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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
五章:【過去】女王イストリア
31/91

30話:魔機がくる直前

 王国での滞在期間中、三途はのんびりしていた。

 番人としての力は発動せず、平和に過ごすことができていた。


 神流と月華に無理矢理連れ出され、王都のあちらこちらを歩き回った。クロアをなだめすかして貰った地図を片手に歩く王都には新鮮さが感じられていた。

 きらびやかな装飾をかたどった建物、毎日満員の劇場、甘い匂いに満ちた菓子屋、優雅で余裕な住人たち。整備された町並みに透き通った噴水、街独特の喧噪とは違い、王都で聞こえる住人たちの声はゆっくりと優雅であった。

「酒場だ」

 月華が指をさす。その酒場は街のものとは外観がまるで違う。街の酒場がほとんど木製であり、こまめな掃除はしているものの天候上の理由によりどこかくすんで見えてしまう。対する王都の酒場は埃も砂一粒なく。赤レンガでできた建物に黄金の装飾。真っ白なドアには開店中のボードがぶら下がる。

 一見すると高級食事屋と勘違いしそうだった。

「どんなお酒があるんだろ」

「神流、のむなよ?」

「飲まないよ。アルコール入ってないジュースを頼むからさ」

「ならばいいが……飯でも食うか」

「そうしよそうしよ! 私もちょうどおなかすいてたところだ!」

 元気良く空腹宣言した月華が、その酒場の扉を開いた。


 中は規則的に整頓されている。カウンターには数名の給仕がおり、カウンターの椅子の間隔はきっちりとそろえられている。

 テーブル席は四角く規則的に並び、その窓際の席に3人は案内させられた。

 オーダー表を受け取ると料金は街よりもやや高めだった。メニューを一望した月華は、「げぇ」とため息をもらす。

「王都って酒場でもこんなに高くつくのか?」

「酒場だからこそ、じゃないか。まあ料金のことは気にしなくていいだろ。なんか知らんが、陛下からかなりの額賜ったし」

 三途だけでなく、月華、神流の財布は現在潤いに潤っている。

 というのも、王都を散策する、という三途の希望を聞いたイストリアが、それならとかなりのお金を持たせてくれたのだ。そばにいたクロアがそれを苦々しい表情で見下ろしていたのは言うまでもなく。

「とはいえ、あんまり無駄遣いもできないけど。ここで3人分の食事を頼むのは問題ないくらいのお金はあるからな」

「そうだな。……うーん、どれにしよ」

 月華は興味津々と、オーダー表をじっくりと見直していた。決めるまで時間かかるんだろうな、と三途は神流とふたりしてもう1つのオーダー表を眺めていた。とりあえず肉と野菜と果実飲料を決めておいた。


 横でうーーん、と考えあぐねている神流を横目に、三途はこの堅苦しげな酒場を一望する。

 ヒュージの酒場のように、仕事を仲介する、といったような斡旋はなさそうだった。

 仕事の依頼書を張り付けたコルクボードは見あたらないし、酒場を取り仕切る給仕やマスターは、客人のオーダーを聞いたり食事を運んだり、酒を調合しているだけだ。必要以上客人と言葉を交わすことはない。

 客人との距離がきちんととれている。

「よしきめたっ」

「僕も僕も~」

「はいよ」

 三途は給仕を呼んでオーダーした。少しして豪華な食事が運ばれてきた。

 肉は分厚くこんがり焼けている。付け合わせの野菜からは甘い匂いが漂う。ふおぉ、と月華の目が輝き出してきた。

「じゃ、いただきまーす」

「いただきます」

 月華は一口一口味わって肉を食べていた。王宮でのがちがちに固まった緊張は解けている。

 三途はゆっくりジュースを飲み込み、野菜をかじった。


「酒場っていったら情報収集の定番だと思ってたけど」

 神流がスープをのみつつ言い出す。

「この雰囲気だと、気軽に情報集めらんないね」

「だなあ。カウンター席だったら給仕と話ができたかもしらんが。……っつーか情報収集って、何か知りたいことでもあったのか」

「や、三途の番人問題を解決するために、僕と月華ちゃんはどうすべきかっていう」

「まだあきらめてなかったのか……」

「女王陛下なら何かおわかりかもしれないけど、また謁見できるとは思えないし、たぶんいつも一緒の護衛さんがイヤな顔するだろうし」

「だよな……。あいつ特に俺を目の敵にしてるからな」

「大事な陛下をとられると思って心配してるんだろうね。気持ちはわかるよ。あんまりに露骨なのは感心しないけど」

「……で、情報のために酒場へきたわけか」

「そう。でもここだと情報集まりそうにないね。難しい話はなしにして、食事に集中しようか」

 しゃべるのもなんか気恥ずかしい雰囲気だし、と神流は優雅にパンをちぎる。

 三途も黙って、追加でオーダーしたデザートを楽しんでいた。終始月華は無言だった。食べるのに集中しすぎていて神流の話を聞いていなかったかもしれない。


 酒場で食事を終えたあと、三途は神流の要望で服飾屋や装飾屋をあちこち連れ回された。舞台の衣装を見繕う、という名目だったが本音はこういう飾り物をするのが好きなだけなのだ。その好みを知っている三途は、きらびやかで華やかな飾り物をひとつひとつ丁寧に見物している神流の背中をのんびり眺めていた。



 女王との謁見はあれきりだったが、女王イストリア個人が三途に会いに来ることはたびたびあった。

 番人だからという理由でよくしてくれるのは三途にもわかっている。いささか入れ込みすぎでは、とさりげなく忠告するが、イストリアは無邪気に首を横に振るだけで治る気配もない。

 常にイストリアのそばにいるクロアの殺気がびしびし伝わるのに耐えながら、三途はイストリアと会話する。

 他愛のない話であったが、それでもイストリアとの話は楽しいものがあった。街ではなく王国のことをよく知ることができたし、イストリアが王国の代表としていかに身を砕いて祖国を守っているかが伝わってくる。そうなると三途もこの小さな女王にささやかな敬意を払わずにいられない。


 ただ女王は、三途にだけ世話を焼くかといえばそうでもなかった。月華にも神流にも等しく話をせがんだ。

 最初は緊張で何もはなせなかった月華も、イストリアが辛抱強くきいてくれるおかげでだんだんと打ち解けていった。神流はいつもと変わらず装飾品や流行についてイストリアに聞き込んでいた。


 今日も今日とて、イストリアは三途たちの寝室にこっそり忍んで話に華をさかす。

「まあ、それでは街ではお仕事を仲介する酒場があるのですね」

「そうです。私もそこから仕事をいくつかもらってます」

「わあ、月華ほどの小さな方もがお仕事を!」

「街がそういうものですから。さすがに10もない子供は学校行きますけど、学校出たらだいたい家業を手伝うか、働きにでるかしますから」

「そうなのですね。王国ではさらに進学もできるのですが……街では進学もないのですか?」

「なくはないですが、進学する人はごくまれです。勉強するより早く自立したい人であふれてますからねー」

「まあ……」

「街全体そんなもんですけど、義務教育の時点でいきる上で必要な知識と技術は学んでますんで、したたかには生き残れますし」

「そうでしたか。大臣の持ってくる資料だけでは気づかないこともありますね。……月華とお話できてとてもためになりました」

「私でよければいつでもどうぞー。

 あ、そうだ、陛下に聞きたいことが」

「はい、何なりと」

「不老不死の秘術かなんか、王国にはありませんか?」

 三途は飲んでいた紅茶をふきかけた。番人の役目をひとりで背負わせない、と月華も神流もまだあきらめていなかった。

「不老不死……」

「私と神流は、三途が番人になったことを知っています。そして彼が100年ずっと18歳のまま生きていくことも知りました。ふつうの人間止まりの私たちは等しく年をとります。100年も長生きはできない。

 私は三途を支えるために、彼と同じく不老を得たいんです。ご存じでしたら、私たちにご教授いただきたい」

 月華の目は真剣だった。

 さっきまでなれなれしく気軽だった神流も、表情をいつのまにか引き締めていた。

 こいつらは本気だ、と三途は理解している。それを理解した上で、自分の番人の役目にふたりを巻き込みたくはない。


 イストリアは視線を膝の上に落とした。

「そういうことでしたら、わたしもご協力したいですが……残念ながら、王家にはそういった魔術は伝わっていないのです」

「そうですか……」

 月華はがっくりうなだれた。

「それに、たとえ魔術があったとしても、番人の近しい人とはいえど、うかつにお伝えすることはできないのです。ごめんなさいね」

「それもそうでしたね……」

「ですが、魔術に詳しい方がいらしたら、わたしの方でも探しておきます。術者の紹介でしたら、何も問題はありませんから。あまりお力に慣れなくて残念ですけれど」

「いえ! 充分です。あとは自分でどうにかしてみます」

「よかったです、月華。いつでもわたしを頼ってくださいね」

「お言葉に甘えて」

 端から聞いていた三途は、何となく胸をなで下ろしていた。このまま不老長寿の術が見つからなければ良いと。


 滞在中、月華はイストリアと打ち解け、神流はクロアに剣の稽古を付けて貰うことで親しくなっていった。三途はあいかわらずイストリアになつかれクロアに良くにらまれていた。

 緊張気味だった月華も和らぎ、イストリアとは身分を越えた友人関係にまで発展した。……それでもイストリアの三途への強いアプローチには頬を膨らませてはいたものの。


「クロアに稽古つけてもらってんのか」

「そう。こっちに来てからあんまり動いてなかったから、そのぶん取り戻そうと思って。あと戦いにもなるべく慣れておきたいし」

「別に必要ないだろ。護身術程度で」

「えー、やだー。いざというとき強い方がいいよ。それに三途の助けにもなりたいし」

「まだあきらめてねえのかよ……」

 寝室のベッドにばふっと座り、三途はため息をつく。神流は浴室から戻ってきたばかりで、柔らかい布を髪にあてていた。

「クロアとの稽古も楽しいからねえ」

「本業忘れるなよ」

「もちろん」


 楽しい時間は過ぎていく。滞在期間は終わり、三途は月華と神流を連れて街へ帰って行った。

 王国の女王イストリア、その部下クロアとの出会いは三途に良き思い出をもたらした。

 番人としての自覚が芽生え、いっそう仕事に取り組んだ。

 番人の力があるなら、どんな困難が待ち受けていても、すべて乗り越えていけると信じていた。



 その慢心は、突如飛来した機械兵器によって踏みにじられた。

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