49話:カプセルの中のボス
突如、カプセル内の液体が赤く光り出した。
「っ、なんだ!?」
「ようやくこちらを異物と判断したようだな」
カプセルだけではない、この大部屋の四方からけたたましい警告音が鳴り響く。
周囲を赤いランプが染め上げ、三途の目をちかちかさせた。
カプセルで優雅に眠る新型魔機は目を覚まさない。じっとしていて動く気配もない。
代わりに、壁と同化していたらしい大型魔機がぞろぞろとこちらを囲みにきていた。
三途は月華を背中に庇い、双刀を引き抜く。マデュラが月華の肩に止まった。
「魔機を壊すのが良いよな」
月華はパチンコを握りしめる。神流も刀をすっと引き抜いていた。
「だがこいつら……たぶん無限湧きするぞ」
三途はそろりと前方の壁を一瞥した。
ぬっ、と小型魔機が生まれたのを目にした。小型は空中を陣取り、赤外線を三途に向けている。
「うげー、壊しても壊してもでてくるのかー。あ、でもあれって基地内の壁から生まれてたな。壁の資源がつきたらさすがに無限に湧くこともできなくなるな」
「頭がいいぞ月華。その論の致命的な弱点は、最後の1機になるまで戦えるだけの体力がこっちに残るかどうかわかんないとこだ」
「なるほど、私もそこを見落としていた」
月華はパチンコで小型魔機を打ち落とす。三途は彼女の盾になりながら、大型の頭部に刀を突き刺す。
「僕らがとれる方法としては、元を断つくらいじゃないかな」
神流が一歩踏みだし、目の前の魔機を両断する。
「元か。……あのカプセルに入ってる新型がソレかな」
「僕はそう思うよ。三途の中の番人システムはなんていってる?」
「神流の言うとおりだって語りかけてる」
「じゃあ決まりだね!」
満足そうに神流が微笑んだ。
三途は目の前に何体も立ちはだかる魔機を見据えた。
「月華、俺は新型魔機を破壊する。それまでもつか?」
「もつ! 具体的にどれくらいもつかっつーとな、半日くらいはもつ!」
「おぉ、太っ腹だ。だが安心しろ。1時間もいらねえよ」
「三途も太っ腹だな。私とおそろいだ、むふーっ!!」
「すぐ終わらせてやる、それまでの辛抱だからな!」
言うや、三途はまっすぐ駆けだした。
山のように壁のように行く手を遮る魔機などいちいち相手にしていられない。
三途は振り下ろされた魔機の腕を小さくかわし、それを踏み台に跳躍する。
魔機の頭部を軽々と飛び越え、次の魔機の頭部を足場に、とんとんと分厚い壁を跳ぶ。
華麗に着地し、その先にはカプセルの中で眠る新型魔機。装甲などない、石膏のように白い肌を持った、三途が見たことのない新しいタイプの敵だった。
三途はカプセルに遠慮なく刀を突き刺す。
一度だけでは僅かに罅を入れるだけだ。何度も何度も穿って、ようやくカプセル全体にびしりと罅が広がっていった。
「埒があかん」
三途はカプセルにつながっていたチューブを憂さ晴らしに切り払う。切断面からほのかに火花を散らしている。
「三途、うしろ!!」
神流の鋭い声が背後に聞こえた。
三途は振り向かず、大きく飛んで新型魔機から距離をとる。
今まで自分のいた位置に、強い衝撃と熱がまき散らされた。
壁から生まれた魔機が、三途を狙って弾丸を放ったのだ。着弾すると暴発するというご丁寧な派手さも兼ね備えている。
(新型魔機に被害が及ぶって考えてないのか、それともあのカプセルはあの程度ではやられないという自信の現れか……)
いくつか説を考え出して、三途はそこで頭の回転を止めた。今は頭脳よりも身体で戦う時だ。
細かいことは考えない。思考しすぎると、手足が自由に動かない。動きが鈍ればそのぶん不利になる。
まずはあの新型をカプセルから引きずり出すことだ。ひゅっ、と三途は息をのむ。
新型魔機の目が、うっすら開かれていた。
その肌と同じく、眼球も白く濁っている。まるで生気が感じられない。
三途は大型や小型の流れ弾をかいくぐって新型魔機へと駆け抜ける。
カプセルの直前で小さく跳躍した。身体をひねって遠心力で刀を振り切る。
刀が罅の入ったガラス部分にうまくはまった。
刃がわずかにガラスを穿っている。
「まだまだぁ!」
もう片方の刀を突き刺し、ふたつの刀をそれぞれ外側へと開く。
極小のガラスの破片が三途の頬にびしびし当たる。
新型魔機を守っていたカプセルに、一閃の刀傷が刻まれた。
傷からカプセルの中の液体がどろどろと盛大にあふれ出る。噴水のごとく止まらないそれは妙に粘着質で、三途は頭からそれをひっかぶった。
「うえ、何だこれ……。これ、」
三途は顔を袖で強引に拭う。
ふと、三途の中の番人システムが、この粘液の正体を教えてくれた。
「これか、これが辺境都市の住人たちを侵していた奇病の原因だ!」
「まじでっ! じゃあその新型魔機をさくっと壊っちゃえば、辺境都市の奇病も消えるんじゃん!?」
「そうだ月華! そういうわけだから、大型どもの足止めよろしく」
「まかせろーっ」
三途はカプセルの傷跡を更に穿って傷を広げる。
ガラスはがりがりと抵抗を続けるが、三途は負けじと刃を何度も穿つ。
白く刻まれた罅は無数に増える。そこから液体が漏れ出、新型を守る盾が失われていく。
断ち切った管からも、盛大にオレンジ色の粘液が漏れ出ている。あの管が供給源だったらしい。
「いい加減、出てこい」
三途がガラスをがつんっ、と蹴り上げる。
その衝撃に、ガラス全てが砕け散った。破片があちこちに飛び交う。三途もその被害を受けた。
びしびしと小さな破片が体中に刺さるが、それらはすべて自然にぽろぽろとこぼれ落ちていった。ちくちくした痛みも、深呼吸を2度終えるころには癒えている。
「さて、ようやくお出ましだな」
三途は双刀の切っ先を新型魔機に突きつける。
新型は目を開いているものの、表情そのものに変化はない。
ゆら、と両手を動かした。指揮を振るうかのように優雅でゆっくりした動作だった。
その動作に合わせるように、三途の背後に位置していた魔機全てが、銃口を三途へ向けた。壁から生まれたそれらの相手をしている月華にも神流にもマデュラにも目もくれず。
すべて、三途にターゲットが向けられている。
三途はその殺気を感じ取る。反射でその場から逃げ出す。
嵐のような弾丸が無遠慮にばらまかれていく。盛大な轟音と目をくらませるほどの火花が飛び散る。
「三途!」
「無事だ!」
「よかった! ごめん三途、彼らは僕たちでどうにかするから!」
「おうさ!」
三途は神流に答え、新型の方へと走る。
大型小型の魔機は月華たちに任せているおかげで、新型魔機を守るものはいない。
高く飛んで新型魔機の両腕を切り裂く。粘土を切ったような鈍く、妙に手に残る感覚。
「げ」
三途は苦い顔をした。
あともう少し踏み込んでいれば、新型魔機の腕は断てていた。だがわずかに皮1枚つながった腕が、あっという間に傷口をふさいでいく。
「そんなのありかよ……」
だが三途はあきらめるつもりなど毛頭なかった。
ゆらゆらと三途に迫ってくる両腕を身軽にかわし、新型魔機の胴体の上を走り抜けていく。
狙うは頭部。首を断ち切れば生き物はすべて命を落とす。
たとえ魔機にその常識が通用せずとも、今の三途にはそれを覆す力がある。
「てぇい!!」
双刀が新型魔機の首をぴったりと挟む。
それぞれの刃を外側へと横薙ぎにする。
重く鈍くいやな感触が三途の手に伝ってきた。が、刃は間違いなく、新型魔機の首を断った。
首はそこから下を失い、ごろごろと床に転げていく。
生気のない目は開きっぱなしだった。
三途が足場にしていた新型魔機の胴体や腕ももう動かない。
三途は後ろへ飛び退く。そして新型の首にかつかつと近づいた。
首は何も言わない。再生もしない。
「!」
首が、しゅうしゅうと音を立てて白い湯気を生み出した。
そして氷菓子のように首が溶け、液体となり果てる。
思わず三途は新型の首から下の方を振り向いた。そちらも同じように、どろりと液体に姿を変え、白濁駅をカプセルから垂らしていた。
気がつけば発砲や剣戟の音、鷹の風を切る音が止んでいる。
聞こえるのは、がしゃがしゃという機械の動作音だけだ。
月華たちを囲んでいた魔機は各々電池が切れたように、急にくずおれた。
「三途……!」
月華が明るい表情で三途の方を見る。
「倒した。あいつを」
「やっ、たーっ!! 空中基地撃破だけでなくマデュラの救出! 成功っ!」
月華がぴょんぴょん跳ねると、彼女のポニーテールも一緒になって踊っていた。
「おつかれ、三途義兄さん」
「ありがと。神流もお疲れ」
「うん。……あの白い魔機、いったい何だったんだろう」
「俺にもわからない。……が、これで辺境都市の人々は、魔機におびえなくてすむ」
「そうだね」
未だ飛び跳ねる月華を落ち着かせ、三途は念のため、と基地内で無事だったデータルームに向かった。
月華が先ほど見つけたデータをもとに、辺境都市の住人たちのバイタルデータを捜し当てた。
住人たち全ての状態がリアルタイムで更新されていく。
住人のバイタルに異常があると、異常部分が赤く示されるシステムになっているらしい。
住人たちのほとんどが大なり小なり赤くポイントされていたが、それらはすべて消え去った。魔機のばらまいた奇病の原因が消滅したからだ。
それを確かめた三途は満足した。これで辺境都市は平和になる。
親しくしてくれていたガンドも、いずれ飛行機乗りとして復帰できるだろう。協力してくれた彼に、多大な感謝を心中に抱く。
「……どうやって帰ろう」
三途は今更、そんな懸案を思い出した。




