中をなでてやる。するとたちまち、ガムトゥの尻尾がぶんぶん振り回される。しまいにはごろんと床に寝転がり服従のポーズを見せびらかす。
「おーおー、よしよし……。ところで、ガムトゥはこの基地内に捕まってたはずだよな? いや、基地内では自由に動いてよかったのか」
「いえ、自由には動けませんでした! 狭い部屋に閉じこめられて、一応ごはんはもらえたんですけど! あ、そうそう! ここのごはんめっちゃまずかったです! 薄いビスケット5つくらい! 1食ビスケット! お水もぬるいしおいしくないし! お部屋も狭くて走り回れないし!」
「わかったわかったわかった」
三途はこれ以上長くさせまいと無理矢理遮る。
「で、部屋から出たのか?」
「そうでーす! とても狭くて退屈で死んじゃいそうだったので! 部屋の壁にどーん! って体当たりして、とにかく穴をあけようとがんばりました!」
むっふん! とガムトウが鼻を鳴らす。
「壁にどーん?」
「はい! 基地のお部屋はがんじょうですから、ちょっとぶつけただけじゃ壊れないんですよ。でも何度も何度も叩いてたら開けたんですよ! 犬1頭なら通れそうなくらいの小さい穴ですけど」
「なるほど……。そこから出てきて」
「はい! そんでこの基地内を暴れ回ってました!」
「……俺たちが来る前からずっと?」
「はい! 何回も繰り返してたんです。お部屋が狭くて狭くて死にそうだし、変えてほしかったけど魔機は聞いてくれないし! それでお部屋を壊して脱走して、でも魔機に捕まって別のお部屋に入れられて、そのお部屋も狭かったから壊して脱走、でも魔機に捕まってまた別のお部屋で……って感じに」
「まさか……、何度も繰り返してたって、そういうことか!?」
「わんっ!!」
ガムトゥは快活に吠える。
三途が死んで、こちらの星では3年の月日が経っている。三途が死んですぐに星のほとんどは魔機に制圧され、月華の従えるマデュラとガムトゥもそれぞれ魔機にとらわれていた。
少なくとも3年、ガムトゥは海中基地内であきらめずに戦っていたのだ。
「ありがとな、ガムトゥ」
「わんっ! ガムトゥは狭いお部屋がいやだっただけです! 月華様からは、捕まったら下手に逆らわずおとなしくしてろって言われてたんですけど……」
「確かに私は言ったな」
と、月華が三途の背後に経っていた。腰に小さな拳を当てている。ガムトゥの尻尾が垂れた。
「だがな、ガムトゥ。私がそう言ったのはキミの安全を考慮してのことだ。下手に戦意を見せてしまったら、きっと魔機はキミを容赦なく叩き潰していただろう。ガムトゥは強いが、魔機はそれをしのぐ強さを持っていたからな」
月華は腰を落とし、ガムトゥの頬をさすった。
「まあ結果オーライだよ。でもこれからは、自分の安全に気を配るんだぞ」
「わんっ!!」
ガムトゥが元気よく吠えた。
「じゃ、基地のボス倒して帰るぞ」
三途はすっと気持ちを切り替えた。その言葉で、全員が表情を引き締めた。
「三途様っ、ボスはこの奥です!」
「わかるのか」
「はい! ガムトゥ、匂いでわかります! 脱走しまくってたとき、見回り中の魔機がそこからいつもガムトゥを遠ざけてました!」
「遠ざけた? 触れてほしくないってことか」
「行ってみる価値はありそうだ。ガムトゥ、案内してくれるか?」
「もちろん! わんっ!!」
ガムトゥは元気よく駆けていった。こら待て、と三途が制するも遅い。三途はすぐにガムトゥを追いかけていった。
基地内に何体かの魔機と遭遇したが、それらは主にシロガネによって葬られた。セーレを痛めつけられたことがよっぽど腹にすえかねたらしい。黒く微笑みながら、どこからか取り出した薬剤をぶちまけたり薬瓶を放り投げて暴発を起こしたり、やり口が過激だった。
(……おかげで道中が楽に進めると思っておこう)
三途は前向きにそうとらえ、ガムトゥについていく。
「ここです!!」
口を開いてへっへっと息を整えるガムトゥが、扉の前で行儀良くお座りしていた。
赤い光が筋となって扉をなぞっている。それは脈打つようにも見えた。
三途はガムトゥの隣に立ってそっと扉に手を当てる。ごうごうと機械音が伝わってくる。
そっと押してみても扉は開かない。
三途は刀を抜いて、試しにと扉を切り裂いた。だが扉はそれでも開かない。すべての剣劇がはじかれてしまう。
「頑丈だな……」
「三途君、ちょっとどいて」
「え」
シロガネが、三途を半ばむりやり扉から遠ざけた。ローブに手を突っ込んで取り出したのは、緑色の薄い紙に包まれた球。
下がって下がって、と良いながらシロガネはそれをぽんと放り投げた。
こん、とぶつかった球体は直後鋭い風を巻き起こした。
「うわっ!」
三途は反射で月華を抱き寄せ庇う。シロガネはちゃっかりセーレをマントに隠していた。
風が刃となり、縦横無尽に扉だけを集中して切り裂いていく。
風がやむと同時に、堅い扉はぼろぼろと崩れ落ちた。
「ひえぇ……」
ガムトゥの目が点になっていた。
「さあいこうか」
シロガネが、いつものあくどい笑みで三途を誘う。
扉の先は、だだっ広い空間が広がっていた。果てがどこにあるのかわからない。
側面はガラス張りになって水がたっぷりとくまれている。壁全体が水槽のようだ。
その水槽には小魚型の魔機が泳いでいる。それらが、三途たちを認識するやいなや、ぎろりと視線をこちらに注いできた。
月華が三途の袖をつかんで離れない。ガムトゥがううぅ、とうなる。
「あ、」
三途は側面の水槽よりも、前方の水槽に目をやった。
円柱型の巨大な水槽。中身は魚でも人でもなく、何かの臓物だった。
中心は球体をでこぼこさせた青色の物体。その四方に生えるのは触手。うねうねとわずかにうごめいていて、三途に気味悪さを覚えさせた。
「何だありゃ……」
「魔機というより、異世界の生物のようだ」
シロガネは嫌悪感をまるで隠しもしていない。
「セーレ、きみはみない方がいい」
「えぇ? 見なければ戦えませんよ?」
「セーレには月華嬢と一緒に、水槽の魚たちを捌いてもらおう。あんな気味の悪い生物、セーレの目に悪い」
「シロガネ様、それほどひどいのですか」
「もちろん」
「おまえら、美しい主従愛はよそでやれよ」
月華はけっ! と舌打ちしてパチンコを構える。
そのやりとりのなかで、三途はふと違和感を覚えていた。
今までの魔機は、三途の知る中ではおよそ機械じみた姿をしている者が多かった。その姿は決して命が宿っているようには思えなかった。機械的に例外なくミッションをこなし、目の前の人間を無感情に葬っていく。
だが今回の魔機は、そんな機械じみた魔機とは異なる。
これまでみた魔機のどれとも形が違う、装甲も金属のような輝きをもたないし硬さも持ち合わせてはいないだろう。臓物そのものだ。
脈打つそれは魔機ではないのかもしれない。だがその考えを三途は捨てた。番人システムは、それも魔機だと告げている。
「おっと」
三途は気持ちを引き締める。臓物型の魔機が、突如その肉の中からぎょろり、と眼球を露わにした。
「うげっ」
月華が三途にしがみつく。その華奢な手が小刻みにふるえている。
「大丈夫だ、月華。見るな」
「うぅ……私、狩りで肉さばくのとか内臓みるのは平気なのに……」
「そういう次元じゃねえよ、あれは」
「まったくだ。セーレやっぱり見てはいけない。セーレの目が腐ってしまう」
「そ、そんなにひどいのですか」
臓物の視線は三途にむけられている。充血した黒い瞳は三途から離れない。ゆらゆらとうねる触手の先端が、三途を指していた。
臓物の水槽の水が、ほのかに赤く光った。ぼっと照るそれに魚達が反応する。けたたましい警報が部屋に鳴り響く。
臓物の視線が、いっそう強く三途にささる。
「月華、なるべくこっちをみないように、水槽の魔機に集中してくれ」
「わかった。……でも、どうやって対処すればいいんだ。ガラスで守られてるぞ。破壊しても水が部屋にあふれてしまうのでは」
「ああそれなら問題ないよ、月華嬢。セーレに私の呪術を込めた瓶を渡してある。水槽の水をすべてそこに吸い込ませることができる。水とガラスという盾を失った魔機など、月華嬢にしてみれば森の獣よりも弱いだろう?」
シロガネのマントから、ひょっこりとセーレが現れた。セーレの手に空の薬瓶が握られている。
「なるほど……準備がいいことで。ならそれを頼りにさせてもらうわ」
月華は三途から離れる。足元にはガムトゥが寄り添っていた。
「お手伝いいたします、月華様」
「うむ! セーレがいるなら負けなどない! キミら男同士で仲良く気持ち悪い魔機と遊んでいたまえ」
「ああそうするさ」
シロガネがマントをはためかす。
「さあ、三途君。準備はいかがかな?」
芝居がかったようにシロガネが三途に尋ねる。三途は笑って答えた。
「いつでも」




