29話:秘密のはなし
入浴中の月華は神流にまかせるとして、三途はイストリアに連れ出され、王宮の離れにいた。
青暗い外を月光が照らしている。赤みを帯びたイストリアの頬が、白く反射する。
「この王宮は、お気に召していただけましたか?」
「ええ、まあ」
「滞在期間まで、不足や不便があったら、遠慮なくおっしゃってください。わたしもできるかぎりお応えします」
「もったいないお言葉です。……でもいいんですか。一介の旅芸人にここまで尽くしてくださって」
離れは王宮の庭を一望できるようになっている。聞くところによると、公務に疲れたイストリアが癒しを求めてちょくちょくここへ訪れているとか。
その離れの白い手すりに手を乗せ、イストリアは庭を眺める。
「……あなたは、夜穿ノ番人なのですから」
「番人だから?」
「この星の住人ではないあなたには実感がわかないかもしれませんが、わたしたち夜穿ノ郷の人間にとっては、番人とは王よりも尊い存在なのです。番人が万全の状態でいつでも星を守れるよう、保護し、あがめたてまつるのは当然の行いですもの」
「そういうもんなのですか……。自覚もないのにどうしてこんな俺が番人に選ばれたんでしょうね」
「わかりません。星のシステムは気まぐれですから。
……でも、王国の番人があなたでよかったと、わたしはそう思っています」
イストリアが、黒髪をなびかせ三途に向き直る。
「俺で? どうして」
「謁見であなたを直に見て、確信したのです。あなたは人のために尽くせる心を持っています。それがわかりましたの」
「……見ただけでそこまで? 失礼ながら、それは買いかぶりですよ。俺は気ままに旅するだけの舞台役者で、人並みにやましさや欲望ももっています」
「ええ、それも含めて、です。
人間であれば、やましさも欲望もあって当然です。それを隠さず、それでいてあなたの心は善につつまれている。それでいて時として冷酷な判断もできる。……三途、あなたの活躍を細かに聞いております。あなたの行動、仕事での働き方、街をおそった異世界の兵士を退けた件、すべてを総合して、わたしはあなたを評価しておりますの」
「そこまでしっかり見てくれてたんですか」
「はい! 新しい番人が生まれたと知ってから、あなたが番人であるとわかってから、ずっとあなたの動向を調べておりました。……ごめんなさいね、動向といっても、あなたの仕事状況や戦闘力を調べただけで、どこに出かけたかや何を買ったか食べたか、についてはふれておりません。気を悪くしたなら、謝罪します」
イストリアが頭を下げる。あわてて三途はその頭を上げさせた。
「べ、べつに、気にしてませんって! そりゃ、異世界の人間が番人になったなんて考えたら、このシステムを悪用する可能性だってあるし、あなたは王国のトップなのですから、当然のやり方だと思います」
「三途……」
「だから、陛下が気にすることは何もありませんって」
「そうおっしゃっていただけるとありがたいです」
こちらへ、とイストリアが三途を手招きする。
イストリアの隣にたって、離れから庭を見下ろした。昼に見た庭とは違った趣を見せている。
「王国の女王は、代々番人の夢を見ることをご存じですか?」
「夢? いえ……」
「女王となった者は、新しい夜穿ノ番人が選ばれた時、その番人となったものを夢に見るのです」
イストリアは風にざわめく髪を指でおさえた。
「王国の基盤となった白い神殿に降り立ち、番人となる者と出会います。その夢を、数日前にみました」
「じゃあ、あの時……」
「え?」
イストリアの話す夢の内容は、三途の見た夢と共通点が存在していた。それが白い神殿である。
思わず、三途も自分の見た夢を話す。
「俺も、白い神殿の夢を見ました。最初は広い空に足下は水で満ちてて、白い円柱をたよりに進むと神殿に着いたんです。
月華……あ、あの茶髪の連れの女の子なんですけど、その子が言うには番人として選ばれた者がみる夢だと言ってました」
「まあ……では、ますますあなたは番人なのね」
イストリアは手を合わせて驚いていた。
「それはまさしく、番人の夢です。女王となった者とおなじ空間に誘われ、女王は番人の姿を見て、番人は女王の姿を見るんです」
「じゃあ、夢にいた黒髪の女の子は、陛下だったんですか……」
「そうです! わたしです! ああ、夢ですでにお会いしていたんですね、わたしたち」
(道理で陛下と謁見したとき、妙にデジャブってたわけだ)
同じ夢の中にいたという事実を知ったイストリアは、年相応の少女と同じように表情をほころばせた。
「三途、よろしければ、ずっと王国へとどまってはくれませんか?」
「え」
「三途はもともと、異世界を旅する芸人だったのですよね? 番人となったからには、この星を守る使命を持ちますし、番人を支援する王族として、衣食住は保証できます」
ですからどうか、とイストリアが三途の手をさりげなく取る。自分のささやかな胸に置いて、懇願するように見上げてきた。
イストリアははっきり言って可憐である。美少女と断言できる彼女にお願いされれば、誰であっても心を揺らがすことは間違いなく。実際、三途もこの状態に鼓動が早くなっていた。
「陛下……!?」
「わたしは、あなたにずっとここへいて欲しいのです……! 番人として、あなたが最高の働きを発揮できるよう支援したい」
「ちょ、陛下、近い! 近いっす……! 離れて……!」
「……?」
三途はイストリアの肩をできるかぎり優しくつかんで引き離す。
「おい」
三途の目前に、鋭い刃がすっと横切った。剣の柄をたどると、黒髪の騎士がこちらをにらんでいた。
「クロア」
「陛下、この者が番人といえど、あまりやたらに密着するのは感心しません。三途、といったな。おまえも陛下に触れるなど、番人でなければ不敬だと自覚せよ」
「クロア! 三途を責めないでください。わたしが勝手にしたことです」
「ですが」
「わかったわかった。クロア、殿……? 俺からはイストリア陛下に触れません。一定の距離を保ちます」
「陛下の名を呼ぶのも不敬だぞ」
「不敬だらけじゃねえか!」
「私だって陛下を滅多に御名で呼ばぬと言うに。妬ましい赤毛男」
「嫉妬かよ! だったらおまえだって呼んだらいいだろが!」
まじめな表情をくずさず、クロアは正直に自分の気持ちを暴露する。こいつ、意外と純粋だし隠し事苦手なんだ……、と三途は肩の力が抜けた。つきだした剣やクロア自身の気配すら感じさせなかったほどの人間がクロアだ。さぞや実力者なんだろうと思ったら実際は女王大好き純情男だった。
クロアは剣をおさめ、ふうっと息を吐く。 しばらく眉をひそめて三途を疑惑の眼差しにさらしていた。
イストリアは三途とクロアのにらみ合いをおろおろしながら見守っていた。
「クロア……、三途へのとがめはいけませんからね。わたしが勝手にここへ連れ出しただけですから」
「もちろんです陛下。陛下は何も悪くありません。悪いのはすべてこの赤毛です」
「クロアっ。私の話を聞いていましたか!?」
「聞いた上での発言です」
「余計たちがわるい!」
「やかましい、口を開くな赤色」
「扱いがひどい……。いや赤であだ名つけんなよ……俺、三途って名前あるぞ?」
「縁起の悪い名前だな」
「自覚はしてる」
「もうっ! クロア! 三途のことがお気に入りなのはわかりますが、あまりいじめてはだめです!」
「誰がこんな赤色男を気に入りますか!」
イストリアがたびたびいさめても、クロアの暴走は止まらない。三途の肩は下がりに下がり、伸び始めた前髪をいじってどうしようかと考えている。
「守衛殿のご忠告に従い、俺は退散しますよ」
「三途……! ごめんなさい、クロアが……。よく言ってきかせますので……」
「いえ、気にしてません。
あ、そうだ。陛下、王国で暮らすっていう提案ですけど」
「はい」
イストリアの目が輝き、クロアの形相がいっそう鋭くなる。
「俺は辞退させていただきます。獣の森は居心地が良いので、あちらでのんびり暮らすのが気に入ってますし」
「……そうですか」
しゅんと肩を落とすイストリアの後ろで、クロアがさりげなくガッツポーズしていたのを三途は見逃さない。が、あえて口には出さなかった。
「星の危機とあらば、すぐに飛んできますので。
夜も更けますし、そろそろ戻ります。陛下もお戻りになった方がいいんじゃないかと」
「はい。クロアと一緒に帰ります。三途、おひとりで大丈夫ですか?」
「問題ありません。では、お先に」
「もう二度と来るなよ、赤髪」
「わかってますわかってます」
「こらっ、クロアっ」
もうあの二人政略でも何でも結婚すりゃ丸くおさまるのに、と三途は心中で不敬なことを考えていた。
「あ、おかえり三途ー」
柔らかいタオルで頭を念入りに拭いていた神流が、三途を部屋へ迎え入れる。
その後ろには、髪をおろした寝間着姿の月華が立っており、三途をまっすぐにらみあげている。
「今戻ったぞ。……で、月華はなんでご機嫌ななめなんだ」
「私の入浴中に三途が勝手に宮を探検していたからだ!」
「探検じゃねえよ陛下にお呼ばれだったんですよ!」
「なにーっ! いつの間に二股したんだ!」
「してねえよ! っつーか陛下と関係もつとかあの黒騎士野郎に首飛ばされるわ」
まあまあー、と神流が月華をなだめていなければ、三途はとっくに月華にかみつかれていた。
ベッドに三人座り込んで、三途はイストリアとの会話を二人に告げた。
「番人の夢について話してくれた。陛下も夢で俺をみたらしい」
「ああー。やっぱりほんとにあるんだな。王国の女王は代々番人の夢を見るってよくマデュラに話してもらったもん」
「へえ。……ああ、あと王国に暮らさないかって誘われた」
「断れ!」
「断ったよ! 話は最後まで聞いてくれよ!」
「うむ、ならばよし」
「ああ、うん。納得してくれて何よりだよ……」
「三途は王国より、森と月華ちゃんの方がすきだもんねえ」
「まーな」
「むふーっ! やっぱり月華様の森は快適だからな」
「そうですねー」
三途は聞き流すことにした。
一通りイストリアとの会話を洗いざらいはかされた三途は、ふっと息を吐いて紅茶を飲む。
すると、ふと神流が思い出したように手をたたいた。
「そういえば、三途の番人問題だけど」
「問題なのか……?」
「だって三途、ことしから100年は年取らないんでしょ」
「あ、それか」
「僕と月華ちゃんにとっては重大問題なのです。滞在まで間があるし、陛下や守衛の黒騎士さんに聞いてみるのも手か」
「何、おまえら何を聞こうとしてん」
「三途をひとりにさせない作戦を、私と神流は展開中なのだ!」
「胸はるなや。……もう好きにしろ」
「よっしゃ」
そういうと月華は三途の胴体にしがみつく。神流は逆がわから三途にからみつく。もう突っ込む気力も失せた三途は、好きにさせることにした。




