54話:大魚と猟犬
「ガムトゥ!!」
月華が画面にむけて大声を上げる。
青く透き通った映像に手を伸ばすが、手は空をつかむだけだった。
「おちつけ、月華。ガムトゥがどのあたりにいるのか確かめないと……」
「わかってるよ三途! どこだ、どこにいるんだ……!」
三途は月華の華奢な肩をつかんで引き寄せた。
すべての画面には大きくガムトゥが映し出されている。
ガムトゥはぐるぐるとうなり声をあげて、果敢に魔機へと飛びかかっていた。獰猛な牙と爪で堅い装甲を突き破り、何体もの魔機を葬っていく。
だが数だけは魔機の方が上だ。いくらガムトゥといえど、数の暴力に押されてはいずれじり貧に持って行かれる。
「ふむ……こちらに基地内の地図データが入れてある」
シロガネが、奥のデスクのキーを適当に入力した。すると基地の全体図がシロガネの前に浮かび上がった。
「でかしたシロガネ!!」
「お褒めの言葉どうも。ここに赤い光が点滅している」
つい、とシロガネが骨ばった指でそれを示した。三途もその赤い点に気づいた。
「ここにいる可能性が高い。映像に映っていた魔機の種類や廊下に張り巡らしたチューブや備品もこの地図と一致する」
「その赤いポイントはどこにある?」
「現在地かこの部屋で……うん、ここが地下1階だから……3階か。この部屋を出て左へ曲がって、突き当たりの階段をのぼらなければいけないね」
「よっしゃ!」
いうや月華はパチンコを握りしめて部屋を飛び出た。
「あ、こら待て月華!! シロガネ、セーレ、俺は先にいく!」
「わかった。私とセーレもすぐに行くからね」
三途はあわてて月華を追う。部屋の外に放置された魔機の残骸を飛び越えながら、先行する月華の背中を見失わないよう用心した。
「すばしっこいんだよなあ、月華……!」
階段に行く途中、小型の巡回機が三途を狙いレーザーを放っていた。
三途はすっと身を翻して回避する。じゅっ、と横髪をかすめた。
三途は青い壁に向かって飛び、壁をバネ代わりに蹴って宙を舞う。巡回機と無理矢理距離をつめ、刀を振り下ろした。
まっぷたつに立った巡回機は無惨に墜落する。続けて三途は軽やかに着地した。
「げっ」
三途が顔をしかめた。天井からぱかりと四角い穴があき、そこから複数の巡回機が現れた。
「のんびりしてる暇はないんだっつーの」
巡回機が一斉に、三途めがけて小型のミサイルを発射する。速度はゆったりとしていたためかわすのは難しくなかった。
だがミサイルはホーミング性能を備えていたらしい。避けきった、と胃一瞬だけ満身した三途の背中に、じわじわと迫っていた。
「あぶねっ!!」
三途は振り向きざまに刀を横へ薙ぐ。ミサイルをたたき落とし、負傷を免れた。とっさに後ろへ飛び退く。両断されたミサイルが床へぶつかると同時に、ぼんぼんと爆破する。白い煙が三途の視界を覆う。少し煙を吸い込んだせいでむせかえった。
「げほっ、げほ……っ! これで終わり!」
三途は煙に紛れて残りの巡回機を刀でたたき落とす。無造作にまっすぐ突いた刃が巡回機を深々と突き刺した。下に振り払って落とす。
巡回機の増援はこなかった。三途はさっさと階段を目指す。
「こっちか……」
三途は突き当たりの階段を見つけた。ぴたりと立ち止まって階段から踊り場にかけてを伺う。幸い、ここにはまだ増援はきていない。
刀は抜いたまま、数段飛ばして階段を駆け上る。
上から騒音が聞こえてきた。音のする方へと駆けてゆくと、無数の魔機と爆ぜる火花が散らばっていた。
その中心にいるのは月華と、青い毛並みを逆立てた猟犬だ。
「月華! ガムトゥ!!」
三途の声に、ひとりと1匹がはたと気づいた。月華はパチンコによる投擲を続けながら、視線だけは三途にむける。ぱっと輝く笑顔だった。
「三途!!」
「わんわん!」
「待たせた! ちょっと待ってろ!」
月華たちを囲んでいた魔機のいくつかが、三途へと殺意をむけた。
三途を月華と分断するように、体躯の大きな魔機が立ちはだかる。
「押し通る!」
三途は魔機1体に刀を滑らせる。刃を撫でつけられた魔機はびくともしない。胴体は青く分厚く、その四肢も太い。切り落とすのは難しそうだった。
魔機の腕から、きぃい、と甲高い機械音が収束される。そこから緑色の光が輝き始めた。
(なんだ……?)
と、三途は眉をひそめた。
魔機の腕が砲撃口に切り替わっていく。緑の光はまばゆさを増す。三途は思わず目をしかめた。
「っ、やべ!」
三途のあわてた声。魔機の光った腕から、太いレーザーが放たれた。
三途の反応の方がわずかに遅れた。発射音の直後に三途は身を翻す。直撃は免れたが、完全に回避とまでは行かなかった。
レーザーが左肩に直撃し、熱でもって三途の肩を焼き焦がす。
ひりひりとした痛みが肩に広がり、黒く焦げた肌が露わになった。
「いっつぅ……」
「三途!」
「大丈夫、大丈夫だ。少し焦げただけだ」
三途の額から汗がにじんだ。番人システムで、この程度の負傷はすぐに治る。
だが治るまで左腕は使い物にならないだろう。三途は左手の刀を鞘に納める。左腕がだらりと垂れた。
左側を庇うように、右手で刀を構えた。
レーザーを照射した魔機が、第2撃の準備をしていた。きいぃきぃとまた音が鳴る。
(また照射するには時間がかかるみたいだな)
ならば話は早い。当たれば致命傷だが、かわしてしまえばこっちのものだ。
次の攻撃が来る前に破壊してしまえば良いだけのこと。
「月華は目の前の敵に集中してくれ! こっちはこっちで片づける!」
「まかせろー!」
三途は魔機へと駆け込む。魔機の腕……砲撃口はまっすぐ三途をむいたまま。
左手こそ使えないが右手一本あれば充分だ。とん、と無機質な床を鳶はね、魔機の腕を綱渡りよろしく渡る。
刃の切っ先は魔機の頭部に余裕で届く。魔機の肩に足を運ばせた。魔機の頭部へ、三途の刃が突き立つ。
魔機の頭部は柔らかく、獣の肉をさばく感覚ですんなり刃が通った。
足場にしていた魔機は崩れ落ち、三途は巻き込まれるまえに飛び退いた。その直後、機能停止した魔機は小爆破を起こして煙と金属片をまき散らす。からからと小気味良い音が立った。
魔機は残り2機。三途の左腕はすでに回復した。
「よっし」
左の刀を引き抜く。
魔機がそろって武器をつきつけてきた。さきほどの魔機とおなじくレーザーを主武器としているようだ。
右腕はレーザー、左腕はナイフを握っている。
魔機がナイフを素早く振り払う。三途は軽やかな足取りでその剣戟をすべて避けた。ナイフの軌道は読みやすく、やり過ごすのは難しくない。
だが同時に、その動きが陽動であることも三途は見抜いていた。
ナイフさばきに集中している隙に、主武器のレーザーで沈める作戦なんだろう。
三途はナイフの軌道をくぐり抜け、魔機の足元に転がり込んだ。数秒だけ魔機の視界から抜け出した。
頭部をぐるぐる回して獲物を探している魔機をよそに、三途は無駄なくひらりと刃をひらめかす。
刀が一度横へ薙ぎ払われ、魔機の右腕を切り裂いた。ごんっ、と腕が床に落ちる。
魔機がぐるりと三途の方へ、眼球とおぼしき部位をむけた。三途は素早く刀を魔機の頭部へ投擲する。刀は魔機の頭をまっすぐ貫いた。
魔機はそれ以上動けなくなり、後ろへと倒れる。ずん、と地が一瞬揺れた。
幸運なことに、残っていた魔機は機能停止したソレの巻き添えを食った。前方から倒れ込まれ、身動きがとれずじたばたもがいている。
投げた刀を引き抜き、三途はもう1体の魔機に刀を食らわせた。
ばっさりと胴体を切り裂き、その部分から魔機が暴発する。爆音と強風が巻き散り、三途の視界が一瞬だけさえぎられた。
「うっぷ」
ぺっぺっと土煙を吐き出し、三途は標的を変える。目指すは月華とガムトゥだ。
「待たせた!」
「待ってた!」
三途の声に月華が元気良く答える。とはいえ、小さな月華とガムトゥの奮戦あってか、起動可能な魔機は殆ど残っていない。三途のすべきことは後かたづけくらいだろう。
三途は足元に伏す魔機の残骸を乗り越えながら、月華の対峙する魔機を見上げる。
胴体や四肢は細長く、腕には鋭く細い棒状の武器が握られている。
「あとはこいつだけ!」
「了解。ここからは俺が引きつける。月華は後ろに下がって援護だ」
「まかせろー!」
月華が答えると、存在を主張するようにほえる猟犬が三途の足元にすり寄ってきた。
「ガムトゥ! 悪い、おいしいとこ持っていってしまうとこだった。まだ戦えるか」
「わん!」
「よーし良い返事だ。あいつとたくさんひっかき回してやれ」
ガムトゥがひとつ、おぉん、と吠える。その咆哮は三途の肌にびりびり伝わった。
「……あん?」
三途は腰を落として臨戦態勢に戻る。そのとたん、魔機ががちゃんと停止した。
止まった、というよりは、準備のためにいったん戦うのをやめた、といった風だ。
月華を背中にかばいながら三途はそれを見守る。
「な」
「何じゃ、ありゃ」
がちゃんがちゃん、とあわただしい音が魔機から発せられる。
魔機の四肢の関節や頭部がかくかくと折れ曲がり、胴体の中へ収納される。四肢はそのまま胴体から出てこず、足もまた折り畳まれて小さくなっていた。
胴体から再び何かが現れたがソレは魚のヒレに近く。頭部も少しずつ変形して人間ではなく魚類の顔になりかわる。
足ではなく尾鰭が生まれ、そして魔機は巨大な魚類へと変身した。
「……魚」
「あんなまずそうな魚、初めてみた」
「奇遇だな月華、俺もだ」
魚類型魔機はふわふわと宙にうき、優雅にヒレを漂わす。
天井から四角い穴がいくつか開き、そこから小型の魚類魔機が増援となってやってきた。小型も浮いている。
「あれ、どうやって浮いてんだ」
「私わかるぞ。あれは見えないワイヤーか糸で上からつってるんだ」
「なるほどー……」
はは、と三途は苦笑する。ガムトゥが嫌悪感むき出して唸っていた。
魚類型魔機は小型を従え、ぐぱっ、と大口を開ける。その口には無数の鋭い牙が生えていた。
「あとはこいつだけだな」
三途は刀の切っ先を、大魚にむけた。




