52話:海中基地へ
「それで、いつ出発する?」
シロガネは薬の瓶を三途に渡し、尋ねた。
「そうだな……。できれば今すぐにでも出発したい」
「準備はできているのかな? 同行するのは月華嬢だけで神流君はお留守番なんだっけ」
「うん。……シロガネもきてくれるのか」
「報酬はすでにもらっているからね。額に合った働きはしよう」
シロガネはひらひらと手を振る。報酬を支払ったのは月華だ。魔機を破壊する戦力としてシロガネを引き込むほどの大金を出したのだ。
(終わったら月華がしてくれたことを返していこう)
三途はそう心中で決意した。
「私たちはもう準備できてるぞ。シロガネ、セーレ、あとはキミたち次第だ」
「ぼくはすでに終わっております。シロガネ様も、よろしいですか」
「うん、いいよ。海中基地はここから遠くだっけ。そこまでは徒歩?」
「いや、オルム……飛竜が乗せてくれる。人数分の飛竜もつれてきてくれるってさ」
三途は最低限の荷物を抱えて街の門へと歩いていく。神流がいってらっしゃい、とヒュージと一緒に手を振ってくれた。
街の門には、オルムが飛竜を伴い静かに待っていた。街の子供たちは興味津々に飛竜に乗ったり言葉を交わしたりしている。オルムをはじめとした飛竜は、気さくに子供たちにつきあっている。
「飛竜か、これはすごいすごい」
ひゅう、とシロガネは口笛を吹く。
「ん? シロガネは飛竜に会ったことはないのか?」
「いや、ある。でもあんなに立派ではないし、あそこまで私たちに友好的でもなかったよ。竜種でもあんなに親しんでくれるものもいるのか。ほうほう」
「オルムは温厚な飛竜の種らしいんだ」
「なるほど……。これは興味深い」
シロガネはしげしげとオルムを眺める。じっと見つめられているオルムはシロガネを一瞥したが、特になにも感ぜずといった風に、子供たちの戯れに戻った。
「はは、嫌われたかな」
「そりゃそうさ。シロガネだもん。オルムはシロガネのアブねえオーラを敏感に感じ取ったのだ。オルム賢い」
「月華様」
セーレが低い声で月華を制した。
子供たちが三途に気づき、わいわいと三途に駆け寄る。三途は子供たちに笑顔を振りまき、順番に抱き込んだり頭を撫でたりしてやった。
「三途にいちゃん!」
「お、おまえらオルムと遊んでたのか?」
「うん! 鱗がきれい! とっても優しいんだ!」
「そうかそうか。……ありがとな、オルム」
「かまわないよ。この街の子供たちはとても朗らかだ。私の方こそ礼を言う」
「そりゃよかった。さて、そろそろ海中基地へ行きたいんだが、出発してもいいか?」
「問題ない。翼の調子が良いからな。半日もあれば着くだろう」
「頼もしい。今回もよろしくな」
「まかせよ」
割り当てられた飛竜に、それぞれが乗る。三途はオルムにまたがり、鱗につかまった。
「即席の手綱ではあるが、ないよりはましだろう。振り落とされないよう、しっかりと握っているがよい」
「おお、もちろん」
「よろしい」
オルムが翼をはためかせると、その体躯がふっと空へ浮かび上がる。
一定の高度を保った飛竜は、規則的に翼を動かしまっすぐ飛んでいった。その後ろを、月華たちがついてくる。
海中基地近辺にある港の街々は、辺境都市よりも開放的でにぎわっている。
港の街の一つ近くに降り立ち、三途は月華と合流して街へと急いだのだ。数分後にシロガネとセーレもやってきた。
「じゃあオルム、あとでな」
「わかった。何かあれば私の名を呼ぶが良い」
「ありがとな」
オルムとその飛竜たちと別れ、街に足を踏み入れる。
にぎわう港街は、外部の人間である三途や月華を歓迎してくれた。
市場を横切ると、新鮮な魚介をすすめる漁師たちの声が飛び交ってくる。
市場を抜けると、色とりどりの店がずらっと並ぶ。
「海に近いだけあって、魚介の鮮度や大きさは並ではないね」
いつの間にか買ったらしいイカ焼きを租借しながらシロガネが言う。
「おまえイカ焼き買ってたのかよ」
「うん、いい香りがしたからね。ほしければ市場へ戻ることだ。あいにく自分とセーレのぶんしか買ってないからね」
「いやいらねえよ」
「三途、私買ってくる! たべたい!」
「釣られて戻るなよ! ああ、もう……好きなだけ買ってこい待ってるから」
あきれた三途を横目に、月華は市場へ戻っていった。ほどなくして、2本のイカ焼きと紙袋いくつかを抱えてやってくる。
「これ三途のぶんな!」
「ああ、ありがとう……」
肩の力が抜けた三途は、もうなにも言わなかった。
市場を抜けた通りにちょうど広場があり、一行はベンチで足を休めることにした。余所者が仲よく並んでイカ焼き片手に談笑というのはどうもシュールである。
「月華、その袋の中身は」
「保存のきくメシ。宿屋に泊まることになったらそこで食べようよ。うまそうだからいっぱい買っちゃった。みんなでわけっこな」
「観光気分かよ……」
「なにを言うか三途。この名産品と引き替えに、海中基地や魔機の情報も得たからな」
「まじかよ。月華ありがとう」
「もっと感謝するがよいぞ、むふっ」
得意そうな笑顔で月華はイカ焼きをかじる。
「情報というほどの情報でもないが、この街近くの魔機は、街そのものを襲ってくることがないそうだ」
「魔機は街を襲わない?」
「そう。魔機が重視するのは海だ。海で漁をしたり釣りしたりする住人たちが被害に遭うんだと。
かろうじて港の近場であれば漁はできるんだ。でも収穫量が激減してる。最近は遠くで漁する機会もないんだってさ」
「海は街の生命線だもんな」
「そう。漁に出ようとすると、魔機が襲って船が壊されるんだと。幸い死人は出てないらしいが、怪我して漁にでれない漁師もいるとかなんとか」
「生活に支障が出てるな……。早く魔機を破壊しないと」
「焦りは禁物だよ、三途君。魔機がどうして街にこないのかも気になるところだ」
シロガネが口を拭う。
「人を襲うよりももっと優先すべきことがあるとか、か?」
「そうだね。それは海の中にあるんだろう。どちらにしても海中に潜る必要がある。当初の目的と変わらないねえ」
「ああ……。そうと決まれば早速」
三途がベンチから立ち上がろうとするのを、月華が引っ張って止めた。
「こら、三途ー。腹ごしらえが終わってからだぞ」
「う……わりい」
「魔機を壊そうと決めるや否や、周りがみえなくなるのは三途の悪い癖だな。だがそれを恥じることはない。この月華様がいつでも常に三途を引き留めてやるからな」
「そりゃありがたい」
三途はイカ焼きの最後の一口をのみこんだ。
*
一行は港に着いた。港にはいくつか船がとまっているが、いずれも出港する気配がない。船乗りや漁師たちの数も少なく、船から数名の男がうなだれながら現れてきただけだ。
三途は出てきた漁師らしき男に話しかける。
「あの、すみません」
「……ああ、どちら様?」
「えーと、俺は三途といいます。あっちの街からきました」
「観光客でしたか。ようこそ、港町へ……といいたいところだが、今不作でねえ……。まともに漁もできないし、海底に生息する海産物もとれずで満足におもてなしもできなくて」
漁師はすっかり憔悴しきってため息をもらす。
「いや、いいんですよ。さっき市場でおいしいもの食べましたし。……ところで漁ができないのって、海にはびこる魔機が原因……ですよね?」
「よく知ってるね。その通りですよ。私たちがもともと漁や素潜りをしていたところにこぞって魔機が入り浸るようになったんです。そのあたりに船をちかづけると魚雷を撃たれたり、潜った海女が怪我を負ったりして……。今は緊急時の蓄えでみんな市場を切り盛りしてますが、それもいつまでももつかどうかわからないし……」
「そうでしたか……」
「ですから、海には入らない方が良い。なんでも海中基地とかいって、魔機の基地もできているみたいだし、かといって私達には魔機を追い払うすべもない」
「……。なるほど。魔機の集中してる海域を教えてもらえますか?」
「海域? ああ、それなら地図があるから、その写しをあげますよ。ちょっと待ってて」
漁師が舟に引っ込み、数分して紙束を持って戻ってきた。
「この地図の赤で囲った場所だよ。……でもそんなものどうする気ですか?」
「ありがとうございます。いえ、決しておもしろ半分ではないですが、これから海に行かなきゃならない予定があるので」
「海に? 災難だなあ、できることなら予定をずらすか、海上の渡航ルートを考え直した方が良いよ。気をつけてね」
「ご忠告、助かります」
三途は礼をして、いったん港を離れた。
港から数分歩くと、灰色の倉庫が無数並んでいる。中からは潮と魚の香りが漂ってきた。
無人の倉庫に一行はちょんと腰を落ち着ける。
漁師からもらった地図と月華の地図を広げて、魔機の出没エリアを照らし合わせると、案の定一致した。
「この港近くからすでに魔機はでるみたいだな」
「そのようだ。どうする、戦いながら海中基地を目指すか?」
「それも良い案だ月華。だが、シロガネの薬がきいているうちに基地へ着いておきたい。海の中で遭遇した魔機は後回しで良い」
「りょうかーい。ま、海の中じゃ私の弓もパチンコも役立たずだしなあ」
「基地に着いたら役に立てるぞ」
「まかせろ、重力のある場所なら月華様の独断場よ!」
月華がささやかな胸をたたいた。
「……話がそれたな。じゃあ改めて出発するか」
三途はシロガネに目配せする。シロガネはローブの中から薬瓶をこんこんと取り出した。
「ひとり2本ね。1本は今服用して、残りの1本は基地破壊後に服用すること」
三途がコンクリート床に置かれた瓶を指先で数えた。ひとりぶん多い。
「シロガネ、薬多くないか?」
「ああ、それはガムトゥ嬢の分だよ」
「あ、そっか」
「ガムトゥ嬢の分は月華嬢が預かっていておくれ。何なら私が持っていてもいいけれど」
「お気遣い結構。私が預かる」
月華はさめた目でシロガネをにらんだ。
瓶のふたを開くとかすかに甘い香りがした。潮と魚の生温い臭い満ちたこの空間では、その甘い香りは妙に浮いていた。
三途は薬を一気に飲み干した。果物のような甘い液体が喉をすんなり通る。身体にはさして変化もない。月華もシロガネもセーレも、それぞれ飲み込んだ。
「シロガネ、これで海の中でも呼吸できるのか?」
「できるよ。……論より証拠だ。港から海へ潜ろう」
「よし」
三途が立ち上がると、後を追うように三人もすっと立った。




