40話:出発前の息抜き
ヒュージの酒場に降りると、すでに食事を整えたヒュージと目が合った。
「おはよう三途君。よく眠れたみたいだね」
「ああ、おはよう。ほかのヤツはまだ寝てるか?」
「うん。月華ちゃんと神流君はまだお休み中だったよ」
「そか。……何か手伝えることはあるか?」
「今は特にないかな。店を開いたら、給仕の手伝いをお願いするよ。報酬は出す」
「わかった。……で、これ食べていいのか」
「いいよ。有り合わせのものだけど」
カウンター席に並べられたサラダはしゃっきりみずみずしく、焼きたてのパンからは湯気が漂う。
「いただきます」
「はいどうぞー。今日も元気に作戦会議かな」
「そのつもりだよ。まあ月華のご機嫌次第だな。それから念のためも兼ねて街の見回りもしたい」
「うんうん。やる気に満ちてるね」
「番人として当然だ。
それから、森を元通りにもしてやんねえとな」
三途のパンをちぎる手が止まる。街は復興したものの、月華の家ともいえる獣の森は蹂躙され尽くしたあと何も手を加えられていない。
月華にとっては森の回復が最優先事項であっただろうが、それをわざわざ後回しにする。月華を心配する三途としては、星を救い守るのと同時に、月華の家を治すことも重要だった。
「獣の森は、まだ荒れた状態のまんまなんだっけ?」
「そう、らしい。月華に聞いたら、それは最後でいい、って」
「そ。月華ちゃんらしいといえばらしいけど」
「俺としては今すぐでもいいけど、月華なら止めるだろうからな」
「きみは優しいねえ。月華ちゃんの気持ちをくんでくれるなんて」
「お褒めの言葉どうも。
お、っと」
とたとたどた! と騒がしく階段を下りてくる足音。三途の耳にはそれが月華のものであるとすぐにわかる。
「おっはよう三途! ヒュージもおはよう! ヒュージの貸してくれた布団めっちゃ気持ちよくてよく眠れた!!」
「おはよう月華……。声でかくね?」
「頭すっきりしてて体も軽くてめっちゃ調子がいいんだ! のども調子がよい!」
「あっそ……。でもできれば声のトーンは落としてくれな」
「まかせろー。お、ヒュージのごはん!」
月華は三途の隣に座る。続くように、神流も降りてきた。神流は三途の左隣に座った。
朝食をとりながら、三途は月華と神流を交えて、今日から今後のことを改めて会議することになった。根本の目的はマデュラの救出。マデュラのとらえられている基地は空中にあるという。
その空中にいくには、空への足が必要であるということ。そしてその足を得るために、辺境都市へ赴くこと。
「辺境都市までは列車を使える。数日かかるが、一番手っ取り早い」
「数日がかり? 列車の中で数日過ごすのか?」
「そう。ちゃんと寝台ついてるし、ささやかではあるが飯も出る。三人文の運賃なら、この月華様がちゃんと稼いでおいたからな!」
むふっ、と月華が懐から貨幣を詰め込んだ袋を机に置く。三途がそっと中身をのぞいた。切符三枚どころか十枚くらいすぐに買えるだろう。
「そんで、都市についたら飛行機乗りと接触して、飛行機を出してもらうよう交渉する」
「わかった。……が、俺たちの行く場所には魔機がはびこってる基地だ。そんな危険なところに飛行機を出してもらえるとは思えない。何か破格の報酬があれば……」
「金銭面での報酬は用意したがな。それでも頼りないが……ないよりはましだろ」
「はは……。行き当たりばったり」
「でも私たちらしいやり方だ」
「違いないな」
三途は苦笑した。
「ひとまず! 都市へ行く! 飛行機乗りに会う、報酬を出す、断られたら何とかする! で!」
「作戦ってこんなにざっくりでいいの」
神流はそう言いつつも真っ向から反対する意思もないようだった。
「だが飛行機乗りに断られた場合のことも考えておこう。最悪、自力で空を飛ぶこともありえるから」
「そうだなー。せめてでっかい鳥とか飛竜がいたらなー。乗って飛んでけるけど」
「飛竜……? いるのかこの世界に」
「いるよおー。王国だと王都で騎士たちの移動用とか、王族や貴族たちの趣味でペットになってるのとかが多いな。この街は獣と獣人が多いけど、王都に近づくにつれて飛竜もよく見かける……らしいよ。それから島国にも飛竜はたくさん生息してるって本に書いてあった」
「実際に見たことはないの?」
「ないなあ。私、王都に行ったのはあれっきりだし、それ以外はこの街から滅多に出ねえもん」
「そうだねえ……」
「辺境都市は王都にほどよく近い……。ならば飛竜を見つけられるかもしれない」
「そっ。でも野生の飛竜は結構気位が高くて荒々しいヤツばっかりだ。これはあくまで予備手段として考えておこう。あっ、だったら列車ん中で飛竜の餌とかも用意しとくか」
「そうだな。……ん? 列車でそんなもん売ってんの?」
「売ってる。列車にもよるけど、街に止まる列車ならたいていは車内販売もとっても充実してるんだぞ」
「へえ……」
「車内で数日過ごすっていうスタンスだから、宿泊設備はちゃんとしてる。暇つぶしの為の娯楽や、不足してる食事もそろってる、っていう話だからな」
「ちなみにそれどこの情報」
「ヒュージの情報網!」
「そりゃ安心だ」
「おや、三途君もだんだん、僕の信用度を上げてくれてるみたいだね」
「昔の記憶と今までの頼りありっぷりが功を奏した」
「うれしいねえ」
きゃっきゃとヒュージは笑う。
食事もそこそこに、三途は月華といったん別行動となった。
出発は昼。最低限の着替えと武器だけを持って、なるべく軽装の旅になる。
ヒュージの酒場を少しだけ手伝ったあと、旅に必要なぶんの荷物はすでにまとめておいた。
二振りの刀を腰にさし、街の見回りをすることにした。街の魔機を破壊したとはいえ、残骸が残っていないとも限らない。念のためだった。
「あっ、三途にーちゃん」
「お」
街を歩いていると、小さな子供たちが、明るい表情で駆け寄ってきた。
三途は腰を落として十にも満たない子供たちに目線をあわせる。
「きょうは見回りにんむ?」
「そうだよ。昼からまた出かけるから、朝だけな」
「お出かけ? えー、せっかく帰ってきたのに!」
「ごめんな。終わったらお土産買ってきてやるからさ」
「ほんと! じゃあおいしいもの!」
「まかせろ」
「あとあと、あとね! あとね! また一緒に遊んでほしいんだ! いい子にして待ってるから!」
「おぉ、いい心がけだ。よし、帰ってきたらたんと遊ぼうな」
「やった! そん時は神流兄ちゃんと月華姉ちゃんも一緒な!」
「二人には俺から話しておくよ」
三途はぽんぽんと、子供たちの背中と頭をなでた。他愛なくも大切な約束を交わすと、満足したか子供たちは手を振りながら帰って行った。
その後も街の見回りに歩いていたが、魔機らしいものはとくに見あたらなかった。少なくともこの街は、完全に魔機の脅威から脱しているようだ。それが三途を安堵させた。
「あ」
「おや、三途様」
店に戻ろうと引き返してすぐ、三途はセーレとばったり会った。
「本日出発だそうですね」
「ああ、辺境都市にな。あんたとシロガネは別件の仕事か何かだっけ」
「はい。ぼくらも街をいったん離れます。出立は夜になりますが」
「そっか。気をつけてな。……まあ、シロガネがいるなら安心かな」
「ええ。シロガネ様はとてもお強いですから。万一危険な目に遭っても、ぼくがシロガネ様をお守りしますし」
「はは、心強いな」
「あなたもお気をつけて。お帰りをお待ちしております」
「ああ、お互いにな」
恭しく、セーレは深く礼をした。
その後三途は街の住人たちと何度か話をし、酒場へ戻った。
酒場入り口では、すでに神流と月華が準備を整えて待っていた。
「お、戻ってきたな三途」
「すまん、待たせたな」
「問題ないぞ。むしろ少し早いくらいだ。三途の荷物これだろ? 出発するぞ」
「うん。じゃ、行くか」
「よーっし!」
月華の荷物もついでに持ち、三途は月華について行く。神流もとっとっ、と足取り軽やかに歩いた。
駅までの道のりは特に問題はなく、乗車もすぐに行われた。
列車の利用は一度経験があるが、三途は寝台車には初めて乗った。
自分たちの客室に荷物をおいて一段落する。案の定月華は入室早々ベッドにダイブした。
「むはーっ! ベッドがふかふか!」
「おまえ、ベッド見つけたら飛び込むのが習性なのか?」
「うむ!」
「んなはっきりと……」
あきれながら三途はベッドの端に腰を下ろす。
「それはそれとして、いい眺めだねえ。……あ、動いた」
ゆっくりと、列車が揺れた。じょじょに速度を上げ、街からどんどん離れていく。
「寝台車もいいねえ。寝てる間に目的地に着くんでしょ? 飛行機や船とはまた違った良さがあるね」
「まあな。でも俺、船とかより列車のがいいや」
「ん? 三途、船はきらいか?」
「船酔いしやすいんだよね、三途は」
「言うな……」
「そんなにイヤか、船」
「少しだけな」
「ならこの寝台車は正解だな! ここの列車は飯もうまいぞ!」
月華がぽんぽんとベッドをたたく。期待に満ちたまなざしが三途に向けられる。
「……何ですか月華様」
「月華様の隣で寝転がることを許可する!」
「気持ちだけ受け取っときます」
「なんでだー! おりゃー!」
「あっぶねえ!」
月華は無理矢理三途をベッドに引きずりこむ。その光景を眺めていた神流も乗じて飛び込んできた。
「くっそ、おまえら好きだなコレ!?」
「いいじゃん! 三途にくっついて胸板に頭をぐりぐりするのが大好きなのだ」
「僕はあたふたする三途に追い打ちかけるのが大好き」
「良い趣味してますねおまえら!?」
「いいじゃーん。飯までまだちょっと時間あるし、ここでのんびりしてよーぜ。ついでに飛行機乗りのこともあるし」
「ああ、そうだな。よかった、やっとまともな会話ができる……」
引きはがすのも面倒になった三途は、懐から地図を取り出した。作戦会議は寝ながらでもできる。
「月華、飛行機乗りの情報は持ってるか?」
「あるよ、紙にまとめておいたぞ、ほらっ」
月華が起きあがって上着のポケットから紙束を差し出す。
寝転がっての作戦会議はだらだらとしているが、本人たちは至ってまじめである。




