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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
一章:三途、地球に転生す
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4話:三途の番

 いつかみた風景だった。

 日本ではない、地球ですらない、懐かしさを帯びた世界。


 夜穿ノ郷(よるうがちのさと)

 三途の、本当の故郷。


 家族もいない、身よりもいない。ただ旅芸人として一緒に世界を回っていた義兄弟がいただけだった。もともと旅芸人仲間はほかにも4人いたが、全員ごろつきの盗賊たちに殺された。


 舞踊を披露しながら生活していた三途と兄弟を襲ったのは、彼らの仲間を殺した盗賊だった。

 再びやってきたそれらになすすべなかった二人は、月華によって助けられ、それ以降月華のもとで暮らすようになった。


 月華の住まいは深い森の奥にひっそりとたたずみ、狩猟と採取をして生計を立てていた。

 時々街にでて娯楽を探したり、荒仕事を引き受けたりすることもあった。

 

 三途は思い出せた。

 森の深緑、風のささやく声、獣との鼓動高鳴るかけひき、月華といっしょに歩いた獣道、月華の作ってくれたシチューの匂い。



 すべてを、外からやってきた”あいつら”に奪われたのだ。

 

 森を、けものを、仲間を蹂躙してきたあの生命体。

 魔機。夜穿ノ郷でも地球でもない、もっと別の世界からやってきたそれが、なんのまえぶれもなく、郷を踏みにじった。


 鈍く輝く装甲が特徴的なその生命体。

 森の仲間たちはすべて奪われ、三途は月華を守るだけで精一杯だった。


 戦う力はあった。むしろ腕っ節は強く、誰にも負けなかった三途が、魔機に敗れた。

 かろうじて月華だけは守れたが、もうこれ以上戦う力は残っていなかった。


 三途は自分を陽動に利用した。いずれ死ぬなら月華を守って死にたかった。

 泣きわめいて引き留める月華をなだめて、魔機の嵐の中へととびこんだ。


 最期はたしか、無数の魔機の集中砲火を浴びたのだ。

 火花散る、火薬の臭い満ちる、熱と激痛が全身ににじむ、金属のこすれる音響く、焦土と化したその戦場で、三途は倒れた。


 

 今まで見続けていた夢は、”前回”の死ぬ間際の現実だったのだ。

 

 そして今の現実に、三途の意識が返る。


 

 あいつらは敵だ。仇だ。

 故郷を奪った敵だ。


 そう三途の意識が切り替わり、その黄金の瞳に確かな闘志が宿った。

 牙を突き立てられた胴の痛みが消えている。それどころか体は軽い。


 目の前に赤熱の魔機。背後は銀の魔機。銀は、セーレからすでに興味をなくしていた。その方がありがたい。


「お前らが」

 誰に投げたわけでもないつぶやきには、憤怒が満ちる。


 

 赤熱の魔機の雄叫びが大地をふるわす。三途はひるむことなく立って見せた。

 手には何も持っていない。武器になるものは何もない。

 

 だがそれで充分だった。

 

 三途は破片にまみれた地面を軽快に蹴る。

 まっすぐつっこんだ先には赤熱の魔機。

 牙をちらつかせての威嚇。その牙を三途は狙う。


 赤熱が空へ逃げるまえに、この手で捕まえる必要がある。

 

 赤熱は火球を放ってきた。三途は逃げも回避もしない。

 片手を下段から上段へ、刀を振るうように振り上げる。


 振り上げた三途の振り上げた手は火球をすっぱりと両断する。

 炎に触れた手は黒く焼けたが、三途がぱっぱっとその手を払うともとの色にもどった。まるで、煤を振り落としたようにも見える。


 燃える心が原動力になって、三途は目の前の敵を倒すことだけに集中した。

 

 三途によって断たれた炎が、軌道を変えられたことによって三途とは大きく外れた場所で業火をまきちらす。


 赤熱の注意が一瞬だけそちらに向いた。

 三途は二歩踏み込んでその隙に赤熱へと距離をつめる。


 開かれた口に、三途が手を突っ込む。その両手は、しっかりと赤熱の牙をつかんでいた。


 赤熱がこちらに気づいた。硝子玉のような眼球が三途の目と合った。

 三途はふっと両手に力を込め、むりやり牙をねじ切った。ついでに赤熱の胴を蹴って後方へと退く。


「ぐきゃあああぁ!!」

 機械音と生物の断末魔を混じり合わせた奇声が、三途の耳をつんざく。

 牙を一本奪われた赤熱はのけぞるように三途から数メートル離れる。

 そのまま空へと飛び退いた。


 緑の粘液を滴らす牙が、三途の手に握られている。あちこちに舞い上がる炎に反射して輝く牙の先端は剣のごとく鋭い。

 

 空を優雅に泳ぐ赤熱はビルとビルの合間を縫い、三途の視界から器用に逃れていく。

 炎の熱や焦土の臭い、ほかの魔機たちの奇声でうまく三途の五感を惑わしている。

 だが三途の精神はそれらに左右されることがまるでない。

(そんな小手先の目くらましなんて、効かんなあ)


 三途の視界に、赤熱がいなくなる。ビルに隠れたのだ。

 その気配は上後方からかすかにつたわる。背中に走る熱が、三途をそちらへ振り向かせる。


 熱気が大きくなっていき、三途を再び包み込もうとしている。赤熱の火球だった。

 三途はそれを横に跳ねて回避する。

 どん! と一瞬だけ地面が大きく揺るがされる。

 反動さえものともしない三途は、赤熱の火球をひらひらかわしながら確実に近づいていく。


 火球を放つのにも少しばかりの時間がかかるようだ。完全なる次撃をためこんでいる最中だった。


 そのすきに三途は次の一手に切り替える。

 とっ、と宙を舞い、赤熱の死角にかくれる。

 軽やかに赤熱の背中へと着地し、ねじりとった牙を逆手に構える。


 へたに暴れられる前に決着させる。

 三途は赤熱の首根っこに、深々と、その牙を突き立てた。


「ぐが……っ!!」

「やはりか」

 三途はそうこぼす。赤熱の魔機の装甲と装甲の間にはわずかな隙間がある。そこは何にも守られていない。つまりは一番ダメージが通る。


 この戦いの中で見抜いたわけではない。魔機がそういう構造をしているということを、自然と知っていた。


 赤熱は断末魔を上げる暇もなく、どっとその身を地に落とした。

 

 残るは銀の魔機。

 銀はすでにセーレから興味をなくしていた。その眼球はぎょろっと三途を射抜いて離さない。

 三途も銀に集中する。地面に横たわるセーレと銀の距離は三途の目算で3メートル。

 三途の視界の端に、セーレの横に突き立てられた突剣が映った。


 迷わず三途は前へ突っ込む。

 銀の火球は赤熱より小さいが、代わりに出がはやい。ぱっぱっ、と呼吸と同じようにオレンジ色のゆらめく火球を三途はするするかわしていく。


 三途とすれ違いざまに、銀が火球を飛ばすのを止めた。

 鋭い脚爪をぎらつかせながら空へと飛び立つ。爪が三途の胴にかすった。攻撃は浅い。三途の黒シャツに4本のひっかき傷が刻まれた。


 三途は銀から目を離さないように足を擦らせて後方へさがる。

 そろそろと手を泳がせて目的のものを探る。指先が、セーレの突剣の塚にふれた。


「借りるぞ」

 三途は突剣を引き抜いた。刀身からゆらめく陽炎はなりをひそめ、代わりにおぞましい冷気がまとわりついた。


 三途が1分弱の時間を使って、銀の動向をさぐっていた。銀は空に避難すれば安全と考えたのか、三途の無防備ともいえるような攻撃体質を懸念してか、三途からじっと目を離さない。


 見張られている三途はその動向や空に未だ漂う無数の魔機に注意しながら、倒れるセーレを抱き起こす。

 片手で肩にかつぎ、体を打ってぐったりしている月華のもとへも急いだ。


「セーレ、月華」

「う……」

 月華がうめきながらようやく目を覚ます。

「さんず、」

「体を強く打ってるな。どこか強く痛むところはないか?」

「平気だ……。頭がくらくらするけど、すぐ治る……」

 月華は頭を押さえながら足をもぞもぞ動かそうとする。

「月華はここで休んでて良い。空のあいつ等は俺が全部たたき壊す。

 セーレを頼む」

「お、うん……。って、セーレ、血が出てる!」

「手当を頼む」

「了解」

 三途が月華にセーレを託すと、セーレの指先がふっと動いた。

 閉じていた瞼が開き、澄んだ碧眼が三途の目と合わさる。


「三途、さ」

「セーレ、もう大丈夫だからな。全部思い出した」

「え……」

「あんたと月華にはお礼とかいろいろ言わなきゃならんけど、それはもう少し待っててくれ」

「だめ、です……。数が、多すぎ、ます……。あなたと月華様だけでも、にげ、」

「安心してくれ。あんたも一緒に逃げるんだよ。魔機どもをつぶした後に、悠々とな」

 にっ、と三途は笑み、立ち上がる。


 炎上する地には赤黒い液体と瓦礫。

 火の粉舞う空を見上げれば、銀の魔機がまっすぐこちらを見下ろしている。

 銀に従う無数の魔機の眼球もこちらに向けて離れない。


 セーレの突剣を構え、三途はふっと微笑んで、銀めがけて駆けだした。

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