51話:街へ帰還す
その後、三途はオルムに乗せてもらいいったん街へ帰った。
ガンドやオルムのつれた飛竜にも手伝ってもらい、帰りは半日も掛からなかった。
街は今までの活気をすでに取り戻していた。
街の子供たちが三途を見るやいなや、元気に駆け寄ってくる。
「おかえり、にいちゃん!」
「おー、ただいま。元気にしていたか?」
「うん! 元気でいい子にしてたよ!」
「そりゃよかった。……なあ、シロガネはここにきてないか?」
「シロガネおじさんならヒュージおじさんのお店にいるよ!」
「そっか。ありがとな」
ガンドは三途達を送り届けて辺境都市に戻った。オルムと飛竜は、月華の森でマデュラと一緒に休んでいる。
さて、三途は月華と神流をつれてヒュージの酒場へと赴いた。月華はここへ来るまでというものの、心底不機嫌だった。
「月華……そろそろ機嫌を直してくれよ」
「べつに不機嫌じゃないもん、ご機嫌だもん!」
「頬をリスよろしく膨らませててご機嫌なわけねーだろ! ……まあいいや、シロガネとの協力がイヤなら月華を無理強いさせるわけにもいかんし。どうしてもというなら降りても大丈夫だぞ」
「誰が降りるか!」
「めんどくせえな!」
酒場は昼食にありつく大人たちでありふれていた。
カウンターの端っこに、三途の目的は座っている。
シロガネはセーレを横に控えさせ、黙々と食事に集中している。
「ああ、いらっしゃい三途君。お帰り。月華ちゃんも神流君も」
カウンターの向こうでグラスを磨いていたヒュージが、朗らかに声を駆けてくれた。
三途は席についてメニュー表を眺める。。
「ただいまヒュージ。日替わり頼んで良いか?」
「いいよ。マデュラ爺さんの救出だけでなく、空中基地も解体したんだってね。お疲れさま」
「もう知ってるのか」
「僕の情報網があるからね」
「耳が早いことだ。……そうだ、シロガネに用があったんだよ」
「……ということだけど、シロガネ?」
ん? とシロガネはグラスのワインを飲みこんだ。
「ふむ。宝石ね」
シロガネに相談したい用件は二つ。
ひとつは、飛竜オルムに装着されていた宝石の機能。
もうひとつは、海中へ行くまでに必要な薬品。
三途は最初にひとつめの相談を持ちかけた。ヒュージが用意してくれた奥部屋に引っ込み、木のテーブルの上に宝石を乗せている。
テーブル上の宝石をしげしげ眺めながら、シロガネは黒い棒きれであれこれとつついている。
「……ふうん。効力はすでに消えている。コレ自体はただの宝石にすぎない。素手で触れても問題はなさそうだ」
「そうか……。何かわからないか? その宝石がオルムを……飛竜を暴走させていたんだけど」
「私の知る玉石とは異なるね。だが見覚えはある。おそらく魔機によって生み出されたアイテムか何かだろう。
宝石の中に、生物の理性を砕く術が組み込まれている。これが宝石を通じて、触れたものを暴れさせるようだ」
シロガネが、ひょいと宝石をつまみ上げる。奥底から青く照り輝いていたはずの光はすでに失われていた。
「これ、砕いても良いかな?」
「もちろん」
シロガネが棒きれでこつん、と宝石をたたくと、宝石はまっぷたつに割れた。
中は空洞になっており、そこからぱらぱらと粒子がこぼれ落ちる。
「やっぱり。何かの薬剤が調合されている。興味深い」
粒子を試験管にすべて保存し、それはコルクで栓をされた。
「詳しい成分は調べてみるとしよう。……で、私に聞きたいのはそれだけか?」
「いや、もうひとつある」
きこうか、とシロガネはチェアに腰掛けた。
三途はシロガネに告げる。次に向かうべき場所は海の底。
そこに行くための手段を探していることも、そのためにシロガネを頼ろうとしていたことも。
一通り聞いたシロガネは、ふむとうなずいて試験管をいじくっている。
「君たちの要望はわかった。
だが私は君たちのような正義の味方ではない。何かしらの見返りがなければ動かないよ」
「それはもちろんわかっている。できるかぎりの礼はする。
だけど俺はソレがわからない。あんたになにを差し出せばいい?」
「殊勝だねえ。頼られるのは悪くない気持ちだ。できるかぎり協力はさせてもらう。報酬も金銭でかまわない」
「おまえにしてはずいぶんサービスしてきたな?」
月華が低く威嚇する。のどからうなり声が漏れているのを、三途がどうどう、と落ち着かせた。
「私としては、魔機の用いた玉石と粉末を手に入れられたからこちらこそ破格の報酬って感じだよ。本当はそれで満足している。
まあ金額はこんなところかな」
どこからか取り出した紙にさらさらと金額を記し、目にした三途は一瞬だけぐっと息を詰まらせた。払えない額ではないが、一度に払えるほど生やさしくもない。
「三途、どれ見せてみ」
月華が奪い取るように金額をみた。ふん、と鼻をならして、紙切れをシロガネにつっかえす。
「むふんっ、まあいいだろう。この金は私が払ってやる」
「月華!?」
「おや、月華嬢から払っていただけるとは。明日は魔機が襲来するかな?」
「勘違いするな。私達は魔機をぶっこわしたい。ガムトゥを助けたい。そのためにおめーの力がいるから手を組んでやるだけだ。金なら私のお小遣いで全部払える」
「ほう」
「ただし、成功報酬としてだ。金額の半分を前払い、残りはガムトゥを助け出し、基地を破壊してから払う。これでどうよ」
「良いよ。実に合理的だ」
交渉成立、とシロガネは席を立つ。
「海に行くための準備をしておこう。2日時間をいただくよ。それまでには全てを整えておく。ああ、海中基地までの手配は君たちで進めてくれ。今回は準備が少しばかり複雑だ」
「いいよ。移動はこっちでやっとく」
「頼もしい。いくよ、セーレ」
はい、とセーレはシロガネに着いて部屋を出た。
部屋に残った三途は、少しうなだれた。
「ごめん、月華」
「なにがだ三途? シロガネへの報酬を肩代わりしたことか? そんなの、三途が謝ることじゃないぞ。三途が文無しなのはわかってるかんな!」
「ぅ……財布がピンチなのは否定しないが……。よかったのか? おまえ、あんだけシロガネのこと目の敵にしていたのに」
「いやいや問題ない。あいつとは何度か仕事したことあるし、あいつの優れた能力やおつきのセーレが強いのも知ってる。利用価値は充分にある。私があいつを死ぬほど嫌っているのは事実だが、それはそれとして今回すべきことを優先するだけさ」
「月華……。おまえ大人だな」
三途はもはや癖で、月華の頭を撫でた。
「むふっ、大人だと思っているなら頭を撫でることはないとおもうが、今のわたしはご機嫌だ! いくらでも撫でて良いぞ、むふーっ!!」
月華の機嫌が良くなるのならやすい。三途は彼女の満足するまで撫でてやった。
その後、月華はヒュージの空き部屋でマデュラと長く話をしていた。
シロガネとの約束の時間までずっとそうしていた。三途はそっとしておいてやることにした。ヒュージの酒場を手伝いながら、子供たちの手遊びにつきあったりする。神流も街の住人たちとのんびり語らっている。
「マデュラ爺さんは月華ちゃんが子供のころからのつきあいだからね」
酒場を掃除しているヒュージがそう口をはさんだ。
「というか、子供どころか、月華ちゃんのおじいさんの代から仕えてるんだよ、あの人。人って言うか鷹」
「つき合い長いんだな」
「そうなんだよ。月華ちゃんも爺さんには懐いていてね。……爺さんが助けられたこと、よっぽどほっとしたみたい」
「そうだな。……空き部屋を通りすがったら、月華の鼻声が聞こえたよ」
「気丈に振る舞ってはいたけど、緊張と不安の連続だっただろう。今回救出対象になってるガムトゥも、月華ちゃんにとっては大事な家族なんだ。ちゃんと助けてあげてね。ガムトゥのことも月華ちゃんのことも」
「もちろん。そのための番人だしな」
「三途君なら問題なさそうだね」
「娘を父親から預けられた男の気持ちってこんな感じなんだろうな」
「かもしれないね」
二日後、シロガネが手のひら大の小さな木箱を持ってヒュージの酒場へやってきた。従者のセーレもそばに控えている。
三途は笑顔で迎え入れた。海中基地を攻略するための重要な素材であるのだから。
「待ってた」
「うん。心待ちにしてもらえたようで何よりだ」
円卓の上に、木箱が置かれる。シロガネがそっと開くと、そこには紙で包まれた粉末がいくつか詰められていた。
三途は不思議そうに箱を眺める。後ろから、月華がちらちらと同じものをのぞき込んできた。
「なあシロガネ、これは」
「海中基地へ行くための薬剤だよ。調合に少し時間がかかってしまった」
「いや、気にしないでくれ。……それで、これは? 飲むのか?」
「そう。この紙ごと飲めるよ」
いうやシロガネは、木箱からひとつ紙包みをつまみ上げた。
「飲むと一時的に水中でも肺呼吸ができる魔法の薬だ。効果は3時間。行き帰りで一枚ずつ飲む」
「へぇ……。あ、副作用はあるか?」
「あるよ。服用後数時間だけ少し眠くなる」
「眠くなる? 動けなくなるほど眠くなるのか?」
「いや、うとうとする程度だ。戦闘に支障がでることもあるだろうから、眠気覚ましの飲料を用意しておこうか。仮眠を取るのが一番効果的だが、今回はことがことだしね」
シロガネがローブの下から小瓶を出す。あれやこれやと次から次へと小箱や瓶が出てくる。
「あんたのローブはどういう原理してんだ」
「なにもないよ。収納上手というだけだ」
にこやかにほほえむシロガネは、最後の一瓶を机においた。
色とりどりの小瓶には、どろどろとした液体が収まっている。
「どれがどの薬だ?」
「どれも眠気覚ましの薬だよ。粉末を飲んで海に潜り、基地へ到着したら速やかに服用することだ。中身は一緒だ。外見が違うだけ。好きな瓶を選ぶと良い」
「うさんくせー……」
月華が小瓶をひとつひとつ手に取りながら、ぐるぐると回す。
「おまえが何もしないとは思えない。わざわざ違う瓶に入れる必要は何だ? 異常な副作用で三途に何かあったらおまえの喉穿つぞ」
「これはこれは怖い怖い。特に副作用はないよ。瓶の違いも、単に同じものがなかっただけだ」
「本当に? 本当に本当だな? セーレの前でも誓って言えるな? 嘘じゃねえな?」
月華はずいずい、とシロガネに詰め寄る。シロガネは肩をすくめて「誓います」と答えた。満足した月華はそれ以上問いつめるのをやめた。
「月華にしてはえらく早く下がったな」
「シロガネにとって『神に誓う』行為はセーレに誓うということなのだ。セーレの前では良いかダメかでいったらギリ良い方になるからな、こいつ」
「月華様、ぼくの前で主人の悪口を言うのやめていただけますか」
「はーい……」
「いいのだよセーレ。本当のことだからね。三途君もおひとつどうぞ」
「あ、ああ……? ありがとう」
三途はシロガネから青色の小瓶を受け取った。粘りけのある液体が揺らめいていた。




