42話:列車の上の攻防
「こっちだ、飛竜!」
三途が大声を上げる。がたごととうなりを上げる列車の足音と、飛竜の咆哮や衝撃音に負けることのない、通った声だった。
飛竜は三途に目線をくれる。いったん列車への攻撃を止め、翼をはためかす。
ずん、と屋根に降り立つ。竜の脚爪が屋根にわずか食い込んだ。
「大人しく、しててくれっ!」
三途は不安定な屋根の上を駆ける。飛竜へまっすぐ距離を詰めた。
刀を上段から振り下ろすと、飛竜の鼻先をかすめた。飛竜は後方へ飛び退いて再び距離が生まれる。
飛竜ののどから、ぐるぐるとくぐもった咆哮がうごめく。
赤い眼球は三途に殺気を向けている。列車への攻撃がこちらへそれたのなら、それで良し。三途はひょいひょいと、手招きして見せた。
「おまえをねらう不届き者はこちらだぞ!!」
飛竜はその挑発にやすく乗る。翼を広げて高く飛び上がる。
太陽に身を隠した飛竜が、三途へ向けて急降下した。
「よけろ、三途!」
「しない!」
三途は双刀を交わして上方へ構える。飛竜の巨体がまっすぐ自分へせまってきても、決して足を動かすことはなかった。
ぐおおぉ、と飛竜の怒号が近づいてくる。じょじょにその姿が大きくなる。
飛竜がすでに三途の目と鼻の先にまで追ってきていた。ぐわっ、と大口を開いて、今にも三途の頭を飲み込みそうだった。
「そー、れっ」
三途はその飛竜の頭部に刀の峰をそえる。ゆるりとした動作で刀を横へ払う。無駄な力が一切入らなかった。
三途の刀でいなした飛竜は、横へと軌道をずらされていた。
「なるほどなー」
月華はパチンコで臨戦態勢をとりながら、声を漏らした。
「素直によけたら列車の被害が広がるし、かといって受け止めたら三途と一緒に列車も崩れちゃうし、攻撃を受け流してやり過ごしたわけだ」
「まあな」
「あ、また来る!」
月華の指さす方向に、飛竜が体勢を持ち直していた。
次はじぐざぐの軌道を縫って三途へと襲いかかってくる。
飛竜は近距離まで詰めて翼爪を振り下ろす。三途は刀で再びいなす。
翼爪の次は脚の爪、次は牙。三途はすべて回避せず受け止めもせず、ただ受け流した。
苛立ってきたのか飛竜が苦し紛れに咆哮する。
(ブレスを吐いたりはしないのか、こいつ……?)
三途は飛竜の攻撃方法に一つの疑問を見いだしていた。
どうもこの飛竜、三途と距離を狭めて戦う傾向にある。
飛竜というのは総じて火やら氷やらのブレスを吐き出すものだと思っていたが、この白い竜は一切行ってこない。
いったん三途から離れて再び飛びかかってくる。今度は巨体を駆使した捨て身の体当たりだった。列車にしていた時と同じ。
「まじかよ!」
三途は一瞬焦った。が、それを阻止したのは月華だった。
月華の放ったパチンコ玉で、飛竜の目の下を攻撃した。
「ちぃっ! 右目ねらったのに!」
「あぶねえ! でも助かる! 月華の腕は落ちてないな!」
「もっとほめるがよい! ついでにこの戦いが終わってからも存分に褒めてよいぞ!」
「終わったらな!」
毒づきはするものの、三途は手を止めない。
飛竜がこちらへつっこんできては受け流してかわしを繰り返す。
このままでは正直らちがあかない。どうにか飛竜を止めて列車の安全を確保しなければならない。
番人の血がたぎる。
「月華、あの飛竜が暴走する原因はなんだ?」
「わからん! っつーかあんなに激昂するタイプの竜種じゃないはずなんだ」
「てことは、明らかに外からの原因があるってことか」
「だろうよ。でも原因なんてあとからいくらでも探せる」
「だよな。最優先事項は、」
まっすぐつっこんできた飛竜を再び受け流す。
「大人しくさせることだ」
「それだ」
月華のパチンコが形態を変える。金色しなやかな弓になり、パチンコ玉は矢へ成り代わる。
「飛竜を眠らせる! 1ぺんだけ矢で動きを止めるから、三途は何とか飛竜を気絶させて!」
「無茶ぶりすぎやしないか!? だがまあ、やってみる」
「それでこそ三途だ!」
月華はすでに弓を引く姿勢に入った。背筋がしっかりと延び、小さな手首がまっすぐ整う。
「合図したら射るかんな!」
了解、と三途は刀を1本振り上げた。
飛竜は三途めがけてかかってくる。その動きは単純なもので、ただ衝動的に無謀にその身ひとつで飛びかかってくる。三途はそれを辛抱強くいなしていく。
月華の合図をまちながら、地道にチャンスをたぐり寄せる。
飛竜の咆哮が三途の全身に降り注ぐ。耳をつんざく。刀を持つ手が少しだけしびれてきた。すぐに持ち直す。
「いくぞっ!!」
月華の雄々しい合図が聞こえた。三途は返事をするより行動を示した。
飛竜がこちらへと急降下する。飛竜とかち合うまえに三途は後方へ飛び退いた。
本来なら列車と飛竜が衝突して大損害だろうが、そこは月華にすべてを託した。
降下していた飛竜の右脚に、月華の矢が見事に命中する。
竜の咆哮がとどろいた。空気をふるわせ、その辺一体に波紋を広げていく。
「うぉ……」
飛竜の動きは無理矢理止められた。落ちる寸前に射られた竜は衝突を中断する。脚を庇って空へ避難した。その飛び方に精密さはない。でたらめにあちらこちらを漂っている。
飛竜の殺意が三途から月華へきりかわる。その目は月華をにらみつけていた。月華は気丈に笑って第二の矢をつがえる。
飛竜はまっすぐ月華へと飛びかかってくる。右脚の痛みなど目もくれない。
それを三途が立ちはだかった。月華の目前に移動して刀を構える。
「こっちだ!!」
飛竜と三途が衝突する。刀が飛竜の牙にからみつく。
飛竜の体重が三途を押しつけていく。ぐぎっ、と歯を食いしばって耐える。
「……?」
三途の視界に、飛竜の首に巻かれた何かを見つけた。
それはよく目を凝らすと、青いとがった宝石だった。宝石を守るように銀の飾りがまとわりついている。宝石の奥から白い光がゆらゆらと点滅していた。じりじり、と羽音のような音がわずかに聞こえた。
(もしかすると……)
三途は飛竜の牙から刀を引き離そうと、刀を引いては押してを繰り返す。だがびくともしない。
「三途!」
「っ、大丈夫だ、月華! 伏せてろ!!」
月華は言われた通りに頭を抱えて屋根に伏せる。
三途はぱっと刀を手放した。飛竜の勢いが余って三途を後ろへ押し倒そうとする。
三途はそれにあらがおうともせず、後方へと体重を傾ける。
脚を飛竜の顎へ滑り込ませ、後ろに倒れる力を利用して飛竜を放り投げる。
飛竜は飛ぶこともかわすこともできなかった。月華の頭上をかすめて吹っ飛んでいく。飛竜は屋根と月華の上すれすれを滑っていった。
三途がそれを追う。空に放られた双刀を受け止め、飛竜の首に切っ先をのばす。
飛竜はちょうど体勢を立て直したところだった。
三途の刃が飛竜の首にわずかにふれる。
(ここだ)
三途は刀を下段斜めに振り下ろす。ぱちん、と飛竜の首に巻かれた銀の装飾が、欠けた。
宝石が空へ飛び、月華が回収する。
大いなる咆哮がとどろいた。飛竜の気高き雄叫びだ。さすがの三途もとっさにに耳をふさいだ。それでも咆哮を防ぎきれず、びりびりと肌がしびれる。
「みみが……」
「ちぎれるぅ……」
だがその咆哮も長くは続かなかった。数秒してそれは唐突にぴったりとやむ。
飛竜が自分を支えきれなくなり、列車の屋根にどすんとおちた。屋根はみしっ、といやな音を立てたが、何とか持ちこたえた。
「……やべ。屋根が」
列車をできるかぎり無傷で飛竜を止めたいという三途の目標はもろくも崩れ去る。
どっ、と屋根に尻をつき、三途が深く息を吐いた。
「三途! 飛竜は!?」
月華がよたよたと三途に駆け寄る。
「ああ、月華……。何とかなった」
「竜は……大人しく、なったのか……?」
「そのようだ。たぶん、こいつが原因で暴れていたんだ」
三途は手に持っていた青い宝石を月華に見せた。
「なんだ、それ?」
月華はそれを不思議そうに見つめる。
「飛竜の首に巻き付いてた。もしやと思ってはずしてみたら、飛竜が暴れるのを止めた」
「何かの呪術でも込められてるのかもな……。厳重保管して、街に帰ってきたときにヒュージに鑑定してもらおう」
「そうしよう。……ん? ヒュージって鑑定もできるのか」
「簡単なものならできるっていってた」
「まじかよ。万能だな……」
三途は宝石を上着のポケットにしまい込んだ。宝石部分から白い光はいまだ漏れ出ている。きっとよろしくない効果を持っているんだろう。三途がこの光にふれても平気なのは、番人システムのおかげなのだろう。
「……!」
三途ははっと息をのんだ。目の前の飛竜が、ぴく、とわずかに動いたからだ。
反射で刀を構える。もしかしたら大人しくさせる当てをはずしたかもしれない。どっどっ、と心臓が早鐘を打っている。
必要とあらば斬り伏せるしかない。
――という、三途の心配は杞憂に終わったらしかった。
ゆっくりと起きあがる飛竜の目には穏やかさがにじみ、さっきまでの闘志は消えている。
まっすぐに三途を見据え、三途のポケットに視線をずらした。
三途は高鳴る鼓動を無視して、ゆだんなく構える。いつでも抜刀できるよう、刀を握りしめた。
「ぬしは番人か」
ひゅっ、と三途の息がのまれた。押さえ込んでいた鼓動がまた強くなる。
「り、竜がしゃべった……」
「おいおい、そりゃしゃべるさ。我々飛竜は、人間と関わるうちに、お互いの言語を習得する」
「は、初耳だ……」
「そうか。まだ番人としてはなりたてなのか……。
安心せよ、もう危害は加えない」
竜の声は低く、心地よく三途の腹の底に響いてくる。
「……あんた、名前は」
「申し遅れた。わたしはオルム。辺境都市と隣り合わせの街に暮らしていた、白い飛竜の者」
「飛竜……、オルム……」
「そう。番人の名は?」
「あ、あぁ……俺は三途。いろいろあって一回死んで、最近ようやく生まれなおしてきた」
「そうか……。それは、そうだったのか」
感慨深く、オルムは目を伏せた。
「さんずー、さんずー、私もまぜろー」
「ごふっ」
月華が三途の背中に、ごすっとつっこんできた。ぶふっ、と飛竜が噴き出したのを、三途は聞き逃さない。




