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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
四章:【過去】夜穿ノ番人
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21話:番人選定

 木の香り満ちた食事処。買い物もそこそこに、三途は月華につれられ休憩と称してここに腰を下ろした。


 慣れた仕草で月華は席をみつくろい、注文する。

 数分して運ばれてきた冷えた紅茶が、三途の喉を潤した。

 

「それで、夢だっけ」

 月華はジュースをずるずるすする。

「ああ、夢。おかしな夢だった。なぜか忘れられない」

 三途はもう一口紅茶をすすった。

 言葉にし始めるとうまくいかないが、ゆっくり考えながら、思い出しながら話すことで何とかまとまってきた。


「一面見渡す限りは青空だった。下はきれいな水が広がってて、川とも湖ともいえなかった。いや魚とかいたんだけど。川っていうより水槽……? にも思えた」

「川でもなく水槽」

「そう。まあ水槽とかガラスとか、中を囲むものはなかったんだけど……。

 それで、規則的に白い柱が立ってて、柱をたどっていくと神殿があった。

 神殿にいは女の子がいたんだ」

「女?」

「女の子な」

「それで、その女がどうなった?」

「女の子だっつの。……別に何もなってない。ただ、その子は俺に何かを伝えたかったみたいだ。なんて言ってたっけ…………。

 

 ああ、そうだ、『番人』だった」


 その言葉を三途が発したとき、月華がはじかれたように席を立ち上がった。その勢いでグラスが傾き、ジュースがこぼれた。

「げ、月華!? こぼれてるこぼれてる!」

 あわてた三途が倒れたグラスに手を伸ばす。その手をがっつりと、月華がつかんだ。

「今なんていった?」

「あ? それよりジュースが、」

「女はなんて言ってたんだ?」

 月華の鬼気迫る目に押され、三途はそれ以上グラスにふれるのをやめた。

「だから、番人、って。確か……」

「番人。聞き間違いじゃないな? ほんとだな?」

「ほんとだよ! はっきり聞き取れたし、間違いなく番人っていってたよ。

 っつーかどうしたよ!? おまえさっきからおかしいぞ?」

「……そうか、三途は夜穿ノ郷出身じゃなかったんだよな」

 月華が急にしゅんとする。その言葉を聞きたくなかったとでもいいたげな。

 どうしてこうなったとでも言いたげな。

 

 三途は、夜穿ノ郷とは別の世界の出身である。郷にきたのは、単に旅の途中で寄ったにすぎない。

 

「そうだな、ちゃんと説明しようかな……」

 そこでようやく、月華はこぼれたジュースをふきとった。


「結論からいう。三途は、夜穿ノ番人に選ばれたのだ」

 月華の声は、かなりひそめられている。周囲に人気はないが、万一を考えて口に手を当てて三途の耳元でささやく徹底ぶりだった。


「よるうがちのばんにん?」

「しっ!!あんまりでっかい声出しちゃだめ!」

「あっ、悪ぃ……! いや、人気がつくのがまずいなら、いったん屋敷に帰るか?」

「……うん、それもそうだな。じゃあこの話はちょっと止めて、今は休憩しよう」

 そういう月華の顔は笑っていたが、わずかにかげりが見えた。紅茶をすすりつつその様子をうかがっていた三途は、月華につっこんだ問いかけをせずにいた。


 休憩もほどほどに屋敷へ戻ったのは、茶屋で休んで1時間過ぎてからだった。

 三途の部屋で月華が茶を片手に、先ほどの話を続けてくれた。まだ茶を飲むのか、と三途は疑問を抱いたが、深く考えないことにした。


「で、番人の話の続きだが」

「ああ」

 月華は三途のベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせている。

「夜穿ノ番人というのは、この星で100年にひとりずつ選ばれるシステムだ」

「システム?」

「そう。三途に話したことあったっけ? この星ーー夜穿ノ郷の創世神話を」

「えーっと……あ、夜しか存在しなかった星に光をもたらしたってヤツ?」

「そう。この星はもともと月だけで太陽というものが生まれてなかった。だから常に真っ暗で夜しかなかった。月の光だけでは生命は育たない。生態が大きく偏る。

 これを心配して、夜穿ノ郷に生まれた5人の勇者がそろって、月を崩したのだ。月を矢で穿ち砕いた。

 夜の象徴でもあった月を穿ったから、夜穿(よるうがち)という名前がついたといわれている」

「うむ。そういう話だったな」

「そうそう、それでな、月を穿ってばらばらに砕けた月が地上へ降り注ぎ、あらゆる生命の種になった。月は穿たれて、1か月周期で修復作業を繰り返す。1か月経つと力を使い果たして砕ける。これが月の満ち欠けな。

 まあ月はいいとして。番人につながるのは、太陽をもたらした5人の英雄の方だ」

「英雄ね」

「そ。その英雄の子孫たちが統率者となって、それぞれ国をおさめることになった。だから夜穿ノ郷には5つの国があるわけさ。私たちの森や街は『王国』に属してる」

「うん」

「で、この星に住む者から完全ランダムで、100年にひとり選ばれるのが、夜穿ノ番人だ」

「……番人」

「そ!」

「番人ってのは何なんだ?」

「この星を守る役目を持ったもののことだ。ざっくり言うとね」

「それだけなのか?」

「それだけ。でもその役目は重くてでかい。

 まずな、番人は選ばれた年から100年は年を取らない。役目を終えるまで、ずっとその年のままで星を守らなければならないんだ」

「……」

「そして、この星に降りかかってくる災厄をはねのける義務を負う」

「放棄とか無視はできないのか?」

「できない。私もよく理解できていないんだけど、星の危険を察知したら本能レベルで守らなければならない! って気持ちになるらしいぞ。あらがえないんだよ」

「まじかよ……」

「まじらしいな。夜穿ノ郷はほかの星との交流も積極的に行ってるからね、外からの侵略ってのはわりと頻繁に起こってるんだよ。だから番人システムが生まれたのかもしれない」

 月華は茶をすする。これだけ長話をすれば、口の中も乾きはするだろう。

「その話と俺の夢がどうつながるんだ?」

「うん、それなんだよね。

 番人に選ばれる人間は、番人となる前の日に夢を見るのだ。

 その夢というのが、それぞれの国の英雄に導かれる夢というものだ」

「英雄? ここだと王国の?」

「そう。王国を統率した英雄は、黒髪の女の子だったっていう伝承が残ってるんだよ。三途の言ってた女の子や、神殿とか水とか、あと柱とか空とかも、全部番人として選ばれた者が導かれる場所の特徴によく似てる」

「んー……!? 導かれる場所?」

「場所は場所だ。夜穿ノ番人というのは、曲がりなりにもこの星の重要なシステムだかんな。その辺の便所とか汚え路地裏とかで『あなたがこれから100年は王国を守る番人になりました、おめでとうございます』とか言うのも変だろ?」

「確かに……。っつーか便所で番人襲名とかイヤだなそれ……」

「だろだろ。正式な場所での選定になるのさ。その神殿らしき場所っていうのも、王国の英雄が降り立った地ともいわれているんだ。その神殿を中心に、王国をまとめるようになったんだ。ちなみに神殿は、現在王国の首都とされている場所に建ってるよ」

「実在したのか、神殿」

「そう。私も図鑑と事典の写真でしかみたことないけどね」

 言うや、月華は茶を飲み干した。その表情は沈んでいる。


「月華……?」

「私は、三途からそのことを聞きたくなかった、正直に言うとね。

 夜穿ノ番人っていうのは、この星の出身者なら誰もがあこがれる英雄みたいなものなんだ。星の番人のひとりとして選ばれるのは、この上ない名誉なんだ。小さいころから私もマデュラにそう教わってきたし、今でもその役目を負えたらきっと小躍りするくらい喜んだと思う。


 ……だけど、自分の近しい人がその番人として選ばれるのが、こんなにもイヤな気持ちになるなんて」

 月華の拳が、スカートの裾をぐしゃっと握りつぶす。

「もちろん、番人になった三途がイヤになったわけじゃない。嫉妬してるわけでもない。

 これは重い任務、宿命……システムなんだ。あらがえない運命……。それを理解している私は、三途にはせめて選ばれてほしくはなかった」

「……月華」

「三途は異世界からきた旅人にすぎない。そんな三途が、この星の厄介ごとを背負わされるなんて……私は、キミに何て言えばいいんだろう」

 月華がうつむき肩を震わす。


 正直、三途もことの重大さを把握してはいない。

 番人がどうの、100年は年をとらないとかどうの、と、あまりにも次元が大きすぎる。

 これからどうすべきかわからない。番人としてどう振る舞うべきなのかもわからない。

 が、目の前の少女を元気づけるべきなのは理解した。

「月華、落ち込むなよ。月華のせいじゃないんだから」

「そうだとしても! 私、イヤだよ……。だって三途の意志関係なく、星の脅威がかかってきたら戦わなくちゃならないんだよ。いくら力を得ることができたとしても……それでも傷つかないわけじゃないんだから」

「そうだな。……だけど俺はそれでもいいと思ってる。自覚や実感がないから言えるのかもしれないけどな。

 この星に流れて、神流といっしょにここへ来て、こうして月華と暮らすようになって、結果番人に選ばれたのなら、俺の人生はそういう運命だったってことなんだよ」

「悟ったふうにいうなっ」

「悟ってるわけじゃないさ。あきらめてるだけだよ」

「苦しいかもしれないのに! 100年の任期を終わらせなけりゃ、天寿を全うすることもできないんだぞ!」

「いいよ。そのときは泣いてわめいて、自分の人生を呪うだけだ」

 三途は苦笑した。


 三途の人生観は、達観していた。

 身分こそ旅芸人ではあるが、無数の異世界を旅しているとどうしても死に直面する経験が生じる。

 内紛に巻き込まれたこともあるし、神流を人質に戦場へ無理矢理たたされたことだって1度や2度ではなかった。

 死ぬときは死ぬし生き延びるときは生き残る。いつ死ぬかわからないから、やりたいことをやりたいようにやってきた。神流と一緒に。


 だからなのか、そんな適当な生き方に目を付けられたのか、番人に選ばれたのかもしれない。


「三途の命は三途だけのものだ。キミの命を星に決められていいはずないだろうに」

「俺は平気」

「私やマデュラだけじゃない、神流とも死に別れることになるんだよ。それでいいのか?」

「ほかの人が俺の死に目を見ずにすむんだろ。いいよ、そのほうがみんな悲しまないからさ」

「……キミ、よくお人好しとか楽観的とか言われたことない?」

「よくわかったな。行く先々でそうあきれられる」

「あきれる人たちの気持ちがよーーくわかった」

「まじかよ」

 月華が小さい拳で瞼をこする。

「わかったよ……。三途がいいなら私もいい。

 でもね、キミをひとりにさせたくはない。だから私も、三途と同じように年を取る」

「……どういうことだ?」

「100年はこの時を止める。不老長寿の薬や呪いはね、実はもう完成してるんだ。幸運なことに、私の知り合いにその呪詛を取り扱えるヤツがいる。いけ好かないやつだけど。そいつに頼んで、私も100年長寿になる」

「待て待て! 月華には月華の命があるだろ! それに不老長寿の呪い……だったか? それは俺が番人としての役目を終えたあとでもずっと続くんだろ?

「三途が死んだら私も死ぬからへーき」

「こら!! 命を粗末にすんじゃねー!」

「私の命は私が決める! 三途をひとりにはさせない。

 そのためなら、私の命がゆがんだっていい」

「月華……。気持ちはありがたいが、」


 ノックもせず、ばーん!! と扉がひらかれた。

 三途の話が中断され、ふたりは扉の方へ視線を向ける。


「ごめん、緊急だったから」

 珍しく血相を変えた神流が、息を切らしてそこにいた。


「神流? 何があった?」

 神流は息を整え答えた。


「街に異世界の軍がきた。

 

 そのほとんどが……占領されたって」

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