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44話:辺境都市

 飛竜に乗って、三途は辺境都市にたどり着いた。

「降下する。しっかりつかまっておれ」

「わかった」

 オルムのスピードが徐々に落ちていき、巨体が都市へと降りる。

 ふわっ、と風がオルムの周囲に広がる。翼を一度はためかせてホバリングした。

 

「ここが……辺境都市」

 三途はぽつんとつぶやいた。


 飛竜オルムから降り、数時間ぶりの地面に降り立った。

 街の門は開いてはいるが、人がいない。

 門番の存在がないために簡単に進入できてしまう。

「三途、私は月華と神流を迎えに行く」

「ああ、頼んだ」

「任されよ」

 言うや、オルムはふたたび空を飛んでいった。みるみる白い巨体が小さくなっていく。

 三途は荷物を肩に提げ、都市の門をくぐった。


   *


 辺境都市。王都から離れた街。

 月華の住む街よりも洗練され整っている。地面は灰色の平べったい石が敷き詰められており、住居はいずれも四角く機械的だった。

 昼下がりの時間だというに、にぎわいはない。数人の人間が静かにそろそろと、人の目を気にするように歩いている。


 活気がない。さっき空から見下ろしていたのは、別の街だったんだろうか。

(まあ、上にあんなものがあってはなあ)

 三途は門に手を当てて空を仰ぐ。街全体に陰を落とす、魔機たちの根城が浮いている。

 今からその城塞を攻略するわけだが、先に行くなと神流に強く脅されている。お天道様を怒らせても、義弟だけは怒らせてはならない。長年連れ添った旅で三途が一番に学んだことだった。


 まずは街の現状を知っておきたい。

 三途は歩き出す。情報の集まりそうな場所といえば酒場だ。まずは底を目指すことにした。


 道中、数人の住人とすれちがったが、なんだか避けられている気がした。

 目がふと合うと急に目をそらされた。ためしに街の住人ひとりに声をかけてみると、逃げられた。単に人見知りだっただけか、と思ったが、別の人間にも話しかけたところ、同じように逃げられた。

「……俺、そんなに怖い顔してるか?」

 三途はちょっとだけ傷ついた。


 歩いていると酒場らしき場所を見つけた。三途はドアを開く。からんからんと大仰なベルが鳴る。

 店内は控えめにざわついていた。そのざわつきも一瞬で止まった。

 三途が店内に入ったとたんに止んだのだ。

「……っ?」

 三途がごくっと息をのむ。店内には客およそ10名。全員が三途に視線を向けてきた。

 店内の音楽がやけに響く。

 気のせいだ、と自分に言い聞かせ、三途はカウンターに座った。

 カウンターでコーヒーを注いでいる店員は、じっと手元のマグカップに視線を落としていた。こちらを向きもしない。


「……あの、」

「……」

 店員はなにも言わない。聞こえなかったはずがない。三途の声は静寂の中でもよく通っていた。

「すみません、紅茶、ください」

 三途が気まずそうに注文すると、店員は黙って新しいカップに紅茶を注いでさっさと差し出した。

「どうも」

 店員はなにも答えない。

(余所者には厳しいところなのか)

 居心地悪そうに、三途は紅茶に口を付けた。苦みで舌がえぐれた。砂糖壷の砂糖をざあっと注いでようやく何とか飲める味になった。

「あの、店主……」

「……」

「えーと、聞きたいことが」

「何か」

 店主は三途に目を合わせない。


「この都市の上にある、上空基地のことなんだけど」

「お話することはございません」

「いや、えぇっと、内容だけでも」

「私はお話できません」

 有無をいわさぬそっけなさだった。三途はあきらめて紅茶の料金をテーブルに起き、酒場を出た。

(この都市は酒場で情報とれないのかあ? だったら別の場所……)

 三途は都市の広場を目指した。人のいそうな場所と言えばそのあたり。あるいは宿だ。

(ひとまず、寝泊まりする場所を探すか)

 都市をあちこち歩いていると、やっぱり都市の住人たちからは避けられていた。目はそらされるし受け答えは適当きわまりない。宿で部屋をとれたのはある意味奇跡だった。


「すみません、聞きたいことが」

「話すことはありません」

「いや、せめて内容だけでも」

「ありません」

「あの」

「部屋の鍵はこちらです。では」

 宿の職員に聞いたがこの調子だった。宿の廊下ですれ違う旅客や職員に聞いても同じような反応をされた。

(上空基地のことは禁句なのか……?)


 三途は首を傾げつつ、ひとまず部屋を確認しておこうと階段を上がる。


 突如。

 背後で轟音が響いた。

 ぱらぱらと木片があちこちに散らばっている。旅客の悲鳴が聞こえてきた。

 三途は反射で振り返る。番人の血が騒いだ。

 はっと目を見開く。黄金の瞳には、それが魔機だとすぐに気づいた。


「ま、魔機……!?」

 人型を模したタイプの魔機だ。腹部は小さく胸部と手足がやたらとでかい。

 その手に武器はなかった。大きさも三途より一回り大きいだけで、巨大とはいえない。だがその威圧感は肌によく伝わってくる。


「ひっ、お、お許しを!」

「……?」

 その場にいた全員が、魔機の前にひれふした。武器も荷物も放り出して、地に膝をついて頭を下げる。

「何もありません! 何も告げておりません! この通り黙秘しております!」

「ですからご安心を! 何もお話しておりません! 決してしゃべりません!」


 三途は武器に手を添えながら首をかしげた。彼らの言葉が妙に引っかかる。


 だが魔機は、旅客たちの懸命な命乞いも聞かない。ひとまず近くにいた適当な一人をぐっと手中に握りしめる。

「ひいぃっ!! な、何も言っておりません! 何も! 決して! 誓って!!」

「おいコラ……!」

 三途はすぐさま刀を引き抜く。まっすぐに魔機まで一歩で駆け寄り、腕に刀を突き刺した。

「俺の目の前で悪行とは良い度胸だなオイ」

 不敵に笑った三途は、手に力を込めた。

 そのまま下段へ振り下ろし、魔機の腕の半分を切り裂く。あと少しで断てそうだ。


 魔機は三途にターゲットを定めるように、目とおぼしき部位を三途へ向けている。

(ここで暴れるのは良くないな)

 三途は転がるように、宿の外へ退避した。

 とたんに、魔機も宿から飛び出した。ねらい通り。

 周囲の民家や建物は、かたく扉を閉ざしている。三途にとっては都合がいい。

 

 三途は2歩で魔機と距離を詰めた。刃のねらいは魔機の、今にも落ちそうな右腕。さっさと切り落として戦力をそぐ。

 ひゅっ、と鋭い音と共に、三途の刀が魔機の懐をなでる。

 だが刃は魔機によって阻まれた。魔機の巨大な右手が、三途の刀をぐっとつかみ包んだ。

「っくそ」

 舌打ちひとつして、三途は刀を一度手放す。もうひと振りの刀で魔機の右腕から胴体にかけてを横へ払った。

 きいぃ、と金属の擦れる音が、三途の耳をつんざいた。一瞬顔をしかめる。

 魔機の右腕は今度こそ地に落ちた。三途はそれを踏みにじり、奪われた刀を取り戻す。


「さて」

 三途は双刀を構えなおして魔機の出方をうかがう。数秒経っても魔機からは何もしかけてこない。

 これは好機、と三途は自分から攻め寄った。

 鋭く素早い剣戟を魔機に浴びせる。そのたびに金属特有の不快音が鳴り響き、三途の集中をわずかに乱した。

 隻腕となっても、魔機は防御を崩さない。三途の双刀をすべてあらぬ方向へ流している。

 三途が上段から振り下ろすと横へ、横になごうとすると上へ、下から突き上げようとするとがっちりと巨腕が受け止める。

「このっ」

 一刀をまっすぐ、魔機の胴体へと突き出す。ところがそれは魔機の片腕によって払い流される。

 よろめいた体を立て直し、三途はもう一度頭部から胴体にかけてを袈裟懸けに斬り伏せようとする。しかしそれも魔機の隻腕がうまく払いのけた。

 攻撃をやり過ごされている。致命的なダメージは、最初の不意打ちによる腕部切断だけだ。三途は直立して相手を見据えた。


(らちがあかない)

 心に芽生え始めた苛つきをつみ取り、三途は目の前の敵をどうしたもんかと考えていた。


 すると。


 ごんっ、と。

 三途の頭に鈍器が降ってきた。

「……っは?」

 それは地面に落ちて砕ける。茶色い植木鉢だった。ご丁寧に花も咲いている。


「出て行け!」

 背後から怒号。三途はそっとそちらを振り向いた。


 そこには、窓から物という物を三途に向けて投げている、怒り顔の住人たちだった。

「手を出すな!」

「ここから出て行け!」

「出て行け!」

「魔機になんてことを!」

「余所者は出て行け!!」

 三途は頭に乗った破片を払いながら、彼らの罵声を呆然と聞いていた。

「……なんで?」

 その疑問に答える間もなく、その隙に魔機は三途に近づいた。

「あぶねっ!!」

 三途は転げて魔機の一手を回避する。一瞬反応が遅れていたら、魔機の巨腕に捕まって身動きがとれなくなるところだった。


 三途は刀をおさめ、その場を逃げるように退散する。魔機1体を相手にするのはたやすいが、周囲からの投擲物をやり過ごしながらとなると話は別だ。

 せめて自分の側に、もうひとりかふたりほどの戦力はほしい。


 そう、外部の攻撃を遮断してくれる射手、そして連携によって手数を稼いでくれる攻撃手。


 三途の背を、魔機が高速で追ってきた。

 三途に大きな影が覆われる。魔機がそこまで迫っていた。

 

 ふっと三途がそちらを振り向くと、魔機が宙を舞いつつ片腕を振り上げているところだった。その手は陽光に反射してきらめいている。表面がごつごつしており、まともに食らったら頭が砕けるだけではすまされない。


「やっべ」

 ひく、と三途が青い顔をひきつらせた。当たっても番人システムによって治癒されるが、痛い物は痛いのだ。


 ゆっくりと、魔機の腕が振り下ろされる。三途は走ることに精一杯で、転げながら回避する選択肢も浮かばない。住人たちからの奇襲で不意をうたれ、心が混乱しているのだ。


(ひとりじゃ倒せない)

 三途は苦し紛れに、身をひねって刀で防御の構えをとる。それで防げるのはしれているが、ないよりはましだ。


(だが)


 三途は自らを奮い立たせるために、無理矢理口端を引き上げた。額から流れた汗が心地よい。

 三途の前に差し出された双刀と魔機の豪腕がぶつかり合う直前。


 ひゅっ!!

 と、風を穿つ音と共に、矢が魔機の腕を貫いた。


 三途のさらに背後から放たれた矢は、魔機の腕を貫通している。腕には大きな穴が開き、ぼとっと腕を絶たせる。


 そして三途の目の前に、人が躍り出る。

 白銀の髪をなびかせ、魔機を踏みつけ跳躍したそれは、手に握る刀で魔機を斬り伏せた。


 魔機はまっぷたつに裂かれ、そこからばちばちと火花を散らしていた。


「無事か、三途!!」

 頼もしい射手と攻撃手ーー月華と神流が、そこにきてくれた。

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