35話:魔機、破壊
「セーレ、流れ弾の後処理を頼む! 月華は神流の護衛! シロガネは、そうだな! 死なないようにしててくれればそれでいい!」
各々に指示をだし、三途は巨人型魔機の攻撃を刀でいなしていた。
その巨大さは三途の図体を何倍も増やしているほどだ。魔機の目の位置を見上げると、基地の天井まで顔を上げなければ届かないほどだ。
赤く照る眼球部分の間に、青く光る球体が埋め込まれている。あれを壊せば巨人型は破壊できる、と三途の本能が告げた。
魔機が機銃をぶっ放してきた。
火花と銃声が三途に向かって弾ける。三途は身をかがめてかわす。
「三途!」
「大丈夫だ! みんなはもう少し下がっててくれ! 機銃攻撃に巻き込まれるぞ!」
「おーらい!」
後方から聞こえる月華の声が頼もしい。三途は目の前の戦いに集中する。
機銃の攻撃範囲からわずかに身をそらす。三途の赤い髪や上着をかすめてちりちり焦がす。
三途は構わず人型魔機の懐へつっこんでいく。
魔機の足下に転がり、太い足部分に刀を滑らせた。だるま落としのように、魔機の図体が落ちてくる。
両足を断たれた魔機の機動力は確実に落ちる。もともと機動力より火力重視の魔機なんだろうが、足をつぶせばほとんどの行動を封じることができるだろう。
「せいっ!!」
三途はかけ声と供に剣劇を魔機へ見舞う。堅い装甲は簡単にそぐことができた。
刃がふるわれるたび、魔機のパーツがひとつひとつ基地の床に落とされる。
そのパーツをパチンコ玉が貫いた。
「月華!?」
「その魔機はパーツ再生する! だが遠慮せずに好きに戦え! 残りものは私が引き受ける」
「助かる!」
三途は人型魔機の胴体を蹴倒した。重い体を支えきれず魔機が後ろへバランスを崩す。
その胴体に飛び乗り、逆手に持ち替えた刀を魔機の胴に突き刺した。
火花を散らしながら胴体が裂かれていくが、刀を引き抜くと傷が再生していく。
「何じゃこりゃ……!」
「核をつぶさない限り、傷口が再生します。核を破壊してください」
セーレが突剣で人型魔機を相手にしながら、的確な助言をくれた。
「核……? ああ、頭の上の青いヤツ?」
「それです。それを破壊すれば機能停止します。つまりぼくたちの勝利です」
「わかった!」
三途は魔機の胴体から頭部へ狙いを定めた。やるべきことが明確になったら、次は行動に移すべく駆けるだけ。
胴体と頭部の距離は三途の大股一歩ですむほどだ。
だがそれを邪魔したのは、生き残っていた鳥型の魔機だった。
「おっと!」
三途は横へ飛んで回避する。鳥型のビームが三途のいた位置の床へ放たれた。金属質な床がじゅっと溶けている。
「ひぇ……」
三途は顔をひきつらせた。が、すぐに表情を引き締める。後ろで援護してくれている月華がこれらをつぶしてくれるだろう。自分のすることは、巨人型を破壊することだ。
「おらっ!!」
三途は駆け出し、倒れた巨人と再度距離をつめる。
刃はすんなりと魔機の胴体を切り裂き、再び巨人型の巨体を削った。
だが巨人型も負けてはおらず、機体の再生を行っていた。
断ち切ったはずの下半分が、ずるずると胴体から生えてくる。切断した下半身はセーレが炎をまとった突剣で砕き跡形もなくしたはずだったが、魔機は一部分が破壊されると失った部位を生やして戻るらしかった。
「反則っ」
それでも三途も止まっていられない。
再生して再び巨人が元に戻ったが、だったら再生し斬る前に核を壊せばいいだけだ。
巨人が腕を三途に向けて振り下ろす。三途は小さく体を傾けてかわす。鋭い強風が、三途の横髪と耳をかすめた。
巨人の腕は床にめり込む。巨人はそれを引き抜こうと必死になっていた。
チャンス、と三途はその腕に軽やかに飛び乗る。
細い腕をまっすぐ駆け上るのは、三途にとっては造作もない。舞踊していた記憶を体が思い出していた。
巨人型の肩までたどり着いた。三途は刀を振り下ろす。
刀は巨人型のもう片方の腕で受け止められた。迷わずもう一振りの刀を横から突き入れる。それも巨人型の腕に止められた。
刀は腕を貫通したが、肝心の核に届いていない。三途は刀を引き抜きそのまま後退する。
再び巨人へと距離をつめた。刀はゆうに届く。
刀をまっすぐ突き出して巨人の胴体を貫いた。魔機がひるんで一瞬だけ動きを止めた。
刀を引き抜き再び刀を突きつけようとする。
鳥型の魔機が身を挺して、三途の刃をいなした。
「んなっ」
三途は刀を無造作に振り回し、鳥を振り払う。天井にがつんっ、と鳥の残骸が当たって砕けた。すでに巨人が体制を整えていた。
三途は巨人の横をすり抜けて背後に回り込む。巨人型はその行動にまだ反応できていない。
「そこだ!」
床を蹴り跳躍する。巨人型の背後から、刀を振り下ろした。
刃は巨人頭部を両断する。核がまだ壊れていない。気づいた三途は、魔機の胴体で引っかかる刀を支えに、魔機の肩部分に飛び乗った。
「っし」
青い核が三途の目に映る。もう一振りの刀を逆手に持ち替えた。
「終わりだ」
三途は青色に光る核に刀を思い切り突き下ろした。
がちんっ!! とガラスの砕ける音が響いた。三途の手に手応えが伝わる。
魔機の両腕が、三途をひっつかもうと宙をうろついていた手が、三途に触れる寸前で止まっている。
核はあっさりと壊れた。核の破片が散らばっていく。魔機ががくっ、と動きを突如止めた。
三途は刀を二振り引き抜いて巨人型魔機から飛び退く。ふうっと息を吐く。体中の筋肉が少しだけ痛みを訴えている。体に心地よい疲労が駆けめぐっていた。刀を握りしめる手が、床を踏みしめる足が、魔機と戦うことを思い出している。
軽やかに床へ着地した目の前には、月華が神流をかばいながらパチンコを握りしめていた。
「三途!」
「俺は問題ない。月華たちは大丈夫か」
「ぴんぴんしてるぞ! シロガネもセーレも無事だ!」
「さすがだ、みんな」
ふっと笑いながら軽口を叩きつつも、三途の意識は破壊した巨人型魔機に集中していた。
核を壊しても、万が一を考えてしまう。
「三途君」
そんな三途に、シロガネが声をかける。その白い髪先やローブの裾がところどころ焦げていた。
「巨人型魔機を破壊できたようだね」
「ああ、そのようだ」
「よくやったよ。これで街も解放される。おそらく街の魔機はすべて機能停止になっているはず」
「それはよかった」
三途は月華から神流を引き受ける。神流はぐったりしていたが、さきほどよりは顔色が赤らんでいた。
「……うん?」
月華が首を傾げていた。その視線の先を三途が追うと、破壊された魔機に注がれている。
「どうした、月華?」
「なあ、あの魔機から変な音してないか?」
「へ?」
三途は耳を澄ましてみた。基地から生じていたくぐもった機動音はすでに止んでいる。大本の巨人型魔機を破壊したから、それに続いて基地と魔機はすでに止まっている。
が、それとは別に、ぴぴぴ、という機械音がけたたましく鳴っている。
「嫌な予感がします。すぐに脱出した方が無難かと」
セーレの早口が三途に警告した。
その警告は的中した。
『自爆装置、機動。
機動まで60秒』
「うわおい、まじかよ」
三途の声がうわずった。壊れてもただではすませないのが魔機らしい。
三途だけなら番人の力をもって、多少傷を負ってもすぐに治る。だが月華たちは違う。ただの人間でしかない彼女たちが爆発に巻き込まれたら、大けがどころではすまない。
「まかせろ!!」
月華の頼もしい怒号が聞こえた。
月華はパチンコをひきしぼり、天井へ向けてそれを撃つ。
パチンコ玉が天井を穿つ。指でつまめるほどの玉により大きな出口が開かれ、そこから曇り空が開かれる。砕かれた天井の破片が床へ落下し、足場になってくれた。
『機動、40秒』
「はえーよ! っくそ!」
「無駄口より足を動かすのだ三途! セーレ、シロガネ! 武器をしまって上へ逃げるぞ!」
「承知しました。シロガネ様、さあ」
「うん」
シロガネはセーレのさしのべた手を取り、軽やかに足場を飛んで無事外へ出た。
三途は刀をしまい、月華に駆け寄る。
傍らでぐったりしている神流を無理矢理引き受け、肩にかつぐ。
「月華、先に行け!」
「りょうかいっ! 三途、私についてくるのだ!」
「まかせておけ」
『機動、30秒』
「だからはえーって!」
三途は毒づきながら、肩に抱えた神流の重さもものともせず、ひたすら即席の足場を頼りに上っていく。
天井の穴の端に、顔をひょっこりと出して心配そうに見下ろしている月華がいた。
三途は焦りを押さえ込むことと月華の心配をなくすために笑ってみせた。この程度の脱出劇、難易度はまだチュートリアル程度だ。
『20秒』
「月華!」
と、三途は神流を天へと放り投げた。美しい放射線を描いて、月華のもとへと神流が飛んでいく。
衰弱しきっていた神流は大した抵抗もできず、月華によって受け止められた。
「ぐぬっ、神流がちょっとだけ重い! がっ、この月華様にはなんのこれしきじゃあ!」
「その息だ!」
三途はとんとんと、優雅に足場を飛び越えて天井へと抜け出した。
天井の無事な部分に乗り換え、三途も基地の外へと出た。月華から神流を受け取る。肩に担ぐと「……もう少し優しくしてほしかったなぁ」とこぼれる声が聞こえた。
「全員避難したな? 逃げるぞ! こっち!」
月華がポニーテールを揺らしてさっさと駆け抜ける。平たい天井とはいえ足場の悪い場所を何の苦もなく軽やかに走り出す。
月華はぽーんとどこかへ飛び込んだ。
三途は月華の小さな背中を追ったが、そこは10メートルほど深い土の地だった。
飛び降りた月華がこっちへ手をふっている。どんな下半身の筋肉してんだ、と三途は半眼で小さく手を振り返した。
『機動、10秒』
基地内に残された巨人型の残骸のアナウンスが、わずかに三途の耳に届いた。
「あと10秒!」
「了解しました。……シロガネ様、お覚悟は」
「できてる。じゃあね三途君。お先にー」
セーレがシロガネを促し、ふたりしてためらいなく、10メートル高の崖ともよべる高所を飛び降りた。セーレの運動能力の高さは三途も承知しているが、前線向きではないシロガネもあっさり跳躍したのは、自身の身体能力のたまものか、それともセーレのフォローを信頼しきってのことか。
(考えてる場合じゃないな)
三途は神流を抱き直し、とん、と素直に飛び降りる。下には月華たちがこちらを見上げながら立っている。
すたっ、と三途は苦もなく着地。
その直後。
三途の背後で轟音と熱があふれた。
「うおっ」
爆風が三途の背中を押す。前にぐらついたが、足で踏ん張ってとどまった。
「三途、もう少し離れよう。この先に無人の民家があるから隠れられるよ」
「ああ……そうだな」
「大丈夫かい、三途君。神流君、私がかわろうか」
「気持ちだけもらっとくよシロガネ。義弟をかつぐくらい、どうってことないさ」
「そのようだ」
シロガネは愉快げに笑っていた。




