41話:暴走せし月白の飛竜
「飛行機乗りの名前はガンド。22歳のお兄さんだ。
年は若いけどその腕っ節は辺境都市でも有名だぞ。……まあ、彼以外にまともな飛行機乗りがいないってのも理由のうちのひとつだが。情報によれば、辺境都市だけじゃなく、王国でも随一といわれているみたいだな」
月華は三途にすり寄りながらまじめに話をする。
「王国随一か……。魔機関係なく、そのガンドって人には会ってみたくなるな」
「そうだろうそうだろう。魔機を取っ払ったら、気ままな飛行機旅行でもすりゃいいさ」
「そうだな。どうせ俺の人生、あと100年あるみたいだしな」
「ははは、三途のブラックジョークは笑えないのが笑えるね!」
「うん、俺も自分で言ってて思った。ぜんぜんおもしろくねえ」
「おもしろいつまらないはさておき」
神流が腰の折れた話を戻す。
「そのガンドさん、引き受けてくれるかな」
「情報によれば勇敢な性格で、ちゃんと報酬を支払って正式に手続きを通せば、どこへだって連れて行ってくれるということだ」
「なるほど」
そこで、盛大に三途の腹が鳴った。別に恥ずかしくもないはずなのだが、笑いをこらえている神流を見つけるととたんに顔が熱くなった。 「ちょうど昼飯時だし、食べながら考えよう」
「……そうさせてくれ」
寝室を出てレストラン車両に移った。がたごとと優しく揺れる列車の中、給仕たちは優雅に食事を運んでいる。
三途もあいている席を見繕って適当に料理をオーダーする。
真っ白な皿にこんがりきれいに焼かれた肉と付け合わせの野菜が乗っている。
「いただきますっ」
食事に勢いよくかじりついたのは月華だった。
「んで、ガンドのことだけど」
「食うかしゃべるかどっちかにしてくれ」
「ごくんっ。しゃべる。
えっとなー、ガンドは報酬があればちゃんと連れて行ってくれるって話したな。でも変なんだよ」
「変ってのは、なにが?」
神流はグラスのジュースを飲みつつ問う。
「情報が確かなら、この1年、ガンドが飛行機を飛ばした記録がない」
「ここ1年間、ずっと飛んでないってことか?」
「そう。原因はけがでもしたか、飛行機が故障したか、あたりが考えられるな」
「てことは、本格的に飛行機じゃなく飛竜を捕まえる手段をとる必要も出てくるな」
「そうだねえ、時間が惜しいからね」
レストランの車両にほかの乗客が数名入り込んできた。
そのうちの一人は杖をついてよたよたと歩いており、今にもこけそうだった。そして案の定列車の急な揺れにつんのめってバランスを崩した。
三途がとっさに席を立ってその者を支える。杖ががらがらと車両を転げていったが、それは神流が拾い上げた。
「大丈夫ですか」
「ええ、助かりました……。ありがとうございます」
20代ほどの青年が、三途にほほえんだ。転びかけたその青年は、神流から杖を受け取る。
(……ん?)
ふと、三途は青年の顔に既視感を覚えた。
(生前の記憶ではないよな。でも見覚えが……あ)
その心当たりにすぐ突き当たり、三途は思わず言葉を漏らした。
「ひょっとして……あんた、ガンド……?」
「えっ、どうしてわかったんですか?」
青年――ガンドは目を見開いていた。
「なるほどなー」
食事の席にガンドを招き、月華と神流もガンドから事情を聞いていた。
そしてガンドもまた、三途たちの目的を聞いた。
「飛行機乗りも病気には勝てないよなあ」
「ええ……。幸い命に関わるほどではないんですが、それでも飛行中に体に異変が起きたら、墜落の可能性だってありますから」
ガンドが飛行機乗りの仕事をいったん休止した理由は、病気による休養の為だった。
去年ごろから風邪に近い症状がおこりはじめ、ずっと発熱や咳が定期的に続いているという。医者に診てもらったところ、風邪だと診断されたがいっこうに治る気配がない。
念のためと思って紹介してもらった王都の病院へ診察したところ、正体不明の病原が体内に入り込んでいるということだった。
「正体不明の病原? ってのは何だ?」
「僕の場合、この、お腹のあたりに、虫のような病原が巣くっているらしいんです。この星ではみたことのない虫だそうで、除去するための方法が今のところ見つからないらしくて」
ガンドは腹をさすった。
「虫……?」
「はい、それが僕の体内をむしばんでいて、その作用で風邪のような症状が出るらしいんです。まあ、日常生活に支障はないともいえないですが、寝たきりにならずにすんでいるのが幸いなとこです」
「そうか……」
「今のところは解熱薬や咳止めの薬で症状を抑えてます。でも早く治療法が見つかればいいんですけどねえ、今は辺境都市の方から休業手当もらって、家でもできる仕事を融通してもらって何とか食いつないでますが、早く飛行機に乗る生活に戻りたいです」
力なく笑ったガンドは、苦し紛れに紅茶を飲んだ。
その笑顔に三途が胸を痛めるのも無理はなく。かといって軽率な言葉をかけることもできない。
「あっ、すみません、こんな辛気くさい話を」
「いや、いいんだ。軽いこと言えた義理じゃないが、治療法が見つかるといいな」
「そうですね。せめてもう一度くらい、飛行機に乗れたらな。……とか、三途さんたちに言ってもしかたのないことですね。
それより、三途さんたちは辺境都市へお越しの予定なんですね。僕でよければ、ご案内しますよ」
「え、でも」
三途は月華に目配せする。
「大丈夫だよ三途。どっちにしても空を飛ぶ手段がなけりゃ基地にも行けないし、案内してもらうことで何かほかの手段がみつかるかもしれない」「そうだな。……じゃあ、ガンドのお言葉に甘えるよ。でも体の方は大丈夫か?」
「問題ないですよ。よっぽどのことがなければ倒れることもありませんし、症状を抑える薬は常備してますので」
「わかった。辺境都市についてからも、頼むよ」
「こちらこそ、辺境都市での旅を楽しんでいってください。
あれ、そういえばお三方は、辺境都市へは観光、でしたっけ?」
「あ? あ、そういや言ってなかったな、俺たちは、」
突如、三途の言葉を遮るものが現れた。
そのとき列車全体が不自然な揺れ方をした。緩いカーブにさしかかって車体が傾いたというわけでもなければ、がたごとという規則的な音を立てているわけでもない。
何かが外からぶつかってきたような衝撃だった。
「うわっ」
「おっと!」
三途はガンドの体を支える。月華が三途の後ろをごろごろ転げていった。
テーブルにおかれていた食器類や食事があちこちに散らばる。ガラスは割れクロスははたき落とされる。
「すまん月華! 俺の手はガンドでいっぱいだった」
「よかろう許す! それよりなんだこの揺れは!」
月華は神流に助けてもらいながら身を起こした。
車両に職員とおぼしき者が血相をかえて入ってきた。
「緊急事態です! 乗客のみなさんは、最後尾の避難車両へ速やかに避難してください! ご案内いたします!」
「な、なんだぁ……?」
三途はいぶかりながら職員の言葉を聞いていた。ガンドを抱き抱えながら車両から車両へ移る。
「神流、月華をたのめるか」
「もちろん。さあ月華ちゃん」
「よーし」
避難しながら、三途は車両の窓から外をうかがう。電車への衝撃は一度や二度ではなかった。何かが車両にぶつかっている。
(何かから攻撃を受けているわけか?)
ざわっ、と三途の背筋に、番人の使命感が駆けめぐってきた。
これは星の危機ということだ。ならば列車の安全を守るのは、自分の役目だ。
三途は避難車両にガンドを避難させ、すぐに車両を飛び出した。
「あっ、お客様!」
職員の制止も聞かず、三途はいったん自分の部屋に戻る。そこにおいてある武器を握りしめ、窓から少しだけ顔を出した。
「なんだあれ……!?」
三途はなびく髪を押さえながら、衝撃の正体を見た。
月白色の輝く鱗を覆った飛竜が、列車に向かってその体躯をぶつけていた。
頑丈な列車も飛竜の体当たりには手も足も出ない。
三途は窓から軽やかに乗り出し、屋根の上にのぼる。
強風に髪とフードが暴れるのを無視し、飛竜の動向を観察する。
飛竜の赤い目は血走っている。耳をつんざくような咆哮がやまない。
強酸作用のあるであろう、飛竜の唾液が列車に飛び散って煙をまきちらす。鋭い爪が、列車に衝突するごとに列車を破壊していく。
およそ理性的な飛竜ではない。かといって本能任せに行動しているとも思えない。
「おーい、三途~」
「って、おい、月華!? 危ないだろ!!」
よじよじと、小さな少女が屋根に登ってきた。その片手にはパチンコが握られている。
「三途ひとりだけだと心配だからな~。ガンドは神流に押しつけてきたから大丈夫」
「どこひとつとして大丈夫じゃないんですけど!! まあきちまったもんはしかたがない。どうせおまえ、俺が言ったところで引っ込まねえだろ」
「よくわかっているな三途! その通りだ! 三途も私のことを理解しはじめたな、むふーっ!!」
妙に得意げに胸を張ってきた。これ以上怒鳴っても埒があかないのは目に見えている三途はあきらめることにした。
「飛竜が列車をおそってるのか」
月華は切り替え素早く、真剣なまなざしで月白の飛竜を見据えた。
「ああ、そのようだ。自分が傷つくのも気にしてない。理性は失ってるみたいだ」
「ふむーん。妙だな。図鑑で読んだことがあるぞ。あれは王都ではなく辺境都市と隣町の境目にある丘に生息している竜種でな」
「そのどこが妙なんだ? この列車は辺境都市に近づいてるし、珍しくもないんじゃないか」
「うむ、ここいらでもよく目撃されるとはあったがな。
だがあれはとても穏やかで理性的な飛竜だと図鑑にはあった。理由もなくあそこまでバーサークってるのは明らかに変だ」
「……なにかしらの原因があるんだな?」
「うむ。まあ原因がなんたるかまでは私もわからん」
「わかった。
だが、やることは一つだ」
「そうだな。三途は察しがよくてすきだぞ!」
「ありがとよ。じゃ、いっちょやるか」
三途は双刀を構え、屋根に立つ。竜の目が、こちらを向いた。




