32話:ふたりの作戦
月華とヒュージから現状を教えてもらい、三途はようやく夜穿ノ郷の間隔を取り戻してきた。
地球での名残はあれど、体は夜穿ノ郷の色に染まりつつある。番人としての使命もよみがえってきた。
三途はひとまず、月華と一緒にヒュージの酒場に住まわせてもらうことにした。店の仕事を手伝いつつ、荒れ果てた街からなけなしの備品と武器をかき集め、戦いに備えた。
「街は荒れ放題だし、魔機がそこかしこうろついてるし。うかつに外に出たら魔機に目を付けられて殺されちゃうんだよ」
ヒュージの店のテーブルを丁寧に拭きつつ、月華は説明した。
「じゃあ、街の住人たちはみんな家に籠城してるわけか」
「そう。でも魔機にも動く法則性みたいなのがあるみたいでさ。特定のルートをちゃんと回るだけ回って、センサーにひっかかったヤツだけしとめる習性っぽいんだ」
「習性?」
「逆を言えば、あいつらのルートをしっかり読んで、センサーに引っかからなければ、外を出歩いても襲われることはない」
「本当に機械なんだな。機械ってまじめだな」
「だよねー。まあ、すべての魔機がそうなのかわかんないけど、少なくとも街にはびこる魔機は全部そう」
「なるほど……。外にでれないわけじゃないわけだ」
「うん。街の魔機どものルートは全部私が覚えてる。だから私を同行させてもらえれば、外にはでれるよ」
「わかった。さすが月華だ。頼りになる」
「むふーっ!! 三途が来るまでちゃーんと働いてたんだかんな!」
「ああ偉い偉い」
「ふははーっ、もっと撫でても良いぞ! よいんだぞ!!」
しょうがねえな、と三途は言いながらも、月華を愛おしそうに撫でた。
月華はその魔機のルートを覚えている記憶を生かして外に出ることができるし、やむを得ず外へでる必要のある住人たちの護衛をかってでる。もちろん報酬は高くつく。住人たちは命にかえられないのと、番人が必ず帰ってきてこの状態を逆転させるというわずかな希望をもとに、最終的にだれもが報酬を払う。
「魔機が現れてからというものの、物流とか商売とか、ほとんど止まっちゃってるんだよねえ。ゼロではないんだけど」
ヒュージがため息をついていた。床をモップで磨いていた三途は、ヒュージのいるカウンターへ目を向けた。
「てことは、武器だけじゃなく食料危機もあるってことか?」
「そそ。でもまあ、そこは闇市とか僕の独自ルートを緊急で利用してるから、餓死は免れてるけどね。利益がぜんぜんあがらなくて、そろそろ廃業かなあ」
「事態は深刻だな……。とっとと街の魔機を破壊しないと……」
「戦いの作戦を立てるなら、月華嬢と相談するのが良いよ。あのこ、街の魔機の習性から行動パターンに色、武器、戦闘スタイルに、あれらの本拠地まで調べ上げられるものは全部調べていたから」
「え」
「むふっ、月華様は優秀だからな! 武器もあるし基地の内部も地図に書き出してある! もちろん、武器は地下にしっかり保存してあるからな! いつでも魔機をぶっこわす準備はできてんぞ!!」
月華が華奢な胸をせいいっぱいはる。三途はモップを壁にかけ、月華に思わず抱きついた。
「むぎゃっ」
「おまえすげえよ……。そんな簡単にできることじゃないのにさ」
「なんだよー、ほめられるのは悪い気しないが……何だ、三途……その、急にアクティブなほめかたをおぼえたな!」
「イヤか」
「ヤじゃない! もっとやっても良いからな、あんしんしろ!」
「そうする。……ま、掃除が終わったら作戦会議させてくれ」
「まかせろー」
ほどなくして三途は掃除を終わらせた。
店に来客がくることはついぞなく。物流が滞っているという割にはそれなりに豪華な食事をヒュージが作ってくれた。
「お疲れさま。ご飯にしよう」
「ああ、ありがとう。……っつーかいいのか? こんなにたくさん食っちゃって」
「お客さんこないからね。ゆっくり料理する時間も食材もたんまりあるし」
「……物流、止まってるんじゃなかったっけ?」
「僕には僕の独自ルートがあるからね」
ヒュージは不敵に笑って香辛料を渡した。この男だけは敵に回すまい、と三途は心中で誓った。
掃除用具を片づけた月華が三途の隣に座り、差し出されたスープをするすると飲む。
「魔機に占領されてる話に戻すけど、神流もじいさんもガムトゥも捕まってるんだな?」
「そうだよ。それぞれ別々の場所に監禁されてる。戦力激減だよ」
「なるほど……。それ以外で戦力になりそうなヤツいるか?」
「いるよ。シロガネとセーレ。セーレはシロガネの命令じゃないと動かないけど、逆に言えばシロガネさえ味方にすれば協力はしてくれるだろうな。ま……シロガネと手を組むとか気乗りしないけど……」
月華はスプーンをふいふい振り回しながら苦い顔をする。
シロガネから話はきいていたが、ここまでの嫌いようは三途には過剰に思えた。三途が思っている以上に、シロガネとの確執は強いんだろう。とりあえず何も言わずに、ヒュージの食事を黙々と食べた。
「でも場合が場合だからな。あんなにいやなヤツでも、戦力は欲しい」
「お、月華は大人だな」
「まーな。でも神流たちを助けてこっちの戦力が戻ったらあいつお払い箱にしてやるけどな!」
「撤回する。おまえ子供だな」
「むふーっ。子供のような無垢な心を持っているというほめ言葉だな!」
「うわあすげえ前向き……」
ヒュージの苦笑がカウンターから聞こえてきた。月華は咳払いした。
「ま、それはそれとしてだ。あいつらと手を組むのが先決だな」
「そうだな。……シロガネは今どこにいるんだ?」
ヒュージがレモン水を差し出してきた。
「シロガネは街から離れた別の市街にいるよ。市街にも魔機はいるけど、それをうまくやり過ごしているみたいだね。連絡とりたいなら、僕からシロガネに話をつけることもできるよ」
「じゃあ、頼む。悪い、手をわずらわせて」
「どうってことないよ。僕も店がこんなに寂しい状態が続くのは嫌でね。魔機を追い払ってもらえるなら、できる限り支援する」
「ありがとなヒュージ。私をここに置いてくれて」
「気にしない気にしない。僕も打算で動いてるからね。お互い様だ」
ヒュージはふっと微笑んで答えた。空になった食器を片づけ、厨房に引っ込んだ。
その後三途は、簡素な浴室で軽く湯を浴びた。魔機との戦いは自分が思っていた以上に体力を消耗していたらしい。熱い湯につかると一気に力が抜けてきた。
風呂から上がると、店のカウンターで熱心に地図を眺める月華と、コーヒーを淹れているヒュージが三途の目に入った。
「おー三途! 待ってた!」
「先にお湯いただいたぞ」
「三途君もコーヒー飲む?」
「飲む。……月華、地図か?」
「うん。街と、魔機の基地の両方。基地の方はほとんど推測でしかないけど」
三途は地図をのぞき込んだ。一つは見慣れた地図。紙の端々が破れ、折り目からは鋭い穴が開いている。
もう一つは三途にとっては真新しい地図だった。ほぼ直線で書かれたそれには、赤いインクで走り書きしたメモが散見する。
「どうやって基地の地図を作ったんだ?」
「基地に潜り込んだ」
「何してん!」
「簡単だったぞ。あいつら結構頭が固いからな。つねに決まったルートを巡回するから、死角を歩いていけば簡単に侵入できる」
月華は相当無茶なことをしれっと言ってのけた。
「簡単だぞ」
もう一度付け加えた月華に、三途は前髪をかき上げてふうっと息を吐いた。
「簡単に思えるのはおまえだけだ月華……」
「そうか? 攪乱、潜入は戦闘の基本だぞう」
「やれといってすぐできるわけじゃないぞお……」
「じゃあ街を解放したら三途も訓練すっか! よーし新たな野望を追加して、がぜん魔機ぶっつぶす意欲がわいてきた」
「さいですか」
ヒュージの淹れたコーヒーを受け取り、三途も地図をしっかり見せてもらうことにした。
広がった地図は簡素な線を引かれたシンプルなものだったが、内容は三途にとっては非常に有意義なものだった。
魔機の警備ルート、死角、監視カメラの設置場所、とらわれた仲間の居場所など、できる限りの有用な情報を書き込んでいた。
月華は指をさしながら進行予定のルートを示していく。
「ここは四方八方、木々に囲まれていてな、侵入のためには、正門からまっこう入るしかない」
「木々……。この基地、もしかして獣の森にあるのか?」
「そうだよ。あんだけ森も獣も焼き払っておいて、勝手に異世界の植物植えやがって。もう見る影もない」
月華の顔が憎悪にゆがんだ。
「で、だ。正面突破するために乗り越えるべきは、正門の上方に備わっている銃撃部隊からの射撃だな」
「なるほど。数は……えーっと、4機か。倒せない相手じゃないな。位置はどのあたりだ」
「だいたい5メートル上。よじ登れる柵とか階段とかはもちろんないぞ」
「入り口の幅は、1メートルもないな。俺が無理矢理あがって撃墜できる」
「さすが三途だな。頼もしい! ……が、もひとつ問題がある。魔機が1機でも破壊されると、基地に残っている魔機すべてに伝わってな、侵入者の排除と虜囚の厳重護衛モードになってしまうのだ」
「なるほどー……」
「奴らに見つからず侵入するなら、正門とは別の場所から入れば安全だな」
「でも正門じゃなきゃ入れないんだろう」
「そうなんだ。そこなんだよ……。逃げ道とか退路とか、ある程度調べ上げてあるけど、正面突破をしないと入れない。かといって魔機を破壊することもできない。最低でも、基地内に侵入すれば大暴れできんだけど」
「……魔機の機能を一時的に止めることはできないか?」
三途と月華が地図のあちこちを指さし、ペンでがりごり印をつけたりと議論を交わしていると、ヒュージがお茶のおかわりをいれてくれた。
「ずいぶん白熱しているね。どうぞ」
「ありがとヒュージ! ……どうしたもんかなー。三途が来てくれれば正面突破もできると思っていたけど」
「お役に立てずすまねえな。俺は戦闘向きだからさ、スニーキングミッションは不得手だ」
「いや、三途のせいじゃない。私が三途に頼りきりすぎたのだ。……うーむむ、せめてここにマデュラがいれば……」
頭をかかえる月華の望む鷹の爺は現在絶賛とらわれ中である。いないものを欲しても仕方がないが、そんな存在にすがるほど戦力は少ないのが現状である。
「……僕はただの酒場の主人だから、こんな口を挟むのもなんだけど」
「いいぞいいぞ。ヒュージの意見はときどきめちゃ良いヒントになるからな!」
「ありがとう、月華。……魔機に気づかれず、正面突破すればいいんだよね」
「そう!」
「だったら、魔機のセンサーに引っかからないようにするのがいいんじゃない」
「センサー?」
三途が首を傾げるのを、月華が答えてくれた。
「ああ、あいつらは独自のセンサー持っててな。形とか範囲はいろいろなんだけど、それを利用して空間把握をしてるのだ。目を持たない代わりだな」
「うぅん、そのセンサーつぶしたら、機能停止と判断されないのか」
「されない。あいつらが動くのは、あくまで魔機の1機が予想外の停止に陥ったときだけ。センサーの不備くらいじゃ動かない。ほら、フラッシュで目潰しして、ぎゃあまぶしいみたいな感じ」
「そうか……。魔機って案外気安いな……。
そんで、ヒュージにはそのセンサーにひっかからない策があるのか」
「僕自身にはないよ。でもそういう手助けしてくれる戦力は知ってる。彼を仲間にすればいいんじゃないかな」
ヒュージの微笑に対し、月華の表情がぐしゃぐしゃにゆがんだ。その表情を見比べて、三途は何となく察しがついた。
「シロガネは、魔機の一部機能を一時的につぶすことができる。彼に協力を仰いだらいいんじゃないかな」




