38話:目指すべくは空
客が全員帰ったころ、ヒュージは店を閉じて月華たちに食事を振る舞っていた。
そのついでに三途は月華から、仲間であったマデュラ、ガムトゥを救出するための情報を聞くことにしていた。
「うーん、ヒュージのご飯うまい……。どうやって作ってんだ?」
月華はもりもりとサラダと肉を頬張る。街を占領していた魔機を破壊したことで、街の流通もわずかながらに回復しつつある。すぐに元通りとはならないが、それでも良い道には向かっていると三途は感じている。
「月華ちゃん、休みの日にでもレシピを教えてあげるから、三途君に話してあげたら? 次の目的地が判明したんじゃない?」
「そうだったそうだった! もぐもぐ、本題に入るとするぞ、三途」
月華はレモン水を飲みほした。
「住人たちはたくさん情報を持ってた。みんな魔機に脅かされてる間、こっそりと地下を通じて情報の共有をはかってたんだって」
「地下……?」
「そう、地下。街の魔機は、さすがに地下まではセンサーを張り巡らすことはできなかったらしい。地上から空にかけてのみだった。その死角をついて、住人たちは街の外でやりとりしてたらしい」
「すげえ……。よく考えたら地下って手があったよな。……というかそんな一朝一夕ですぐに地下での情報交換なんてできるのか? 物理的に道を造るのだって簡単じゃないぞ」
「あー、もしもの時に備えて、地下通路の雛形はすでにできてたらしいんだ。いわゆる地下シェルター的な感じでな。水と食料と娯楽のたくわえも少しばかりはあったしさ」
「……もしかして、ヒュージの独自ルートって地下……?」
三途がおそるおそる視線をヒュージに投げると、わずかに口端をつり上げて首を傾げるだけだった。
「まあ、地下のルートのことは今度話してやる。
んで、住人たちから情報を買ったところ、いろいろと新しいことがわかったのだ」
「新しいことって、マデュラとガムトゥの居場所か?」
「そうなのだ! あいつらも魔機にとっては脅威と判断された。そして幹部クラスの魔機たちによって厳重に監視されている。神流の時とおなじようにな。で、具体的にどこにいるかっていうのがはっきりした! 準備が整い次第、救出に向かおうと思う」
月華はヒュージにレモン水のおかわりをねだった。
「……で、ふたりはどこにいるんだ」
「まずはマデュラだな。こっちは空だ」
「空?」
「そ!」
月華は天井を指さした。
「上空何千キロ高の空中基地。そこにマデュラは監禁されてる!」
三途は数十秒沈黙してしまったが、ようやく出た言葉が「……くうちゅう」だった。
「そう、空中!」
「空に……?」
「うむ! いわば飛行船みたいにふよふよ浮いてるわけだな!」
「飛行船か……? 空中都市とか飛行機とか飛行船とかは別の世界で見たことがあるけど」
「珍しくもないか」
「いや、珍しいよ。むしろ空に住居を構えるのはそんなに多くはない。ほとんどは地上住みだな」
「ほほう。魔機の件が片づいたらそういう世界を見てみたいから、つれてってくれよ三途」
「いいよ。……で、空中基地がなんだって?」
「あっ、そうだそうだ。それでだ。マデュラは空中基地にとらわれてるってことだ!」
「ありがとう、さっき聞いたけど。
ってことはなんだ。俺たちは空を飛んでいかなきゃならないわけか?」
「そういうことだ。基地の情報はそんなに多くはないが、場所は特定できてる」
いうと月華は大きな地図を広げた。所々すり切れた地図に黄ばみが見受けられ、いくつも走り書きが刻まれている。
「ここはこの街と王都の中間地点にある都市、『辺境都市』の地図だ」
「辺境都市……?」
「そう、王国ができたころはまた王都の周辺くらいにしか都市やら市街ができてなくってな。当時の王国にとって辺境だったから、辺境都市」
「へぇ……。今や辺境つったらこの街だもんな」
「だよな!」
はっはっは! と三途と月華は笑いあう。
「で、だ! つぎはこの都市にいくぞ!」
「わかった。俺がいくのは決定として」
「僕もいくよー」
いつの間にか神流が、月華と三途の間に割って入る。
「うおぁっ!! いたのか神流」
「いたよぉー。何々、次の作戦? 僕も行くからね」
「えー……。おまえ病み上がりだろ」
「それをいったら三途もでしょ。僕のはただ体力が消耗してただけだから、一日休めば元に戻るよ」
それに、と神流は三途の手を取る。
「僕は三途を本当の兄弟だと思ってる。だから兄弟を助けるために僕も戦力になりたいんだ。これは変なことかな?」
「べ、別に、それは良い兄弟愛だと思う。……が、戦うだけが助けることだとは思わないぞ」
「でも僕戦えるもん。王国へ行ったとき、クロアさんに少し稽古を付けてもらってたからね。もともと護身術として武道もかじったし」
「けどなあ」
「月華ちゃんは良くて僕はだめなの? 僕だけのけもの?」
「三途、仲間外れはよくないぞ! この月華様をつれていくのだ! 等しく神流も戦力として数えるが良い」
「何で月華が偉そうなんだよ」
「私が三途の保護者だからだ」
「初耳なんですけど!」
「今初めて言ったからな。神流も異論はないそうだ」
「うそだろ……」
「月華ちゃんの言葉はすべて事実だよ」
「あのなあおまえらなあ……。わかっちゃいるとは思うが、人間相手じゃねえんだぞ。魔機はどうもおかしい。人にも見えるし機械にも見える。今までの常識が通用しない相手だ。俺が太刀打ちできたのは番人の力があるからだぞ。神流も月華も番人じゃないだろ。ふたりの力はわかってるけど、危険だぞ」
「何を言うか。番人というのはな、周囲の仲間にも同じような加護を周囲に与えるのだ」
初耳なんですが、と三途は反論する。
「ちょっとまて、聞いたことないぞそんなの!」
「夜穿ノ番人は、自分が認めた仲間に、星の脅威を退ける為の力を与えるという力も持つ。力っつっても、番人の持つ力ほど強くはないけどな。せいぜい下位互換でしかないが、それでもひと太刀浴びせるだけの力は得られる」
月華がすらすらと答える。
「そもそも俺、与えた記憶がないぞ……?」
「それは無意識に。だな。神流のいた基地で戦ったとき、少なくとも私はパチンコで魔機を破壊できた。ということは私にはもう加護があるんだ」
「……番人のシステムって結構ガバガバじゃね?」
「だよな! でも私そんなシステム大好き!」
「俺は嫌いになりそう!」
はっはっは! と月華は笑う。
「じゃあ三途、僕にも加護をちょうだい」
追い打ちをかけるように、神流がにっこりと三途の肩に手をおいた。
「嫌に決まってるだろ!」
「へえ、嫌なの……? 楽しいときもつらいときも、どんなときも一緒に手を取り合って困難を乗り越えてきた義弟に、一緒に戦わせてくれないなんて……いつから僕の義兄は冷たくなっちゃったんだい?」
「おい嘘泣きしてんじゃねーぞ」
「バレたか」
「何年義兄やってると思ってんだ」
「まあまじめな話。もてる戦力は持っておいた方がいいよ。
今のところ、信頼できる戦力は月華ちゃんだけでしょう? シロガネさんやセーレさんもいるけど、あの二人は利益がなければこちらに協力してくれない。クロアさんでもいてくれたらよかったんだけどねえ。王都は王都防衛で忙しいしねえ。
三途は確かに強いよ。でも体力も無尽蔵じゃないんだ。魔機に対抗できる力は多いほどいいよ。番人にまかせきりじゃ、番人が役目を終える前に力つきてまた転生なんてことになるかもしれないよ」
「う……」
神流の言葉に、三途は言い返せない。神流の言うとおり、魔機は王国あらゆる場所でうごめいている。あれらをすべて破壊するのをたった一人で行うとなると、最後のひとつを破壊するのは一体何年後になるんだろう。
巻き込みたくはない、というのが三途の身勝手な願いだ。だが魔機が襲来した時点で、すでにすべての者が巻き込まれている。
夜穿ノ郷だけではない。地球でも被害は生じた。
ここで最後まで神流と月華を突き放すことは三途のエゴでしかない。
それに正直、生前は無茶をしすぎて結局死んだことを考えると、たった一人で背負うことはかえって星の不利益になりかねない。
三途はもう反論するのも心配も投げ捨てた。
「わかった。存分に頼りにさせてもらうぞ」
ため息混じりに言うと、神流も月華も満面の笑みで「もちろん!!」と答えてくれた。
「じゃ、決まったら作戦続行! これで戦力は3人だな! シロガネはハブってやる!」
「何でそこまでシロガネを目の敵にすんの?」
「あいつ嫌い」
「私怨! まあいいや。でも場合によっては交渉して一時的に手を貸してもらうようにするぞ」
「ちぇー。ま、事情が事情だしな。三途の意思に従うよ」
「僕はあまり見たことがないんだけど、シロガネさんはどんな戦い方をするの?」
「薬草や粉塵を駆使した後方支援ってとこだな。……まえに1回見てないか? 黄金の蔦の武器持った奴らをとっちめてたとき」
「あのときはよくわからなかったんだよねえ」
「だよなー。わかりにくいもんな」
「でも後方支援はありがたいよね。存分に戦いに集中できる」
「ああ。……だが、シロガネは今回仲間に入れないものとして作戦たてとくぞ」
「まかせろー。地図地図、っと」
月華は地図にがりがりと文字を書き込んでいく。
「さて、今回は……空にのぼるわけだ」
「そうだな」
「そのためにはまず、空にいく手段がなけりゃ始まらない」
「……だな」
「ならばだ。私たちがまずやるべきは、空までの移動手段の確保」
「そうだね」
「この星での交通手段は、まあいろいろあるが。空へいくとなると航空機がある」
「航空機? この星にも飛行機みたいなもんがあるのか」
「あるよ。つっても、地球のヒコーキほど複雑じゃないけど」
「必要なのは、航空機と操縦者だね。僕も三途も、世界を旅して回って知識こそあるけど、操縦技術はないからね」
「そこは私にまかせろ!」
どーん、と月華が控えめな胸をたたく。むふーっ、と鼻息を荒くする。
「心当たりがあるのか、月華」
「ない!」
「おい!」
「だが、アテはある。地下で情報をやりとりしていた中に、腕利きの航空機乗りの話を聞いた。信頼できる筋からきちんとお金を払って得た情報だから信憑性は高い」
「ほー。……で、その操縦士とは?」
「わたしたちは運が良い。
なにしろその操縦士はな、辺境都市に住んでいるからだ!」




