43話:飛竜ととぶ
飛竜――オルムはさっきまでの暴走しがちな気配をなくしている。屋根の上で穏やかに立ち、三途と月華を親のように見下ろしている。
「あんた、飛竜……で、種族の中では穏やかな性格だと聞いたが……」
三途はいまだ離れない月華を片手であしらいながら、飛竜に質問する。
「そうだ。私はあの麓の山に暮らしていた。だがきみが手に持つ宝石を首に巻かれ、理性を失い暴走したのだ。それをきみが止めてくれたというわけだ」
「やっぱコレの仕業だったのか」
三途はぐっと宝石を握りしめる。オルムは続ける。
「きみは番人だったな」
「そうだ」
「ならば、その番人システムによって宝石の力を無効化しているのだろう。ほかの者がうかつにさわれば、私と同じように暴走する」
「なるほど……。直にふれてはならないわけか」
「そういうことだ」
オルムはのしっ、と屋根にのんびりくつろぐ。列車の屋根はなにもなかった。
「宝石をあんたに巻いたのはだれだ?」
「わからない。気がついたら首に巻かれていた。眠っている間に装着させられたのだろう。飛竜は三日三晩空を跳び続けることができるが、そのときはやけに強い眠りにおそわれた。おそらく、最初から私をねらって睡眠の術でもかけてあったんだろう」
「そうか……。まあ、鑑定すりゃ少しは手がかりもつかめるな」
「宝石は君に譲ろう。その方が安全だろうしな。
私を助けてくれたこと、深く感謝する。何かあれば私を頼ると良い。辺境都市の麓の山にいるから」
「……。じゃあ、さっそくその好意に甘えていいか」
「何なりと」
「俺たち、辺境都市の上にある魔機の基地を目指してるんだ。そのために俺たちを乗せて飛んでくれないか」
ほう、とオルムの目が輝く。
列車が停止した。三途と月華は車掌や駅員に事情を話し、飛竜オルムのことも説明した。
オルムは宝石によって暴れていただけであり、それを取り除いた今、オルムが列車をおそうことはないということを。
三途の下手な説明を補うように、月華が理路整然と話してくれたおかげなのか、列車の職員たちはオルムをとがめることはしないと言ってくれた。
だが列車には損害が生じており、現在停止中の駅で修復作業に追われることになった。復旧作業は早速行われているが、少なくとも数日はかかる。
基地へ早くたどり着きたい三途としては足止めを食らう形になった。列車の切符の料金は、乗客の今後の希望によっては過払いぶんを返金するらしい。
「どうしたもんか……」
「まいったねえ」
列車内でガンドについていた神流は、三途から事情を聞いて苦笑していた。傍らにはガンドもいる。
「乗客に死傷者が出なかっただけでも奇跡的ですねえ」
ガンドは神流のそばを離れない。駅員に監視されているオルムの姿を見たのだ。
「それで、あの飛竜さんが乗せてってくれるのですね。基地まで」
「そういうことになってる。……まあ、駅員たちの寛大な処置に感謝しないとな。処分なんてことになってたら、今度こそお手上げだったかもしれない」
「すみません、僕が病気なんてしなければ、三途さんもそこまで悩まなかったのに……」
「ああ、いや、別に責めてるわけじゃない。気を悪くしたなら、こっちこそごめん」
「いえ、いいんですよ」
ガンドはふっと微笑んだ。
「さて、列車は止まってて運転再開までは時間がかかる。ならいっそ、列車を降りて別の足を探そう」
三途はすでに荷物の整理に取りかかっていた。
「なあ、だったらさ、列車じゃなくてオルムに辺境都市まで乗せてってもらったら?」
「奇遇だな月華、実は俺も同じこと考えてた」
「わっはっは、三途は私の運命の人なんだな!」
「飛躍しすぎだコラ。そうと決まればオルムに聞いてみるか……。列車代がもったいないけど時間には変えられない」
三途が列車の窓からオルムに聞いてみた。オルムは喜んで、と引き受けてくれた。
「乗せるのは君だけでいいのか」
「いや、月華……この小さいのと、あっちのひょろいのも合わせて3人だ。軽い荷物もつくんだが、いけそうか?」
「かまわんよ。ただ、乗せるのはひとりずつだ。私の体躯では一度にひとりだけが限界なのだ」
「そうか……。いや、乗せてくれるだけでもありがたい。先に俺を辺境都市まで連れて行ってくれ。その、3人を乗せて基地まで運んでくれたら、できる限りの礼はする」
「いやぁ礼など。むしろ私が君へ礼をするべきなのに。だが、そうだな……運び終わるまでには、礼を考えておこう。だがあまり気負いしなくていいものをな」
「助かるよ、オルム。頼りにしてる」
「かまわないよ。白亜の飛竜として夜穿ノ番人の助けになれるのは、名よなことだ」
オルムの目が優しそうに細くなる。
「じゃあ、月華と神流に伝えてくる。すぐに出発できるか?」
「もちろん。準備が整ったらいつでも声をかけてくれ」
了解、と三途は窓からひっこんだ。
三途は神流と月華に、オルムに辺境都市まで運んでもらうことを話した。
だが一度に運べるのは一人までであり、月華と神流は三途の後から来るよう告げた。
案の定月華は猛烈に反対した。
「三途をひとりで行かせたら、ぜったいひとりで無茶するに決まってるだろ!」
「見てきたように言うな」
「実際この目でみてますもんね!?」
「まじかよ。俺そんなに信用ねえの?」
「ねえよ! 三途がいくら強くて頼りになるお人好しバカでもな!」
「こらー聞き捨てならねえぞー」
月華との言い合いをしていると、神流が珍しく三途に助け船を出した。
「でもこれ以外に今のところの手段はないんだし、オルムさんに乗せてもらうのが一番良いんじゃないかな」
「神流まで~!」
「三途なら大丈夫だよ。別に先走って基地につっこむことはないでしょう」
「やけに信頼してくれるな、おまえ」
「三途は、僕と月華ちゃんを置いてけぼりにして、一人で魔機をこわしにいくはずないよね?」
「え、あの」
「ないよね? 三途? 義弟の期待、裏切らないよね? 三途義兄さん?」
やけににっこりと、だがどこか凄みを持った神流の表情。三途は知っている。この顔に逆らってはならないことを。
「……………はい」
三途は肩を狭めてうなずいた。
話が決まると、オルムが早速、と翼を広げて張り切っていた。
最初に三途を乗せてもらい、辺境都市に行く。そこで都市で情報収集をすることにした。月華と神流はオルムに運んでもらい、合流したのち空中基地へ行く。
オルムにしてみれば手間この上ないが、オルムは任せろと快諾してくれた。
「ありがとうな、オルム。この礼はいつか必ず返す」
「はっは、期待せずにのんびりと待っているよ」
三途は荷物を背に負い、オルムに乗る。手綱も鐙もないため、オルム自身にしっかりと捕まっていなければならない。
「振り落とされない程度に速度は落とすが、それでも手を放すと落ちてしまうぞ。気をつけたまえ」
「わかった。……飛竜に乗るのは初めてだからな。助かる」
「そうだったのか。ではきみは幸運だ。初めての飛竜飛行はきっと良い旅になる」
「そうか。楽しみだ」
「そこは期待しているがいい。……ただし、ちゃんと捕まっていろ」
「もちろん」
白い飛竜の背中は暖かく、鱗が少しだけごつごつしている。試しに手でなでてみると、思ったよりなめらかだった。
列車の外で飛竜にまたがっている。
「三途ー、絶対まってろよ! 私も後からすぐいくかんな!」
「わかったわかった!」
「大丈夫だよ月華ちゃん。三途は僕との約束、破ったことないもんね」
「ない! から! そのうすら怖いキラースマイルやめてくれ!」
「はーい。じゃあ、行ってらっしゃい」
のんびりと、神流がひらひら手を振った。
オルムがばさっ、と翼をはためかせると、飛竜の巨体が空に浮かぶ。
三途の体にもわずかに浮遊感がただよってくる。
「では、行くぞ」
「お、おうっ」
飛竜が風を切り、飛び立つ。
急に強い風が三途の体に押し寄せてきた。風に押し戻され、踏ん張っていなければ飛竜から落ちるほどだった。
あわてて三途はぴったりと、オルムにくっついた。
「そうそう、良い乗り方だ、三途」
「そうか、そりゃよかった!」
「あまりしゃべると舌を噛むぞ」
「じゃあ黙っとく!」
飛竜の助言を受け入れ、三途はひたすら風の抵抗から身を守っていた。
ばさっ、とオルムの翼が羽ばたくたび、飛竜の体がわずかに上下する。奇妙な浮遊感に胃がひっくり返りそうだったが、次第に慣れていった。これも番人システムが三途の浮遊による違和感を消してくれたんだろう。いやそうに違いない。そうであってほしい。と番人本人は切に願っていた。
その甲斐あってか否か、三途も少しずつ風の抵抗と浮遊感に慣れはじめ、上体を起こしても飛ばされないよう踏ん張ることができた。
「わあ」
飛竜の背中から、世界の一部を見下ろす。
雲がときどき視界を遮るが、それを越えると鮮明に夜穿ノ郷の街のひとつひとつが粒のように見下ろせる。
長い長い線は線路だろう。走るのは列車だろう。
緑色が集中しているのは森であろう。煙突から白い煙が立ち上っていくのも見下ろせた。地面からはあんなに高くそびえているはずのものが、今は三途を見上げている。
白い煙とは別に、灰色だったりどす黒い煙もあちこち立ちこめている。
そして三途の黄金の目にははっきりと、魔機が無数にとらえられた。
魔機は街のあちこちを巡回しており、時々人間たちを追いかけ回して捕らえていく。三途はぐっと歯を食いしばった。
「空から街を見下ろすのはいかがかな」
「っ、最高だ! さすがオルム、あんたは良い景色を見せてくれた
「それは何より。……まあ無理はせずとも良いよ」
「え、な、なに」
「いや、独り言さ」
オルムはそれ以上言及しなかった。もしかしたら、魔機を見て三途の表情がゆがんだのを察したのかもしれない。
「オルム」
「どうした」
「魔機どもがよく見下ろせた」
そうか、とオルムがうなずいた。三途が視線を前方上に向けると、空中に浮く要塞が浮かんでいるのに気づく。あれが今回攻略すべき基地。辺境都市周辺を支配している魔機の、根城である。
「あの城塞をぶっこわして、この辺の魔機を一掃したら、この風景もきっと、手放しで感動できるくらい、良いものを見せてくれると俺は思ってる」
「そうさな」
「だからさ、魔機を破壊しつくして……この星の魔機をすべて破壊したら、その時はあんたのいるお山の麓を訪ねる。そして報酬も払った上で、またあんたの背中に乗りたい! そんでもって、この風景をもう一度見下ろしたい!」
「ふっ、良かろう。いつでも訪ねてくるがいい。きみに絶景をお見せしよう」
快活に、飛竜は笑う。




