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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
四章:【過去】夜穿ノ番人
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20話:水槽と神殿の夢

 夢を見た。

 澄んだ青空広がる空間。足には冷たい水の感触。

 

 三途の目には、この空間がほとんど青で占められているように映った。

 服は上着と靴を脱いだ状態で、足首まで水につかっていた。冷えた水が足に心地よい。


(なんだここ)

 軽くあたりを見回すが、自分のほかには誰もいない。

 見渡す限り水と空。規則的に並んだ月白色の柱が天に伸びている。

 よくよく観察したら、水中には群をなして泳ぐ魚やゆらめく草がいた。


 雲一つない空には、まばゆく太陽が照っている。


(ここ、夜穿ノ郷か……? 今までみてきた世界でもない。みたことないな)

 いつも愛用している上着がないと落ち着かない。あの上着のフードで頭を隠すのがすでに習慣というか癖になっている。


 三途はなぜかこれがふっと夢だと気づいた。現実ではない、瞼の裏に映った世界に、自分は迷い込んだのだ。


(どうしよう。たぶん起きる時間にはまだ早いよなあ)

 とにかく歩いてみるか、と夢の空間を探検することにした。


 探検はそれほど長くは続かない。

 ここには真新しいものは何もない。柱と、水とその住人、そして空が果てもなく広がっているだけだ。

 柱の一本に近づいてふれてみた。遠目に見ていて大きさを実感できずにいたが、大人が20人集まってようやくその柱を囲めるほどの太さだった。近くで見上げると、その長さは本当に空を突き抜けているかもしれない。


 柱はそのいずれもが傷一つ罅すらなく。ある程度のモチーフが刻まれてはいるものの、基本的にはシンプルな形をしていた。円柱そのままだ。


(……魚)

 しゃがんで水に指をつっこんだ。魚が驚いて超速で逃げていった。いけね、と三途は手を引っ込めた。


 もう少し歩いてみるか、と三途は柱を頼りに進み出す。

 柱は三途の進行方向に一定の間隔で並んでいる。どこかへ案内しているかのようだった。もともと何もない空間だから、この柱が目印となってくれるのはありがたい。


「あ」

 三途はふっと足を止めた。

 水平線の彼方へ何があるのか確かめる旅は、意外と早く終わりを告げるようだった。


 ところどころ壊れた神殿が立っている。広さは月華の屋敷よりもずっと大きい。それどころか、街全体を覆い尽くせそうなほどだ。

 柱と同じ月白色。四方は階段となり、それを登り切ると門すら存在しない神殿への入場がゆるされる。

 

 三途は階段を上る。ひたひたと、水に濡れた足が白い石つくりの神殿を歩く。


 また一歩足を踏み入れる。風が中へと吹き込んでいた。


 風に足を撫でられながら、神殿の内部へと進む。

 中も広いが、人気もないし何かが隠されているというわけでもなさそうだ。

 内部は空洞であり、誰が座るでもない白い玉座が奥にひっそりたたずんでいる。その玉座も豪奢な飾りのない、ところどころ罅の入った寂しげなつくりだった。

 玉座にそっと手をふれてみた。さっと白い砂が舞い上がる。全盛期から気の遠くなるような長い時間が経っているんだろう。


(ほかにめぼしいものはないものか)

 神殿内をうろついても、収穫はなかった。ただ過ぎゆく時間にずっと残る神殿ががあるだけだったのだ。


(帰るか。……いや、夢で帰るってどこへ?)

 我ながらおかしなものだと思った。夢だという自覚がある事実に。本来、ここが夢か現実なのかどうかなど、正常に判断できようはずもないのに。


 ここが夢だと自覚できているのだから、つまり目をさませば『帰る』ことはできる。

(目を覚ます……って…………どうやって……?)

 夢の中にいると普段の当たり前ができなくなっているのかもしれない。三途はうーんと頭を抱えた。いつもどんな風に起床していたのかもわからない。自然に目をさますまで、神殿まで導いてくれた柱を反対方向にたどっていけば、また違う何かを発見できるだろうか。


 階段に足をかけた瞬間、三途はふと、背中にさらなる冷たい風が伝わったのを覚えた。吹き込む風とは違う。風が自分を呼んでいるかのようだった。


 三途はそれに従って後ろへ振り向く。目を見張った。

 いなかったはずの存在が、急に姿を現した。


 神殿の中央に立つその者は、三途よりも小さく華奢な少女だった。

 艶やかな黒髪はまっすぐに腰まで伸びている。その髪は半透明のヴェールに守られていた。

 伏せ気味な目は藍色、対になるかのように装束は純白のドレス。装飾品は黄金の首飾りだけで、全体的な出で立ちは質素である。


 少女が顔を上げると、まっすぐと三途との目が合った。

 吸い寄せられるようなはかなげな美少女。年は、月華と同じか少し下くらいだろうか。


 少女はゆっくりと、三途へと近づいていく。スカートの裾からのぞける足は細く、強く握ればぽっきり折れてしまいそうだった。

 

「……」

 三途は動けず、声も出せなかった。夢の中だから、上手く口が回らないんだろう。

 三途の目と鼻の先にまで少女がたどり着く。細い腕が三途の手をそっと包む。

(あんた、誰だ?)

 少女が小さい口を開いた。何かを告げようとしている。

 確かに何かをしゃべっていた。だが何を言っていたのか三途にはわからない。自分に何を伝えたかったんだ?


「……」

 唇の動きで、少女の告げる言葉が何とかわかった。


 ーーあなたが、『番人』。


(番人? ってなんだ?)


 しゃべれない代わりに、心中で疑問を出す。その問いは少女に伝わったようで、少女は三途を見上げながら答えてくれた。


 ーーこの星の、希望。

(希望?)

 ーーいずれ、わかるわ。

(どういうことなんだ?)


 少女が三途から手を離す。ゆっくりと後退していき、神殿のずっと奥へと歩いていってしまった。

 追いかけようとした三途はどういうわけか一歩も進むことができなかった。歩いても走っても、その場から動くことができない。夢だからだろうか。声も出せない。手を伸ばすことはできるが、遠く離れた少女に自分の手が届くこともなかった。


(待っ、)


 

「おっきろー!!!」

 胴体への急激な衝撃により、三途は目をさました。



「こらこらガムトゥ、そんな起こし方はマデュラにだけやりなさいって何回も言っただろー」

「えへ、そうでしたっけ? えへー」

 犬の姿のガムトゥが、どうやら自分に向かって勢いよくダイブしたらしい。

 寝ぼけ眼の三途は状況確認までに少しだけ時間を要した。

 三途の寝室、自分はベッドの上。ガムトゥを膝に乗せて食卓のソファに座っていたところで意識がとぎれていた。

 そのまま寝こけてしまっていたのか、いつの間にか誰かが運んでくれていたのか。

 窓辺から差し込む光が朝を告げている。朝にしてはいささか陽が上りすぎているようにも見える。

 ベッドにごろごろ転がるガムトゥは、月華から引きずりおろされた。


「……月華」

「おおー、おはよう」

「……おはよう」

「ずいぶんすやすや寝てたなあ。早起きの三途がここまで寝てたなんて」

「……今、朝だよな?」

「いんや、昼」

「はああぁ!?」

 三途は一気に覚醒した。ばっと上体を起こす。

「昼!? マジで!?」

「マジだよ。ほんとは朝にも起こしにきたんだけど、あんまりに気持ちよさそうに寝てたんでそのままにしておいた。ごめんね」

「いや、いい……。俺が寝坊だなんて……」

「仕事の約束とかがあったのか?」

「ない……。やけに部屋が明るいと思ったら……昼だったんか……」

「え、寝坊がそんなにショック?」

「まあな。いつも決まった時間に起きてたから、ちょっとびっくりしただけだ。……もう起きるよ」

「はいよー」


 三途は月華たちをいったん部屋から出し、寝間着を放り投げた。

 ベッドの横に畳んでおいた黒服と上着。フードをかぶって姿見でいったん身なりを確認。寝癖のついた赤い髪はうまく隠れてくれた。

「ん、三途、支度おわった?」

 ドアの前で、月華はガムトゥと一緒にあやとりで遊んでいた。

「まあな。支度っていうか、今日は何も予定入れてないんだけど」

「そっかそっか! じゃあ私と出かけよう! 昼飯食べてからな。あっ、三途は朝飯か! あははは!!」

 月華はご機嫌で小躍りしながら食堂へ消えていった。

(なんだ、あのテンション……)

 フードのはしをつまみながら、三途も月華の後を追った。


 昼食(三途にとっての朝食)もそこそこに、食後の一服もすませた。

 その後三途は、半ばひきずられるように月華に外へと連れ出される。

 出かけるといっても食材や家具の買い出しで街の少し遠い店まで赴くだけだ。


 そういえば、と三途はまだ夢のことを考えていた。どこまでも続く空、柱、そしてたどり着いた先の古びた神殿。

 そこで出会った白いワンピースと黒髪の少女。

 夢というものは忘れるために存在する。かつて、三途が赴いた異世界で出会った行商人が言っていた。


 その行商人の言葉を真実とするなら、未だに忘れていないあの夢はいったい何なんだろう。

 行商人は言っていた。忘れるはずの夢をいつまでも覚えているのは、その夢がきみに何かを告げるために存在しているのだと。


(じゃあ、あの夢は俺に何かを伝えようとしていた?)

 家具屋で月華がはしゃぎながら物色している。それを後目に、三途はぼっと店の天井を見上げていた。

 

「三途?」

「……あ」

「どうした、元気ないぞ? 茶屋で休んでくか?」

「いや、平気だ。それより買うものは決まったか?」

「うん! 椅子と、こっちの籠と、物干し竿にこっちのバケツも!」

「結構買うんだな。持つよ」

「いや、それには及ばん。後日送ってもらうことにしたからな」

「そうか。抜かりはないな」

「だろだろ! 獣の王はこういうとこまで気を回すのだ!」

 えっへん、と月華が胸をそらす。街から離れた広く暗い獣の森を支配している王にはまるで見えない。


「で、三途? ほんとに疲れてないのか? 私に遠慮して無理してるんじゃないよな?」

「してないしてない。夢見が変だったんだ」

「変だった? 悪かったんではなく?」

「あー、別に悪い感じではなかったんだ。物騒な雰囲気じゃなかったし、どっちかというと穏やかというか……神聖、というか……」

「……ふむ」

「月華?」

 月華の表情が、急に引き締まる。

「三途、よかったら夢の話、聞かせてくれないか? 買ったものはもう後日輸送の手続きおわったし、あっちにうまいお菓子を出す茶屋があるからさ。私がごちそうしてやる」

「……じゃ、お言葉に甘えようかな」

「まかせろー」

 月華が三途の手を引き、ずいずいと茶屋へ歩いていく。

 いつも通りの月華の表情だ。さっきの、急な真剣な面もちが、三途の心の隅にひっかかった。

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