3話:魔機、襲来す
三途は思わず顔を腕でかばった。
背後の強風は熱を帯び、背中をじわじわ焼いてくる。
不吉なことがまた起きたんだろうか。三途の周囲では必ず物騒なことが起こる。今回もその例に漏れなかった。
「……何っ」
「さがっていてください」
いつの間にかセーレが三途の前に立っていた。すっと片手を横にのばす。右手には棒状の物体をにぎっていた。
「セーレ?」
「あなたをお守りすることがぼくの役目です。月華様と一緒に早く逃げて」
「何言ってんだ!?」
「あの爆破は事故ではありません。あなたを狙って放たれています」
「そんな馬鹿な……」
「事実です。……話している暇はありません。のちほどゆっくり説明します。今は身の安全が最優先です」
「どういうことだよっ」
くってかかろうとしたところ、袖を引くものがひとり。月華だった。
「えっと、……月華、で合ってる?」
「合ってる。そのうちきっと思い出すから、いまは私とセーレの言うことをきいてくれ。私たちはキミの味方だ」
さっきまでセーレにくってかかっていた少女とは表情がまるで違う。危機迫る中、冷静に最善策を引き当てる指導者にもみえた。
「……、相手の方が一歩早かったようですね」
セーレが冷たくそうこぼした。
三途がセーレの視線の先を追う。息が止まった。
ビルの合間を縫うように、空に無数の黒い点がうごめいている。
点はじょじょに大きくなって地上へとやってくる。
翼を有したその物体は、果たして鳥なのだろうか。形は鳥に似ているが、その体を覆うものは羽ではなかった。
陽光に反射してきらめくそれは金属である。鈍色の装甲は鱗となってそれの肉を守っている。
爛々とした目は黄金色。鋭くとがった翼がゆったり動いて体をささえる。
トラックよりも巨大な鳥は、空中から火球を放った。
火球はアスファルトをえぐり火柱を上げる。
人々の狂乱した悲鳴がそこかしこから飛び散ってくる。
鳥というより飛竜と表現したほうが、三途にはしっくりきた。
小さい頃に読んだ絵本でみたことがある。洞窟の宝物を守る番人となったドラゴンにそっくりだった。
ただ違うのは、現実の前にそびえるそれが作られた機械だということだ。
空を占める飛竜たちは火球をところ構わず放ち、ビルも劇場も、人さえも無惨に焼いていく。
羽ばたく翼から暴風をまきちらし、炎をさらに勢いづかせる。
牙は近場にいる人間をかみ砕き、翼をふるって引き裂く。
人の焦げる臭いだ。サイレンがけたたましく鳴っている。火の粉が三途の頬をかすめるたび、ちりちりした痛みが走ってきた。
ただ幸いなことに、三途はまだ傷一つついていない。
「何なんだ、あれは……!?」
「魔機だ」
「まき?」
月華は三途の疑問にすばやく答えた。
その手に握られているのは、妙にからくりじみた弓だった。無数の歯車がかりかりと音を立てて動き、折り曲げられる弓がじょじょに形をなしていった。弦も張りつめられ、月華の手にしっかりなじむ。
「あれが私たちの故郷に巣くっている敵だ。私とキミは奴らに故郷と仲間を奪われたのだ」
「それ……いつの話だよ……?」
「私の時間だと3年前だな。……まだ完全に思い出せてはいないようだ」
飛竜の数は減らない。警察も消防隊もあてにはできない。こんな地球外生命体の対処などないのだ。
月華と並ぶように、セーレは飛竜たちの動向をじっくり観察していた。
「あれらに操り主はいないようです。適当に放って、三途様を巻き込んで殺せればほかの被害は気にしないようですね」
「俺を殺すって……俺はあんなの見覚えないぞ!」
「ええ、ないでしょうね。今は」
「今?」
「いずれ思い出しますゆえ。さあ、早く逃げて。さすがのぼくでも、この数はさばききれません」
「ちょっと待て! さっきから思い出すとか殺すとか、わけわからんぞ!」
「いいからっ。フードは絶対とるなよ! 三途がいるとバレたら集中攻撃くらうんだから!!」
「いてて、フード引っ張るな!」
「緊急事態だ! 悪く思うな!」
月華はフードごと三途を下へとぎゅうぎゅう押さえつける。しゃがめということだろうか。三途はひとまずそれに従った。
「このっ」
月華が矢をつがえた。一拍の間を置いて放たれたそれは、まっすぐに空を駆けていく。
一体の魔機とやらの右翼に命中し、貫いた。
バランスを崩した魔機はふらふらと空中をさまよい、近場の街灯に降りたって一時をしのいだ。
「数が増えていますね」
セーレの右手に握られるは、黄金色の花をかたどった装飾麗しい突剣であった。刀身からはゆらゆらと青い陽炎が漂う。
三途は地面に伏せさせられながら空を見上げる。もう青空はほとんど黒点に支配され、今までの姿を奪われている。
「月華様、地球・夜穿ノ郷間の通行口はいずこに?」
「このでっかい建物の門をくぐってすぐの庭!」
「わかりました」
セーレが一歩踏み出す。
3体の魔機がこちらへ飛来する。緑に輝く眼球が三途の目と合った。ねらいは明らかに三途である。緑、赤、銀と魔機の色はそれぞれ異なっていた。
三途はひゅっ、と息をのむ。魔機の半ばに開いた口からは、もうもうと炎が漏れいずる。
「っ」
「じっとしていてください」
セーレの落ち着いた声が三途を制す。三途はわけもわからず、ただセーレと月華の言葉に従うしかなかった。
セーレの陽炎まとう突剣は、急降下してくる深緑色の魔機の眉間に深々と突き刺さる。魔機の火球を吐き出すタイミングよりも早く、突剣の切っ先が届く距離までおびき寄せ、迷いなく剣を前へとつきだしたのだ。
魔機1体はがらがらと崩れ、鱗がぼろぼろ落ちるようにもみえる。さっきまでの鈍く輝いていた装甲は、砂となって風に吹きとばされた。
「ほらよっ!」
月華の矢が赤熱の魔機の胴体へ刺さる。
だが致命傷には至らない。くっそ、と月華が吐き捨て、もう1本矢をつがえようとした。
だが赤熱色の魔機の方が早かった。
月華の懐まで飛び込み、鋭い脚を振り上げる。
とっさに弓で顔と胴をかばったが、それで防ぎきれるほど月華の腕力は強くもなく、弓も頑丈とはいえず。
「のわっ!!」
身軽な月華は魔機の脚技をいなしきれず、勢いよく後ろへと吹っ飛ばされる。
運が悪かったのか、それとも幸運だったのか、その先には劇場を囲うコンクリートの塀が待ちかまえていた。
強く頭を打ち付けた彼女は「うっ」と一度うめいて、そのままがっくりうなだれた。
「げ、月華!!」
三途が無遠慮に大声を出したおかげで、ターゲットとして魔機に認識されてしまった。
月華の矢により負傷したとはいえ、まだまだ力は有り余っている魔機である。一度飛び退いて体勢を立て直し、再びこちらへと飛びむかってくる。
引きつけて反撃するという器用な技を、三途がまねできるわけもなく。ただ必死に攻撃をかわすしかない。
敵は2体。赤熱の魔機と銀の魔機。
1体に集中していれば、もう1体が死角から狙ってくる。
ごっ、と上後方から熱気が近づいてきた。後ろを振り向く余裕もない。
銀の魔機が、火球を放ってきたのだ。
すでにもう目の前にまで迫ってきている。バスケットボールよりも、自分の体よりも巨大なそれを受け止めることも避けることも許されず。
「――っ!!」
三途の背後へ回り込む影がひとつ。突剣を横にふるったセーレだった。
突剣が火球を真っ二つに断ち切り、絶たれた火はあらぬ方向へと去っていく。
難は逃れた。だがそれを見計らっていたかのように、もう1体の敵がセーレに迫る。
「危ないっ!」
三途は本能でセーレを突き飛ばす。
「ぅわっ」
セーレはところどころひび割れ隆起したアスファルトを転がる。
魔機のぱかっ、と開いた嘴は三途をねらい。
口からのぞける牙には唾液が滴り。
そのまま三途の胴体をくわえ込み。
無惨に牙を突き立てた。
「っぐふ」
三途ののどから、鉄っぽい液体がこみ上げてくる。腹にいくつも牙が食い込んで、激痛が走る。こんな痛み、初めて味わった。……味わった?
――いや、この感じ。イヤに懐かしい……?
呼吸もままならない三途は、脂汗を流しながら妙な既視感にさいなまれているのに気づいた。
必死にじたばたと体を暴れさせ、魔機の上顎下顎をつかんで開かせる。
ずるっ、と牙が体から引き抜かれる。注射を引き抜くのとはまるで違う激痛だ。
わき腹に寄せては返す痛みをこらえ、三途は目の前の魔機に視線を向ける。
背後で、いやな音がした。がんっ! と何かを打ち付ける音。
そっとそちらを伺うと、セーレが銀の魔機に踏みにじられていた。
アスファルトに鮮血が優雅に流れていく。
周囲は倒れる人々の姿や、あちこち立つ煙で満ちている。
飛び散った血が赤く地を染め、惨劇のアクセントカラーになっている。
セーレを脚爪で抑えつけていた魔機もこちらを向いた。
前と後ろを、魔機にとらわれる。
――この光景。どこかで。
三途はぼーっとしていく視界と脳裏に、知らぬはずの過去を思い出した。
月華が、セーレが魔機に無慈悲に蹂躙されていく。どちらもすぐに病院へ運ばなければ手遅れになる。
赤熱の魔機の轟きが、三途の肌をびりびりふるわす。
大地を踏みしめる銀の魔機の足音が、三途の耳に響く。アスファルトは砕かれ、破片が三途の背中をちくちくさいなむ。
突如。
ばちんっ!! と三途の目に火花が散った。
そして、脳裏に無数の映像がよみがえる。
覚えのない記憶、知らないはずの場所、聞いたことのある騒音。
目の前の魔機の既視感、月華とセーレに抱いた既視感。
激痛の違和感、この地球上に存在している自分への違和感。
そのすべての答えが、記憶の洪水となって、三途の頭の中に流れ込んできた。