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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
五章:【過去】女王イストリア
29/91

28話:会食

 食事の時間となるまで、三途たちは寝室で待つこととなった。神流が淹れてくれた紅茶を飲みながら、三途はやたらと不機嫌な月華をちらちら観察していた。月華は神流の紅茶を飲まない。神流の淹れるお茶は何であれ上品かつ味が引き立つ。月華のお気に入りであるはずなのに、それも口にしない上にそっぽをむきっぱなしということは、要するに機嫌が悪い証拠だ。

「月華」

「あんだよ」

「神流が紅茶淹れたぞ。飲むか」

「いらなーい」

「じゃあ月華ちゃんのぶんは僕がもらうね」

「どーぞー」

「おまえなあ……」

 三途とて何も気づかないわけではない。女王イストリアがやたらと三途に親しげにふれてきたことが許せないのだろう。それをつっぱねない三途も三途だった。相手が女王であろうとも。

「俺が陛下とべたべただったのがお気に召さなかったのか」

「うん!」

「そこだけ勢いよく返事すんなや! でも答えてくれてありがとう!!」

「どういたしまして」

 月華は空っぽのティーカップを神流に差し出す。怒りも少しは収まったということか。神流はにこにことポットからお茶を注いでくれる。


「なんだよ……。あの女王、三途にべたべたしよって……。三途は私のものなんだから」

「いつから俺は誰かの所有物になった……?」

「三途を拾ったときから私のもの」

「初耳なんですけど!」

「っていうのは冗談」

「やっぱり? でも心臓に悪い冗談はほどほどにな? いくら俺が死なないからって心臓に悪いことも平気ってわけじゃないからな?」

「今このときから三途は私のものなのだ」

「所有物になった時期が冗談だったのかよ! おまえのボケは高度すぎてわけわかんねえよ!」

「いやあかたじけない。誰にでも通用するボケって難しいな。ちゃんとまなばなければならないな」

「こんなところで勤勉精神発揮せんでいいわ!」

「ま、とにかく! いいか三途! いくらあの女王がかわいくて女の子らしくておしとやかで、アタック精神旺盛でも! 

 三途は私のものだかんな! 私以外の女に惚れたらだめだかんな!」

 月華はいれたての紅茶を一気にのみほし、空になったカップを持ったまま三途をびしっと指さす。

「やっぱおまえ、嫉妬してんじゃねえか」

「あたりめーだろ! 相手は女王だぞ! 私と年変わんないくらいの、しかもめちゃかわいい! 私に勝ち目がないぞ!」

「何の勝負しようとしてんだ。安心しろ、俺は持ち主には背かないからな。所有物として優秀だろ」

「わかればよろしい! いやあ、所有物が優秀で、持ち主としては大変華が高い」

 むふーっ!! と月華はささやかな胸を張る。

(これですぐに機嫌治るんだから、気持ちの切り替え早いよなあ)

 三途はふうっと紅茶を飲んだ。


 そういえば、と神流が思い出したように口を挟んだ。

「食事って食堂とかで食べるのかな」

「そうだと思うぞ。まあ、準備できたら呼びに来るだろ。それまで俺はベッドを堪能する」

「さっきはさんにん川の字っていってもはねのけたくせに」

「堪能しないとは言ってない」

「じゃあ私もー!」

「俺に向かってダイブしてくんな!」

 ガムトゥよろしくぽーんとベッドに身を投げる月華をあやうく三途は避けた。華奢な月華がぼふっとベッドに沈む。

「何で受け止めないんだよ」

「避けるわ! 番人でも体は生身の人間なんだっつの」

「番人関係なく、女が飛び込んできたら受け止めるのが男だ」

「初耳だ……」

「今私が作った格言だ」

「そりゃ初耳だな!」

「ねーねー、お茶のおかわりいるー?」

「もういいやごちそうさん。あと神流、会話に入ってくるなら月華をとめろ」

「いやいや、僕には無理だよ。おじゃましちゃ悪いし」

 神流はティーカップとポットを片づけた。

「そうかよ……。おまえってほんとなあ、マイペースだよな」

「うん。それが僕ですから。知ってるでしょ三途?」

「身にしみて理解してる……」

 三途はあきらめてベッドへと手足を伸ばした。

 ここぞといわんばかりに、月華が三途の胴にだきついてきた。

「……月華様? 離れてくれません?」

「やー!」

 月華はもぞもぞと三途の顔に頭を押しつける。ざらざらと月華のポニーテールが揺れた。

「仕方のないヤツ」

「飯の時間までずっとこうしててやるからなー! 寝るときもこうしてやるからなー!」

「ちゃっかりしてるしー……」

「月華ちゃん月華ちゃん、三途の右半分は僕に譲って」

「いいよ! ふたりして三途にひっついて寝よ!」

「月華ちゃんナイスアイディアー」

「のるなのるな! 何でこういう時の結託強いのおまえら」

「三途が王都にとられないように」

「三途が女王にとられないように」

「声そろえんな!」

 三途が律儀に突っ込みして疲れてきたころ、使いの者が食事の時間を告げにきた。


 三途は月華と神流を放り出してさっさと支度する。

 扉を開けるとそこには使いのものと、皿と料理をたくさん乗せたトレイ。

 そして、その影に隠れるようにひょっこり現れたのはーー女王イストリア。


「へ、陛下!?」

「えっ、まじ!?」

 女王の来訪にはさすがの月華も焦ったようで、ベッドからさっと飛び出た。


 イストリアははにかむようにほほえんで、三途を見上げていた。

「三途と一緒に食事をしたくて、侍従たちに無理を言ってしまいました」

 よく伺うと、イストリアの後ろにクロアが控えている。

「クロアも同席するという条件付きで、やっと承諾してもらえたのです。三途さえよろしければ、わたしのお願いをきいていただけますでしょうか……」

「陛下がおっしゃるなら、俺はそれに従うだけです。月華も神流もいいよな」

「私はいいぞ」

「僕も賛成」

「よかった。では、ご一緒させてください」

 イストリアが無邪気に飛び跳ねる。後ろでクロアの咳払いが聞こえ、イストリアはすぐに姿勢をただした。


 運ばれてきた食事は、少なくとも月華の街では見ることのないものばかりだった。肉は鳥を丸ごとこんがりと贅沢に焼かれ、野菜はみずみずしくまっすぐ育っている。ねじ曲がったものはひとつもない。ポタージュはとろみがついて喉と舌にほんのり絡む。器からあふれんばかりのフルーツから水滴がしたたり、瑞々しさが引き立つ。


 王族や皇族といった最上位の者と会食した経験は、三途と神流は少ないながらもあった。おかげで特に緊張することもなく、いつもよりもっと礼儀正しく行儀良く食事をしていればはずれはないだろうと、静かに細々肉を切っては口に運んでいた。

 そっと隣に(無理矢理)座った月華をうかがう。表情が固まり、さらに乗っかった食事にほとんど手をつけていない。自分と同じ年ほどの少女とは言え、目前には王族がいることに慣れていないゆえの緊張だろうか。

「食事、お口に合うでしょうか」

「ぁ、ええ。とても。初めて食べました」

「よかった。たくさんあるので、どんどん召し上がってくださいね。

 そちらの方も……」

「えっ、あ、えっ! はいっ」

 月華のポニーテールが飛び跳ねた。

(さっきまでの威勢はどこまで行ったのやら)

「その、っ、わたし、辺境の森の育ちなのでっ、こういうとこ、ぜんぜん、わっかんなくて」

「そうでしたか。でもあまり固くならなくて大丈夫です。肩の力を抜いて、どうぞわたしのことは意識せず、ゆっくり食事をお楽しみくださいね」

「どっ、どうも……」

 イストリアにさとされても月華はがちがちと固まりながら食器を動かす。

 大丈夫か、と三途はそっとフォローを入れたが、月華には聞こえなかったらしい。

「おいしいですねえこれ。お野菜しゃきしゃきで」

「まあ、サラダがお好みで?」

「えぇまあ。旅先で食べた野菜料理と似てて、懐かしく思います」

「それはよかった。お肉はお嫌いですか?」

「肉も好きですよー。この角煮いいですねえ。柔らかくて味がしみてて」

「まあ、まあ。気に入っていただけてよかった……! 作ったのはわたしが即位する前からずっとお世話になっている給仕ですのよ」

「いい給仕さんを雇ってますね。僕らの舌に合う料理を考えてもらえてたと思うと感激です」

 イストリアとの会話は、神流が引き受けてくれていた。こういうときの度胸と会話能力には三途も助けられてばかりだった。

 

 対して月華は終始がちがちに緊張しており、まともに料理を食べることもできていなかった。

 大丈夫か、とさりげなく三途は月華を気遣ったが、それでも月華の緊張はずっととけずにいた。


 月華ががちがちしていた以外、食事は滞りなく終わった。王国自慢の料理を平らげた三途はそれなりに満足した。

 イストリアは給仕とクロアと一緒に部屋を後にした。

 ようやくおちついてのんびりできる、と三途は肩の力を抜き、部屋に備え付けられた浴室にこもっていた。

 風呂から上がって神流が風呂へ。

 ベッドにちょん、と正座している月華は、未だに王族を目の前にした衝撃と緊張で動かない。

「月華。おーい月華」

 三途は月華のポニーテールをなでる。月華は動かない。

「月華? 月華様?」

 ぺすぺすと手の甲で月華の頬を叩く。ようやく月華は我に帰った。

「はっ!! めしは!」

「もう終わってるわ。どっから記憶がねえの?」

「ご、ごはんが、部屋にきたとこから……」

「完全食いっぱぐれじゃねえかよ。見た限りだとぜんぜん食べれてなかったし」

「うぅ……いまさら腹へってきたぁ……私のばかー……王族のごちそう……お持ち帰り……ガムトゥのおみやげ……」

 しかたのないやつ、と三途はデスクの上においてあるパンをひとつ月華に手渡した。食事の後、こっそりイストリアに頼んでいくつか部屋に残させてもらっておいたのだ。月華があまりに食べなさすぎているのを、イストリアも見ていたためか、快く承諾してくれた。

「おっ!? パンだ!」

「食事の残りを少しもらっといた」

「ありがと三途!!」

 月華の表情が明るくなり、小さな口をがーっと開けてパンをほおばる。ほころんだ月華の顔を眺めて、三途はようやく安堵する。

 驚異的なスピードで月華がパンをたべきったと同時に、神流が風呂から上がった。

「ふいー……。お先にお湯いただきましたー。って、月華ちゃんようやく元にもどった?」

「あっ、神流。今までどこにいたんだ?」

「え、そこまで記憶なかったの? お風呂入ってた。ここのお風呂広くて石鹸もいい匂いで気持ちいいよー」

「ほんと! 入ってくる!」

 月華はとっとっとっ、と風呂場へ突っ込んでいった。

「あわただしいヤツ……」

「ほっとけなくてつい手を貸しちゃうよねえ。あれだけしおらしくなってた月華ちゃんも珍しいけど、いつもの調子に戻っててよかった」

「そうだな」


 神流とのんびり雑談していると、ドアをノックする音がかすかに聞こえた。

 三途はさっとベッドから跳ね起きて開く。


「あの、お時間、よろしいですか?」


 三途は一瞬固まった。

 そこにいたのは、イストリアだった。

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