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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
四章:【過去】夜穿ノ番人
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23話:赤髪の陽動作戦

 鬱蒼とした獣の森。

 武器を整え装束新たに着替えた三途は、月華の屋敷の屋根に立っていた。


 ひゅうひゅうと吹き込む風が袖口を撫でる。

 それなりに高い位置ではあるが、不思議と恐怖は感じない。

 ここからずいぶん遠くを見渡せる。目のいい三途は、森の入り口と街の境界まで視認できた。


 裏口には神流が獣たちをつれて、木の枝から裏口近辺の同行をさぐっている。


 曇天を見上げれば、マデュラが優雅に空を舞っているのがわかる。

 月華は屋敷玄関からさっと飛び出した。ガムトゥもそれに続く。


「……きた」


 入り口から、侵入者がなだれこんできた。その数およそ20。

 ひとりでは決してさばききれないが、敵を離散させて各個撃破していけば充分勝ちをねらえる。


「さて」

 三途は刀を腰にさし、手には稽古用の鈴を持ち直す。

 

 空へかざして振り下ろす。

 しゃんっ、と優雅な鈴の音が響いた。

 余分な力は抜いて、流れるままに奏でた音は、森のなかで静かに響いた。

 

 敵のざわつく声が流れてきた。まだこの場所までは気づいていないようだ。

 三途も次の行動に出た。

 屋根を軽々と飛び越え、近場の木へと移っていく。

 その動作はひとつひとつが軽やかであった。

 薄暗い森の中でも、三途の姿はよく目立つ。


 サービスしてやるか、と三途は枝から枝へと飛び跳ねる。

 羽衣を揺らし宙を舞い、何人かの敵は興味本位で三途に近づいてくる。それが罠とも気づかずに。

 三途に吸い寄せられた敵兵は5人。まだ武器を取りだしていない。

 

 三途はいったん地へと降り立つ。重さを感じさせない着地だった。

 赤い髪ときらびやかな装束で敵の警戒心を溶かし、無防備さを助長させる。敵兵はふらふらと三途に手を伸ばす。

 

 三途はひらひらと敵兵の手をかわす。手を伸ばせば届きそうであるが、決して捕まえることができない天女にも似ている。


(この辺か)

 周囲の木々や獣たちの潜む息の音を確かめた三途は、素早く後方へと飛び退いた。


「お、おい!?」

 敵兵があわてて声を出す。そしてここが森の中だということにようやく感づいたようだった。それぞれが転移魔法とやらの類で、自分たちの武器を手に呼び出した。


 だが遅い。

 三途も獣たちも、そして月華も、すでに迎撃の準備は整っていた。


 三途の背後から、1本の矢が放たれた。月華の矢だ。

 その矢は敵兵の1人の喉を的確に穿った。敵兵は痛みを覚えるまもなく、後ろへ倒れた。続けざまに月華の矢が飛ぶ。木陰に隠れていた月華が、敵兵5人をすべて射殺した。


「よーしまずはひとーつ」

 月華は不敵に笑い、満足げに木陰へと引っ込んだ。敵はまだ残っている。

 だが先手は取った。最初の一撃を仕掛けることができた。

 この調子で残りの敵兵も全滅させる。


「三途、次はあっち!」

「はいよ」

 木陰にしっかりと身を潜めていても月華の声は三途に届いた。

 月華の示す方向を察知した三途は、そのまま地面をゆらゆらと駆け抜けていく。


「あっちだ!」

「怯むな!」

 敵兵のざわめく声が聞こえる。視界が悪く獣はびこるこの森の中へ、まんまと足を踏み入れてくれた。

 茶色く湿った土にコケがところどころで蒸している。足を滑らさないよう、三途は足下を意識しながら跳ね回る。


「そこだ! あの赤いヤツ!」

 赤い、とは要するに自分のことだ。三途の赤い髪は森の中では異様に目立つ。陽動こそ自分の役目だから、注目を浴びるのは作戦通りにいっている。


 三途はふっと振り返る。敵兵たちはさすがに学習したようで、事前に武器を取りだしていた。

 三途の仕草ひとつひとつに呼応して、着物の裾と赤い髪がなびいてくれる。

 武装した集団を前にしても、赤き舞い手は臆することがない。敵兵の刃からのらくらとかいくぐり、森の奥へ奥へと誘う。


 獣道へとまた6名の新たな敵兵を引き寄せた。この道は雑草に埋め尽くされていてわかりにくいが、地面は雨水で湿っており足場が非常に悪い。

 慣れた三途には大した苦でもなかったが、初めて獣の森を訪れる敵兵にとっては別だった。

 案の定、敵兵たちは足を滑らせバランスを崩していた。


「うわっ!」

「何だこれ!」

「くっそ」

 盛大に地面へすっころんだ敵兵たちは、獣たちの格好の餌になる。

 獣道にあらかじめ潜んでいた狼の群れが、ざっと飛び出して敵兵に襲いかかった。

「ぐあぉおっ!!」

 狼の咆哮が森にとどろく。敵兵たちはその咆哮に力を抜き取られた。

 狼は4頭。いずれも真っ白で艶やかな毛並みをそろえている。足はぬかるみを踏みしめていたせいで泥に染まっている。


 鋭い牙で喉笛を食いちぎり、抵抗する暇も与えない。

 敵兵たちはされるがまま、反撃すら許されず、ひとり残らず狼の牙の餌食となっていた。


 狼にとっては取るに足らない狩りですらなかったようだ。

 三途は狼たちの鮮やかな行動に半ば感心しながら、敵兵の食われる様を眺めていた。


 狼たちは骸の肉を食らうことがなかった。急所を確実にかみ砕いただけにとどまっていた。

「食わなくていいのか?」

 ためしに聞いてみた。狼は必要ありませんといいたげに、三途へ頭を下げた。

「助かった。よくやったよ。この調子で全員しとめてくれ」

 おそるおそる、三途は狼に手を伸ばす。かみつかれやしないか心配だったが、狼たちは三途にそっと寄り添い、頭を垂れた。撫でるのを許してくれたようだ。ふさふさの毛を堪能した三途は、また別の場所へと駆けていく。


 手に持った鈴を鳴らして、敵兵の聴覚をこちらへと集中させる。

 音をたどった先へ視線を迎えたら、三途の陽動は成功となる。

 

「いた!」

「気をつけろ、獣が潜んでいる!」

 敵兵もさすがに学習したようで、少人数よりも多数で固まって動いていた。少数の兵を斥候に向かわせて全滅させられたのだから、数で押し切るというつもりだろう。


 森に投入された残りの敵兵すべてが大きな集団となって、それぞれ武器を構えている。

 その中のひとりの武器は、火炎放射器だった。

 明るい紅が一直線に、森の木々へとくらいつく。


「な……っ!! くっそ、火気厳禁!!」

 三途はつとめて冷静に、火炎放射器を構えた敵兵の懐まで潜り込んだ。

 装束に潜めておいた刀を引き抜き、敵兵の喉を切り裂く。

 鮮血が三途の顔を濡らした。炎の熱が顔にじりじり近づいてくる。

 火炎放射を発動する敵兵の息の根は止まったが、地面に落ちた放射器はいまだ炎を吐き出している。

 三途は切り捨てたばかりのその敵兵を放射の上へ落とした。死体が炎の勢いを弱め、しだいに放射器は勢いを弱めていった。


「消化! 火が森に回ってる!」

「まかせろ!」

 どこかから、月華の頼もしい声が響いた。

 森に浸食する炎は月華に預け、三途は目の前の生き残りの敵兵を相手どることとした。


 敵兵の武器は斧、剣。ただし先ほどの放射器のような、魔法を稼働させる武器種である可能性もなくはない。

 武器に魔法を込めるといった手法は別の世界でも何度か目にしてきた。

 やっかいなのは炎。森は湿気が多いが、炎がまったくきかないわけではない。


 三途は陽動に徹していたが、この一隊だけは自力で撃破することにした。どうせざっくりした作戦だったのだ。ならば想定外の事態に応じて戦闘するのも作戦のうちである。


 敵兵は縦二列に陣を敷いた。剣を構えた前列の敵が、三途にまっすぐかかってくる。

 三途は直前まで引きつけ、敵兵の剣が振り下ろされる瞬間まで待った。

 そして剣を受け止め刀でいなすと同時に、がら空きになった敵の胴体を断ち切った。

 敵の生死は無視して次の敵へと駆け込む。


 同時に、きれいに整列していた敵兵の間を縫うように、刀で払っていく。列を突っ切るころには、すべての兵が森に倒れていた。三途の頬や裾に、ぱっぱっと紅葉した葉のような血が散らされた。

 数を集めて防御を固めていた敵兵だったが、三途は兵と兵のわずかな隙間から切り崩す。とどめを刺す必要はない。敵の陣形を崩せばいい。後かたづけは獣たちに任せるとする。


「火が回った! 火消しを優先しろ!!」

「まかせろ!」

 三途の怒号にいちはやく答えたのは、月華だった。月華の指笛が甲高く空へ突き上がり、無数の鳥たちが月華のもとへ集まった。

 月華には月華の考えがある。月華に任せておけば、消火してくれる。


 鈴を鳴らしながら、三途はふたたび敵の視線と耳を引き寄せる。

 獣の森の入り口から新たに、敵兵が導入されていた。

 少なくとも鳥たちは月華に召集されているため、空からの支援は期待できない。

 代わりに、木の上から一匹の小動物が降りてきた。三途の足を伝って、肩に乗ってくる。リスだった。大きな尻尾が頬にふわふわふれてくる。

「きぃ」

「お、頼もしい支援だ。おまえんとこの仲間はどれくらいいる?」

「ききっき」

 リスはちょいちょいと、背後の木の上を指す。三途はそちらを見上げると、長く伸びた枝に小さな動物たちが立ち並んでいた。どのリスも手に木の実を持ち、やる気に満ちあふれた丸い目を三途に向けていた。

「わかった。なら木の実を落として攪乱してくれ。くれぐれも無理はするなよ」

「きっき!!」

 肩の上のリスが元気よく答える。その声と同時に、木の上のリスたちがさっと散っていった。図体が小さくあまりに一瞬すぎて、さすがの三途も目で追うことができなかった。

「うわあ、リスってすばしっこいな……。やっぱ敵に回したくはないわ」

「き?」

「あ、いや、味方にしたらめちゃ頼もしそうって意味だ……。あれ、おまえは?」

「きっきい」

 肩の上に乗っているリスは、ふんっ! と息を荒くしている。手に持った木の実を持ち上げ、意志をしめした。

「まさか……一緒に地面に降りて戦うの?」

「き」

「危ないぞ」

「ききっ」

 リスは不服そうに木の実で三途をごすごす叩く。

「いってぇ! わかった! わかったから、振り落とされるなよ」

「ききー」

「気が抜けるわ……。だが肩の力を抜くには充分だ、助かる」

 三途はリスの自由にさせることにした。


 入り口から、再び敵兵が導入されようとしている。

 今度はあらかじめ武器を構えているご様子である。さすがに学習はしたらしい。数は50。敵兵の手にもたらされた武器は、いずれも三途がさきほど目にした魔法発動式のタイプだった。あれで一気に森を焼き払うつもりだろう。 


「させるか」

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