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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
五章:【過去】女王イストリア
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27話:『王国』のイストリア

 王都からの使いーー御者は三途と月華、神流を丁寧に迎える。

 馬車から降り立った地面は、街のようなぼこぼこの土でも森の湿った泥でもなく。規則的に洗練された石畳が敷き詰められていた。

 王都の活気は優雅に満ちており、歩く人々は余裕を持って隣人にほほえみ挨拶を交わす。粗野な振る舞いはひとつとして存在せず、地面を汚すkものなど何もない。


「うわぁ……」

 月華が声を漏らした。若干顔がひきつっている。

「大丈夫か、月華」

「大丈夫じゃないかもしれない。王都ってこんなにきれいなのか……私場違いじゃね」

「平気だよ、俺も神流も月華と等しく場違いだから」

「はっはっは、三途も言うねえ」


 空は晴れ渡り雲一つない。

 人々の優雅な振る舞いと美しく手入れの行き届いた数々の建築物に、三途はため息をつかずにいられない。

 自分の知らない場所へ、未知なる世界へ一歩足を踏み入れた時の感動と揺さぶられる鼓動。夜穿ノ郷に赴いて月華の屋敷に居候して長かったせいか、この感情を少し忘れていた。

「俺は、王都に来てよかった」

「そうかぁ? 私、早く森に帰りたい」

「はは……。俺も。っつーか、堅苦しいのは苦手だからさ、こういうとこは旅行程度に訪れるのがいいと思った」

「えー、僕はこういうおしゃれな場所好きだけどなー。住んでみたらもっと楽しいかもね」

「神流は根っからの都会好きだもんな」

「まあね。でも今は、月華ちゃんのお屋敷が一番おちつくかな」

「やった、王都に勝った!」

「何の勝負してたんだ! あとガッツポーズすんな!

 いいから行くぞ! ほら、御者の人ポカーンて顔して困ってんだろ」


 王国王都の中心にたたずむもっとも優雅でもっとも美しい建築物といわれているのが、歴代女王の住まいとされている王宮である。

 白色を基調とした建物に、ところどころ黄金がちりばめられており、彫像や庭を彩る花々がよりいっそう宮を引き立てる。

 その規模も巨大であり、月華の屋敷どころか森全体と同じかそれ以上の広大さを示していた。

「負けた……。でかさに森が負けた……」

「だから何の勝負してんだっつの」

「すごいねえ。あのお花見たことないや」

「王都周辺に咲く花だと思う。薬用とか香用とかの実用目的じゃなく、観賞用として広く知られてるのかもしれないな。あんだけ見た目がきれいじゃ、砕いたりすりつぶしたりするのが惜しくなる」

「そうだなー。実用的な花がある我らが獣の森が勝ったな」

「実用的かそうでないかで勝手に勝敗きめんな! あとさっきから何対抗心燃やしてん!?」

「王都のすばらしさは認めたうえで、やっぱり街と森が一番である、と三途に再認識させたいのだ」

「意味がわからん……」

「だってさー、ここでの生活とか女王が美人だったらさー、三途はこの王都にとどまるかもしれないだろ?」

 月華はむくれた。ああ、そういうことか、と三途は手をたたく。

「おまえ、さっきからやたら対抗心もやしてたのはそういう理由?」

「うむ。三途は森が好きと話してくれているし、街や森の良さは充分理解しているがな。それでも王都を見物して揺るがないとも限らん」

「お心遣いどうも……。揺らいだらそん時はひったたいてくれ」

「まかせろ。パチンコでドングリ当ててやるから」

「危ないからやめて」

 三途が月華の過激な脅迫を押しとどめている間、神流は王宮のつくりや装飾をしっかり観察していたらしい。時々あちこちへうろつく視線は真剣そのものであり、「ふむ」とひとり納得していた。

「神流……。見てないで止めてくれ」

「え、何を?」

「おまえ俺たちの話聞いてなかったんかい!」

「あ、宮がきれいだからずっと内装みてた」

「ああ、そう……」

 三途の肩の力が抜けた。


「それでは、こちらの控え室でお待ちを」

 御者が一室に3人を招いた。

 控え室とは言われたものの、その広さは充分なものだった。ベッド3台、長机に肘掛け椅子、化粧台は月華よりも高く、窓から眺める宮の庭園が少し上から展望できる。

 豪奢なホテルの寝室と言っても過言ではなかった。

「わー! ベッド! でかい!」

 月華は御者が去るなり靴を脱いでベッドにダイブした。ぼふんっ! と柔らかい毛布がはねる。

「月華……」

「三途もおいでよ! すっごいふかふか!」

「そのようだな」

「今宵は一緒にねるか!」

「嫌だよ! マデュラに殺される!」

「じゃあ神流もいっしょに3人川の字」

「あ、いいねそれ!」

「よくねえよ神流も気軽に良いとか言うなや! っつーかベッドは人数分あるだろ」

「えー、広いベッドを堪能するのも良いけどこう広いとみんなして一緒に寝たくない?」

「おめーらだけだ……」

 三途は額を抱えた。


 そうして豪華な部屋をものめずらしげに堪能しているうち、御者が戻ってきた。

「お待たせいたしました。陛下との謁見の場がととのいました。どうぞこちらへお越しください」

 恭しく礼をする御者の服装が、さっきよりもかっちりと糊のきいた装束に変わっていた。

「俺たち、着替えとかしなくていいんですか」

「そのままで結構です。陛下からのご要望もございますので」

「そうでしたか……。よかった」

 いつもの動きやすい格好となると気後れしたが、陛下の希望とあるなら気にすることはない。

 御者の後ろを静かになるべく音を立てないよう歩きながら、三途は女王というものがどんな人間なのかを考えていた。

 王国の代表というからには、人の上に立つ威厳があるんだろうか。女王というから確実に女ではあるだろうが、美人であったらいいなと下心がなくもなく。

 その下心は月華にも伝わっていたようで、抗議の視線を向けられた。とはいえ、大声を出したり大暴れするほど場をわきまえていないわけでもなかったのでかわいい目でにらむにとどめていたようだ。


「こちらになります」

 豪奢な大扉の前。御者が止まって扉を開く。

 厳かな扉がゆっくりともったいぶって謁見の間をあらわにしていく。

 さすがの三途も少し緊張してきた。扉の向こう側には女王がいるのだ。実感わかずとも、国のトップとの対面だという理解はある。無礼をはたらいて仕舞わないか心配していた。


「陛下」

 御者がどうぞ、と先導する。三途は足がもつれそうになるのをおさえながら、謁見の間へ踏み込んでいく。

 さきほど通された寝室よりも遙かに広く、天井が遠い。きらびやかなシャンデリアがまぶしい。

 謁見の間の奥に、巨人でも座れそうなほどの巨大な玉座がたっている。それに座るのは、不似合いなほど華奢で小さいーー女王と呼ばれる少女である。傍らに控えるのは黒髪の青年。年は三途と同じほど。


「陛下、こちらが番人にございます」

「そうでしたか。よく連れてきてくれました。番人の方も、遠方はるばるご足労でした」


 三途は腰を折り頭を下げる。


 女王陛下、とされる者は月華と同じ年ほどの少女だった。

 切りそろえた長い黒髪と白いワンピースにいくつかの装飾品。飾り付ける品はあっても、全体からして彼女はすぎるほどに質素ななりをしていた。

 まだ幼い瞳は王としての自覚に芽生え、威圧感こそないものの三途を圧倒した。


 三途はおもわず息をのむ。王国の女王というものが、こんなにも小さな少女だったとは思わなかった。


 それ以上に、女王の姿に強い既視感を覚えた。初めて会ったのは間違いない。だがそれよりももっと前に出会っていたような感覚がよぎる。

「……頭を上げて、楽な姿勢で結構です」

 あどけない声が、三途たちに降り注ぐ。


「ようこそ、おいでくださいました。わたしが『王国』の女王。名はイストリア。あなたがたの訪問を、こころより歓迎いたします」

 三途はそっと頭を上げた。あの小さな女の子が女王だとは、という驚愕と、やっぱりか、という安心が心にまざる。

 

(既視感半端ねえ)

 イストリア、という名前も三途は初めてきいた。王国に住んでいるとはいえ、その場所は辺境である。ゆえにか王都のことなどよっぽどの大事でなければ、あるいは王国の危機でもなければ三途の耳には届くはずもない。

 だがその名前に懐かしさを覚えるのも確かだった。

 

 イストリアはにこやかにほほえみ、玉座から立つ。三途の体がこわばった。怖いのではなく、あの少女が玉座から降りてこちらへ近づいてきていることに何かしらの神聖さを抱いている自分がいる。王族の人間だからだろうか。

「あなたが、三途?」

「……!」

 三途はひざまずき頭を下げたままだ。傍らに控える月華と神流もそう。

「どうか、頭を上げて。わたしに顔を見せてください」

 あろうことか、三途の目の前に女王イストリアが膝を折る。

(おいおい!)

 三途の顔がさっとあがる。イストリアが、小さな子供がうれしそうにほほえんでこちらを見つめていた。

「ああ、やっとお顔をあげてくださった。

 やっぱり、あなただったのですね」

「……俺、だった、とは?」

 イストリアはそっと三途の頬を撫でる。温い子供の手の感触。三途は二の句が継げない。王族ともあろう者が、ただこの星にやってきた流浪の旅人でしかない人間に、しかも直に手をふれようとは。

「い、いけませんって! 陛下!」

「陛下!」

 玉座の横で立っていた黒髪の守衛もさすがに声をあらげた。そうだよな、俺だって今大声だしたい。何してんだ陛下、って。三途はその気持ちをぐっと飲み込む。

「止めないで、クロア。わたしは、予言に現れた番人に会い、その人柄を知る義務があります。これは義務の一環です」

 イストリアの言葉に、渋々クロアと呼ばれた守衛が黙り込む。

「あなたが夜穿ノ番人。王国の番人なのですね」

「……ええ、そのようですね」

「こんなに若くていらっしゃるのね。この代の番人があなたで、よかったです」

「恐悦至極に、存じます」

「ええ、ええ! わたしもうれしい! この王宮でどうぞくつろいでいらしてくださいね。食事も用意しますし、望むなら、装束も取りそろえます」

「大変ありがたいお申し出ですが、陛下。装束はこれで充分です。着慣れてて動きやすいので」

「そうでしたのね。ではせめて、食事を出させてください。それから、あなた方にたくさんお話を聞きたいんです。よろしければ、食後にお時間をいただけないでしょうか」

「えー、えーと……」

 三途はそっと後ろを伺う。半眼でにらむ月華は一回うなずき、神流はいいよ、と目配せしてくれた。月華の機嫌が悪いのは明白だった。が、女王から星のことをききたい三途としては、彼女の申し出を断るつもりもなかった。

「いいですよ、ぜひとも」

「よかった。では約束ですからね。食事後に改めてあなたがたのお部屋へ伺いますから、おまちくださいね!」

 イストリアは満面の明るい笑みで、三途の手を握る。約束ですよ、と少女はささやかに握り、三途につめよった。

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