50話:ガンドの飛行機
空中基地はまだ形を保っている。崩れる気配はないが、それも時間の問題だろう。
「どうやって帰る……?」
「……考えてなかった」
空を飛べる種族といえば、月華の肩に乗るマデュラがいる。が、マデュラはこの中で一番華奢な月華を乗せることさえ無理だ。
一行はひとまず基地の外へ出た。魔機の残骸がさらさらと砂になり霧散している。
滑走路の端にも同じ現象が起きていた。先端から砂粒となり、形を保てなくなっている。
「うわ、やべ」
「このままだとみんな仲良く飛び降り心中だな!」
「笑えねえわ!!」
「うーむ……、月華様おひとりであれば、なんとか私でも運べるが……。三途と神流は無理だな。抱えきれず振り落とす」
「わかっていたことだがマデュラひでえ。いや、それはあとにして……どうしよ……! 飛び降りってもこんな高さじゃ着地もできねえ」
「下がみえないモンねえ」
神流は優雅に空を見下ろす。雲に覆われた町並みは、拳で隠せるほどに小さい。それほど距離がある。
ふと、三途の耳に翼のはためく音が聞こえた。いくつもの羽ばたく音に混じって、機械の音もこちらに向かってくる。
「何だ……?」
「どしたの、三途?」
「いや、音が……」
「音?」
三途は砂の山を乗り越えて、滑走路から空をまんべんなく見回した。
まぶしい陽光にときどきすれ違うように、それはこちらへ近づいてくる。
あっ、と三途はすぐに理解した。
翼の主は真っ白な美しい体躯の飛竜。
飛竜オルムが、彼より一回り小さい飛竜をもう1頭つれて、基地に降り立った。
「オルム!!」
「待たせた、三途。こちらの飛竜は私の故郷のものだ。若いが乗り心地は保証する」
「助かった、恩に着るよ!
……あれ、じゃあさっきの機械音、」
その疑問をかき消すように、オルムに続いて小さな飛行機が着陸した。
パイロットは病気持ちであったガンド。辺境都市にはびこる病に侵されていた青年である。
「ガンドまで」
「お待たせしました、三途さん」
「きてくれたのか。足は平気か?」
「はい、治りました。操縦に支障はありません。飛竜のオルムさんといっしょにここへきて、みなさんを地上へ送り届けようって話していたんです。あ、都市の人たちには内緒なんですけど」
えへ、とガンドがいたずらっぽくわらう。
「助かる。俺が帰る方法も考えずに魔機ごと基地をつぶしたから途方にくれてた。
さっそくあんたらの手をかしてもらう」
「お任せください! 列車での恩、ここで少しでもお返ししますから!」
オルムには月華、お供の飛竜には神流が、そしてガンドの飛行機には三途が乗ることになった。
「離陸しますよ、シートベルトはしっかりと!」
操縦席で快活にガンドは言う。三途は言われたとおりに着席とシートベルトを装着する。
基地はもう半分砂化していた。
「発進」
飛行機が滑走路を駆け抜け空に飛び立つ。窓からそっと飛竜達を見下ろした。彼らも無事、砂上になりかけた基地から脱出できたらしい。
「お疲れさまでした、三途さん。いったん辺境都市の、僕の家までお連れします。オルムさんにも家へ降りるようお話済みです」
「わかった。……ありがとう。飛行機って乗り心地良いな」
「でしょう! 魔機の事件が解決してから、またお立ち寄りくださいね。飛行機でフライトサービスとかしますので」
ガンドは子供のようにはしゃいでいた。
「そのときは頼むわ」
「はい。月華さんと神流さんもつれて」
「そうだなあ……ひとりでこっそり行ったらあとでぶーぶー文句言われそう」
「ですねえ」
ガンドと他愛なく言葉を交わしているうちに、ガンドの飛行場まで到着した。
ガンドの飛行機は無事着陸し、ほどなくしてオルムとつれてきてくれた飛竜も飛行場へとたどり着いた。
「三途ー!」
飛竜たちから降りた月華が、かまわず三途に飛び込んでくる。もう慣れた三途は、腹と足に力を入れて月華を受け止めた。その華奢な肩には、マデュラがささやかに乗っている。
「やったな! これでマデュラ救出成功だっ! そして魔機の主要基地も破壊できた!」
「おう、月華のおかげだぞ」
「ふふんっ、もっとほめてもよいぞー、むふーっ!!」
「さすが月華すごーい」
「言葉に抑揚がないが、お褒めの言葉に変わりはない。この月華様は寛大だかんな! その辺細かいとこは何も言わない」
「そりゃどうも」
マデュラが月華の肩から飛び、人間の姿に戻る。背筋を伸ばした、堅い老男が三途を見下ろす。飛行機を倉庫にしまって戻ってきたガンドが、マデュラを見るやぎょっとした。獣人を見たことはなかったようだ。
「三途殿、今回の救出、感謝します」
「いや、礼には及ばないよ。俺は番人の仕事をしただけだ。それに俺だけの力じゃどうにもならなかった。ここにいる全員がいたからこそせいこうしたのだ」
「そのようで。飛行機乗り殿にも飛竜殿にも、このご恩はいつか必ずやお返しします」
「い、いえいえ。僕はただ飛行機を飛ばしただけですし。
……それよりみなさんのお仲間が助かって良かったです」
ねっ、とガンドがオルムに目配せする。オルムも深くうなずいていた。
「……さってと。マデュラを助け出したし、次の作戦を練らなければならないな」
月華が神妙な面もちで切り出した。つもる話も何ですし、とガンドが彼らを家の中に招き入れた。オルムは飛行場の倉庫で翼を休めている。
ガンドの家の居間。三途は月華と神流、そしてマデュラを交え、今後のことを話し合うことにしていた。
「辺境都市の基地は落とした。マデュラも今後は戦力として期待できるだろう」
「はい、尽力いたします」
「うむ。……で、だ。三途。次はガムトゥの救出にのりだそうと思う」
「俺もそう考えていた」
ガムトゥといえば、月華の側近であり、犬と人間の獣人である。やや幼い精神……はっきりいえば頭が少しばかり緩い性格の少女だが、その鋭利な牙と爪でいくつもの獣や魔物を葬ってきた経歴を持つ。
そして犬モードの状態なら、小さな子供や神流くらいの華奢な者を運べる。伝令役としても役立つし、何より月華のもとに長く従っていた少女だ。基地に監禁されたからには、助けなければならない。
「ガムトゥを助けるのは前提として、どこの基地に捕まっているのか、月華はわかるか?」
「わかる。その辺はぬかりなく調べたからな」
月華は上着から地図を取り出した。前に見せてもらったのとは違う場所を示す地図。所々赤いペンでメモが記されている。
地図を広げて指を指す。その指は、青い海原から動かない。
「……月華、そこは」
「お察しの通りだ、三途。
ガムトゥは海の中にいる」
「…………まじで?」
「まじで」
月華が冗談を言う少女ではない。三途はそれを良く知っている。
だがそれでも、少し疑わしげに感じてしまった。
「まあ無理もないよな。海だし。空の次は海だぞ海。クラゲとかサメとか海の幸いっぱい」
「いやそれ幸じゃねえよ」
「クラゲって食ったらうまそうじゃん。サメはフカヒレにして食おう」
「サメは賛成だがクラゲはやだ……。いやそういう話じゃねえだろ」
「おっとっとそうだった。
海の中に魔機の基地があるんだ。海中基地ってとこだな」
月華が地図の青色部分をぐるっとなぞる。
「このへん全体は魔機のねじろだ。しかも海中基地の魔機は水中での行動も生命活動も問題なく行えるそうだ」
「機械が海に適応してるってことか」
「うむ」
「水中庭園みたいに、海の中に呼吸できる建物があるというわけでもないってこと?」
「いや、建物はある。だけどそこまでの道のりが問題なんだ。
基地は海の奥深くにある。基地に入ってしまえばこっちのものだが、海から基地へ着くためのすべが限られる」
「船だけではどうにもならないねえ……。とすると潜水艦?」
「だなあ。だけどこの辺に潜水艦の乗れる場所はない」
「報酬払って船を貸してくれそうなところはないか?」
「ないなあ。海中基地ができてからというもの、どの船業界もまともに船を出せなくて困ってるくらいだし。そもそも海中基地周辺では、船はあるけど潜水艦は発達してないんだよ。海中に潜ることはあっても、潜水艦を頼らないから」
月華によると、海中基地周辺にある村や町は、いずれも海に関わる業界に優れている。海の幸といわれる食事や美しい海を中心とした観光、それらを支えるための海の警護や漁などが執り行われている。
海の深くでとれる食材や装飾品素材もあるが、これは生身の人間や魚人たちが潜って採取しているという。ゆえに潜水のための船は発達していないのだ。
「基地に行くまでは素潜りするしかないのか」
三途はうーん、と頭を抱えた。泳げはするが、基地に着くまで息が持つかどうか。それが問題なのだ。
「基地に入りさえすれば、問題はないんだけど……。というか僕、泳ぐの苦手だから今回役に立てないかもしれない」
神流が苦い顔を浮かべた。この話に月華は驚いてみせる。
「え、神流はカナヅチなのか」
「うん。お山を上るのとか陸を駆けるのは得意なんだけどね。僕の身体はどうも海と相性が悪いみたい」
「だったら今回、神流は抜けるか?」
「そうする。お役に立てないようでは足手まといになるだけだから。代わりに陸でできることを探すよ」
「案外あっさり引いたな。てっきり無理矢理でもついてくると思った」
「そうしたいのを我慢してるんだよ、僕は」
にっこりと、神流は答えた。
泳げない神流を引きずりこんでまで基地に同行させるのは、三途としても気が引けた。だから今回ばかりは、神流の素直さに感謝する。
そして問題に戻る。海中基地までの道中をどうするか。
「海の中で息ができればいいんだけど、そうそう簡単にはいかないよなあ」
「だよなー。私たちが魚人だったらいいのに」
「海の中でも息ができる術とか薬とか……この世界にはないか?」
「うーん……私が知る限りだと聞いたことはないな。マデュラは? 知ってる?」
月華の肩の上のマデュラが、重く嘴を開いた。
「ひとつ、心当たりが」
その言葉だけで、一同がマデュラに視線をそそぎ込む。マデュラが顔を背けた。
「知ってるのか!」
「心当たりはあります。……が、あまりおすすめはできません」
「聞くだけ聞かせてくれ。実行するかどうかは後で決める」
「……では。
かつて、この周辺には人間でも長時間海へ潜ることができる薬剤と術が伝わっていたようです。現在は魚人たちとの共生により、薬剤や術はあまり使われてはおりませんが」
「やっぱり術はあったのか! 海ちかくの街で探せばみつかるかもしれない!」
「月華様、落ち着いてください。
おそらく、この近辺には細々ながら、術を扱うものがいる可能性はあります。
が、それよりも確実な者がいます」
「誰だ?」
三途がはやる月華をなだめながら、マデュラの答えを待つ。
数秒沈黙したのち、マデュラは重苦しく答えた。
「シロガネ殿ですよ。彼は海中でいきる術を習得しておられます」
その答えを聞いたとたん、月華の表情が苦虫と苦い木の実を噛み潰したごとくゆがみにゆがんだ。




