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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
一章:三途、地球に転生す
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2話:月華とセーレ

 寄宿舎を出る前に、三途は上着のフードをかぶる。ベージュ色の薄手のそれは妙になじむ。フードをかぶると獣の耳のようにとがった両端が目立つ。大の男がこれで髪を隠すというのはやや恥ずかしくもあったが、なぜだがほかの上着に替える気もなかった。


 三途の髪はオレンジがかった赤に染まっている。染めているわけでもない、地毛なのだ。誰も信じないけれど。

 髪を黒くしろと言われたことは小学校に進級してすぐのころだった。だが件の、三途の周囲で発生する怪奇現象をおそれて、それ以降誰からも髪のことを言われることはなくなった。

 

 とはいっても、それでもその髪はやたらと目立つ。寄宿舎とその近辺の住人からは際立つ存在だった。

 奇異な目でにらまれるのは三途も本意ではない。外出時は常にこうして髪を隠すようになった。


 電車に乗って遠出すればさすがに三途のことを知るものはいなくなる。だが赤い髪は目立つから、ずっとフードははずせなかった。


 早朝の時間帯のため電車内に乗っているのは数人程度だった。先頭車両の端っこに座り、鞄からそっと横長の封筒を取り出す。中身は劇場のチケットだった。それもプレミア席であり、舞台全体をじっくりと眺めるに適している。

 これが送られてきたのは、先週の水曜日だった。

 送り主は後見人のセーレである。住所は記入されておらず、このチケットと、鑑賞後にお会いしましょうという簡潔な一言がかかれた便せんのみが入っていた。

 観たいと思っていた演劇であり、かつ一番の特等席に座れる。

 三途の心は躍りに躍った。


 おかげで昨夜はあまり眠れなかった。

 チケットを大切に鞄にしまいこみ、こん、と座席の端に頭を傾ける。

 電車の揺れが心地よいのと寝不足あってか、三途は瞼の重みにあらがえなかった。


 船をこいでいる間、夢を観ていた気がする。

 鮮やかであり、ところどころ濁ってにじんだ赤色が視界いっぱいに広がっていた。

 そんな世界に、自分はぼろぼろになりながらも必死で立っている。

 ぼんやりした風景。知らないはずなのに懐かしい森。

 自分にすがりついてくる少女。泣きながら逃げよう、逃げようと請う彼女を真正面から見つめていると、胸が強く締め付けられた。

 初めて見る顔なのに、そんな気がしない。


 泣いている彼女の涙を拭おうとして手を伸ばしても届かない。

 体が重くて、手足を動かすのも精一杯だった。

 

 ぼやけた視界のせいで少女の顔がしっかり認識できない。もっと近くに寄ればわかるだろうか。

 だがいくら動いても、少女との距離はずっと同じだ。近づきも遠のきもしない。夢だからだろうか。あるいてもあるいても前に進めない。


 少女が唇をふるわせながらも告げているのは、いくら三途が近づこうとも三途にはわからなかった。


 ーーもう少しなのに。

 もどかしさにいらだちながら、目の前の少女をなだめようと口を開こうとして。



「お客さん、終点ですよ」


 目が覚めた。


 三途ははっと瞼を開く。

 赤色に染まった世界から戻ってきた反動か、心臓がどくどくと早鐘を打っていた。

 目の前には車掌とおぼしき男。車内にはその男と自分以外、誰もいない。

 あれは夢だった。三途は男に一礼し、足早に電車から降りた。


 目的地は終点の駅から数分の劇場なので、乗り過ごすことはなかった。

 改札口からは無数の人々でごった返した。このあたりはかっちりと背広を着た男や着物に身を包んだ女が多く目に映り、ときどき、うっすらと洒落っけを出した学生風の男女が歩いていくのが見えた。

 その大半は三途と同じ目的地である劇場に足を急がせていた。


(さっきの、何だったんだろ)

 電車に乗っている間に浮かんでいた夢は、すでに三途の記憶から霧散しかけていた。

 そもそも、この劇場にたどり着くまでに、何一つ物騒な事故が起こっていないのが奇跡のようなものだった。電車の人身事故やら自動車の衝突事故云々で無事に舞台を観ることができるかどうか不安だった。

 それらはすべて杞憂にしかならない、とあざ笑うように人々はせわしなく道を歩き、空は青く澄みきっている。電車のアナウンスや道すがらの店から雅楽やらジャズ音楽やらが漏れてきた。誰かとすれ違うたびに、それぞれ異なる人々の声が風と一緒に運ばれる。

 


 劇場でチケットを差しだし席につくころには、その夢は完全に消えた。

 上演中はひとまず舞台に集中していた。が、それでも三途の心中には棘として残った。



 舞台は三途の心を弾ませた。借金取りに身内を奪われた男が力を得て、敵をことごとく倒していくという内容だった。

 派手な殺陣に加えて臨場感あふれる音楽、役者の迫真なる演技がかさなり、上演後も三途に強烈な余韻を与えるに足りた。

 観客がぞろぞろと退散し、最後まで劇場に残ったのは三途だけだった。スタッフに促されて、三途は急いで劇場をあとにする。

 

 そういえば、と三途は我に返る。

 朝と電車の中でみた夢もそうだが、この舞台の鑑賞後に後見人と会う約束がある。

 三途は後見人であるセーレの顔や素性を知らない。

 手紙によれば、劇場鑑賞後、時間を観て劇場前へ迎えにいくとのことだった。あちらは自分の顔を知っているんだろうか。舞台が終わったからセーレから何か連絡でもきているだろうかと携帯を確認してみるが、新着メールはない。

 こちらから連絡した方が良いだろうか。そもそも自分が三途だとわかってもらえるんだろうか。


 ひとまず劇場を出てすぐの門で、三途は待機することにした。

 すでに次の演目が始まるようで、門近辺はまた堅苦しく着飾った人々が溢れかえる。

 邪魔にならないように、と少しずつ門から離れ、裏門の方へと三途は移動する。


 すると、裏門で静かにたたずむ人影をみつけた。

 足音に気づくと、その人物は三途の方を向いた。


 三途よりも一回り以上華奢な体格だった。風になびく淡い金髪は碧眼とよく映える。

 かっちりとした礼服に身を包んでいるその者は、一見すると男にも見えるし女にも見える。


「お迎えにあがりました」

 その人は寸分の狂いない完璧な動作でもって、三途に向かって一礼した。

 人違いではないだろうか、と三途はそろっと周囲を見回す。自分以外にだれもいなかった。


「あんたは」

「三途様ですね。ぼくがセーレです」

「な」

 てっきり後見人と聞いていたから、自分よりも年長の人間かと思っていた。目の前の現実は、その逆だった。

「俺を寄宿舎に入れたのも、劇場のチケット送ったのも……」

「すべてぼくです」

「……へえ」

「ぼくのことはさておき。あなたに会わせたい方がいらっしゃいます」

 こちらです、とセーレは自分の後方をさししめす。三途は首を傾げるも、セーレはそれを気にもとめない。


 セーレの言う会わせたい者、というのが、そこに立っていた。

 

 背丈はセーレと同じほど。黒い上着に薄緑のワンピース。

 焦げ茶の長髪をポニーテールに結び、濁った緑の目が見開かれる。

 その視線はじっと三途に注がれており動かない。


 少女の髪とスカートのすそがなびく。前髪からのぞける目が潤んでいて、今にも大声で泣き出しそうに、三途には見えた。


 三途は、その少女を一目見て強烈な既視感を味わっていた。



「やっと会えた」

 泣きそうな笑いそうな、かすれ声が漏れた。少女はよろよろと三途に近寄る。セーレは邪魔にならないようよけていた。

「三途、やっと」

「……あんた」

「長かった。この3年、どれほど長かったか……」

 少女が三途に抱きつく。ゆっくりとした動作であったが、三途はそれを避けることができなかった。

 

 少女は自分に焦がれているというのだろうか。だが三途にはまるで覚えがない。

 ……覚えがない? その心中の言葉に、三途はひっかかった。


「あんた……だれだ?」

「え?」

「なあ、セーレ……でいいのか? この子と俺はどういう関係なんだ?」

 三途は強い既視感を受けながら、セーレに助けを求めた。

 それは少女も同じだったようで、すがるようにセーレへ視線を向ける。

「セーレ、どうなってるんだ? 三途は今年で18歳のはずだろう?」

「あ? 何であんた、俺の年まで知ってんだ? っつーか何で俺のあだ名までわかってんだよ」

「何を言うか! あだ名じゃない、キミの名だろうが」

「こんな不吉な本名があってたまるか!」

「どこが不吉だ! その前に私をしれっと忘れてんじゃないっ!!」

「さっきのしおらしい態度どこ行ったんだ!? もう涙ひっこんでんじゃねえの!」

「私は泣いてない! 話そらすなばかもの! 私はキミに、何しれっと私のことを忘れているんだって聞いてんだ!!」

「だからしらねーっつってんだろ!」

「あの……よろしいでしょうか」

 言い合いにおずおずと、セーレが半眼でこちらを眺めながら割ってはいる。

「三途様と月華様の疑問にお答えしますので、まずは落ち着いていただけますか?」

「あ? あぁ……」

「では」

 ふうっ、セーレが一息おいた。



「まず三途様。こちらの方は月華様。あなたの雇い主です」

「雇い主……? どういう意味だ?」

「そのままの意味です。あなたはかつて、仲間の仇を月華様に討ってもらった過去があります。そのことがきっかけとなり、月華様の従者としてあらゆる外敵を駆除しておりました」

「なん……?」

「前提として、あなたは一度死んでおります。が、あなたの持った使命が、あなたを再び生かした」

「死んだって……!? 俺は生きているぞ……? いや、生き返ったっていうのか?」

「さよう。ですがその疑問も、おのずと消えるでしょう。まだ前回の記憶が戻っていないと考えられます」

 して、とセーレは月華に話題をふる。

「三途様は18歳になられましたが、まだ記憶がおぼろのようです。よって月華様のことを覚えておられないのでしょう」

「ほ、ほんとか? じゃあ、そのうち思い出すか?」

「ええ。月華様との出会いも、月華様とすごした甘い日々も、月華様と交わした熱い約束もすべて」

「……うん、ちょっと待て。なんでキミが三途と私の事情をそこまで細かく知ってんだ」

「存じておりますとも。この界隈で、あなたの三途様への熱愛ぶりは有名ですから」

「うっそだろ!!!」

「ぼくは事実のみ述べております」

「いやーーー!! もみ消したい! いや、三途との関係に何の後ろめたさもないけどもみ消したい!!」

「……何なんだこいつら」

 三途の肩の力ががっくり抜けていく。

 自分は死んで、生き返って、死ぬ前はこのポニーテールの小さな少女を守っていたと、そこの金髪碧眼は言う。

 どうしよう、後見人に会えたはいいが、これではどう対応したらいいかわからない。知らぬふりをしてさっさと帰るべきだろうか。

 じりじりと後ろへと下がり。


 後方で、爆風が巻き上がった。

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